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彼の上司・同僚は個性豊かなようです

 オルセイン邸を訪れてから数日後。


 クローディアは城内の広大な敷地の一角にある書庫に居た。

 今日はジルベルトの仕事の手伝いは午後からなので、それまでの時間を使って書庫へ入り浸った。呼吸まで潜めてしまいそうな静寂。規則正しく並ぶ迷路のような空間。紙の匂い。流石に魔術師団や城内の者も利用するだけあって魔術や専門書の類も豊富だ。


 クローディアは本が好きだ。シュネールクラインでもよく書庫へ引き籠っていた。純粋に読むのも好きならば、料理も、調合も、剣や魔術の鍛錬すら割と実益と趣味を兼ねて雑多に手を出すクローディアは調べものにも事欠かない。


 入り浸ってしまいそう、書架に囲まれた空間で割と本気でそう思った。



 目当ての本を探して書架の間を歩きながら並ぶ書物へ眼を滑らす。足を止め、辺りを見渡せば声が掛かった。



「一体、何を企んでる?」


 挨拶すらなしに発されたそれは、質問の形式を取りながらも確信で。


 振り返った先には名も知らぬ男。


 肩口に真っすぐに揃えられた金髪と翡翠色の瞳。どこか育ちの良さを感じさせる傲慢さを兼ね備えた男の瞳には敵意と警戒が宿っていた。着ている服は私服、今日は非番だろうか。



「挨拶もなしにいきなりですわね。わたくしは貴方のお名前も知りませんのに」


「それは失礼、僕はヴィンセント。第二魔術師団所属でジルベルトとは同期だ」


「以前、お会いしましたね。クローディアですわ、ご存じでしょうけれど」


 苦笑いしながらの言葉に不機嫌そうに返された名前。不機嫌を露わにしながらも返される対応はやはり育ちがいいのだろう。




 名も知らぬ男。




 だが、会うのは初めてではなかった。お互いに言葉を交わしはしなかったけれど、クローディアが断罪された場にジルベルトと同じ黒の団服を着た彼が居たのを覚えている。


「それで?最初の質問の答えは?」


「企む、というのはわたくしが旦那さまの傍にいる事についてですの?でしたら、ヴィンセント様もご存じかと思いますが求婚をして下さったのは彼方の方からですわ」


 クローディアの言葉にヴィンセントは眼を伏せて「知ってる」と吐き捨てた。


「その求婚を受けた理由は?あと、その旦那さまっていう呼び方止めてくれない。ムカつくから」


「だって好みだったんですもの」


 返した答えには思いっきり「はぁ?」という顔をされた。そっちから聞いてきた癖に酷い。


 嘲りを露わにした顔が続ける。


「ジルベルトが本気で求婚しただなんてあんたも思ってないだろ。アイツはあんたの本性を見てるんだから」


「本性?何の事かしら」


「白々しい。好きな男を取られた腹いせに相手の女に嫌がらせをして婚約破棄された癖に」


「嫌がらせなんてしていないわ」


「衆目の前であんな事をしておいてよくそんな事が言えるな。あんたがあの聖女に魔術で攻撃を放って彼女の髪が切り落ちたのを皆が見てるのに」


 そう、その場面をジルベルトも眼にしている。


 軽蔑を露わにするヴィンセントを前に、クローディアはさも可笑しそうに笑う。


「あら?とても可愛らしかったでしょう?」


 小首を傾げる。黒髪がさらりと揺れた。


「フローラ様は小柄で可愛らしい方だから、長い髪もお似合いだけど肩ぐらいの長さも素敵だと思ったのだけれど」


「そんな事、あんたが決める事じゃないだろう。そんな馬鹿な言い訳が通用すると思ってるのか?」


「そうかしら?」


 ヴィンセントの手が伸ばされて、指先がクローディアの髪を一房掴んだ。睨みつけるように見下ろす彼の視線をクローディアはただ受け止める。


「もしここで、僕があんたは短い髪が似合うと言ってこの髪を切り落としてもあんたは同じ事が言えるのか」


 問い掛けに、「さぁ?試してみられる?」と上目で彼を窺えば掴まれた髪は振り払うように放された。


「もう一度言わせて頂きますわ。わたくしは嫌がらせなんてしていないし、第一髪を切り落としたのだって優しさだもの」



「だって」と一度言葉を区切る。



「フローラ様はわたくしに冤罪をきせて断罪したのよ。許される事ではないわ。本来なら首を切り落とされても仕方がないのに、髪だけで済んだなんて幸せでしょう」


 口の前で両手を合わせてそう告げればヴィンセントが息を呑む音がした。



「最低な女だな」


「質問は以上かしら?」


「もう一つ。アイツと婚約を結ばない理由は?」


「・・・・・」


 クローディアはジルベルトと婚約を結んでいない。


 求婚を受け、共に暮らし始めた。勿論婚約の話も出たが出会ってばかりという事もあり、それはクローディアが先延ばしている。


「アイツを手元に置いたまま、まだ王妃に未練があるんじゃなか。レオン殿下があの婚約者と破局すれば、聖女としてまた王妃の座に返り咲けると」


「王妃になんて興味ないわ」


 それは反射だった。沈黙をどう理解したのか、馬鹿にしたようなヴィンセントの言葉をクローディアが遮る。



 まっすぐにヴィンセントへと向けられたその顔には何の表情も浮かんでいなくて。




「聖女として生きるくらいなら死んだ方がマシよ」





 低く、様々な感情を押し込んだ故に、何の感情も伴わないような声はぞっとする程に冷たくて。



 昏く、虚無と激情を孕んだその瞳にヴィンセントは言葉を失った。



 時が止まったような空間をクローディアの長い溜息が打ち壊す。長い睫毛に隠され、再び開かれた瞳は元の光を宿していた。





「ヴィンセント様」


 名を呼ばれ、ヴィンセントの肩が思わず強張る。


「お願いがありますの。あの本を取って頂けませんかしら」


 何も無かったかのように紡ぐクローディアにヴィンセントは彼女と書架を見比べた。嫋やかな指先が指し示す本は彼女の背丈よりも高い位置にあって、書架から引き抜いたそれを彼女に渡しそのまま踵を返す。「有難う御座います」と背に掛けられた声には振り向かなかった。









 午後、何時もの小部屋で書類に向かい合った後、処理済みのそれを片手にジルベルトの執務室へと向かえばそこには先客が居た。急ぎではないし出直そうかとも思ったが、軽そうな男に引き留められた。しぶしぶ入室する。



「君がクローディアちゃんか。美人だね」


「有難う御座います」


「俺はアルバート。気軽にアルって呼んで。俺もディアちゃんって呼んでいい?」


 ウインクと共に寄越された言葉には即答で「お断りしますわ」と答えた。




 何と言うか・・・軽い。



 長身で程よく日焼けした逞しい体躯とアッシュグレイの短髪は野性味を帯びているのに、男らしい顔立ちの中にあるローズピンクの垂れ眼が一気に軽薄な印象へと覆す。あと言動が軽い。きっと後ろ姿だけ見るのと正面から向き合うのだと、軽く詐欺だなというぐらい印象が違う。


 着ている団服の色は白。そしてしそれはもう一人の男性も同じで。



「初めまして、第三騎士団団長のオズワルド・ロスチャイルドと申します。そちらのアルバートは副団長を務めています。部下が失礼を致しました。お眼に掛かれて光栄です」


 恭しく掬い上げられた手は、唇が触れる寸前の位置で止まった。


 黒橡の髪と切れ長なオニキスの瞳が白の団服と対比してストイックな印象を醸し出す。アルバートに比べると一見細身に見えるが、引き締まった体躯は実用的でしなやかな筋肉を感じさせ、クローディアの指先を掬い上げた手は間違いなく剣を握りなれたそれだった。


「お初にお眼に掛かります。クローディアと申します、以後お見知りおきを」


 淑女の礼を返せば、アルバートから「俺の時と対応違くないっ!?」と声が挙がった。何というか、仕方がない。故に誰もがスルー。



「騎士団と魔術師団は共に第四団まであるのでしたっけ?」


「そーそー。第一から第四まで主に団ごとに任務につく。護衛に犯罪者のお相手、一番多いのは魔獣の退治だけど。んで、こいつは俺の相棒。因みに団長の相棒は勿論ゼロス団長ね」


 騎士団と魔術団の構成を思い出しながら口にすれば、アルバートがジルベルトの背をバンバンと叩く。




 白の団服が騎士団で、黒の団服が魔術師団。


「魔術師は術式を組み上げるまでは如何しても無防備になりがちですから、実戦では騎士と魔術師が共に行動する事が多いんです。接近戦に強い騎士と遠距離攻撃や大規模攻撃に強い魔術師が互いの弱点を補い合う」


「つってもお前は接近戦も熟すけどな。俺の見せ場奪うのマジ止めて欲しーんだけど」


「ジルベルトは例外だろう。正直ゼロスにも少しは見習って欲しいんだが。戦えとまでは言わないが、せめて日常生活に必要な体力ぐらいはつけてくれないだろうか・・・」


 額に手をやり重々しく吐き出すオズワルドに「そんなにか」と驚く。


 予想より更に酷かった。


「お疲れ様です」


 労わりの言葉は心からの言葉だった。ちなみに全員が被った。




 ゼロスとジルベルトといい、オズワルドとアルバートといい、団長副団長は相反する決まりでもあるのだろうか。ひょっとして先程の弱点を補い合うというやつか。



 どう考えても片方に負担が偏りすぎてる気がする。



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