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精一杯の・・・

金属を砥ぐ音だけが薄暗い部屋に響いている。

俺は一定のリズムでずっと作業を続けている。

無心で、無言で、無欲で。

延々とひたすらに。

呼吸をするのも忘れて、没頭した。

まるで無限の世界だった。


ナイフが本来の色を取り戻しつつあった。

と言っても片面のみだが……刃元と刃先は大分ときれいになって来ていた。

ふうっと、一息つくと、額から汗が滴った。

「え……?」

俺は驚いて額に触れた。

気が付かないうちに、俺はびっしょりと汗をかいていた。

熱中しすぎたか……。

俺は一旦ナイフをバケツにつけ、削りカスを落とすことにした。

そこで気が付いたがバケツの水もだいぶと汚れてきていた。

よく見ると、俺の手もドロドロだった。

「そろそろ入れ替えるか」

俺はバケツを持って、涼みがてら再び川に向かった。



きれいな水を汲んできて、再び作業台に向かった。

ナイフをまじまじ見る。

うん、片側は一旦これでよさそうだ。

俺は刃を裏返し反対側を砥ぎ始めた。

やることは一緒だ。

俺は指に均等に力を込めて、作業を再開した。



しばらくすると、涼しい夜風が俺の頬を撫でた。

汗をかいた体に冷たいくらいの風だったが、とても気持ちのいい風だった。

俺は風の吹く方向を見た。

いつの間にやら、工房の入り口の扉が開いていて……イヅナが顔を覗かせていた。

イヅナは頭の上から湯気を立たせていた。

顔もつるんとしてて、髪の毛もしっとりとしていた。

どうやら風呂上がりのようだ。

工房に入ってこないのは汚れたらだめだからだろうと思われた。


俺は扉の影からじっとりとした目で俺を睨んでくるイヅナを黙って見ていた。

イヅナは俺の顔を見ながら……唸っていた。

「よぉ、いい湯だったか?」

俺は聞いた。

「はい!」

「そうか、じゃ、冷めないうちに早く寝な。歯はきちんと磨くんだぞ」

「はい!そうします!」

イヅナが元気に返事した。

なんだ今回はやけに素直だなと思った……がイヅナは口ではそう言いつつも、そこから動く気配を見せなかった。

やっぱりな……。

なんか裏があったか。

「いいんですか?」

イヅナが言った。

「いっちゃいますよ?」

「ああ、あったかくして寝ろよ」

「む~」

なんだ?何を求めてる?

「あーなんだ?」

考えても分からないから俺はもう直接聞いた。

「なんだ?じゃないでしょ!言うことがあるでしょ!」

イヅナは怒り気味でそう言った。

めんどくさいな。

「いい子だな。おやすみ、イヅナ」

俺は優しい笑顔でそう言った。

最大限、恋人っぽく言ったつもりだった。

「よくできました!」

イヅナは満足がに言った。

「でもぉ……重要なのが抜けてますよ?」

「なにがだよ?」

俺はため息をついた。

「愛してるっていってください!」

「言うわけないだろ。さっさと寝ろ」

「いいんですか?!今日までですよ!イヅナちゃんに愛してるって言えるのは!」

「いいよ。寝ろ」

俺は手をぺっぺと振ってあしらった。

「ふーんだ!もういいですよ!この朴念仁!」

イヅナは怒りながらそう言うと、扉を思いっきり閉めて行った。

あいつは一体なんなんだ。

俺はため息をついた。

でも、なんだか……不思議と元気が出たな。

俺は気を取り直して……作業台に向かった。

その瞬間に扉が開いた。

「いいんですか?」

イヅナがまた顔を出した。

「ほんとーにいいんですか?!」

「いいよ。おやすみ」

「むぅ~~~~~~!!もう、いいもん!」

イヅナはそう言って、今度こそ本当に家に戻っていった。



イヅナが退散してから、幾く時間か。

時が過ぎるのも感じることも忘れて俺は作業に没頭した。

ここからは時間の問題だ。

まず、この作業に終わりはない。

納得するまで無限に時間をかけることができる。

ということは……どこかで妥協して次の作業に行かなければならない。

だが、早めに切り上げすぎると、職人であるハクビさんに認められる仕事ができるとは思えない。

納得を求めると……時間がない。

問題はその配分をどうするかだ。

そこが勝負だ。

夜が深くなっているのを感じている。

全体の進捗度はまだ3割ほどって感じだ。

イヅナとの無駄話とエッジの美しさにこだわってしまった。

全体を仕上げないといけない。

最低限の仕上がりとしては、全体70点は欲しいとこだ。

俺は今の進捗状況と実量を鑑みて、進める方針を決めた。

間に合うかどうかは正直半々だが、やるだけやるしかない。

俺は呼吸を整えて、気合を入れなおした。


その後の作業の進捗は良かった。

自分でも驚くくらいぐんぐんと作業が進み、うっすらではあるが錆だらけだった刀身がその真の姿を見せ始めた。

気が付けばまた、水がまっかになっていたので、そろそろ入れ替えるかと思った時だった。

再び工房の扉が開き、ハクビさんが顔を覗かせた。


「順調ですか?」

ハクビさんは片手に空のグラスと、俺の渡したバーボンの瓶を持っていた。

「ええ、まぁ、おかげさまで」

俺はそう言うと頭を下げた。

「そうですか」

ハクビさんはそう言うとグラスと瓶を置き、工房から出て行った。

グラスは二つある……ということは……。

俺は少し待つことにした。

するとしばらくして、ハクビさんが片手に皿を持って帰ってきた。

やはりな。

「何も食べていないと思いまして。どうぞ」

ハクビさんはそう言うと、焼いた肉の乗った皿を机に置いた。

「おお、うまそうだ。頂きます」

俺はそういって料理に手を……付けようとしたが自分の手のあまりの汚さにその時気が付いた。

「あー先に……洗ってきます」

俺はそう言うとハクビさんに頭を下げた。

ハクビさんはそれを聞くと、机の棚から木の箱を取り出した。

「これ、洗浄粉です。汚れがよく落ちます。あともう遅いかもしれませんが川に汚水は流さないでください。後ろに樽があってそこに溜めていますので……」

「あっそうですか。すみません。そうでしたか……」

俺はそう言うとハクビさんからもらった木の箱とバケツを持って外に出た。



綺麗に手を洗って、水を汲み俺は工房に戻ってきた。

ハクビさんは一人薄明りの中、俺の研いだナイフを見ていた。

「あっすみません。お待たせして」

俺がそう言うとハクビさんは頷いた。

「大丈夫です。どうぞ」

俺はハクビさんに誘導され俺は料理の乗ったさらに手を付けた。

皿の上には厚く切ったベーコンが乗せられていた。

俺はそれを一つつまむと、口に運んだ。

冷めてはいたが、油に嫌味がなくうまかった。

「流石プント、うまい」

俺は思わずそう言った。

ハクビさんが俺の方を見て言った。

「私も、こっちに来て驚きました。私の実家は田舎過ぎて鶏しかいませんから」

「あっそうですか。そんな差があるんですね」

「中央と海までの間に牧場が多いんですプントドロップは。実に奇妙ですよね。北部魔界に近い北よりも東部の方が似ているなんて」

ハクビさんはそう言うと、俺にグラスを渡した。

俺はそれを受け取る。

ハクビさんは無言でバーボンの瓶を開けて、グラスにそれを注いだ。

「まだ、途中ですから、一杯だけ。私もこれで寝ますので」

「ああ、それで様子を?」

「ええ、そうです。それに少しお話もしておきたかったので」

ハクビさんはそう言うと俺の方を向き、グラスを掲げた。

「今日一日、娘がお世話になりました」

「こちらこそ、急に訪ねて受け入れて頂きありがとうございます」

俺達はそう言うと乾杯した。



「ごちそうさまです。俺は作業に戻ります」

グラスを空けて、皿を空にし、俺はそう言った。

「ええ、はい」

ハクビさんはそう言うと持っていたナイフを俺に渡して来た。

感想は何も言わずに……。

そこにあったものをただ取った、という感じだった。

顔色が俺が来た時からほぼ変わらない。

娘に関すること以外ならの話だが……。

ギャンブルとか、強そうだな。なんてちらっとそう思った。



俺は作業台に向かって、作業を再開した。

飯の力というのは偉大で、明らかに俺の集中力が上がったのがわかった。

「集中しているところ悪いのですが……」

ハクビさんはそう言った。

「ええ、はい」

「娘とは、いつ頃?」

「あーそうですね7月の……中旬くらいですかね?中央広場で声を掛けられまして」

「娘からですか?」

「ええ、いつごろからかは分かりませんが……冒険に出ようとはしていたみたいです」

「そうですか……」

「イヅナはアカデミーに通っていたんでしょう?」

「え?ああ、はい。こっちに来てすぐ位にですね。半年間だけ、研修に行きましたね」

やっぱりな……。

俺の疑念は確信に変わった。

まぁ……でも、もうそんなのはどうでもよかった。

「その時に冒険者になるとは?」

「聞いてませんね。母親が……冒険者だったので。それで、興味はあったようですが……」

「そうですか……」



「モリーさんはアルガートンPTにいたとか……」

「ええ、まぁ」

「今は?」

「まぁ……その、今はPTを離れました」

「そうですか……。理由をお聞きしても?」

「補助魔術師を変えてみようと思うとだけ……」

「そうですか……。すみません」

「いえ……」


「モリーさんは火の魔術師なのですね?」

「ええ、そうです。自分や他人に火を付けれます」

「それは……どうなるのですか?」

「まぁ力が湧きます。言葉より……体験してみますか?」

俺はそう言うと、手を拭いてマッチの箱を取り出した。

「お願いします」

俺はそれを聞いて、マッチを擦ってハクビさんに火をつけた。

「おお、なるほど……」

「それは何もなければ数時間はもちます。攻撃を喰らったり、魔術に力を乗せたりすると、どんどん弱まります」

「そうですか。便利ですね」

「ええ、後は僕のこのフィジカルでどうにかします」

「体……大きいですよね」

「子供のころからですね。5歳の時に暖炉の火を掴んだんです。その時から……どんどん育ってしまって」

「そうですか……。砥ぎはいつごろから?」

「6歳の時から手伝いはしてました。本格的に始めたのは、10くらいですかね。そこから16で家を出るまでは……毎日」

「早いですね」

「体がでかかったので……」

「そうですか……。何故、家業を継がずに冒険者に?」

「ははは、お恥ずかしいのですけどね。親に反発してましてね。こんな田舎出て行ってやるって、俺は都会で一旗揚げるんだって……ま、そんなやつですよ」

「そうですか」

「若気のなんとやらです」



「冒険者を始めてずっと固定のPTはもたなかったんですか?」

「そうですね。卒業後はすぐにそこそこの冒険者PTに入って……、そこで二年ほどはいました」

「2年……」

「冒険者PTを解散したんです諸事情で。その後のPTは一番長くいました。5年くらいですかね?」

「5年ですか……」

「いいPTでした。とてもお世話になって、経験も積ませてもらいました。ですがね、事故がありまして……」

「事故……」

「ええ、まぁ……それでリーダーが亡くなって……、解散しました。そこからは4年ほど固定のPTはもたずに来ました」

「何故ですか?」

「え?」

「なぜ急に?」

「……なんででしょうね。そこから少しの間は派遣でやりくりしていて……。PT募集にも何度かは、でも、ダメでした」

「そうですか」

「ええ、そのまま、ずるずる……気が付けばこの年齢でした」

そう言うとハクビさんは黙った。

まぁ分かっている。

誇れるような経歴じゃないことは誰よりも。

「でも、仕事で手を抜いたことはありません」

俺はそれを証明するために、無心で手を動かした。


「最後に一つ、お伺いしてもいいですか?」

「はい」

「目的は何ですか?」

「目的?」

「ええ、イヅナは母を救いたいのはわかります。でも、あなたは?」

「僕は……イヅナを助けたいです」

俺は手を止めてハクビさんを見た。

「初めは断ろうと思いました。でも話を聞いているうちに……ほっといたら何をするか分からなくなって……」

俺がそう言うと、ハクビさんは眉間を掻いた。

どうやら、あいつのそう言うところには悩んでいるようだった。

「そんなこんなで面倒ながら、話を聞いているうちに……。なんだか焚きつけられました」

俺は呼吸を整えた。

「イヅナには不思議な力があります。あいつならなにかできるんじゃないかって思えた。それでまぁここまで来るのにいろいろありました……」

ハクビさんはまっすぐ俺を見た。

「今はやる気で溢れているんです。一昔前なら……仲間の家族に会いに行くなんてこと、考えもしなかった」

「そうですか」

「ええ、お嬢さんは僕の恩人です。もう一度、冒険者として……生きていけます」

俺はそう言うと、作業に戻った。

「あと一歩なんです。その為なら、できるすべてをやります」

「そうですか」

ハクビさんはそれだけ言った。

「ありがとうございます。では、また明日来ます」

ハクビさんはそう言って、工房を出て行った。


俺はその背中を見送り……作業に没頭した。

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