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魔法の夜

校門へ引き返す間、イヅナは俺の頭にしがみついて、顔を伏せていた。

何か、俺には分からなかったが、へこんでいるようだった。

「なぁ、大丈夫か?」

流石に心配になって、俺はイヅナに声をかけた。

「大丈夫です……」

イヅナの声に明らかに元気がなかった。

俺はどうしようかと思いながら歩いていたが、なんにも策が思いつかないまま校門に到着した。


突然、からんからんと鈴の音が鳴った。

「あらぁ、かわいらしいお花ねぇ~」

音の方向から気の抜けた、間延びした声が聞こえた。

俺は音のする方を向いて……立ち止まった。

イヅナはその様子を感じ取ったのか、顔を上げたようだった。

「ガーベラねぇ。とてもよく似合っているわ」

目の前にいたのは身長のすごく高い女性がいた。

どれくらい、でかいかというと、俺の頭の上にいるイヅナとばっちり目が合ってるくらいでかかった。

女性は俺がイヅナの頭に挿した花を見てそう言った。

「こ、これですか?」

「そうよ。花言葉は「常に前進」、あなたにピッタリね。なのに、元気がないわねぇ~、何かあったの?」

そう言った女性は深い夜のような雰囲気の真っ黒な服を着ていた。

恐らくこの人も……先生なのだろうがほかの先生よりなんだか神秘的な雰囲気があった。


女性は、右肩の少し上に光る鈴を浮かせていた。

女性は顔を伏せていたイヅナを見ると近くに寄ってきたのだが、歩くたびに、肩の上の鈴がきれいな音を出していた。

「もしかして、私の生徒が何か失礼をしてしまったのかしら?」

女性はイヅナの頭を撫でてそう言った。

近くで見ると……本当にでかい。

ハイヒールを履いているとは言え、相当な身長だ。

それどころか……まぁ別に、深い意味はないけど、どうしても俺の目線の前にあるから、目に入るだけなんだが……。

まぁとりあえず、目の前にある胸部のふくらみも相当だった。

「え?い……いいえ。そんな、べつにそういうのじゃ……」

「そぉお?でもねぇ、元気ないのは良くないわねぇ……」

先生はそう言うと、パンと両手を叩いた。

「そうだ、ちょうどいいものがあるの!」

先生はそう言うと、校門の近くでかごを持って並んでいる生徒に手を振った。

どうやら、帰りのお客様になにかを配っているようだった。

「校長先生、何か御用ですか?」

呼ばれた生徒がこっちに来た。

「この子、元気がないみたいなの。それ一つ頂けるかしら?」

「あっはい!もちろんです。何色にしますか?」

「そうねぇ……、赤がいいわねぇ」

女性はそう言うと、生徒から赤い小さな包みを受け取った。



「校長先生?」

イヅナが驚いたようにそう言った。

「ええ、そうよぉ。私、校長先生なの!」

校長先生はぶりっ子のようなポーズをとっておどけて見せた。

この人そんな偉い人だったのか……。

にしてはずいぶんと雰囲気が緩いな……。

「はぁい、これ。ぷーれぜーん……と!」

先生は楽しそうにステップを踏むと、さっき手渡された赤い包みをイヅナの方に向けた。

「あっ……」

その瞬間、校長先生が思いっきりずっこけた。

「あっ!」

「あっ!!」

俺は咄嗟に倒れて来る校長先生の体を受け止めた。


先生の体はずっしりとしていた。

そしてまぁ、不可抗力だから仕方ないけど、俺は顔を校長先生の胸にうずめてしまった。

いい匂いがする。

かなり柔らかい。

このまましばらくいたい気がするが俺は今デート中だ!

俺は魅惑の胸元から顔を外すと、校長先生の体勢を戻した。

「だ、大丈夫ですか?」

「ええ、すみませんねぇ……わたしったらドジで……。お父様の方はお怪我はありませんかぁ?」

校長先生がそういった。

「お……おと……。あーはい、大丈夫です。体は丈夫なんで」

「ええ、そうですねぇ!倒れて驚きました、すごいしっかりしていて……。私思わず、ときめいちゃいました~」

校長先生がくねくねしながらそう言った。

「いや、そんな……それほどでも。まぁ、仕事柄……鍛えてますんで」

俺は、はははと照れ笑いして、腕の筋肉をみせた。

校長先生はそれを見て、すご~いというと、嬉しそうに笑った。

そして、イヅナは俺の髪の毛を思いっきり握った。


「いたたたた、イヅナ!痛い!」

「え?ああ、すみません……つい」

と、言いながらイヅナは俺の髪の毛を離さなかった。

「あらあらぁ~」

校長先生は嬉しそうに俺達のやり取りを見ていた。

「元気になったみたいねぇ~、はいこれ」

校長先生はそう言うと、赤い小さな包みを渡した。

それを見てイヅナはやっと俺の髪の毛から手を放し、それを受け取った。

「開けて見て」

校長先生がそう言うと、イヅナは頷いて中身を確認した。

「あっこれ、チョコレート」

「私が作ったのよ。先生お手製の魔法入りのフォンダンショコラよ!きっと元気が出るわ」

校長先生はそう言うと、イヅナの頭を撫でた。

イヅナは照れながら、それを口に入れた。

「あま~い。おいしいです!」

「元気出たみたいね!よかったわ~」

「ありがとうございます……。校長先生。これ何の魔法がかかってるんですか?」

「それはねぇ……あ・い・じょ・う・よ!」

校長先生はそう言うとにっこり笑った。

イヅナはつられて笑うと、きちんとお礼を言った。

「あなたお名前は?」

「イヅナです。イヅナ・ヴィクトーリア」

「そう、イヅナちゃん。もしよかったらね、また来てね。今度は私が……この学校を案内してあげるわ!そうしたらきっと楽しくなるから」

「ありがとうございます。……また、絶対きます」

イヅナはそう言うと、校長先生と握手した。

「そうだな、また来よう」

俺がそう言うとイヅナは、はいと返事した。

「ええ、ぜひお父様も一緒に来てくださいね!」

「いや、俺は……お父さんじゃなくてですね」

「あら?そうでしたの?私ったら大変な失礼を……。私はオーロレリア・ハーティスと言います。このシャリオン校の校長をさせていただいてますわ」

校長先生はそう言って頭を下げた。

「ああ、これはご丁寧に。俺はモリーと言います。モリー・コウタ。こう見えて冒険者です」

俺がそう言うと校長先生は驚いたように顔を上げて、手をたたいた。

「あなたが冒険者のモリーさんなのね?!お話はお伺いしてまよ!」

「ああ、そうですか。ドク……」

「ステラさんから!」

ドクダミちゃんがお世話になってますと言おうとした時、校長先生がそう言った。



「ステラ……?」

その名前を聞いて、また、変な汗が全身から出てきた。

聞き間違いであってくれと思った。

「ええ、そうですよ。私お友達なんです」

「それで、俺の話を?」

「ええ、この間本を借りに来た時に少しだけですけどお話しまして!ポートマルリンカーさんと冒険に出るんですってね」


そう言えば……あいつら繋がってたな。

そう言えば……あいつ、学校から本を借りてきたとか言ってたな。

そう言えば……俺、勢いですごいこと言ってたな。

俺の脳裏に嫌な記憶がものすごい勢いで駆け巡った。


「ああー、そうですかぁ……。あーまぁそうですか」

俺は苦笑いした。

校長先生も、うふふと笑っていた。

しばらく、笑いあった後、俺はさっとお辞儀した。

「ありがとうございます、校長先生。今度はみんなで……また来ます!」

俺はそう言うと、返事を聞かずに足早に校門を出た。

「ああ!またいつでも、いらしてくださいねぇ~」

背中から、校長先生の声がした。

「校長先生!ありがとうございましたー!」

イヅナはそれに返事すると、学校の影が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。



「ああ、もう遅くなってしまったな」

きらめく屋台の並ぶ夜道を歩く。

イヅナは俺の頭の上で、何か感慨にふけっているようだった。

「きれいですね……」

イヅナがつぶやいた。

「そうだな」

今日一日を振り返ると、前半は頑張っていたけど……な。

後半は、少しダメだったかな。

イヅナはどう思っているんだろう?

俺は気になっていたけど、なんだか今それを聞くのは野暮なように思えた。

イヅナは黙って、俺の肩に乗っている。

それが……なんだかうれしかった。

俺が見せた景色は、イヅナの瞳にどう映ってるのだろうか?

今日、一日で……俺はイヅナに何か与えてやれただろうか。

今までは誰にも何にも与えれなかった俺が……。

この子に何か一つでも……。

「ずっとこの時間が続いてほしいです」

イヅナがそう言った。

「そうだな。俺もそう思う」

「本当ですか?」

「ああ、でも、帰ろう。待ってる人がいるだろ?」

「そうですね。残念ですけど……でも、今日を終わらせなきゃ……みんなでは来れないですものね」

「そうさ。俺達二人っきりじゃあな……」

「……私は、それでもいいですけど」

「え?なんか言ったか?」

「いいえ。何も」

「そうか……。なぁイヅナ」

「はい?なんですか?」

「走るか」

「え?!どうしたんですか急に!」

「さぁな!でも、ほらあるだろ?急に走り出したくなること!」

俺がそう言うとイヅナは顔を覗かせた。

そして、にッと笑ってみせた。

「ありますね!」

「よし!走るぞ!」

「よーし!レッツ・ゴー!」

イヅナの号令と共に……俺は全力で走り出した。



魔術通りから、観光通りを駆け抜けて、俺達は中央広場にいた。

走っている間、イヅナは本当に愉快そうに大笑いしていた。

俺も、大笑いしていた。

もう口の中がからからだった。

「はぁ、いきなり走るのも悪くないな」

俺は息を荒げながら言った。

「すごい迫力でした。モリー様はすごいです!」

「ああ、そうかい。楽しかったか?」

「はい!今日一日は夢のようでした。モリー様は楽しかったですか?」

「ああ、楽しかったよ。でも、前半は良かったけど……後半は、少しダメだったかな?」

「そんな事……ないですよ!」

「そうか?」

「いろんな人に出会えましたから。それに、私この街がすごく好きになりました」

「そうか」

「はい!もっといろんなことが知りたいです。バルトの事、プントの事、それに……ビーガーの事も!」

「はは、いいことなんて何もないぞビーガーのことなんて知っても!」

俺達はそんな話をしながら、プントドロップの道に入った。



プントドロップ通りは、静かだった。

まぁさっきまでが騒がしすぎただけだが。

「もう、終わっちゃいますね」

「そうだな。イヅナ歩けるか?」

俺はそういうとイヅナを肩から降ろした。

「ありがとうございます。長い間……」

「いいさ、疲れてただろ?」

俺はそう言うとイヅナの手を握って並んで歩いた。

イヅナの家が、近づいてきた時俺は切り出した。

「なぁイヅナ、あれって本当か?」

「え?なんですか?」

「パフェ食ってるときいっただろ?死んでもいいって」

「え?!確かにそれくらい幸せでしたけど……死にたくないですよ」

「そうか……なぁイヅナ、聞きたいことがあるんだ」

「……なんですか?」

イヅナは何かを感じ取ったようだった。

「この間さ、キラースズメに襲われた時、俺が倒れながら何を考えてたか……わかるか?」

俺がそう言うと、イヅナは立ち止まった。

「倒れた時……ですか?」

「そうさ。ブロンソンが助けに来る前くらいだ」

俺がそう言うと、イヅナは顔を伏せて考えていた。

「落ち着いて、相手の攻撃を見ろ……とかですか?」

「いいや。俺はあの時ずっと、逃げろって思ってた」

俺はイヅナの前に膝をついて、まっすぐイヅナの目を見た。

「俺なんか放って逃げてくれって思ってたよ」

「そんな……」

「今日な。デートに誘ったのはその話をしたかったんだ。俺は覚悟を決めた。お前たちと一緒に魔界へ行くよ」

俺がそう言うと、イヅナの瞳が揺れた。

「怖いか?」

俺はそう言うとイヅナはぶんぶんと頭を振った。

「怖いだろ?」

「そんなことありません!」

「怖くてもいいんだ。でも、約束してくれ。もし次同じことが起こったら、必ず逃げてくれ。俺なんて放って逃げてくれ。助けようなんて思うな」

俺は星空を見た。

「お前は俺を見捨ててあの二人を守ってくれ。勝手に決めといて悪いけど、いいだしっぺはお前だ。お前ががリーダーだ。だから約束してくれ」

「で、でも……」

「俺な、死んでたんだよ。ここ数日で分かった。俺は死ぬために冒険していたんだ」

「そんな!」

「今思えば……悪いことをしたよ。俺は死のうとしてたんだからな。無意識とはいえ……。自分の事しか考えずに、知らずの内に仲間を道連れにしようとしていた」

イヅナは黙って俺の顔を見ていた。

「追放されて当然だよな」

俺は星空に向かって、つぶやいた。

「モリー様……」

「決断してくれ、それが条件だ。約束してくれないなら、俺はお前たちを連れていけない。死んでほしくないからだ。そんなところに俺はお前たちを……怖くて連れていけない」

イヅナの顔を見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。

「でも、お前たちが逃げてくれるなら……俺は命を燃やして、お前たちを東部魔界まで連れてくよ」

「モリー様……」

「お前にしか頼めない。イヅナ、約束してくれ」

イヅナは震える手をぎゅっと握るとまっすぐに俺を見て、頷いた。

「ありがとう」

俺は、そう言うとイヅナの肩を抱いた。

そして、俺は額をイヅナの額に当てた。

「え?!モリー様?」

イヅナの顔が、コイン一枚分くらい先にあった。

イヅナは体をこわばらせていた。

俺はイヅナだけを真っすぐ見て、そして……イヅナの額にキスをした。

「も、も、も、も、モォリー様?!」

イヅナは額を抑えながら叫んだ。

「ははは、これでいい」

「な、な、な、なにがいいんですかぁ?!」

「イヅナにキスできたからさ、いい」

「はぁ?!」

「俺はもう、死んでもいいよ」

俺はそう言うと、立ち上がって、にやりと笑った。

「後悔はない」


それを見てイヅナは顔を真っ赤にしていた。

「ははは、ま、安心しろ。そんな簡単に死ぬ気はないからよ」

「当然ですよ!」

イヅナはそう叫んで、俺の脛を思いっきり殴った。

「いってぇ!なにすんだよ!」

「死んだら許しませんからね!乙女心をもてあそんで!あっさり死ぬなんて許しませんからね!」

「はぁ?」

イヅナは自分の額を抑えて、涙目になりながら言った。

「責任……とってもらいますからね!」

イヅナはそういうと両目から大粒の涙をぽろぽろと溢した。


俺は、ははっと息を漏らすと、イヅナを優しく抱きしめた。

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