一本のナイフ
「二人は……別に、その仲間ということだよな?」
ハクビさんの質問が続く。
「そうだよ」
イヅナが答えた。
「では、今日は、ただお祭りに行きたいから付き合っていただいたってことですか?」
ハクビさんが俺の方を見た。
「あー、いえ。そのお話がありまして、それで……僕が誘いました」
俺はできるだけ、ハクビさんの目を見ずにそう言った。
「モリー様からお手紙をもらったの。それで今日はデートしてたんだ」
「でっ……?!」
ハクビさんの眉間が動いた。
そして、かたかた小刻みに震え始めた。
「あーデートと言うか、まぁ、その交流というか。実は今度北部魔界へ簡単な作業をしに行くことになりまして……」
「そうなの!私達試験に合格したの!」
俺達がそう言うと、ハクビさんの目つきがまた鋭くなった。
「魔界へ行く?」
初耳のようだ。
「あの、まず説明させてください。俺が娘さんと出会って……今日までこと」
俺がそう言うと、ハクビさんは頷いた。
「お願いします。私も混乱していますので……」
「そうですよね。すいません」
俺は頭を下げると深呼吸した。
「あれは確か、7月の半ばくらいでした。お恥ずかしい話ではあるのですが……」
俺はそうして、今までの経緯を説明した。
「なるほど……」
北部魔界へ、調査に行くまでの経緯を説明するとハクビさんはそう言った。
「はい。今日僕がこちらにお邪魔したのは……きっとイヅナはお父さんにその話を……していないと思ったからです」
「そうですね。初耳です」
ハクビさんはそう言うとイヅナの方を見た。
イヅナは顔をそらした。
「ではモリーさんも今日まで娘が私にその話をしていないことは……?」
「知りませんでした。しかしそれは俺の責任でもあります。本当ならまず俺がこちらにお伺いするべきでした」
俺はそう言って頭を下げた。
「すいませんでした」
「頭をあげてください。謝るのはこっちの方で……すいません。娘はそういうところがあるのです」
イヅナはそれを聞いて、照れ笑いしていた。
「ほめてないぞ」
「え?へへへ。すいません、ご迷惑を。へへへへへ」
俺とハクビさんはイヅナをあきれた目で見ていた。
「北部魔界では何を?」
「セーフゾーンの設置作業です。日程としては二泊三日で、3か所ほどの設置作業を請け負う予定です」
「その作業の危険度は?」
「作業自体は駅の近くで行います。基本的な安全確認は終わっている地域で、他の冒険者PTと共同で作業を行います」
「二泊ということは?」
「移動にほぼ一日かかります。一泊目はガリア拠点で作業準備をして、宿泊します。翌日北部魔界へ行って作業をし、そこで野宿します」
「野宿ですか……」
「大丈夫だよ!モリー様はもう10年以上冒険者しているし、経験は豊富だよ!それに料理も上手だし、荷物も全部用意してくれる!」
「そうなのですか?」
「ええ、まぁ仕事道具なので、それらはすべて用意できます」
「そうですか……モリーさんは冒険者とのことですが……お恥ずかしながら、私はそっち方面には明るくなくて……。失礼ですが、ランクは?」
「あーランクはありません。固定のメンバーを持っていないので……」
「モリー様はあのアルガートン様のPTメンバーだったんだよ!すごい補助魔術が使えるの!」
「そうですか。あのPTに……」
一連のやり取りの後、ハクビさんが眼鏡をはずし、目頭を押さえた。
そして大きく深呼吸した。
「モリーさんお住まいは?」
「ビーガーです」
俺がそう言うと、顔をしかめた。
まぁそうだよなビーガーはあんまり印象悪いよな。
「ビーガー……」
「いいところだよ!家主のドーソンさんも親切だし!古いけど汚くはないよ!」
イヅナが余計なことを言った。
「行ったことあるのか?」
「うん!もう何度も!」
イヅナがそう言うと、ハクビさんの眼光がまた鋭くなった。
「すみません。娘が……お世話になっている用で」
ハクビさんの声が震えているように聞こえた。
「い、いえ。冒険の話をするのにちょうどいい場所がなくて……それに僕の家なら攻略本とかも見せれますので……」
「そうですか」
ハクビさんはそう言うと再び呼吸を整えた。
「モリーさん、ご家業は?ご家族も冒険者ですか?」
「あ、いいえ。私の実家は砥ぎ屋をやっています」
俺がそう言うとハクビさんが反応した。
「砥ぎですか?」
「ええ、南部の田舎でほそぼそと……」
「そうですか……わかりました」
ハクビさんはそう言うとイヅナの方を見た。
「イヅナ、行きたいところっていうのは……どこなんだ?」
一拍置いてハクビさんが尋ねた。
「お前は一体何がしたいんだ?」
俺はその言葉に聞き覚えがあった。
「お母さんを助けたいの」
イヅナは迷わずに即答した。
ハクビさんは、組んでいた腕を降ろした。
「イヅナを?お母さんを?」
「うん。東部魔界のニンフモクって島があるの。私はそこに行きたい」
イヅナは言った。
「そこになんでも治せる聖水があるの。それでお母さんの病気を治す」
迷いの一切ない、まっすぐな言葉だった。
「そんなこと……」
ハクビさんはそう言って、頭を抱えた。
「モリーさん」
「はい」
「このことは?」
「全部聞いています」
「ではイヅナの事も?」
「イヅナの事?」
俺がそう言うと、ハクビさんは俺の方を見た。
「すみません。ややこしかったですね。イヅナは私の妻です」
は?俺はイヅナの方を見た。
イヅナは首を振った。
「え?」
俺は眉をしかめた。
「お母さんの名前です。イヅナはお母さんの名前」
「え?」
「母親と名前が同じなんです。私」
「え?まじ?」
「イヅナが……私の妻が緊張していて役所に提出する出生届に、自分の名前を書いてしまったんです」
「それで?同じ名前に?」
「はい。ホントは私、ヴィクトーリアって名前のはずだったんですけどね!」
「え?それって修正できなかったんですか?」
「追加はできると言われたので、ヴィクトーリアを足しました」
「それで……」
「ええ、私はイヅナ・ヴィクトーリアになったんです」
「では……家では?」
「家族はみんな妻の事をお母さんと呼んでいました」
「そうですか……」
「話がそれましたが……モリーさんはどう思われますか?妻の症状の事を……」
ハクビさんはまっすぐ背筋を伸ばして俺を見ながらそう言った。
「正直、俺には何が何かわかりません。病気なのかどうかもわかりません。しかし、できることはしてもいいんじゃないかと思います」
俺は言う。
「正直言って、俺達は不確定な要素がありすぎて、うまくいく保証は何もありません。もとよりそんな聖水があるかどうかも分からないんです」
ハクビさんはそれを……黙って聞いていた。
俺はそれがありがたかった。
「今わかることは、そこに行くにはBランクの冒険者じゃないといけないこと。あとイヅナのお母さんが入れられている施設は、高ランク冒険者や要人の病院であることです」
ハクビさんは黙っていたが、どうやらその事は知っている様子に思われた。
「だから、もしかしたら俺達はそこまで行くことすらできないかもしれません。例え手に入れても、効果がないかもしれません。これからやるすべてが無駄になるかもしれません。でも、根拠はないですけど……こいつなら……イヅナなら何か起こるんじゃないかとも思ってます」
俺の支離滅裂な言葉を聞いて、何を思ったのか。
その胸中は俺には知れなかった。
だが、俺はすべてを正直に話す事しかできない。
ここでやるべきことは、拙くても意味不明でもいい。
俺の心を想いをすべて伝えることだと、そう思った。
それでだめなら……ま、仕方がない。
「もちろん危険です。ですが……俺も弱くはありません。娘さんたちの命は俺の命に代えてでも必ず守ります。だから……お願いします」
俺は立ち上がり頭を下げた。
「この子の力になりたいんです。魔界へ行く許可をください」
しばらく静寂が続いた。
俺はその間ずっと、頭を下げ続けた。
それしかできない、自分に情けなさと無力感でいっぱいだった。
「おとうさん!」
イヅナはそう言って立ち上がった。
「私、正直怖かった!試験の時にキラースズメに出会って何もできない自分が悔しかった!私、強くなりたい」
「でも、お前分かっているのか?魔界はそんな優しいところじゃないぞ」
「分かってる。私、覚悟はできてるよ。キラースズメと戦って……魔物の怖さも知った。多分あの時モリー様が守ってくれなきゃ死んでたと思う」
イヅナは言った。
「それで怖さを知ったけど、私はそれでも!危険でも!お母さんに二度と会えない方が怖い!」
ハクビさんはイヅナを見ていた。
「そうか……。本気なんだな?」
ハクビさんはそう尋ねた。
「うん」
イヅナは頷いた。
「もしかしたら、お父さんを悲しませるかもって思ったら、怖いけど。でもモリー様が身を挺して守ってくれたから」
ハクビさんはまっすぐに娘の瞳を見ていた。
「あの時、咄嗟にモリー様が自分の背中で守ってくれてなかったら、私の友達が傷ついていたと思う。私には守れなかった。それが悔しかったけど、でも、あの時この人ならって思った」
イヅナもハクビさんの瞳を真っすぐ見て言った。
「でも、まだ少し怖かったんだ。でも、今日デートして楽しませてもらって、キスしてもらって……私、幸せだって思ったの」
イヅナがそう言うと、ハクビさんが目元をひくつかせた。
「キッ……?!」
「でも、やっぱり!そんなときでもずっと私……お母さんにも見せたいって……お母さんにも食べさせたいって……お母さんお母さんってずっと思ってた」
イヅナは身を乗り出した。
「だから、私!行く!待ってられないもん!」
「そうか……」
イヅナの言葉を聞き、ハクビさんは静かにそう言った。
そして……席を立ってどこかに行ってしまった。
「お父さん?」
イヅナの言葉にも振り返らずに、彼は暗い家の奥に消えていった。
「怒らせちゃったかな?」
「いいや、分かってくれてるさ。でも、ほら、急な事だったしな。きっと整理できていないんだよ」
俺がそう言うと、イヅナは椅子に力なく腰掛け……悲しそうな顔をした。
「イヅナ。大丈夫だ」
俺はイヅナの肩を抱いて背中を摩った。
イヅナは顔を上げて俺を見ると、俺の胸にすがり、そしてすこし泣いた。
しばらくして俺の背後で、きぃという扉が開く音と、足音がした。
ハクビさんが帰ってきたのだろうと、振り返ってみると……そこには、ナイフを持って暗がりに佇むハクビさんがいた。
血の気が引いて行くのを感じた。
「あ、お、お、お、お父さん。これは……そう言うのじゃなく……」
俺は咄嗟にそういった。
「あなたに、お父さんと呼ばれる筋合いは……ありません」
ハクビさんはあくまで声を荒げることなく、ゆっくりとそう言った。
その落ち着きが、逆に怖かった。
「す……すいません」
俺が謝ると、ハクビさんは俺の正面に座り……そしてテーブルにナイフを突き立てた。
殺られる!そう思った瞬間だった。
ハクビさんがゆっくりと口を開いた。
「イヅナの事は信じています。この子はやめろと言っても止まらない子なので……そう決めたらそうするのでしょう」
ハクビさんは話を始めた。
「私は冒険については力にはなれません。ですが、子供たちだけで魔界へ行くのは承服できません。多分、あなたが連れて行ってくれるのが一番いい手段なんでしょうね」
「それじゃあ……」
「しかし、私はあなたを信用していません。そんな器用なことを出来る人のようには思えませんが……。でも、あなたが万が一娘を誑かそうとしている悪漢であるかもしれません。それを判断するには……この時間はあまりにも短すぎる」
「そう……ですよね」
「だから、これをあなたに」
ハクビさんはそう言うと、テーブルの上のナイフを指さした。
「これ……は?」
そのナイフは、古いナイフのようだった。
刃には錆が所々ついていて……刃こぼれも散見された。
「砥いでください」
ハクビさんは言った。
「私は仕事しかしてこなかった人間です。頭もよくはない。だが仕事を見れば、それがまじめな仕事かどうかはわかります。あなたが真摯な人間かどうか、そのナイフの仕上がりを見て判断します」
俺はハクビさんの顔を見た。
「今日は泊って行ってください。工房にもご案内します。道具もあります。明日の朝、仕上がりを見せてください。それで判断します。それでいいですか?」
俺はハクビさんの条件を聞いて……おもわず口角を上げた。
「もちろんです。そんなことでいいなら、何本でも砥ぎます」
俺はそう言うと、ナイフを掴んだ。
そのナイフは古いが、こった装飾が施されていた。
何かの祭典や儀式に使われているようなきらびやかさがある。
一目見ただけで、特別なものだということが分かった。
「わかりますか?」
ハクビさんが俺に向かってそう言った。
「ええ、特別なナイフのように見えます。これは……一体?」
「とある方からお預かりしている物です。それ以上は……」
ハクビさんはそうとだけ答えた。
「わかりました。では、これを朝までに……ですね?」
「はい。できますか?」
「もちろんです。ただ……」
「ただ?」
「道具は俺の物を使いたいです。なので一度帰って……また来ます」
俺はそう言うと、胸ポケットからマッチ箱を取り出した。
そしてすぐに、マッチを擦り、自分に火をつけた。
ハクビさんは一連の動作を驚いたような顔で見ていた。
「待っててください!すぐにもどります!」
俺はそう言うと、勢いよく玄関を飛び出して、ビーガーに向かって走り出した。




