鏡
中央広場には、人がごった返していた。
祭りの本祭が近づくにつれて、人が多くなってきた。
俺は一人で噴水の近くに座っていた。
傍らには大きなリュックがあった。
これは、俺の仕事道具だ。
といっても、アルガートンたちと冒険していた時に比べたら大分としぼんでいた。
今日はここからこいつを膨らませてパンパンにする予定だ。
それもこれも全ては……明日の出発のためだ。
「やっと、この日を迎えたな……」
今日は明日の出発のための買い出し兼、ミーティングの日だ。
久しぶりに全員が顔を合わせることになる。
5日ぶりくらいかな?
もう1か月以上会っていない気がする。
あいつらと出会ってからというもの、1日1日が濃いのでたったの5日がとても長く感じていた。
俺は待ち合わせ時間の少し前に到着する予定できたが……まだ、誰も来てはいないようだった。
気持ちが逸ったのか、集合時間にはまだすこし速かった。
落ち着け。力むのは分かるが、落ち着け。
俺は自分に言い聞かせた。
と言っても、言うだけで大丈夫なら苦労しない。
俺はおもむろに立ち上がり、体操を始めた。
体を動かしてりゃ、緊張は和らぐ。
俺は人目をはばからず、噴水にむかって体操を始めた。
体操するとすぐに体があったまる。
ただでさえ、夏なのだから当然なのだけど……。
じんわりと全身に汗をかいてきた。
俺はそこで、はっと気が付いた。
一応女の子と会うんだから汗臭いのはダメだよな……。
俺は体操をそこそこに、今度は汗を持参したタオルで拭き始めた。
全部拭き終わり、においもなし……。
よし……これで大丈夫だ。
時間も少し過ぎた頃合いだし、そろそろ……と、思った時だった。
俺の背中を誰かが指でつついた。
やっときたか……。
俺は姿勢を正してため息をついた。
「遅かったな。待ったぞ」
俺はそう言って振り返えった。
「ああ、そうだったのかい?それは申し訳ないことをしたね!」
そこには笑顔のアルガートンがいた。
は?
時間が止まった。
「やぁモリー、奇遇だね。もしかして誰かと待ち合わせかい?」
何だこいつ?
「うん?その荷物……まさか、冒険に行くのかい?もしかして、さっそく北部魔界へ?」
こいつはなんで俺に?
「もう次の冒険者PTを見つけたんだね?よかった少し気がかりだったんだ。あーその……」
「ああ、いや、そうだな」
いろんな思いが頭の中に去来して、俺の頭は完全に真っ白だった。
俺が抱いている感情も一体これは何なのかが分からなかった。
怒り?憎しみ?それとも……。
分からないから、俺は取り合えず、話してみることにした。
「俺は今から買い物だ。冒険に出るからな」
俺がそう言うと、アルガートンはぽかんとした顔をした。
そして、いつもの笑顔を向けてきた。
「そうかい!今度はどんなPTに入ったんだい?」
その質問に俺は少し苛ついた。
どうせお前なんて、腰ぎんちゃくなんだろ?って言われている気分だったからだ。
そう思ったってことは、たぶん俺は……今こいつの事が嫌いなんだと思った。
正直顔にも出てたと思うし誰の目から見ても明らかだったと思う。
だけど……なんでだ?こいつ、なんでこんなに……嬉しそうなんだ?
「あっあー。まぁ、そのなんだ……新しいPTだ」
俺はそう言った。
「新しい?それじゃまた僕たちみたいな感じなんだね?」
「まぁ……そうだな」
「そうか」
アルガートンはそう言うと、俺を真っすぐに見つめてきた。
俺はその瞳を見るのがつらかった。
なんでそんな真っすぐに俺を見る?
こいつは何を考えてるんだ?
「冒険者を……続けるんだね?」
「ああ、そうだ。聞いてないのか?ステラから」
「ステラ?もしかして君、彼女にあったのかい?」
「え?ああ、この間俺の家に来た」
「それは……そう言う事かい?そうか……、それは気が付かなかったな。まさか君たちがそういう関係だったなんて」
アルガートンはそう言った。
「違う、そうじゃない」
「そうなのかい?」
「そうだ」
「うん。そうなんだね」
「いやそうだけど、そうじゃない」
「うん。なるほど?実に哲学的になってきたね」
「いや、そんな難しくない。あいつは俺に文句を言いに来ただけだ」
俺がそう言うとアルガートンは目を丸くした。
「わざわざ、あの子が君の家まで?文句を言いに来たのかい?」
「そうだ」
「それは……興味深いね。それって一体何についての文句だい?」
「あーそれは……いろいろだな」
「いろいろ……。うん、どうやら僕は立ち入ってはいけない関係のようだね」
「あーいやまぁ……」
「大丈夫さ。理解はしているよ。そして、意外かもしれないけど……僕は応援するよ」
アルガートンはそう言って、嬉しそうに笑った。
この瞬間、俺は今持っている感情を理解した。
俺がアルガートンをどう思っているのか。
そのすべてを理解した。
そうすると不思議と気持ちが軽くなった。
「俺の事は良いけど、お前は何してるんだ?俺になにか用か?」
俺は素直に疑問を口にした。
「ん?いや、別に君を見かけたからね。それで話しかけてみたんだ」
「それだけ?別に何か用があったわけではないのか?」
「ああ、そうだね。迷惑だったかい?」
「いや別に。ただ何かありそうだったから、無いのが意外というか……」
「ああ、そう言う事なら、用はあるね」
「は?あるのか?」
「ああ、いや、なかったよ」
「ないのか?あるのか?」
「ああそうだね。正確に言うと、話しかけた時はなかったが、今はあるってことだね」
「つまり……今思い出した?」
「要約すると、そうなるね!」
やっぱりだ……間違いない。
こいつは自由すぎる。
好きとか嫌いじゃなくて……訳が分からない。
俺はもうこいつの行動原理について……考えるのをやめた。
「で、用ってなんだ」
「ああ、あの事件の顛末をね。話してなかっただろ?君には報告する義務があると思ってね」
「あの事件……。赤いスライムの事か?」
「ああ、そうさ。それについてだけど……。君はどこまで知ってる?」
「あーそうだな。お前が中央に呼び出されたってとこ位までかな?」
「なるほど。じゃ、全部説明しよう。あの後なんだけどね、ご存じの通り僕は冒険者ギルドに呼び出された」
アルガートンはつらつらと話し始めた。
「それでまぁ今、北部魔界で起きている事件についても聞いた。だから処分保留されてたんだけどね。先月の終わりくらいに通達があった」
「それで?」
「結論から言うと無罪だ。赤いスライムがレアドロップ認定された」
「レアドロップ?」
「そうさ。凍らせたのがよかったみたいだ。かなりいい状態で回収できたからかなりの高評価だった。その上、新種判定もされた。それで今回はお咎めなしだ。もちろん君もね」
その話を聞いて俺はやっぱりなと思った。
この世にはそういう運命の奴がいる。
どんなことをしようと、まるでこの世界から祝福されているかのように……そいつのいいように事が進む。
最強の幸運を持った人間。
英雄の資格とでもいうのか……この世の主人公というのか……何にせよ、こいつはその典型だ。
「そうか。そりゃよかったな」
「ありがとう。で、その後、僕らはPTを解散した」
アルガートンはさも当然かのようにそう言った。
「は?!」
俺は思わず声を上げた。
「解散したのか?!」
「ああ」
「ああって……」
俺は混乱していた。
惑わされるな。
こいつの言葉は言葉の通りじゃない。
「それって完全に解散?一旦とかじゃなく?」
俺は真意を探るようにそう言った。
「うん?あっそうだね。そういうと確かにそう思うよね。まぎらわしかったな」
「ああ、そうだな。それは良いが、で、どうなんだ?」
「ああ、それは君の言った通りさ!」
「どの通りだよ!」
ああ、分かった。
もう完全に理解した。
こいつは馬鹿なんだ。
そうじゃないなら、超悪趣味な奴だ。
わざとおちょくるような話し方をして苛つく俺を見て笑っているかのどちらかだ。
「ああすまない。一旦さ、一旦解散することにした。ホントはすぐにでも冒険したいんだが、いろいろ問題があってね」
アルガートンは悪びれもせずにそう言った。
俺はもうすでに全身に疲労感が出てきていた。
「問題って?」
「そうだね。結論から言うと大きく三つある」
「そうか三つね……」
「まずは、もう一人が見つからないって事」
「え?」
いきなり俺にとっては意外な話だった。
「決まってなかったのか?」
「ああ」
「候補も?」
「正直言うと、君を外した時から……その点についてはノープランだった」
「ええ……」
俺はもう困惑を通り越して、心配になってきていた。
「それどうすんの?」
「うーん。すぐ見つかると思ったんだけどね……。でも、目的に合致した補助魔術師が意外にいなくてね……」
「そうか。うん。二つ目は?」
「次の目標だね。大まかには決まっているけど、まだ詰めれてないからね」
「なるほど、三つめは?」
「ああ。それは……うーん、すまないそれは今は言えないな」
アルガートンはそう言った。
「そうか。わかった」
もうあれこれ考えるのはやめた。
「ならさ、理由二個って言ってくれない?無駄に気になるからさ」
でも、さすがに文句は言おうと思った。
「うん?ああ、それもそうだね!」
予想通り、アルガートンはそう言った。
そして、愉快そうに笑った。
「そうだね。それじゃ三つ目の理由は……僕がお祭りに参加するってことにしとこうか」
アルガートンは満足いくまで笑った後そう言った。
俺には何がそんなにおかしかったのか……最後まで分からなかった。
「あー祭り?」
「ああ、銀翼灯争に出る」
銀翼灯争
「え?」
「明日が最終予選だね」
「もう?」
「ああ、ついでに言うとウーティーもアームレスリングで決勝大会行きを決めたよ」
「ああ、そうか。流石だな」
口ではそう言っときながら、俺は驚きを隠せなかった。
正直言うと、事前に誰かに、あいつらが出たらどうなると思う?って聞かれたら「まぁあいつらならいけるかもしれないな」と言うだろう。
だけど、いくら実力があるとはいえ、Cランクの冒険者が決勝に行くなんて……考えられなかった。
アルは俺のその困惑した顔を見ると、少し何かを考えていた。
「なぁ明日、僕は勝てると思うかい?」
しばらくして、アルガートンがまっすぐ俺を見てそう尋ねた。
俺は一瞬思案した。
けど、うん。やっぱり答えは変わらなかった。
「ああ。アルならいけると思うよ」
「そうかい……。ありがとう」
俺がそう言うとアルはにこりと笑った。
爽やかな笑顔だった。
そしてアルは、俺に手を差し出した。
俺はその手を見て……アルの顔を見た。
その顔は、俺と冒険していた時となんにも変わらない。
いつも通りのアルだった。
こいつは……鏡だ。
俺の心を映す鏡。
俺がどういう心でいるのか。
それ次第で、こいつの見え方が変わるんだ。
こいつはあくまでもアルガートン。
いつでも、アルはアルのまま。
悪意も他意もない。
ただそこに、自然のままにいる。
本当にこいつは……。
「お前ってさ……」
「うん?」
「風みたいだな」
「ああ、なんでだろうね、それ、よく言われるよ」
そう言って首をかしげるアルの手を、俺は笑いながら握った。
「それじゃあ。君の冒険の幸運を祈るよ」
「ああ、お前もな。健闘を祈るよ」
そう言うと、アルはにこやかに、手を振り俺に背中を見せて歩き始めた。
俺はその背中を見て、なんだか吹っ切れた気分だった。
そして思った。
そのにやけた面をゆがませてやる。
お前がちんたらしてるうちに……俺達はBランクに行く。
「まぁ、見てろよ」
俺は人混みに消えて行くアルの背中にそう言った。
「も、も、も、モリー様?」
「あん?」
背後から俺を呼ぶ声がした。
振り返って見るとそこには見慣れた阿保面が3つ並んでいた。
「い、い、い、今の人は?!」
イヅナがわなわな震えながらそう言った。
「ま、ま、ま、まっまっ、まぁああああ」
イヅナにしがみついて震えている、ドクダミちゃんがそう言った。
産まれたての小鹿のようで、今にも倒れそうな感じだった。
「あー!あああああああああっ!」
レイシーが大口開けて声を上げた。
「アルガートン様?!」
レイシーの声に合わせるかのように三人が声を合わせてそう言った。
「あ?ああ……そうだよ」
俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。
「うえええ?!」
三人は人でごった返す広場の真ん中で元気に叫んだ。
その声は遥か青空の彼方に、吸い込まれていった。




