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二度目の求婚

 




「ディア」




 ごほっ。


 ()せた。




 ガチャリと音を立てて少々乱暴にティーカップをソーサーへと戻す。

 変な咳が数回。


 唐突に呼ばれた名に、口にしていた紅茶が思いっきり変な方向へと入った。慌てて立ち上がったジルベルトがクローディアの傍らに来て彼女の背を撫ぜる。



「大丈夫ですかっ?!」


 背を曲げて前屈みになったクローディアは恨めし気な瞳で背を撫ぜる男を睨む。



「大丈夫じゃありませんわ」


 睨みつける瞳の端に滲んだのは、生理的に浮かんだ涙。



「すみません」







「それで?何ですの、いきなり」



 咳も収まり、ジルベルトに渡された冷たい飲み物を口にして漸く落ち着いたクローディアは若干不貞腐れながらも眼の前の男にそう問いかけた。


 尖った視線にジルベルトは居心地が悪そうに瞳を彷徨わす。



「特に何ということはないのですが。以前の私は貴女のことをそう呼んでいたのですか?

 ディア、と」



 唯の雑談がてらの確認だったらしい。

 なら、突然名を呼ばず前置きから入って欲しかった。




「ええ」


「可愛らしい愛称ですね」



 ・・・。何と返せばいいというのか。







 今度はさり気無くクローディアの方が瞳を彷徨わす番だった。



 眼に映るのは可愛らしい調度品。


 今いる場所は以前のデートでも訪れたカフェの個室だ。ずっと屋敷と執務室の往復だけでは気がつまるだろうと(あと時々オルセイン邸)、ジルベルトが提案してくれた久々の外出。


 まだ目立つことを考慮して、訪問先の買い物は馬車で店先まで乗りつけ、全て個室で店員が品物を持ってきてくれるスタイル。そして前回同様このカフェも勿論個室を貸し切り。


 更には移動の際にも目立たぬように長い髪は三つ編みにして結い上げられており、つばの大きい帽子によって特徴となる髪も人目につかない仕上がりだ。


 今回の外出にて念願の枕もゲットした。


 ラベンダー色にふちにフリルのついた大きめの枕。羽毛たっぷりでふっかふか。思いっきりぎゅうっとしても簡単にはへたれなさそうなふかふかっぷりである。


 他にも服に小物にと沢山。


 以前もそうだったが最近特にジルベルトの甘やかしっぷりに拍車がかかってる気がする。しかも悔しいことに・・・。




 ことりと音を立てて眼の前に置かれた皿。



 そしてその上に乗るとりどりのスイーツ。

 可愛らしい造り物のような菓子はクローディアが迷っていたものばかりで。


「如何しました?他にも何かお取りしますか?」


「いいえ。有難うございます」


 取り置かれたスイーツを無言で眺めるクローディアにジルベルトが不思議そうに問いかけるのに首を振った。



 嬉しいような、気恥しいような、悔しいような。



 確実に嗜好を把握されつつあることに複雑な気分を感じながらフォークを手にとる。瑞々しい果実を味わいながら自然と口元が綻べば、それを見たジルベルトの表情も柔らかく綻ぶ。




「わたくしの事を愛称で呼ばれるつもり?」


「お嫌ですか?」


「ええ。嫌です」


 クローディアがツンと返せば、浮かぶ苦笑い。



 だって、自分はディアじゃない。

 あの頃のディアもジルも何処にもいない。



「今は特に愛称で呼ぶ気はありませんよ。私が知っているのは“ディア”でないので」



 思っていたことと同じことを口にされ、思わずフォークを握る手が止まった。


 眼の前の端正な顔を凝視する。



「それに私が好きになったのは今の“クローディア”なので」



 フォークが落ちた。



 落ちてしまったそれに慌てて彼が新しいものを頼んでくれるが、確実に貴方の所為ですから。そう抗議したい気持ちでクローディアはいっぱいだ。



「だけどいつか呼べたらとは思います。とても親し気で羨ましいとは思うので」



 それはもしや、レイのことだろうか。





 穏やかに笑んでいた顔が不意に引き締まる。


 それにクローディアは身を固くした。







 予想はしていた。


 あの全てを告白したお茶会の日から、何度も話し合いも説得もされた。


 だから、


 外出の提案をされた時、ほんの少しの予感はあった。



 だからこそ最初は躊躇った。

 提案を断ったところでその機会は訪れるし、結局は外出の誘惑に負けたけど・・・。







「クローディア」




 席を立ち、クローディアの傍らに跪くジルベルト。


 アメジストの瞳と紺碧の瞳が重なり合う。


 膝の上に置いていた手が恭しく掬い上げられる。触れられた瞬間、指先がピクリと震えた。





「貴女を愛しています。どうか私と共に人生を歩んで下さい」





 告げられた言葉は簡潔で、だけどあの月の下の求婚とは全然違う。


 あの夜のように運命的ではなく、お芝居のようにロマンティックなそれでもなくて。


 だけどシンプルな故に酷く重い。


 救い上げられた指先へと触れる唇。


 呆然とそれと瞳で追いながら、クローディアは唇を震わせた。









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