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オルセイン邸

 大きな紫水晶の瞳が此方を窺う。


 じっと見詰めて、だけど此方が彼へ視線を向ければ慌てたように兄の後ろへと隠れてしまう。そしてまたぴょこりと顔を覗かせて此方を窺う。その繰り返し。小動物ような仕草が酷く可愛くて、怖がられないように柔らかな笑顔を心がけてクローディアはゆっくりと屈んだ。


 幼い彼らと視線を合わせれば、兄の方は緊張したように背筋を伸ばし、弟の方はやはり兄の背に隠れてしまった。




「初めまして、カイル様にクリストファー様。わたくしはクローディアと申します」



 挨拶をすれば、兄のカイルが名を名乗り返し、それから弟を促した。クリストファーはしっかりと兄の衣服を握りしめたままたどたどしく挨拶を返す。


「ご丁寧に有難うございます。立派にご挨拶ができてお二人とも素敵な紳士ですわね」


 にっこりと褒め言葉を口にすればクリストファーの表情がぱぁと輝いた。その様子が可愛くて、思わず頭を撫でたくなったけれど逃げられてしまっては悲しいのでぐっと我慢する。


 此方に興味津々な瞳を向けてくる姿は、嫌われてはいないようなので人見知りなのかも知れない。


 兄のカイルは黒髪に緋色の瞳。8歳という歳の割に随分と落ち着いた利発そうな子供で、弟のクリストファーは5歳で、蜂蜜色の髪に紫水晶の大きな瞳の小動物みたいなふわふわした印象の子供だった。










 場所はオルセイン邸。




 久々に休みの取れたジルベルトと共に訪れた彼の実家だ。


 彼の兄君であり、現オルセイン当主であるテオドールは緩くウェーブのかかったダークブラウンの髪と薄茶の瞳、理知的でありながら温和そうな男性で、彼の妻であるシャーロットはふわふわと柔らかそうな蜂蜜色の髪と瞳のまるで少女の様な可愛らしい雰囲気の女性だった。


 兄弟仲は良いらしく、テオドールは義弟であるジルベルトの訪問を歓迎した。共に居たクローディアにはテオドールもシャーロットも思うところがあるだろうに、丁寧に対応してくれる二人に出来た人達だなと思う。


 そんな二人との挨拶が終わり、紹介してくれたのが彼らで__



「カイルもクリスも久しぶりだな。クリスは今日は具合は大丈夫なのか?」


 甥に対してだからか、砕けた言葉遣いのジルベルトにクリストファーが兄の背から飛び出して抱き着いた。


「ジル叔父様。最近ずっと来てくれなかった」


「お久しぶりです叔父上。クリスは朝までは具合が悪かったけど今は大丈夫みたいです」


 嬉しそうに抱き着いた後で拗ねた顔になって不満を述べるクリストファーと、ジルベルトの質問に律儀に答えるカイル。兄弟でも随分性格が違う。兄が父親似で弟が母親似だろうか。



 二人の頭を撫でるジルベルトの瞳は、今まで見たことがないくらい柔らかい表情(いろ)をしていた。







 それから暫し、ジルベルトはテオドールに呼ばれ書斎で話を。クローディアはシャーロットとお茶を。


 十中八九ジルベルトが呼ばれたのは自分の話をするためだろうと他人事のように思った。むしろ当主としても兄としても気にならない筈がない。クローディアは自分が問題人物だという自覚は十分にあるし、ジルベルトの暴走も見過ごせないのは当然だ。


 暴走の理由はおおよそ検討がついてはいたが、今日此処に訪れて確信へと変わった。あとは彼がその現状に対しどの様な手段を取るつもりなのか・・・浮かべた微笑みの下でそんなことを冷静に考える。


 シャーロットは本当に少女の様な女性だった。可愛らしい仕草も、趣味も語り口も少女の様でありながら、話題や視線が子供達に向く時彼女は紛れもなく母親の表情をしていた。


 話が一段落したところで、女性陣と子供達はクリストファーの部屋へ。



 ベッドにちょこんと腰かけたクリストファー。彼が着るシャツの小さなボタンを幾つか外す。


「少し胸を触りますわね。冷たかったらごめんない、少しだけ我慢して下さいね」


 ゆっくりと胸に手を当てれば小さな躰がピクリと跳ねた。まだクローディアに慣れていない彼の為に、横ではカイルが同じようにベッドに腰を掛けて小さな手を握っている。


 眼を閉じて、ゆっくりと鼓動を確かめる。魔力を通して、神経を研ぎ澄ます。


「次はお口を大きく開けて頂けるかしら」


 コクリと頷いた小さな頤に手を掛け、ゆっくりと上向かせて口内を覗き見る。


「ありがとう」と小さな口を閉ざさせてから、様々な可能性を考慮する。正直、この程度の触診でわかることは少ない。それでも幾つかの可能性に思考を没頭させた。



「お姉さんはお医者さまなの?」



 先程の遣り取りに慣れているのだろう。小首を傾げて問いかけるクリストファーに「いいえ」と首を振った。


「お医者さまではないけれど、似たようなものかしら?」


「?」


 きょとんとする頭を小さく撫でる。


「お咳が出て喉が痛いでしょう?喉が痛くなくなるお茶を用意するから後で飲んで下さるかしら?」


「お茶のお薬なの?苦い?」


「苦くないわ。それにお薬じゃなくてお茶だもの。何だったらクリストファー様だけじゃなくてカイル様やシャーロット様と一緒にお茶をなさって。勿論、お菓子も一緒にね。お茶にお菓子は付き物でしょう?」


 苦いのが嫌そうなクリストファーにこそっと最後の言葉をつけ足せば幼い顔がぱぁっと綻び、コクコクと何度も頷いた。


 微笑ましくその姿を眺めながら、持参した幾つかのお茶等をシャーロットへと渡す。


「喉が腫れてらっしゃるので後でこれを淹れて差し上げて下さいますか。こちらは躰がだるい時、滋養とリラックス効果がありますの。熱が出た後などはこの結晶を水に溶かして飲ませて差し上げて」


 順々に指さして、効能と方法を伝える。


「紙に簡単な説明を書いてありますからそちらをご覧になって。先程申しましたようにお薬ではありませんから薬との併用も出来ますし、皆様で召し上げって頂いて構いませんわ」


「有難う御座います。これ全部、クローディアさんが?」


「ええ、調合などにも手をだすもので。幾つかお土産に持ってきましたの。お薬のように治療に対するものではありませんが、少しでもお身体が楽になれば宜しいのですが」


 渡した包みを胸に抱え、深く頭を下げるシャーロットに自分に出来る事を考えた。

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