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シルヴァウルリアの伝説

気が付けば朝だった。

俺は呆然自失と立ち尽くしていた。

片手には錆で真っ赤になったバケツをぶら下げ、白む空をただ見上げた。


一通りの作業が終わった。

俺は排水を処理しようと外に出たのだった。

そこには爽やかな朝の光景が広がっていた。


朝のプントドロップ通りの風は自然の匂い一杯の清涼な風だった。

俺はその風を胸いっぱい吸うと、排水を樽に入れて、空になったバケツと共に川に下った。

そして、手をきれいに洗うと、顔を思いっきり洗った。

火照った体に冷たい水がしみ込むようだった。


顔を上げると、川のせせらぎと、隆盛を極めた夏の気温と虫の声……それに緑。

俺は自然に全身を溶け込ますように、シャツを脱いだ、

いや待て、一応ここは街だ。

俺はそのまま全裸になって川に飛び込みたい欲をぐっと抑えて、頭だけを川に突っ込んだ。

冷たい水が頭から全身を冷やす。

それが心地よくてたまらなかった。

俺は我慢できずに、ついには息を止めて肩まで一気に川に突っ込んだ。


息の続く限り水中に頭を付けて、くぐもった木々のさざめきや、虫の声に耳を澄ませる。

頭で川の流れを、川の息吹を感じる。

次第に息が続かなくなるが……不思議と、いつまでも顔を付けていても平気だと思えた。

こうしていると、まるで自分が川の一部になれたんだとさえ思えるのだが……急に限界が来る。

俺はそれを感じた瞬間、勢いよく頭を上げ……荒い呼吸のまま天を仰いだ。

これは疲労とかじゃない、もっと根源的な、生きるための行動だ。

そう言う行動は、何よりも優先される。

それをしている間は、何も悩まないでいい。

ただ呼吸だけをする。

生きる為に。

ただそれだけ……。


清廉な水のフィルターが喉に張られているような感覚だ。

その冷たさが吸い込む空気を清め、冷やしている。

両肺が爽やかな空気でいっぱいになる。

一晩中働いた疲労感と、熱を持った俺の体には……その空気がとても気持ちがよかった。


俺は両手を天に向かって広げた。


神様……。

俺やりましたよ。

できる限りの、その以上をやった。

もしも、あんたがいるならさ。

及第点くらいは……くれるよな?


俺は頭から滴る水を振り払うと、立ち上がった。

そして傍らに置いていたバケツを持つと、工房に戻っていった。



工房には一本のナイフが置いてあった。

綺麗は白銀の刀身を持ったそのナイフは俺が一晩かけて磨いたものだった。

「やりきったな」

俺はそのナイフを見つめながら、脱力した。

感無量だ、言葉が出ない。

俺はそれを見ながら、ただ座っていた。



しばらく呆然としていると、工房の扉が開いた。

工房の中に朝のまばゆい光が差し込んできた。

俺は思わず目を細めた。

「おふぁようございまふ~」

朝陽の中、イヅナが眠そうな目をしながら工房の扉にしがみついていた。

「ああ、おはよう」

イヅナはふあ~とあくびしながら工房に入ってきた。

髪は寝癖でぼさぼさで、目は半分しか開いてなかった。

「どうですか?」

イヅナが聞いてきた。

「ああ、ほら」

俺はナイフを見せると、イヅナはにんまり笑った。

「やりますねぇ」

「当然だろ。約束だからな」

そう言うと俺もにんまりと笑った。

俺は仕上げたナイフの出来に満足はしていた。

「これさぁ。気に入ってもらえるかな?」

俺は若干不安だった。

「ええ、大丈夫だと思いますよ」

「そうか……ならいいんだけどな」

「大丈夫ですよ!」

イヅナのその根拠のない後押しが何だか、すごくうれしかった。



「あのキラースズメなんですけど」

「キラースズメ?透明な奴か?」

「いえ、昨日手に入れた方です」

「ああ、あれな」

「デブチュンって名付けました。寝心地は良かったです」

「そうか気に入ったなら何よりだ」

「モリチュンとどっちか悩みましたが、デブチュンにしました」

「そうか、それは英断だったな」

俺達はそんな感じで他愛のない雑談をしていた。


昨日の夜、イヅナは夢を見たらしい。

地面の底から真っ黒い影が出てきて、それが世界の全部を闇の中に飲み込もうとしてたらしい。

お父さんや、冒険者たちやアルガートンとかがそれを止めようとするがダメで……。

ついにはドクダミちゃんも、レイシーもお父さんも飲み込まれて行ったらしい。

イヅナはそれをただ見ていたらしい。

そして祈った。


「助けてください。お願いしますって祈ったんですよ」

「祈ったって?誰に?」

「クレッドです。伝説の勇者。私達、鍛冶屋のあこがれですから……」

「そうなのか?」

「ええ、勇者の聖剣、それを作るのが全鍛冶職の悲願です」

「ああ、そういうことか」


「その時にですねぇ……」

「ああ」

「王子様が現れたんです」

「王子様?」

「顔は見えなかったんですが、太陽のように輝いていて……白馬に乗った王子様が天から走ってきたんです。そして輝く剣を振りかざして闇を払ったんです」

「それが……?」

「たぶん勇者クレッドで、あれが伝説の聖剣だとおもいます」

「そうか……」

「まぁ夢なんですけどね」

イヅナはそう言うと照れくさそうに笑った。

「勇者様は闇の中から私を救って……。そして、朝陽の下でキスしてくれたんですよ」

「そうか。そんな奴が本当に現れたらいいな」

「別に、あらわれなくてもいいですよ」

「え?そうなの?」

「勇者様が光と共に来てくれたんですよ。そうして目覚めたんです。きっと私、祝福されたんです」

イヅナは言った。

「だから、きっとお父さんも認めてくれて……私、冒険者になれますよ。だからきっとモリー様も大丈夫です!」

「そうか……じゃもう少し、仕上げ頑張らないとな……」

「どういう意味ですか?!」

「お前がそう言うと油断はできんからな」

「失礼ですねぇ!」

そんな話をしていると……工房の扉が開いた。


「おはよう……ございます」

昨日と全く同じ姿のハクビさんがそのままそこにいた。

変わっていると事と言えば片手に籠を持っていた所だけだ。

ハクビさんは挨拶の途中で一瞬言葉を詰まらせていた。

「あっお父さん!おはよう」

イヅナが元気に挨拶を返した。

俺も、おはようございますと頭を下げた。

「ああ、おはよう。イヅナ、君、なんでいるんだ?」

「え?だって……私達の大切な将来の事だから……当然でしょ!」

イヅナがそう言うとハクビさんは頬をひきつらせた。

「あーイヅナ?髪ぐしゃぐしゃだから……直して来たら?」

俺は空気を読んでそう言った。

「そうだぞ、身だしなみは……」

ハクビさんも援護射撃してくれたが……。

「いや!!!!絶対に嫌!!私もいる!」

イヅナは完全に意固地になっていた。

椅子に縋りついてでもこの場にいるって雰囲気だった。

俺とハクビさんは目を合わせた。

そして、頷いた。

「では……朝食の時間もありますし、お疲れかと思いますので……早速見せて頂いてもよろしいですか?」

ハクビさんはそう言うと工房へ入ってきて机に籠を置いた。

俺は立ち上がりナイフをハクビさんに渡した。

ハクビさんはそれを受け取ると……言った。

「いいですね。素晴らしいです」

「ほんと?!」

イヅナが立ち上がった。

「じゃ……いいの!?」

「見た目は……ですが」

ハクビさんはそう言うと籠からトマトを一つ取り出した。

そしてそれを机の上に置くとゆっくりとナイフを通した。

ナイフはまるで抵抗感を見せずに、すっとトマトを輪切りにした。

「いいですね……」

「じゃあ?!」

イヅナがまた前のめりになった。

「うん。もう一つ……」

ハクビさんはそう言うと、籠の中から鞘を取り出した。

白銀色の鷹の装飾のされた鞘だった。

ハクビさんはそれに、俺の砥いだナイフを近づけた。


緊張が走った。

なんてことの無い動作だが……空気が変わったのを感じた。

ハクビさんはゆっくりとナイフを鞘に納めた。

すっと……滑らかにナイフは鞘に吸い込まれていた。

そして、キンという甲高い音が工房にこだました。


「素晴らしい。まさか……ここまでとは……」

ハクビさんは驚いた様子だった。

「すごいでしょ!」

イヅナが誇らしげにそう言った。

「うん。そうだね」

ハクビさんはそう言うと、イヅナの頭を撫でた。

そして俺の前までくると……頭を下げた。

「試すような真似をしてすみません。娘をどうか……よろしくお願いいたします」

「頭を上げてください。そんなことには及びません。俺の方こそ……ありがとうございます」

俺はそう言うと深く頭を下げた。

「預けてくださったからには全力を尽くします。命を賭けてでも、必ず帰します」

「大丈夫だよ。お父さん、モリー様なら守ってくれるから。だから、私も……」

イヅナ言った。

「全力で……生きて帰る」

イヅナは俺の方を見て、頷いた。

その顔は今まで見たどの時よりも、晴れやかな顔だった。



「これをどうぞ」

ハクビさんはそう言うとナイフを俺に差し出した。

「え?いえ、そんなもの受け取れません!」

「そう言わずに受け取ってください」

「でも……それは……」

「はい、預かりものです。でもきっとあの人はもう取りには来ません。だからあなたに持っていてもらいたいのです」

「それは……」

「ここにあっても腐るだけですしね。まぁ豪奢な見た目ですが……このままじゃなんてことの無いただのナイフです」

そういったハクビさんの顔は真剣だった。

何かを……俺に伝えようとしているようにも見えた。

俺はその真意を知ることはできなかったが……その思いは受け取ろうと思った。

「わかりました。大切にします」

俺はそう言うとハクビさんからナイフを手に取った。

受け取ったナイフはなんてことの無い物なんかじゃなかった。

重く、そして熱を感じる……特別なナイフだった。

俺は受け取ったナイフをしっかり持ち、まじまじと見た。

ハクビさんはそんな俺を見て、にこりと笑った。



「感じますか?」

ハクビさんはそう言った。

「一度……試しに、抜いてみてください」

「え?これをですか?」

「はい。どうぞ」

俺は奇妙に思った。

どういう事だろうと……。

イヅナもそんな俺の方を不思議そうに見ていた。

「では……」

俺はそう言うとナイフの柄と鞘を握りナイフを引き……抜けなかった。

「え?」

何かの間違いかと思い俺はもう一度力を込めてナイフを引っ張る。

しかし不思議とナイフはピクリとも動かなかった。

「あ、あれ?なんだこれ?!」

「え?抜けないんですか?!」

「抜けない……ピクリともしない……!」

歯を食いしばり青筋を浮かべて必死に力む俺を見て、ハクビさんはゆかいそうに笑っていた。

「シルヴァウルリア」

そしてハクビさんは突然そう言った。

「え?」

「知ってますか?シルヴァウルリア。この国の名前だそうです」

「え?クレッドじゃないの?!」

イヅナが驚いたような声を出した。

「その前の名前さ。正確なことは分からないが、そうであるとされているね」

「そうなんですか……、お恥ずかしながら知りませんでした」

俺がそう言うとハクビさんは頷いた。

「クレッドの国王は常に女性。これは、世界的に見て珍しかったそうです。シルヴァウルリアは女王の名前です。今上国王は80代目とも100代目ともいわれてます」

「え?!王様っているの?!」

「そりゃいるさ。でも表にはあんまり出ないね」

「なんで?!」

「まだ確か……15歳くらいだったはずだよ」

「え?!それじゃ……」

「ああ、イヅナと同じくらいだね」

「そんなに若いんだ……」

「確かお名前は、ルーナ・シルヴァウルリア・グランクレッド姫……だったかな?」

「ほえー」

「そうですか……」

そんなの知らない話だった。

中央に来て12年もいるがほんとに聞いたことがなかった。

世界は俺の思った以上に広いのかもしれない。

「そのナイフの鞘に施されている装飾は銀色の鷹です。それこそがシルヴァウルリアの語源です」

「は?」

俺はナイフを見た。

「あっこの形……」

言われて初めて気が付いたが、流石の俺もこの形には見覚えがあった。

「あっ!ほんとだ!これって国旗?だったよね!」

「旗というよりこの国のシンボルだね。白銀のウールーの翼という意味らしい」

「シルバーウールーリア?」

「そうですねモーが羽、モーリアーが翼。古代の言語ではそう言ったらしいです」

「ほえー」

「そうでしたか……」

俺達は感心した。

俺とイヅナはその話を聞いて、ぴかぴか光る鞘の装飾を見た。

そして、あることに気が付き……すぐに顔を上げてハクビさんの方を見た。

「え?じゃこれって……」

「そうです。王家のナイフです」



「ええ?!!」

俺とイヅナは同時に声を上げた。

「何でそんなものがここに?!」

「それは言えません。ただ……私はそれを元の持ち主に返したいんです」

「元のって……それって王様ってこと?!」

「少し違います。それを持ってきた人ですね。でも……そうするにも条件があります」

「じょ……条件?」

俺はいやな予感がしていた。

ナイフが急に重くなったように感じた。

「そのナイフ……というか鞘にはほんの少しの魔法が込められています。そして……ナイフは呪われていました」

ハクビさんは言った。

「私はそのナイフの呪いを解ける者を探していました」


「ちょっ……ちょっと待ってください」

俺は思わずハクビさんを静止した。

「はい。なんでしょうか?」

「あなたは……俺に何を言おうとしているんですか?」

「さっき言ったことが全てです。私はそれを持ち主に返したいんです。でも、あのままじゃダメだった」

ハクビさんは言った。

「そして、私でも駄目だったんです」

「ダメって?」

イヅナが不安そうに聞いた。

ハクビさんは顔を伏せ目を閉じ……何かを思い出しているようだった。

「うん。何から話そうか……少し長くなりますが……」

ハクビさんはそう言ってナイフについて話始めた。



「そのナイフは前王が亡くなった夜に王城から持ち出されました。そのナイフで……前王は暗殺された……といわれています」

「は?」

いきなり話が壮大すぎる……。

「もう一方では王が賊を刺したとも……何にせよその返り血によりそのナイフには呪いがかかり……ご存じの通り錆が付着しました」

「え?あの錆……呪いだったんですか?」

「そうです。私も何度か砥ぎましたが……砥いだそばから錆びました」

俺は眉をしかめた。

そんな……はずは……。

「じゃ、なんで俺は?」

「わかりません。とにかく分かることはそあなたはナイフを砥ぎました。そしてそのナイフには伝説があります」

「で……伝説?」

「そうです。神の国からやってきた天使の鎧の一部を使って作った物と言われています」

「天使の……」

「鎧ぃ?!」

「伝説ですが……しかし、事実その刃に使われている鉱物は……この世界にはそこにしかない物です。それは確か」

俺の体に悪寒が走った。

喉が渇く、汗が出る、震えが……止まらなくなってきた。

「そしてそれは選ばれし者にしか抜けません。呪いを解いたあなたなら……もしかしてと思いましたが……ダメでしたね」

ハクビさんはそう言うとふふっと笑った。

俺はあまりにもな話に唖然として、ただ馬鹿みたいにぽかんと口を開けることしかできなかった。

「ほえーそんなすごいナイフなんだー」

イヅナはそう言うと俺の手の上のナイフをまじまじと見た。

そした、阿呆面して固まっている俺からそれを取り上げ……そして……。

「えい!」

両手でイヅナはナイフを引っ張った。

するとナイフは甲高い金属音を響かせて、その刀身を現した。



「あっ……」

イヅナは小さくそう言った。

イヅナの抜いたナイフは、工房の隙間から差し込む朝陽を浴びてきらめいていた。

ハクビさんが目を丸くして愕然としていた。

俺も顎が外れるくらい口を広げて固まった。

イヅナはぽかんとナイフを見ていた。

そして、間抜けな顔をしている俺達を見ると、笑った。

「ははは!二人ともなんて顔してるの?!」

「いや、お前……え?それ……」

「ええー?でも、簡単に抜けましたよ?」

「そ……そのように見えたが……」

俺とハクビさんは顔を見合わせて……首を傾げた。

「とりあえず……ちょっと一回それ、貸してくれる?」

俺はそう言うとイヅナからナイフを取り上げた。

そしてナイフを鞘に納めると、深呼吸しナイフを思いっきり、引き抜……けない!

びくともしない!

まるで溶接されたかのようにナイフは鞘にぴったりはまってびくともしなかった。

「またまたー!モリー様ったらー。ははは……、え?演技……ですよね?」

イヅナが怪訝そうな顔をしてそう言った。

「え……演技に……見えるのか?!」

俺は顔を真っ赤にしてそう言った。

「見えません!」

「だ……だろう?!これは……ホントに抜けない!」

俺は大きく息を吐いて、ナイフから手を離した。

「ちょっと!モリー様汗だくじゃないですかー!ははは……え?冗談ですよね?!」

イヅナが必死の形相をしていた俺を見て、笑った。

「まじだって、これ抜けねーよ」

俺はそう言った。

そしてイヅナの顔を無言で見つめた。

「ん!」

俺はイヅナの顔をみながらナイフを差し出した。


「はい」

イヅナはそれを手に取ると……。

「せい!」

いとも、簡単に抜いて見せた。

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