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その抗議には意義を申し立てたい

 

 ゆっくりと息を吐き出す。


 文字の羅列から眼を上げて軽く瞬きをした。


 酷使された瞳が乾く。何時間も同じ体勢でいたために肩や背にも強張りを感じる。前屈みになっていた姿勢を伸ばし、見苦しくない程度に頭を動かして首筋の筋を解した。此処が書庫でなく人目のない自室であったなら思いっきり腕を伸ばして伸びをしたいくらいだった。


 気休め程度に身体を解し、今しがた読み終わったばかりの書物の内容を頭の中で反芻する。



 机の上に積み重ねられた何冊もの書物。


 その中の一冊を取り、手元の書物と比べる。



 さて、如何するべきかしら。


 心の内で呟いて、もう一度息を吐き出した。










「ディアちゃん」


 ぽすん、と飛び込んできた塊がぐりぐりと頭を擦り付けた後でクローディアの名を呼んだ。



 スカートを掴む小さな手。擦りつけられた蜂蜜色の髪とまろい頬っぺた。飛び込んできた塊の正体はクリストファーだった。


 仔犬のように懐き、きらきらと輝く大きな瞳で見上げてくるクリストファーにクローディアも頬が緩む。腰を屈め、抱き着いてきた幼子の細く柔らかな髪をそっと撫ぜる。


「こんにちは、クリストファー様。カイル様もお迎え有難う御座います」


 にこにことクローディアの手を受け止めるクリストファーと、弟の行動を窘めているカイルに微笑む。



「いらっしゃいませ。叔父上にクローディア様」


「いらっしゃいませー」


 ぺこりと頭を下げるカイルに、兄の真似をしたいのかクリストファーもぺこりとお辞儀を。



 子供達の可愛らしい様子に皆で笑い、シャーロットが屋敷の中へと案内をすればクリストファーがクローディアの手を握った。ちょこちょこと短い足で歩く彼に合せて歩幅を緩める。繋いだ手はとても暖かかった。



 あれから何度かジルベルトと共に訪れたオルセイン邸。



 最初は人見知りしていたクリストファーもすっかりクローディアに懐いてくれて、今では「ディアちゃん」と可愛らしい愛称でまで呼んでくれるようになった。因みにシャーロットは「クローディアちゃん」と呼んでいる。


 慣れないちゃんづけに名前を呼ばれる度に少しだ擽ったい。


 アルバートに対しては軽い以外の感想は抱かなかったのに。相手によって違うんだなと再実感。


 ジルベルトの事をシャーロットが「ジル君」と呼んでいるのを最初に聞いた時は思わず笑ってしまった。もう何年もそう呼ばれているのだろうに、彼は未だに名を呼ばれる度に困ったような表情をしている。カイルは相変わらず丁寧な言葉遣いなままだけど、だけど表情がずっと柔らかくなったし自分から話しかけてもくれるようになった。





 暖かな陽だまり。




 それがクローディアのオルセイン邸に抱いている印象。




「ディアちゃんあのね、僕来月で6歳になるんだよ」


 誇らしげなクリストファーに「まぁ」と驚く。


「ジル叔父様もディアちゃんもお誕生日に来てくれる?」


 上目遣いに此方を見る紫水晶の瞳。大きな瞳にチラつくのは期待と不安。


「勿論」とジルベルトが答えれば紫水晶が喜色に輝く。


「あのねっ、おっきなケーキでお祝いするんだよ。僕の誕生日もお兄様の誕生日もご馳走一杯作ってくれるんだよ。それでね」




 クローディアは楽しそうに言葉を紡ぐクリストファーに相槌を打ちながら、彼の隣に座ったカイルが俯くのに気付いた。黒髪の間から一瞬覗いた紅い瞳は何かを堪えるようで。膝の上で握りしめられた小さな拳が、酷く痛ましかった。









 舞い踊る氷の礫。



 キラキラと煌めく結晶。ダイヤモンドダストのようなそれに瞳を奪われる。



 魅入られる程美しい光景。だけどそれを眼の前にした人々はそれに心を奪われる余裕などなかった。


 美しい結晶が、突如意思を持ったかのように襲いかかる。



 彼を取り囲む六人へと向かって、刃となった氷の礫が眼にも止まらぬ速さで飛散した。


 飛躍してそれを避けようとする者。防壁を張る者。炎で対抗しようとする者。眼の前に迫ったそれに対応しようとする一瞬の間に、彼らの足元が凍り付いた。地面に縫い付けられる足。氷は足から徐々に浸透し、下半身が、腕が、やがて首元まで到達する。



 六体の氷の彫像が完成される間際。


「まだ続ける?」


 彼の声が響いた。



 戦闘をしていたとは思えない、普段通りの声。何時もと変わらない表情。


 どちらでも構わない、という風に僅かに首を傾げて問いかけた彼の動きに合わせて、白銀の髪がさらりと揺れた。


 六人が首を横に振れば、ゼロスが払うように軽く手を振る動作に合わせて氷の彫像が砕け散った。


 氷の戒めを解かれた彼らがそれぞれに礼をするのを見届けながらクローディアは改めて感嘆した。








「天才、というのは伊達ではありませんのね」


「団長は魔術に関しては世界中を探しても間違いなくトップクラスだと思いますよ」


 感嘆の籠ったクローディアの声にジルベルトが相槌を打つ。



 場所は魔術師団の闘技場。演習の真っ只中だ。


 見学をしていた令嬢達からきゃあきゃあと黄色い声が飛んでいる。



 騎士団や魔術団の屋外にある闘技場、それからクローディアお気に入りの書庫など城内の敷地の一角にあるそれらはある程度の者なら気軽に中に入る事が出来る。勿論、それより奥の城などに入れるのは限られた者だけだし、普段仕事をしている建物内などは内部の人間の付き添いがないと入れないが。


 そんな訳で、普段会えない意中の相手にお眼にかかるためにこの闘技場は令嬢方の密かな人気スポットだ。場所柄雄姿を見られるというのも魅力的なのだろうが。


 熱い視線を投げかけられているゼロスを見て、そういえば並外れた美形だったなと今更思い出す。精霊とかそういう類を思い浮かべる造りものめいた美貌。


 確かにああやって魔術を行使している姿だけを見ると憧れを抱かれるのもわからなくもない。


 言動って大きい。


 中身って大事。


 再確認して、うん、と一つ頷くとジルベルトに不思議そうにされた。「何でもない」と流す。


 因みに熱い視線は此方にも向いている。クローディアにはいくらか鋭い視線も。



 先程言ったようにこの辺りは令嬢多発スポットなので、クローディアは一人の時に何度か彼女達に絡まれている。曰く、意中の殿方に気安くするなとの事。ピシリと扇を突き出して抗議をされるものの、クローディアは流している。特に嫌がらせをされる訳でもなく口頭での攻撃だけ、しかもこそこそするでもなく面と向かって不満を口にする主に年下の少女達に悪感情は抱いていない。




 不満はあるが。


 何故なら少女達が近づくなと言ってくる輩にはゼロスやアルバートも含まれているからだ。


 ジルベルトの事は納得できるし、オズワルドの事もこちらから積極的に関わった訳ではないが妬まれるのは許容できる。


 でもあの二人の鞘当てに巻き込まれるのは心外。


 大体彼らに対しては此方から近づいた覚えはない。


 心から遺憾だ。




「やっぱり、こうして見ると旦那さまの戦闘スタイルは独特ですね」


「少数派の自覚はあります」


 苦笑いするジルベルトは以前アルバート達も言っていたように魔術のみに頼らない。


「凄く恰好良かったですわ。騎士にでもなれそうな剣捌きでしたもの」


 動きの少ない魔術師達の戦いの中で、剣を片手に魔術と剣を同時に行使しするジルベルトの戦い方は圧巻だった。剣捌きも剣だけでも騎士と遣り合えるのではないかという卓越したもの。


 先程行われた躍動感ある戦いは見応えもあり今日一番の黄色い声が送られていた。技は派手でも動き自体はどうしても地味になりがちな魔術師の中では仕方がないのかも知れない。


「剣とか重くて持てないンだけど」とはゼロスの談。


 魔術師は頭脳労働なので体力に自信のない者が多い。あの人は中でも重症みたいだけど。


 因みにゼロスはジルベルトとの戦闘を嫌がる。何故なら動けるから。


 術式を編む前に繰り出される攻撃こそ魔術の弱点。試合をする時はここから出てはいけないというルールを設けてするかオズワルドとタッグを組んで。


 視線の先ではまた新たな戦闘が始まっていた。


 人数の差ももろともせずに、一歩も動くことなく捌くゼロス。




 魔術の腕は天才的だ。



 やっぱり彼に頼るのが一番だろうか。


 冷静に戦闘を分析しながら、クローディアは手段と方法を思索する。



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