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それは散り逝く大輪の薔薇のように

 



 結局、医師は首を傾げるばかりだった。




 それでも現状に異常はなく、クローディアの体調は休息さえゆっくりと取れば何も問題ないということだった。




 問題がないというか、心臓を貫いたのに問題がないという事自体が大問題な気しかしない。


 まさか夢でも見ていたのかと莫迦な考えが頭をよぎるが先程のジルベルトの激昂を見るにあれは現実だ。それに医師が来た際に胸元の傷痕もしっかりと確認している。胸の間、引き攣ったように痛々しい傷痕はあれが夢などでなかった事を生々しく物語る。






 ならば、何故____?





 一番考えられる可能性としてはゼロスだろうか。




 彼の人間離れした魔術で治療を施された?だけどいくら彼でも心臓を貫いた者の治療が間に合うだろうか。クローディアが彼の能力を底上げしていた事により可能となった?




 真相を知りたくて早く話を聞きたいのだが、クロードとクレアによってそれは禁止されてしまった。


 医師の診察を終えた後、早速話を聞こうとしたのだが目覚めてばかりだから一先ず寝ろとにべもなかった。ジルベルトもクローディアの部屋に居座るのなら会話は厳禁と条件をつけられて部屋に入る事を許された。



 故に無言。



 気になって仕方ないし粘りたかったのだが自分とジルベルトがタッグを組んでもクロードとクレアに勝てる気が皆無。彼の方が立場が上の筈なのに。





 枕許で無言で見守られてるのも凄く居心地が悪い。


 散々晒した後なのは重々承知しているけど寝顔を晒すのも気が引けて正直眠れない・・・などと思っていたのだが、訪れる眠気に自然と瞼が下がっていった。












 眼が醒めて、食事をして。




 また眠る。




 食事すらもクレアやマリーが補助してくれる怠惰な生活を三日程続けた後で漸くクレア達からお許しを勝ち取った。



 因みに食事の補助は一回、ジルベルトが名乗り出てくれたのだけど全力で却下。女性にやられるのでも小さな子供にでもなった気分で恥ずかしいのに無理。殺す気か。



 ところで彼は仕事も忙しい筈なのにほとんど自分の部屋に居るけどいつ寝ているのだろうとマリーに問いかければ、戻ってくるなりすぐこの部屋に来て、仮眠も椅子に座ったまま取っているとの事。


 唖然としてクロードに夜は回収にくるよう言いつけた。












 そして二人きり。


 漸く得た話し合いの機会。クレア達には退室してもらうよう頼んだ。



 相変わらずベッドに立てかけた枕に背を預けたままの最近お馴染のポーズでジルベルトに向き合う。この頃はこの体勢か横になるかのほぼ二択。



「それで、どういうことか教えて頂けますか」



 真っすぐに彼の瞳を見つめて問えば、



「どういうことも何も、何もわからないのは此方の方なのですが」



 困り切った顔で返された。






 ・・・



 それは、そうだ。




 思わず納得した。いや、そうでなくて。



「わたくしはゼロス様に助けられましたの?治療が間に合うような状況ではなかったと思うのですが、あの方、実は人間じゃなかったりしますの?」



 正直になるあまり、後半何か間の抜けた質問になった。



「いえ、一応人間だと」



 一応なんだ。



「確かに貴女を治療したのはゼロス団長ですが、その前に貴女の命を救ったのは貴女の聖女としての能力(チカラ)ではないかと思います」


「わたくしが?」



 思わず眼を丸くする。無意識に自分を癒したということだろうか。



「あの後、何があったか教えて頂けますか」



 そうして彼が語ったのは_____
















 それは一際大きく鮮やかな 大輪の花のようだった。




 鮮やかなクリムゾンレッドのドレスが花弁のように揺れる。嫋やかな白い腕。その腕の先へと続くのは、握りしめた短剣の柄。大胆に開かれた白く柔らかな曲線を描く胸の中央に生えたそれはまるで悪趣味な悪戯のようだった。刃が見えないほど深く、肌を貫き、柄だけが不自然にそこにある。




 ぐらりと後ろへと揺らぐ躰。




 長く艶やかな黒髪がその動きに合わせて夜に揺れる。




 沢山の返り血に染まった躰。そしてそこに彼女の血が混じる。

 じわじわと白い胸元に滲む血液。淡く微笑んだまま閉じられた瞳。血の気を失った肌に、鮮やかな唇の端から一筋の血が伝う。





 全てがスローモーションのようだった。




 こんな時なのに、その様を酷く美しいと思う自分がいた。





 まともな思考など何処にもなくて、ただ必死に彼女に手を伸ばしながら。感情なんてわからない程に沢山の感情が胸の中に吹き荒れながら。確かにそう思った。







 まるで 散り逝く寸前の大輪の薔薇のようだと_____








 クローディアに襲い掛かろうとした魔獣を魔術で蹴散らしながら、崩れ落ちる躰を地につく寸前で抱き留めた。



 深く刺さった短剣の柄が信じられなくて、すぐさま抜こうと動いた手を寸前の判断で喰いとめた。じわじわと滲む血。弁となっている短剣を抜けば大出血は免れない。


 だけどこのままでは助からない。


 クローディアが死んでしまう。目まぐるしく思考がまわり、そして頭が真っ白になった。






 ___ 死 ____






 自らの導き出したその言葉に。









 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ・・・。何とかしなければ、そう思うのに何も方法なんて思い浮かばない。彼女を抱きしめた手がガタガタと震える。


 抱きしめた躰は、あまりにも華奢で頼りなくて。




 じわじわと広がる血液。



 鮮やかなドレスが毒々しいまでの紅に染まっていく。



 彼女の命を吸って。



「・・・っ」



 ギュッと小さな躰を抱きしめた。




「・・・ぬな・・・ディ・・・ア・・・」



 血に濡れたままの手で彼女の頬に触れる。片手で簡単に包み込めてしまえる程に小さな顔。


 忌まわしい紅が彼女の美しい顔を汚すのも構わずに頬を撫でる。



 如何して彼女は瞳を開かない?如何してあの美しいアメジストは自分を映さない?




 どうか瞳を開いて。




 小さな小さな彼女の躰を壊れる程の強さで抱きしめた。



 もうずっと前から、自分にとって何よりも大きな存在となっていた愛しい彼女を。







「・・・死ぬなっ!!・・クローディア!!!!」





 どうか、どうか・・・




 その時だった。




 夜の闇を裂くような激しい光の奔流が眼を焼いた。

 思わず片腕を眼の前に翳す。



 光っているのはクローディアの躰だった。抱きしめた腕の中、クローディアの傷口が光り輝いてる。洪水のような光の奔流が闇を裂いて空へと立ち昇り、淡い光の粒が残滓のようにクローディアの躰を包み込んでいた。




 不意に違和感を感じた。


 そして一瞬後、違和感の正体を悟る。



 それは彼女の髪だった。長く艶やかな黒髪が、先端の部分だけうっすらと白い。そしてそれは瞬く間に浸食を始めた。激しい光の奔流が消え去る頃には彼女の美しい黒髪はキラキラと淡く煌めく白髪へと色彩(いろ)を変えていた。



 突然の事に訳も分からず見つめる中、ゆっくりと動く短剣の柄。まるで内側から何者かに押し上げられるように短剣が動き、やがて見えなかった筈の刃が見える。

 光の粒は雪のようにクローディアの上へと降りかかると、肌に触れた途端に溶けるように消える。眼を見開いてその光景を喰い入るように見つめることしか出来ないうちに、やがて先端を露わにした短剣が音もなく地に落ちた。





 傷口から紅い血が流れる。






 声もなく呆然としていると破裂音が響いた。



「何してるっ!!早く傷口を塞げっ」



 眼に映ったのはたった今眼の前で白に染まった彼女の白髪よりも銀の強い白銀の後頭部。彼女を覗きこむようにして傷口に掌を翳す団長の姿。翳された掌の先、少しずつ塞がれていく傷口。




 ほんの少し、見間違えのように小さく、だけど確かにクローディアの指先が動いたのが見えた。




 ドクドクと逸る心臓を抑えて意識を集中させ、空廻る思考を無理矢理掻き集めて何とか魔術を構築させた。団長のものと比べれば気休めにしかならない治療の魔術。



 だけど、もし彼女が助かるのならすべての魔力を捧げたって構わなかった。




「オズワルドッ!!ボクとジルベルトは治療に専念するから残りの魔獣の駆除と援護を頼む」


「此方は任せろ。アルバートは私と援護を、フレイヤとヴィンセントは屋敷へ逃げようとする魔獣の駆除を」



 ゼロス団長に張られた頬が熱を持つ。


 痛みはさほどないがジンジンと響く熱がその下を廻る血の流れを感じさせた。ドクドクと激しい音を立てる心臓。


 煩い程に、身体中を廻る血液。




 どうか彼女の躰にも、それが戻りますように。




 徐々に塞がっていく傷口。出血が思ったよりもずっと少ないのは、彼女が自分で癒したのだろうか。先程の激しい光の奔流の後、自然に抜け落ちた短剣を眺める。あれは意識が無かった彼女が無意識に聖女の能力(チカラ)を行使した結果なのだろうか。


 わからない。


 だけど、聖女の能力(チカラ)が“奇跡”だというのなら。





 今、この瞬間にどうか奇跡を。






 片手を彼女の傷口へと翳したまま、もう片方の手を地に落ちたままの彼女の手へと重ねる。



 小さなその手に指を絡めて、その手が握り返してきてくれる事を祈った。





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