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おままごとみたいな恋をした  作者:
番外編

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16/65

性質の悪い見世物と、

 



 ジルベルトは頭を抱えていた。



 穴があったら入りたいという言葉があるがそれはこういう時こそ使うのだと身を持って実感していた。出来れば一生実感する事なく居たかった。心の底からそう思う。


 責められるべき相手に慰められ、しかも涙を流すなど。恥ずかしくて今更ながら顔が熱を持つ。だけど不思議と気分はすっきりとしていた。ずっと心を翳らせていた闇が晴らされたような。




 殺せない、と何度も思った。



 彼女に全て露見して、殺せない、とそう言葉にした事で殺さなくて良いんだと心の何処かが安堵していた。



 背もたれに頭を預けて片手で瞳を覆う。


 結局自分は、クリストファーを救う事も出来ず、悪戯にクローディアを傷つけただけなんだと自覚する。閉ざした瞳の奥で、彼女と初めて会った日の事を思い出した。










 噂の聖女をこの眼で見てみたい。



 シュネールクラインの式典に上層部の者が招待され、護衛を兼ねて騎士団・魔術師団からも数人が派遣される事が決まった時、名乗りを上げたのはそんな思いからだった。



 この時は生贄として使う気などなく、ただ見てみたいと思っただけだった。それにシュネールクラインなら治癒の能力を持つ聖女も存在するかも知れないという微かな期待も胸にあった。



 レオン殿下の婚約者。次期王妃。出来損ないの聖女。



 始めて眼にした彼女はどんな想像とも違ってジルベルトは驚いた。



 折れてしまいそうな躰は華奢で、だけど背筋を伸ばした凛とした立ち姿に感じる芯の強さ。流れる黒髪は艶やかな鴉の濡れ羽色。小作りな顔は美しく整っており、だけど何処か少女の面影を残していた。目尻がきゅっと上がった大きな瞳に連想したのは仔猫。


 大勢の観客の前で突然始まった断罪はまるで性質の悪い見世物だった。






「お前がフローラに下らない嫉妬から嫌がらせを行っている事は知っていた。だけど流石に今回ばかりは見逃す訳にはいかない!階段から突き落とすなど未遂だろうと立派な犯罪行為だ!!」


 皆に聞いて欲しい話がある。


 そう言って突然始まった断罪。クローディアがしたという嫌がらせ。嫌味を言った。私物を盗んだ。恥をかかせようとした。そして先日フローラが階段から何者かに突き落とされたとレオンが声高に語る。クローディアを冷たく睨み据えるレオンの背後にはピンクの髪に小動物のような可愛らしい雰囲気の少女が心細げに立っていた。


「わたくしは存じませんわ。わたくしが犯人だとフローラ様が仰ったの?」


 ジルベルトはレオンが声高に断罪を始めてすぐに、クローディアが驚愕に瞳を見開いたのを見た。そして何処かへと瞳を滑らし、すぐに何かを諦めたかのように瞳を閉じたのを。動揺はその一瞬だけで、彼女は平然とレオンの言葉を聞き、指を突きつけた彼へ向かって首を傾げた。


 名を告げられたフローラがびくりと肩を揺らしてレオンの袖を握る。蒼い瞳が一層クローディアを睥睨した。


「私はっ・・直接見ていません。でも、一緒に居た人達が・・・走り去る黒髪の女性を見たって」


「それだけでわたくしが犯人だと?証拠もなしに?」


「お前以外に誰が居ると言うんだっ!?第一黒髪の女など見間違える筈もない!!」


 おどおどした言葉にクローディアの唇に浮かんだのは嘲笑。その嘲笑にレオンが激昂する。


「一国の王ともなられるお方が思い込みだけでこのような場で騒ぎを起こすなどいささか短慮が」


「黙れっ!!!」


 冷笑を浮かべたクローディアの言葉を怒鳴り声が遮った。


「お前に王の資質を問われる謂れなどない!王妃にも聖女にも相応しくない『出来損なの聖女』の分際でっ!!」


 怒りに震えたレオンの手が腰に佩いた剣の柄に指を掛けるの見て「止めてっ!?」とフローラがその腕にしがみ付く。涙を浮かべた瞳でレオンを見上げてふるふると首を振った後、腕を広げてレオンの前に立ちはだかった彼女は潤んだままの瞳をクローディアへと向けた。


「クローディア様。どうか・・・謝って下さい。私はこれ以上ことを大袈裟にする気はありません。ですからどうかっ」




 何が起こったのか、瞬時に理解出来たものはほとんど居なかった。



 毅然と立ったままのクローディアが左手を払うように前に突き出した。無詠唱で紡がれた風の刃が空間を走る。吹き抜けた風に「え?」とフローラの間の抜けた声が漏れた。フローラのピンクの髪がはらりと落ちた。首筋に薄く滲む紅い線。肩までの長さになった髪。




「残念。外してしまったわ」



 手を下ろして呟いたクローディアの声に周囲が現状を取り戻す。


 レオンの怒声が飛び、フローラがチリチリとした痛みを残す首筋に手をやり指先についた赤に言葉を失って腰を抜かす。何人もの騎士がクローディアへと飛びかかる。


 後ろ手に抑えられ地に伏せられたクローディアのドレスが広がる。


 鮮やかな真紅のドレスを着た彼女はまるで打ち捨てられた薔薇のようだった。


 怒りの形相を浮かべたレオンが剣を抜きクローディアの前に立った。騎士達が掛ける制止の声を無視して切っ先が華奢な首筋に触れる。首だけを上げたクローディアは真っすぐにレオンを見ていた。抑えられた躰も、突き付けられた剣先もまるで気にしていないかのようにただ真っすぐに。


 アメジストの瞳が、酷く美しい。場違いにもジルベルトはそんな事を思い、その瞳から眼が離せなかった。



 ゆっくりとクローディアが微笑む。蕾が開くが如く艶やかに。




「わたくしを殺しますの?」



 少女染みた仕草で首を傾げる動きに合わせて、剣先が僅かに皮膚を裂く。流れ落ちた鮮血にか、それともクローディアの存在に対してか剣を握ったレオンの腕が小さく震えた。引かれた剣先に滴る紅い雫。



「・・・っ。お前との婚約を破棄するっ!!並びに殺人未遂において国外追放に処す!即刻この国を出ていけ、二度と俺の前に姿を現せるなっっ!!」


 鳴りやまない騒めきの中、フローラを抱き起し退出するレオンの背を見送るクローディアの瞳にはどんな感情が宿っているのかジルベルトには最後まで分からなかった。




 猫のような瞳はただ全てをじっと見ていた。





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