ゲッコーへの道
キャンプを出てなだらかな山道を登る。
アルを先頭にして、ウーティ、ステラ、俺は最後尾だ。
王国クレッドは、大陸「ウールー」の南端に突き出した出島のような形になっている。
大陸ウールーは広大な平地に山や森林が広がる豊饒の大地。
「クレッド」と「ウールー」は、細いくびれた陸路でつながる。
ちょうど、砂時計を横に倒したような形だ。
その砂時計の中腹、それが境界。
境界には比較的、標高の低い3つの山脈が壁のように連なっている。
俺たちが今いるのは真ん中の山脈「プント・ウールー」。
標高は700mほどだ。子供でも登れる。
豊かな森と川の流れる美しい山脈。
境界をほぼ横断するように伸び、東の山脈と一部がつながる。
そこを登りきると……
「見えたぞ」
先頭を行くアルが振り返って言った。
顔を上げると、アルの方向から陽光が差し込むのが見える。
頂上だ。
陽光の先に立つと視界がいきなり開け、一縷の清廉な風が突き抜けていった。
眼下に広がるは、「大陸、ウールー」
地平線の彼方まで緑の絨毯が引かれた大平原。
「おっ綿毛ちゃんがいっぱいいるな。いっちょ狩るか?」
アルの横に立つ、ウーティが楽しそうに指をさした。
指の先には白い塊が見えた。
平原に生息する魔物「モーウールー」だ。
昔の言葉でウールーの羽という意味らしい。
正体は変容して肥大化した羊で、群れで行動する。
デスウサギ同様危険性はあまりない魔物だ。
彼等の変容した毛は全長3mにまで登る。
もこもこした見た目と裏腹に、中身はすっからかんである。
裸にすると異様に長い4本脚と棒のような本体が見える。
とても、アンバランスで気持ち悪い見た目をしている。
彼等のもこもこした毛は風を蓄えるという魔性を持つ。
彼等は風に吹かれると、ふわふわした体毛を膨らませ、ふわりと浮き、風に任せて旅をする。
俺たちが使っている簡易風呂もこいつの毛が中に入れられている。
さまざまな用途に使えるので、こいつの毛は人間界では重宝されている。
「それも悪くないが、先を急ごう。無駄な荷物は増やしたくないしね」
「そうだな。残念だが、全員裸にするのはお宝ゲットするまでの我慢だな」
「好きだね」
「きもちいいんだよなーずるっと行く時が。あそこの全員剥いてやりてぇな」
「おいおい、そんな大量に……持つ身にもなってくれ」
「ああん?おおげさだな旦那。100頭くらいだぜ?平気だろ?」
ウーティの言うとおりだ。しかし……
「大量に持つと、俺が浮くんだよ」
そう言うとみんながきょとんとした顔をした。
しばらく見つめあった後、二人は突然吹き出した。
「ははは、それは大変だ」
アルが膝を打って笑う。
「たしかに旦那が浮いちゃぁ、敵わんなぁ」
ウーティは腹を抱えている。
ステラは呆れてモノを言う気力もないようだ。茫然と立尽くしている。
「いや、ありがとうモリー。すこし和らいだよ。君はなかなかジョークのセンスがあるんだね」
しばらく笑われた後、急にアルに感謝された。
「そんなに、おかしかったか?」
「ああ、最高だったぜ!」
ウーティが親指を立ててきた。
「なんだろうな、普段冗談なんて言わないからかな?ともかく間が良かったね」
俺はそうか、と小さくうなずく。
「まぁ、喜んでいただけたのなら何よりだ」
「ああ、本当にそうだね。正直少し硬くなっていたんだ」
アルが涙をぬぐいながらそう言った。
「そうだったのか」
正直いつも通りにしか見えなかった。
「万全でない感じがしててね。あの状態だと、最善を尽くせるか不安だった」
「風邪か?」
「いや、体調はいいよ。心因的なものだろう。つまりまぁ、緊張してたんだよ」
「あら、あなたも人の子だったのですねぇ」
「ひどいな。僕も緊張ぐらいするさ」
「そうですか、私はてっきり虫か魚の類かと」
「虫!魚!はははそりゃいいな。嬢ちゃんもなかなかやるじゃないか」
そう言うとウーティがステラの背中を叩いた。
「ちょっと!あなた!急に!!デリカシーというものを持ってください!」
「おお、こえーこえー」
そんなこんなでしばらく笑い声は続いた。
「さて、そろそろ行こう」
アルが真剣な顔をして言う。
俺は深呼吸した。
「寂しいけど、ま、すぐ戻ってくるからなー、羊ちゃ~ん」
ウーティが眼下の白い塊に、投げキッスをした。
「くだらないことしてないで、そろそろ真剣になってください」
ステラは相変わらずだった。
境界の頂上。
ここから先の道は三つに分かれる。
目の前の平原に一気に下って行くとそこは、北部魔界北地域。
緑の平原と多種多様の変異動物たちの楽園。
向かって左の道を行くと西側の山脈に到達する。
右の道を行くと、今回の目的地に到達する。
東の山脈「ゲッコー・ラウル」
境界の頂上からその姿を見ることができる。
境界より標高は低いが、長く弓なりに北東に伸びる。
ゲッコーはウールーの一部を隔離するかのように聳える。
ゲッコーにより、隔離されている地域を「ゲッコー幽森」と呼ぶ。
指定危険種が複数生息する超危険地帯だ。
陽光すら届かないほど密集した森林地帯が大陸の海岸線沿いまで広がる。
広大で、未知なる森。そのすべてを把握する者はいない。
ゲッコーは切り立つ崖のような形をしている。
その山肌には地の底にまで続く横穴が開いており、そこがダンジョンとなっている。
近年、観測された新種のほとんどがゲッコーダンジョンから観測された。
そして、その新種のほとんどは導かれるようにゲッコーに降り立つのだという。
俺達は東に進路を取り、ゲッコーへ続く道を行く。
プントとゲッコーは一部が尾根でつながっている。
距離にして、約1kmほどの、細い山道を行くことになる。
ここからは道が整備されておらず、木の根等が道のあちこちにある。
俺達は警戒しながら悪路を進む。
ゲッコーに向かう道に入ると、すぐに空気が変わるのが分かった。
周囲を包む、空気が魔気を帯びているようだ。
冷たいような、ずっとそこに停滞しているような、うすら怪しい雰囲気の空気。
人間界とは明らかに違う。
みんなもそれを感じたのだろう。
さっきまでの緩んだ空気が嘘のように、張りつめていた。
ここからは一瞬の油断が死に繋がる。
そのことは、よくわかっていたはずだった。
ゲッコーへあと半分ほどの地点、道が極端に狭く、両側が崖になっている場所がある。
まるで陸のつり橋のような様相だ。
そこを渡る時、俺の足元が崩れた。
俺は図体がでかい上に荷物を持っているので、みんなが通った道でも踏み抜くことがある。
幸い崖に真っ逆さまとはいかず、片膝をつく程度で済んだ。
「大丈夫か?モリー」
アルが異変にすぐに気がつく。
「ああ、大丈夫だ。すまない」
「荷物があるんだ、仕方がない。ゆっくり進もう」
「ああ」
「足場が怪しい所があれば声かけをしよう。みんな意識してくれ」
「了解です」
俺はすぐに体勢を立て直し道を渡りきる。
無事渡り終えて、一安心したら、ふと足元に目線が行った。
俺の靴ひもがほどけかけている。危険だ。
そう思いすぐに結ぼうと、屈んだ。
瞬間。
「ステラ!!」
「おい!旦那、何やってる!」
前方から怒声が聞こえる。
え?っと思い顔を上げると……
目の前でステラが魔物に捕まっていた。




