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王子様の訪れに、お伽噺は終わりを告げる

 

 ぽすりと少しだけ勢いをつけてベッドへと倒れこむ。



 行儀が悪いなと思いながらも誰も見ていないから構わない。


 ふかふかの枕に半分顔を押し付けるようにすれば湯上りの髪からはスズランの香りが香った。華やかながら清潔感とグリーンのニュアンスの効いたホワイトフローラルはクローディアのお気に入りだ。


 意味もなく枕に押し付けた顔を左右に振って、けれど発散出来ない何かを持て余したままくるりと仰向けになった。頭の下の枕はそのままに、背もたれ代わりにベッドヘッドに立てかけてある別の枕を手に取り抱きしめる。クローディアの細い腕に潰されて枕がひどく変形した。





 ____何をしているのだろう?





 もう何度もした自問が空しく頭に響く。




 ____わたくしは何がしたいのだろう?





 心の何処かがそれに答えて、また何処かがそれを否定する。



 抱きしめる腕の力を緩めて、両手をベッドに投げ出すように天井を見上げれば胸の上で潰れた枕が元の形を取り戻す。


 まるで答えがそこに在るとでもいうかのように天井を見つめる。


 だけどそこに答えなんてある筈もなくて強く瞳を閉じた。


 瞼裏に映るのは今日身に着けていたロイヤルブルーカラーのサファイアと同じ蒼。


 深い海を閉じ込めたみたいな綺麗な蒼い瞳。


 クローディアの一番、好きな色彩(いろ)


 特別で、大切で、この世で一番、泣きたくなるくらいに好きだった蒼。





 瞳を開けて、天井から視線を逸らせばサイドテーブルに並んだ二匹の仔猫が眼に入った。ベッドに手を付いて身を起こしそれに手を伸ばす。二対の円らな瞳を見つめれば、アメジストに自分が映る。


 ぬいぐるみを持つなんてどの位ぶりだろう。


 最後にぬいぐるみを買って貰ったのなんて、それこそ10歳になるかならないかの時かも知れない。




 クローディアがレオンに一目惚れされたのが12歳の時。


 かつてのクローディアは少女趣味な夢見がちな少女だった。

 王子様やお姫様が出てくるお伽噺に憧れ、それこそ今日劇場で見た彼女達のようにうっとりと甘い世界に浸れるような。何処にでも居る、そんな少女。





 ある日突然王子様が迎えに来てくれる。



 そんなお伽噺みたいな話が現実に自分の身に起きた。



 貴族でないクローディアはレオンの婚約者になるにあたり、侯爵家の養女となった。





 クローディア・シリングスフェルスト





 それが新たに与えられた名前。

 侯爵家には娘がいた。義姉である彼女も元々はレオンの婚約者候補であったのだろう。だけど当のレオンが『聖女』と婚約すると言い出した。侯爵は自分の娘が王妃となれなかった場合でも義理の娘が王妃となれば王家と繋がりが出来るし、そうでなくとも『聖女』に価値があると思ったのだろう。



 侯爵家の人達はクローディアに嫌がらせをするような人ではなかった。レオンを敵にするような愚を犯す事無く、家にとっての利を重んじていたのだろう。


 駒としてしか関心のなかった侯爵は兎も角、義姉達はクローディアを疎んでいただろうがそれをあからさまに表にだすような事はしなかった。疎むのも嫌うのも当然だ。婚約者候補としてずっと努力してきたのをレオンのたった一言で覆されたのだから。

 その元凶に敵意を抱くのは自明の理だった。


 侯爵家でクローディアは貴族の女性として、レオンの婚約者として必要な教育を授けれらた。


 歩き方、話し方、笑い方、食事の仕方、日常の生活一つとっても何もかもが今までと違い、一時は食事をする事さえ恐ろしかった。マナーを犯していないか、対応はこれでいいのか、言葉を紡ぐ事さえ躊躇う。覚える事に必死で、慣れる事に必死で、正直クローディアは当時の記憶が曖昧だ。


 社交の場に出れば、貴族らしくない所作を笑われる。


 貴族らしい振る舞いを身に着ければ、貴族の振りをしてと笑われる。








 ある日突然王子様が迎えに来てくれる。




 そんなお伽噺に憧れた少女の日常は









 ある日突然王子様が迎えに来た事によって終わりを告げた。










 そこに居るのは少女趣味で夢見がちなクローディアではなく、



 クローディア・シリングスフェルスト



 仕草も、持ち物も、趣味も、思考も、全てクローディア・シリングスフェルストとして相応しいものを。


 そうして日々を過ごす内に少女の時代は過ぎ去った。


 22歳になった自分が再びこんな可愛らしくて似合わないものを手にする事になるとは思わなかった。


 毛並みのいい黒と白の頭をゆるりと撫でる。


 クローディアがクローディア・シリングスフェルストになってすぐの頃、レオンは頻繁に侯爵家に会いに来た。必死に勉強するクローディアを見守る蒼い瞳の色は優しかった。

 疲れただろうと見たこともないような華やかな菓子を用意して、ドレスや小物を送ってくれた。


 クローディアが聖女としての能力(チカラ)がほとんど使えないとわかった時も、残念だけどそんなに気にする事はないと笑っていた。


 ある程度の教養と知識を身に着けた所で、レオンはそんなに無理をする事はないとそれ以上を求めなかった。



 彼の態度が変わり始めたのはきっとその頃。


 クローディアは学ぶ事を止めなかった。ただ只管に知識を吸収する。貴族社会での生き方を、剣を、魔術を貪欲といえる程に貪り続ける。


 憑かれたように学ぶ事を止めないクローディアに心配そうに陰る蒼い瞳。出会った頃、突然変わった世界に表情もあまり出せなかったクローディアが貴族特有の笑顔で微笑う。



 強張った蒼い瞳。



 無駄だ、と『出来損ないの聖女』と揶揄されながらも聖女としての歴史を、能力(チカラ)を学ぶ。



 レオンの言葉を無視して、



 あの場所で生きてく為に、必要な責務を果たすために。ただ、必死で___






 蒼い瞳は、いつしか冷たい色を宿していた。


 憎しみと、蔑みと、怒りと、沢山の感情を宿した蒼い瞳がクローディアを断罪した。










 レオンはきっと守ってあげたくなるような女性が好きなのだろう。



 真っすぐで優しくて正義感の強い王子様が望んだのは、か弱くて可憐なお姫様。




 聖女の能力(チカラ)がまともに使えない事を赦してくれたのも、クローディアが学び続ける事を止めたのもクローディアに守ってあげられる存在(むのう)で居て欲しかったのかも知れない。


 そう思って、口元が歪む。


 だとしたら何と皮肉なんだろう。

 義姉も他の婚約者候補も、クローディアを馬鹿にした少女達もたった一つの夢の為に努力を重ねたのに、それ故に選ばれなかったのだとしたら。




 婚約破棄をされて、国外追放をされて、シリングスフェルスト家に絶縁を言い渡されたクローディアは今はただのクローディアだ。






 だけどもう何も知らずに夢だけを見ていた少女だった頃には戻れない。



 クローディアは二匹の仔猫をぎゅっと胸に抱きしめた。



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