出発の朝
その刀は想像以上に真っ白だった。
真冬の北部魔界へ一度だけ行った事があるが、あの時見た雪よりも真っ白だった。
「これはすごいな」
たまらず声が出た。
「そうでしょ?我が家の家宝です」
「家宝をお前に渡すなんてなぁ……怖いことするなぁ」
「ちょっと!どういう意味ですか?!」
「そう言う意味だよ」
「言っときますけどね!正式に免許皆伝して受け継いだんですよ?!」
「免許皆伝?」
「ええ、我が家に伝わる秘剣、無敵剣法・電光石花!その技すべてを習得し、免許皆伝しました!お父さんにもできなかったんですよ?!」
「なんだよそれ。聞いたこともないし、お前ん家に伝わるとかよ、胡散臭いんだけど」
「何を言うんですか!おじいちゃんが長きにわたる冒険の末に編み出した剣法ですよ?!」
「開祖じいさんかよ。余計怪しいわ」
「むきー!そんなこと言って!見たら絶対!ぜ~たい!驚きますからね!すごいんですからね!」
「ああ、そうかい。頼りにしてるよ」
「全然!信じてない!」
「シンジテル、シンジテル」
「感情が籠ってない!」
真っ暗な工房で俺たち二人でそんな雑談をしていた。
ドクダミちゃんたちと別れた後、俺はハクビさんの作った晩御飯をふるまってもらった。
その後、俺は約束通りイヅナの刀を研ぐことになった。
「ほんとはこういうのには、専用の砥石があったりするんだけどな」
俺はイヅナの刀を手に言った。
「まぁ軽くでいいな。手入れはしているみたいだし」
「ええ!毎日メンテナンスはしてますよ!」
「そうか。大切にしてるんだな」
「はい!家宝ですからね」
イヅナはそう言うと誇らしげに胸を張った。
「そうだな、じゃ、できるだけ頑張るよ」
俺はそう言ってその小ぶりな刀を砥ぎ始めた。
「順調ですか?」
ハクビさんが酒瓶とグラスをもって工房に入ってきた。
「ええ、はい」
俺はできる限りの愛想で返事した。
ハクビさんは工房に入ってくると、酒瓶を開けた。
俺は手を洗い、ハクビさんが手渡して来たグラスを受け取った。
「では、明日の冒険がうまくいくよう祈ってます」
「ええ、精一杯を尽くします」
俺はそう言うと、乾杯し琥珀色の酒を飲み干した。
「いいですねぇ~!」
砥ぎ終わった刀を見てイヅナは声を上げた。
「お気に召したかな?」
俺はもう一対の刀を砥ぎながら伺った。
「ええ、クダギツネもすっごいよろこんでます!」
「そうか。そりゃよかった」
俺は黙々と作業を続けた。
久しぶりにやってみると、やはり砥ぎは面白い。
ずっとやってきたことってのもあるだろうけど、なんだかしっくりくる気がしていた。
「うん。やはりですね」
ハクビさんが作業する俺の姿を見て言った。
「この砥石……特別な物ですね?」
「え?ああーそうですかね?田舎では普通にあるものですけどね」
「失礼ですが、南部のどちら出身ですか?」
「マリージアってとこです」
「そうですか。やはり……」
「え?」
「あそこの砥石は地元にしか出回らないんです。最高級品です」
そうなのか……。
俺の家の近所に砥石屋があって、そこの爺さんが親父の飲み仲間で、ことあるごとに砥石を持ってきてたけど……。
「そうでしたか……。近所のじいさんがよく持ってきてくれてたんですけどね」
「そうですか。うらやましいですね。私も一つ頂きたいくらいですよ」
「そんなにいい物なんですか?」
「ええ、こっちで買おうと思えば金貨10枚は下りませんね」
「へ?」
俺は間抜けな声を出した。
「金貨……?」
「じゅうまい?!」
「ええ、まぁそれくらいはするでしょうね」
マジかよ……。
今度実家に帰った時は、全部持って来よう。
俺は静かにそう決意した。
「おお~おお~」
砥ぎ終わった刀を見てイヅナはうれしそうしていた。
「試し切りして良い?!」
イヅナはハクビさんに向かって子供のように……まぁ子供なんだけど……、ねだった。
「じゃ、丸太用意しようか」
ハクビさんはそう言うと腕まくりした。
それを見て俺は、マッチを擦った。
「よろしければどうぞ」
ハクビさんに火を付けると、ハクビさんはお礼を言って、外に出て行った。
「ふふふ、ふふふふふふ」
イヅナは妙な笑みを浮かべていた。
「へへ、へへへ」
「なんだ気持ち悪い」
「切れますよ……今宵の妖刀は……切れますよ!」
「そうか、よかったな」
俺はあきれ顔でため息をついた。
「準備できたよ」
ハクビさんがそう言うと、イヅナは勢いよく立ち上がった。
「我が秘剣を見せてあげますよ!」
「ああ、ぜひ」
俺はイヅナの後について工房を出た。
工房の外にはイヅナ位の大きさの丸太が一本置かれていた。
「見てて下さいね」
イヅナはそう言うと丸太の前に立った。
そして、目をつぶり、呼吸を整え、刀に手を置いた。
そしてバチっとイヅナの体に閃光が走った。
帯電してる……そう思った瞬間、丸太が両断され宙を舞った。
え?
俺は宙を舞った丸太を目で追った。
その瞬間、青白い閃光が走ったかと思うと空中で細切れになっていた。
細切れの丸太と共にイヅナが着地した。
「すごい切れます」
イヅナは満足そうにそう言った。
「お、おう」
俺は気の抜けた返事をした。
正直、驚いていた。
まったく目で追えなかったからだ。
雷の魔術師で肉体強化する奴は、スピード系の奴が多いがイヅナは特に速かった。
「お前すごいな」
俺がそう言うとイヅナは得意げだった。
「ええ~?!まだ序の口ですよぉ~?」
イヅナはそう言うと、残った半分に向かった。
そして、イヅナは剣を振った。
その剣は振ったというよりも舞ったという感じだった。
体をひねり左手で切った勢いで体を旋回させ右手の剣でさらに切る。
くるくるくるくる回りながら、時にはステップを踏みながら、両手で丸太をどんどんどんどん削っていく。
なんだか小気味良くて、見ていて気持ちよかった。
「どうですか?!」
「え?ああ、すごいな」
「今のが雷光剣必殺、胡蝶剣斬です!」
「電光石花じゃなかった?」
「電光石花の、胡蝶剣斬です!」
そう言って恥ずかしそうに、でも誇らしそうに胸を張るイヅナを見て、俺は、空笑いした。
埃くさい部屋で目が覚める。
今日はついに出発の朝だ。
俺は古いベッドから抜け出し、洗面所に向かう。
身だしなみを整えて、部屋に戻り、クローゼットを開く。
俺はそこにある、冒険着を手に取った。
ポケットのいっぱいついた上着にズボン。
こいつは俺の勝負着であり、商売道具だ。
「ついに、こいつの出番だな」
俺は久しぶりの出番を迎える相棒に、袖を通した。
そしてもう一つの相棒である、でかいリュックを背負う。
いよいよだ。
俺は大きな期待と少しの不安を抱えて、部屋を出た。
「しっかりやるんだよ」
下宿の扉に手をかけたところで、ドーソンさんが声をかけてきた。
「はい。いってきます」
扉を少し開けるとまぶしい朝陽が差し込んできていた。
俺は少し振り返る。
ドーソンさんはただ無言で俺を見ていた。
俺はその顔を見て……不敵に笑って見せた。
ドーソンさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに俺と同じように不敵な笑みを見せた。
その顔を見て俺は安心した。
一呼吸おいて、俺はまっすぐ背筋を伸ばし、出発した。
「よお」
噴水広場で待つイヅナに挨拶する。
「おはようございます!」
イヅナの表情はどこか固かった。
「昨日のさ」
俺はその顔を見て唐突に話しかけた。
「お前の剣技あれすごかったよ」
俺がそう言うとイヅナは少し固まったあと、にへらと笑った。
「でしょぉ~!」
「ああ、お前はすごい」
「へへへへへ」
イヅナはなんだかぎこちない笑顔を見せた。
「でも、調子に乗るなよ!」
俺はそう言ってイヅナの両頬を引っ張った。
「いててて、えへへへへ」
イヅナの顔がだんだんほぐれてきたのが見えた。
「頼りにしてるぜ、リーダー」
「はい!」
そうして俺達はドクダミちゃんの家に向かった。
ドクダミちゃんお家の前にはもうすでに豪華な馬車が用意されていた。
いつものオープンな荷台じゃなく、完全個室型の鉄製の荷台付きの馬車だ。
相当な重量なのだろう、それを引く馬も大きく、たくましい筋肉が盛り上がっていた。
こんな馬見たことない……って、あれ?いや、こいつなんか見たことある。
「よお、旦那。またお会いしましたね」
でかい馬車の前に行ってみると、御者の男が話しかけてきた。
「おおう……。やっぱりあんたらか。久しぶりだなブロンソン。このでっかいのはなんだ?」
話しかけてきた御者の正体はブロンソンだった。
そして、もちろん、荷台を引くのは相棒のランデルだ。
「ポートマルリンカーさんから聞いたぜ?今日出発なんだろ?」
「それで、迎えに来てくれたのか?」
「ああ、また遅れちゃ困るってんでな。なんとしても、無事に送り届けてくれだってさ」
ブロンソンは無事という部分を強調して言った。
俺は心当たりがありすぎて、苦笑いした。
「まぁ、私達前科がありますからね!」
「今日もそれなら身が持たねぇってよ。愛されてるねぇ~」
ブロンソンはそう言うと、高らかに笑った。
「あっ、モリー様!」
門をくぐるとドクダミちゃんがいた。
なんだか不細工な犬と遊んでいるようだった。
「待たせたな」
「おっす!ドクダミちゃん!ゲンキー!?」
「元気ー!」
ドクダミちゃんはにっこり笑って見せた。
「うん。元気そうだな」
俺はそう言うと、ドクダミちゃんの傍らにいる小柄で不細工な犬を見た。
「こいつは?」
「この子はフリンデルバルトです」
「ああ、こいつが……」
フリンデルバルトと呼ばれたその犬は、舌をずっとだして、目を丸くしていた。
そして、足下に落ちている、汚い人形をもぐもぐ噛んでいた。
「この子のお気に入りの人形なんです」
じとっとした目で犬を見ていると、ドクダミちゃんは何も言わずに、説明を始めた。
「この子を拾った時に持っていたもので、たぶん前の飼い主の物だと思うんです」
「捨て犬だったのか……」
「はい……」
なんでだろうか、非常に申し訳ないが、まぁ捨てるよなって感じだった。
「こ、この子はこんなのですけど!か、かわいいところもあるんですよ」
ドクダミちゃんが苦しいフォローを入れた。
「あ、ああ、わかってるよ」
俺はそう言うと屈んでフリンデルバルトを撫でようと手を出した。
すると、フリンデルバルトは俺の手を避けた。
俺はフリンデルバルトの顔を見る。
そして、もう一度撫でようとしたが、再び避けられた。
「こいつ……」
俺の手を避けた後のフリンデルバルトの顔に俺はムカついていた。
何が腹が立つってなんだか哀れな奴を見るような目線を向けられているのが腹がたった。
「ははは、嫌われましたね~」
イヅナが笑いながら、フリンデルバルトに近づく。
「この人こわいでちゅよね~。フリンく~ん」
イヅナは甘い声を出しながらフリンデルバルトの頭を撫でようと手を伸ばした。
瞬間、フリンデルバルトはイヅナの手につばを吐いた。
「ぎゃっ!」
イヅナが悲鳴を上げて飛び跳ねた。
「く、くさい!」
「フリン!」
ドクダミちゃんが声を上げる。
するとフリンデルバルトは何か哀れなものを見るような眼で俺達を見てきた。
そして、汚い人形を咥えて……俺達の前に置いた。
そして、やれやれってかんじでため息をついた。
「や……野郎!」
「むきー!!犬畜生の癖に!なんて態度!」
イヅナが激高した。
「い、いい子なんだよ!」
「うそ!嘘だよ!こいつは腹黒だよ!この畜生許しちゃおけねぇ!」
イヅナはそう言うと刀に手をかけた。
「おまえ、それまだよだれついてるぞ」
俺がそう言うと、イヅナは慌てて刀から手を離した。
「っぎゃー!クダギツネに!汚らしい液体が!!」
「落ち着け。ほら、タオルで拭け。持ってきてるだろ」
「いやです!私のタオルでこんな汚いの……いやです!」
「わがまま言うな!」
なんてやり取りしていたら、フリンデルバルトのほうから空気の抜けるような音が聞こえた。
「……こいつ」
「今……笑いましたね?」
俺達は殺気の籠った目でフリンデルバルトを見た。
「いい子なんですよぉ~!」
ドクダミちゃんの悲痛な叫び声をあげた。
「おーっす!来たね~」
ドクダミちゃんの叫び声を聞いてレイシーが大荷物を持って出てきた。
「おう。来たか。結構な荷物だな」
俺は前日の打ち合わせの時に口をすっぱくしてこう言っていた。
「無駄な物は持ってくるなよ」
「へへへ~、まぁいろいろ女の子は大変なんでね~。これくらいになっちゃいましたね。でもいらないものはないですよ」
「そうか、ならいいが……大丈夫か?」
「ええ、体は丈夫なんでね!へっちゃらです」
「そうか」
「ほんで?何してたんですか?」
「あ?ああ、今から犬を処刑するところさ」
「処刑?!ははは、フリンデルバルトですか?あいつは人を苛つかせる天才ですからね~」
なんてレイシーは暢気に言ってたが、言ってるそばからフリンデルバルトがレイシーの足下に移動していた。
そして……レイシーに向かって片足を上げた。
「おい!逃げろ!そいつ“やる”気だ!」
「へ?うおっ!」
レイシーが驚異的な反射神経でフリンデルバルトから距離をとる。
それを見たフリンデルバルトはつまらなそうな顔をして、上げた足を下ろした。
「こいつ……お前にもこんな態度か?」
「ええ、まぁこいつは誰にもなつきません」
「ドクダミちゃんにもか?」
「ええ……しいて言うならおねぃちゃんの言うことだけは聞きます。あと旦那様」
「完全にお前ら見下されてんじゃん」
そう言うとレイシーは、はははと笑った。
俺もつられて笑った。
「あ!」
笑ってると、イヅナが声を上げた。
うん?と思った瞬間、俺は足に温かい何かを感じていた。
それが何か理解した瞬間、独特な臭気が俺の鼻を突いた。
「や、やろう……!」
俺は足下の小動物を見た。
「やりやがったな……」
俺はマッチを擦り、火をつけた。
「覚悟しやがれ!このあほ犬ーーー!」
俺が叫ぶと、フリンデルバルトはきゃんと鳴いて、走って逃げた。
俺はそれを全力で追いかけた。
「まて!あーこいつ!ちょこまかとー!」
フリンデルバルトは顔に似合わず、小回りがきいた。
俺はいつまでもそのあほ犬のしっぽを掴めないでいた。
「えらい、にぎやかですねぇ……」
シルアさんがそんな俺を見て、あきれ顔でそう言った。
「そんなはしゃいで大丈夫なんですか?」
「あっはい。すみません……つい……」
俺は年甲斐もなく熱くなったことを恥じた。
「仕方ないですよ!シルアさん!こいつにどんな教育してるんですか!」
イヅナが怒りの声を上げた。
「いやぁ、お恥ずかしながら言い聞かせているんですけどねぇどうも困ったやつで……」
シルアさんはそう言うとフリンデルバルトに近づいた。
「あんたねぇ!ええ加減にええこにしなさい!」
シルアさんがそう言うとフリンデルバルトは嘘のようにおとなしくなった。
「ごめんね、イヅナちゃん。よう言い聞かせとくから……」
「お願いします!イヅナ様をあがめるように教育してください!」
イヅナがそういうと、フリンデルバルトは鼻を鳴らした。
「こいつ……また……」
イヅナは冷たい表情で刀を抜いた。
「イ、イヅナちゃん!落ち着いてぇ~」
ドクダミちゃんがイヅナに縋りつく。
「だめだよ……ドクダミちゃん。こういうのはきちんとしないと……ダメだよ」
イヅナは本気でフリンデルバルトをやろうとしていた。
「こら!あんた!お客様に失礼な態度しないの!」
シルアさんが見かねて声を上げると、フリンデルバルトは悲しそうな鳴き声を上げた。
「ごめんなさいねぇ。まぁこの子も反省してるみたいやし、ね?」
シルアさんがそういうと、イヅナは苦い顔して刀を収めた。
「次。次は許しませんからね……」
イヅナの目はマジだった。
「はい、はい。ほんじゃね」
収まったところで、レイシーが言った。
「時間ですね」
シルアさんはそう言うと立ち上がり、俺達の方を見た。
「待ってますからね。必ず元気に帰ってきてくださいね」
「はい。必ず」
「お土産!持ってきますね!」
「わ、わたし……頑張ってきます」
「だからまぁ、帰ってきたら……」
俺達は顔を見合わせた。
そして、笑って言った。
「ご馳走お待ちしてまーす!」
俺達がそう言うと、シルアさんは声を上げて笑った。
「目を引ん剝くくらいのごちそう用意しときますね」
馬車に乗り込む俺達を見て、シルアさんが言った。
「ええ、お願いします」
俺がそう言うと、シルアさんは笑顔で頷いた。
「ほんなら!」
レイシーが荷台から顔を覗かせた。
「私達!冒険に!」
イヅナがその上から顔を出した。
「行ってきま~す!」
そのまた上からドクダミちゃんが顔を覗かせ、みんなで手を振った。
それを見た、ブロンソンはランデルに鞭を打った。
馬車は、蹄鉄の音を響かせ、冒険者通りを進んだ。
遠くで心配そうな表情で、手を振るシルアさんの姿を俺達は見ていた。
馬車が遠ざかり、その姿が見えなくなるまで、ずっと……俺達はその姿を見ていた。




