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魔女との取引は盲目故に

 


「そういえばさ、さっき演技のハナシしてたけどクローディアは何でジルベルトの演技に付き合ってるの?」




 相変わらずの空気を読まない発言に沈黙が下りる。


 いち早く復活したのはクローディアだった。


「ゼロス様はその唐突さは何とかならないのかしら。皆様も本当は気になってるのにあえて言葉にはしてらっしゃいませんのに」


「ゴメンね。ボク素直なんだ」


 全く悪びれずに言うゼロスに、クローディアは仕方なさそうにゆるく首を振った。



 アルバートがそんな二人に手を伸ばして待ったを掛ける。


「ちょ、待って。何で二人ともそんな世間話みたいに話してんの!?」


「だって気になるじゃん。あからさまだし」


「演技が上手い上手くない以前にキャラじゃないですものね」


「だよね、アルバートなら別に驚かないケド」


「また女性を毒牙にかけようとしているというだけの話ですものね」


「待って、本当に待って!そして俺の扱い酷くない?!」


 遂に立ち上がって抗議するアルバートをゼロスとクローディアは「何が?」と言わんばかりに見返す。言葉を失っていたオズワルドがクローディアの名を呼んだ。


「気づいておられたのですか?」


「気づいてないとお思いでしたの?」


 問われ、「いえ」とオズワルドが眼を逸らす。




 違和感に気づいていない者などいない。


 婚約破棄され、国を追われた見知らぬ女性に唐突に求婚をして一緒に暮らす。どう考えたって異常だ。それが誰彼構わず浮名を流している男ならまだしも、あの真面目なジルベルトが「運命」だなんて。もし一目惚れをしたにしても、それならば尚の事手順を踏むはずだ。





 誰が見ても可笑しな現状。




 誰もそれを指摘出来なかったのは、それを気づかれていることを知っているのに、それでも尚その現状を貫こうとしているジルベルトとクローディアに尋ねる事が出来なかったから。決意を秘めたようなジルベルトの瞳がそれを拒んでいるから。



「貴女は、知っているのですか?」


 僅かな反応も逃さないようにクローディアを見つめるオズワルドに首を振った。


「知りませんわ。彼は何も言いませんもの。彼がわたくしを如何するつもりなのか、皆様もお知りでないようですね」


 真っすぐにオズワルドを見返し、次いでゼロスやアルバートに視線を移してそう判断する。


「では何故?」


「別に何でも構いませんもの」


 薄っすらと笑った。


「彼が何を企んでらっしゃってもわたくしには関係ありません。知ってらっしゃるかしら?わたくしは危うくレオン殿下に殺されるところでしたの。どうせ死ぬはずだった命ですもの」


 口元に手をやってくすくすと鈴を転がすように笑う。


「例え演技が上手くなくてもあれだけ外見が整っておられると様になりますわよね。好みの男性がお姫様みたいに扱って下さる。全部お芝居だったとしても、とても素敵。殿方は女のようにはお芝居に夢中になれないものなのかしら?先程アルバート様も仰ったでしょう」



 紅い唇が艶やかに弧を描く。



「女はみんな、夢見がちなの」



 囁くようにそう言って、紅い、紅い唇のまえに人差し指をそっと立てる。


 廊下から、近づいて来る足音が響いた。













 あの後、ジルベルトが会議から戻り、更にマリーとセオが食事を運んできたことにより昼食となった。




 クローディアは一通りの仕事を済ませたので今日はもう屋敷へ戻る。


 鍛錬所に行くついでだからと見送りを申し出たアルバートととりとめのない会話を交わしながら廊下を歩いていた時。


 窓越しに向かいの渡り廊下に見知った姿が見えた。



 相手も丁度此方に気づいたようで、視線の先の男__ヴィンセントの顔が歪む。翡翠の瞳が険を帯びて、クローディアを強く睨みつけた。見たくないものを見たというように顔を逸らし、不機嫌そうに去っていく男の背を見送る。


「何だアイツ」


 同じくヴィンセントの背を見送りながら、頭を掻いたアルバートが呟いた。



「わたくしヴィンセント様に嫌われておりますの」


「クローディアちゃんヴィンスと面識あんの?」


「ええ、少しだけ。アルバート様こそ愛称で呼ばれる程に親しいんですのね」


「まぁ、そこそこ。ジルとヴィンスが同期だし、それ繋がりで偶に飲んだりする」


 成る程、と心の内で呟く。


 ヴィンセントとアルバートはあまり性格が合いそうにないなと思ったけど、ジルベルト繋がりか。


「ヴィンスは気に喰わないと割と露骨に態度に出すしな」


 顔の前で両手を合わせて「悪い」と彼に代わって謝るアルバートに首を振った。


「取り繕う事とか苦手そうですものね。アルバート様と違って」


 背の高いアルバートを覗きこめば、僅かに息を呑む音が聞こえた。


 お道化た表情のまま固まる仮面。ローズピンクの瞳の奥は酷く冷ややか。


「何のこと?」


 恍けた笑顔。


 甘く垂れたローズピンクの瞳。一瞬で張り付けられた仮面の奥、隠しきれなかった瞳の色が彼の外見も相まって、何処か牙を向く前の獣を思わせる。獰猛なその光は彼によく似合う。


「さぁ、何のことかしら?」


 眼を離した瞬間に喉笛を喰い破られそうな瞳を見上げたまま、お返し、とばかりに恍けた笑顔を。




 アルバートがクローディアを好いていない事など知っている。


 そもそも女自体が嫌いなんじゃないかと思っている。あるいは莫迦な女が、か。


 軽い声音の中に時折覗く蔑視と嫌悪。


 クローディアはアルバートが嫌いであろう莫迦な女のうえに、大事な相棒が関わっているのだから当然か。



 でも、と思いくるりと背を向けて歩みを再開させた。


「アルバート様の大切な“相棒”の事は心配ないんじゃないかしら」



 きっと全ては杞憂に終わる。


「人魚姫は王子様の事しか見えていなかったのでしょうね」


 話の脈略が掴めなかったのだろう、「は?」と低い声が漏れた。




 美しい声と引き換えに、


 手に入れた痛みだけを伝える出来損ないの身体。




 魔女の条件を聞いて尚、少しも躊躇わなかった人魚姫は


 王子様と幸せになる自信があったのだろうか




「あの人はきっと、魔女との取引なんてしないわ」



 それは確信にも似た予感。



「王子様の事がどれだけ大切でも盲目になんてなれない。そこに纏わるリスクも、お姉さんたちがどれだけ悲しむのかも考えてしまう真面目で優しい人だもの。アルバート様だって知っているでしょう?」



「だから」と続ける。


「心配なんていらないわ」



 外へと通じる扉まで辿り着いた所で後ろを歩くアルバートへ向き直った。「送って下さって有難う」呆然とする彼へ礼を告げて、クローディアは引き留められる前に馬車の停まる道まで日差しの中へ足を踏み出した。




 王子様はきっと、人魚姫が大切にしていた少年の像に似ていたのだと思う。



 無謀な賭けに出てまで、憧れへと手を伸ばした。



 美しい少年の像を胸に抱き、夢だけをみていれば良かったのに。








 そうすれば誰も、傷つかずにすんだのに_____





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