ナオ・チャンベリルの贈り物
シャリオン校の前は大勢の人でにぎわっていた。
「ほえー、すごい人ですねぇ……」
イヅナは頭にお面をつけて、大きなキラースズメのぬいぐるみを背負い、綿あめをほおばりながらそう言った。
俺達がここに着くまでに、何件の屋台に寄ったのか、もう覚えていない。
イヅナの好奇心は留まることを知らず、放っておけば、全部の店に寄ることになりそうだった。
俺はそれを引き留めるのに必死だったが、何個かについてはものすごい固執したので、結局はこのありさまだ。
俺はイヅナの行動力と体力を甘く見ていた。
火を飲み込んでいてよかった……心底そう思った。
大きなキラースズメのぬいぐるみはくじ引きで当てたものだ。
イヅナは運だけはいいらしく、特賞を一発で当てた。
まさか、当たりが入っているとは思わずに驚いた。
特賞はいろんな商品で好きな物がもらえるらしかった。
イヅナは迷わず、少し丸くて大きいキラースズメのぬいぐるみを選んだ。
「こいつへの恨みは忘れませんよ……でも、なんか、これは不敵というか、味があるというかぁ」
イヅナは結構お気に召したようだった。
俺は、店主からひもを貰い、イヅナが背負えるように、ぬいぐるみにひもを通した。
それでさらに機嫌をよくしたのか、他の屋台に目もくれずに、ずんずん進んでくれるようになった。
そうして、ようやっと俺達はシャリオン校の前まで来たのだった。
「ほえー、きれいな学校ですね」
「確かになぁ」
俺達は大きな校門の前で立ち尽くしていた。
「あの、奥の建物が校舎なんですかね?」
「かもな。でも向こうに時計塔もあるし、鐘楼もあるし……どんだけ広いんだこの学校」
「ドクダミちゃんによると、運動場もあるらしいですよ。クリケットが盛んだって言ってました」
「そうか。そりゃ……相当な広さだな」
「その上、オークレイマンゴーレムと戦える実習場もあるみたいですしね……」
「住む世界が違うな……」
二人でボーとしていたら、咳払いされた。
顔を向けてみると気難しそうな顔をしたおば様が立っていた。
「失礼。人通りがありますので……出入り口付近で立ち止まらないでください」
「ああ、すいません」
俺達は頭を下げて、慌てて歩きはじめた。
「なんか、怖い人ですね。先生でしょうか」
「たぶんな」
「ミスター、すみません」
俺達が内緒話していると背後から声をかけられた。
驚いて振り向くと、さっきのおば様がこちらに近づいてきていた。
「あ、はい、すみません。なにか失礼がございましたでしょうか?」
聞かれてたかな?なんて思いながら、俺が慣れない敬語でそう言うと、おば様は眉をしかめて、俺を睨んだ。
俺はいたたまれなくって、目を泳がせた。
まずい……なんかやっちまったようだ。
「失礼ですが、ミスター。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え?名前ですか?」
なにがしかのマナー違反を注意されると思っていたので、意外な質問に驚いた。
俺の間抜けな声を聞いたおば様はゆっくりと頷いた。
「あー、お……、私はモリーと申します。モリー・コウタ。こう見えて冒険者です」
「そうですか。やはりあなたがモリー様でしたか」
おば様は納得したって感じの顔をしてそう言った。
「俺のことを……知ってるんですか」
「ええ、はい。ミス・ポートマルリンカーからお話は聞いております」
「え?ドクダミちゃんからですか?」
「ええ、そうです。お会いできて光栄です。モリー様」
「光栄……ですか?えっと……」
「失礼、私はアンネ・ルネランといいます。この学校で歴史や、生徒指導を請け負っています」
生徒指導の先生か。
ならこの威圧感も納得だ。
「今度、ミス・ポートマルリンカーと北部魔界に行くそうですね?」
ルネラン先生は俺の方をまっすぐ見て言った。
「ええ、そうですが……」
「あなたが先導されるとお聞きしましたが……」
なんだか尋問されている気分だ。
妙な汗が出てきた。
「まぁ、はい。ガイド役は私です。私達は冒険者PTを組みまして、それで、冒険しようかと思ってまして……。あーその、ちなみに、ここにいるのが、リーダーのイヅナです」
俺がイヅナを紹介すると、先生は驚いたような表情を見せた。
「そうですか。あなたが……」
先生は俺とイヅナを見つめた。
鋭い目つきで俺達の顔をじっと見ていた。
しばらくすると、その目つきが柔らかくなったように見えた。
「あの子をどうぞよろしくお願いいたします」
先生はそう言うと深く頭を下げた。
「そんな!ちょっと待ってください、先生。頭を下げるのは俺の方ですよ」
俺は先生に頭を上げるようお願いした。
先生はそれを聞いて顔を上げて、再び俺の顔をじっと見た。
その先生の表情を……俺は見たことがあった。
冒険者になると言って、田舎を飛び出した俺を見送る……母の表情だ。
「あの子がああ、なってしまったのは、我々の責任でもあるのです」
先生はそう言うと目を伏せた。
「あの子には才能がありました。それは私のみならず、わが校の教師陣の総意でした。よって飛び級を許可したのです」
「もちろん、あの子の性格も考慮していました。そのためケアも十分にしているつもりでした」
「それが行き過ぎていたようで、一部の生徒から不満が出たようで……。それが、彼女に……」
「それが原因で……彼女は学校を去りました」
先生は悲痛な面持ちでそう言っていた。
俺達は複雑な心境だった。
どうすればいいか分からない。
なんて声をかければ……。
「そんなことないですよ。十分頑張ってくださったじゃないですか」普通なら無難にそんなことを言えばよかったのだろうが……。
ドクダミちゃんを間近で見てきた、俺達にそんな軽い言葉は出せなかった。
どうみても挙動不審で、黒い箱に入らないと俺の家に来ることもできない状態になっていたのだ。
一歩間違えれば……あの子は一生……あの部屋にいただろう。
俺は思案した。
それはもう変えようのない事実だが、どうしようもないことだってある。
例え魔法の力をもってしても、人にはどうすることもできないことが確かにあるのだ。
だから、先生も、誰も、俺は悪くないと思う。
「先生、大丈夫です。いろいろあったとは思うのですが、でも、ドクダミちゃんは頑張ってます」
結果論だけど、でも、それも真実だ。
「そうですよ!ドクダミちゃん、すごいんですよ!」
イヅナが先生の前に出て言った。
「ドクダミちゃん、最近髪の毛の色が変わり始めたんです。薄く藍色に輝いてきれいなんですよ。それに、最近はずっと……私と修行してるんです!」
修行?そんなの初耳だった。
「修行ですか?」
先生も驚いたようだった。
先生はイヅナと話すために目線を合わせるために屈んだ。
「はい!座禅とか滝行とか!一緒にしてるんです」
「何してんだお前ら」
「ドクダミちゃんが言ってきたんです。自分を制御したいって」
「彼女が……?」
「はい。ドクダミちゃん研究してるんです、今。毒魔法を操ろうと頑張ってます」
イヅナがそう言うと、先生がイヅナの肩を掴んだ。
「本当ですか?!あの子が……ついに……?」
「え?あ、はい」
「そうですか……」
先生は信じられないようすだったが、でも安心したような顔をしていた。
「そんなことしてたのか……」
「もちろんです!この間は、モリー様に頼りっきりでしたからね。私達も……もっと強くならなきゃですから」
「そうか」
「あの子の毒魔法、それは特別な物です」
先生は宙を見ながらそう言った。
「そうなんですか?」
俺が尋ねると、先生は俺の顔を見た。
「ええ、我が校の歴史で見ても、そのような魔法が使えた者は、一人としていません」
「え?!」
イヅナが叫んだ。
「そんなに、すごい魔法なんですか?!」
「ええ、そうです。それに、毒の霧に苛まれたこの世界で強い魔力を持ち、毒を操れる……。彼女はきっと特別な存在なのだと……私は思っていました。その想いが行き過ぎてしまいましたが……」
「先生、しかたありません。そればっかりは……誰も悪くない」
「ありがとうございます。そう言って頂けますと、救われます」
先生は、そう言うとまた深く頭を下げた。
きっとこの人は、本気でドクダミちゃんのことを心配してるんだろうな。
この人は、信頼できる人だ。
見た目は怖いが、すごくいい先生だ。
「すみません。長話を……」
先生は目元を拭うと立ち上がった。
「あの子の試験官を務めたのは私です。あの子が試験を受けると言った時は驚きましたが、大変うれしく思ったことを……覚えています」
先生はそう言うと、俺の手を握った。
「試験の様子を見て……私もあの子はきっと大丈夫だと思いました。私達ではできませんでしたが、あなた達ならあの子を正しく導いてくれると……信じています」
先生はそう言うと、もう一度深く、深く頭を下げた。
「あの子をどうぞよろしくお願いします」
先生が俺の手を強く握った。
俺もその手を優しく握りかえした。
「俺、絶対に無事に帰しますから、命を賭けてでも、絶対に。だから、帰ってきたら……その時は、先生、あの子をよろしくお願いしますね」
俺がそう言うと、先生は、はいと返事した。
俺は、黙って、精一杯の愛嬌で微笑んで見せた。
「引き留めてしまって申し訳ございません。どうぞ見て行ってください。きっと役に立つものもあるかと思います」
先生はそう言うと、背中を向けて、どこかに消えていった。
「行くか」
俺は先生の背中を見送ってそう言った。
「はい」
「イヅナ」
「はい?」
「必ず、帰ってこような」
「……はい!」
気を取り直して俺達は、シャリオン校のきれいな並木道を歩いた。
「なんていうかこれはもう、街だな」
その校舎に続く長い道の途中には色とりどりの屋台が並んでいる。
屋台には使用用途の分からないモノや、色とりどりの液体や、本などが並んでいた。
「ほえーこれ全部、魔法がかかっているんですかね?」
イヅナはそれらを見て言った。
「ああ、たぶん。普通の道具じゃないんだろうな」
「気になりますねぇ……」
イヅナはきょろきょろしていた。
俺もそわそわきょろきょろしていた。
なんでかというと、気にはなるけどなんとなく話しかけていいのか分かんなかったからだ。
店には生徒が、2、3人で店番をしていた。
驚いたことに、少数の生徒がそれぞれ何かを作って売っているようだ。
こういうのはクラス単位でやるものだと思ってたので、学生の意識の高さというか……その能力の高さに俺はただ圧倒されていた。
「人生何回生きたら、この年齢でこんなことできるようになるんだろうな」
「そうですねぇ……」
「とりあえず、なんか一つ話聞いてみるか?」
いつまでもぐだぐだしてても仕方ないし、時間も、もうあんまりないから、俺は意を決してそう言った。
「そうですね!」
「じゃ……どれにするかなぁ……」
「そうですね~」
俺とイヅナはとりあえず話しかけやすそうで気になる物を探してみた。
「あのぉ」
二人できょろきょろしていると後ろから話しかけられた。
振り向いてみると、そこにはきれいな赤毛の生徒が一人、看板をもって立っていた。
「もしも、お時間ありましたら……私のお店をみてくれませんか?」
その子は俺達にまっすぐそう言った。
明るい赤毛のセミロングがよく似合うかわいらしい子だった。
少しつり目できつい印象はあるが愛嬌がある子だった。
看板には、魔道具なんたらかんたらと書いていて……俺には読めなかったが道具を売っているようだった。
「ああ、えっと、どうする?」
俺はイヅナに聞いてみた。
「え?そうです……」
イヅナの言葉が途中で消えた。
イヅナの様子が何か変だった。
見ると、イヅナは表情を固めたまま、目の前の女の子を見ていた。
「どうかしたか……?」
俺は異変を感じて言葉をかけた。
「あんた……」
しばらく見つめ合った後、女の子が口を開いた。
その声色はさっきまでの愛嬌ある声とは違う……鋭いものだった。
「誰かと思ったら、ポートマルリンカーの騎士様じゃない」
「あなた、やっぱりあの時の……」
イヅナの目つきも鋭くなった。
「し、知り合い……なのか?」
俺はそう尋ねたが、二人は無視した。
二人は見つめ合ったまま、沈黙を続けている。
何とも言えない空気が二人の間に流れていた。
再び、いやな汗が出てきた。
「今日はあいつはいないの?」
きつい印象を受ける一言だった。
これがこの子の、本性……って奴なのか?
信じられない変貌っぷりだった。
なんていうか……すごく冷たかった。
笑顔で困ってる変な奴に優しく声をかけてくるような……そんな子のようには思えなかった。
「いないよ」
「ふ~ん」
女の子はぶっきらぼうにそう言うとイヅナを上から下まで見た。
そして、一通り見ると、今度は俺の方を見た。
「この人は?」
「モリー様」
「なにそれ?様って何?」
「どうして、そんなこと聞くの?」
「どうしてって気になるからだけど」
さっきまでの愛嬌のある顔とは、打って変わって女の子の顔は非常に冷たくなっていた。
イメージ通りのきつい表情だ。
「あなたに話す事はないよ。それじゃあ」
イヅナはそう言うと、俺の手を引いた。
「お?え?あ、ああ」
球あだったので俺は力なくイヅナに引っ張られてたいった。
気になって、振り返ってみると女の子はまだ俺達を睨んでいた。
「おい、イヅナ。あの子なんなんだ?」
俺はたまらず尋ねる。
「知り合いなのか?」
「昔、ドクダミちゃんを助けたって言ったじゃないですか」
イヅナが急にそう言った。
そう言えば、そんな話は聞いたことがある。
「ドクダミちゃんと初めて出会った時の話だっけ?」
「そうです。その時ドクダミちゃんはあの子にいじめられてたんです」
「え?あの子に?」
「いやな奴ですよ。名前は確か……」
「ナオ」
真後ろから、いきなり声がした。
振り向くと、さっきの子がいつのまにかそこいた。
「ナオ・チャンベリル」
女の子はそう名乗った。
「何?まだ何か用?」
イヅナは目線を外してそう言った。
「まぁ、あんたになんて興味はないけどさ。聞きたいことはあるから」
イヅナはナオを睨んだ。
「あいつが学校にいた。この間。先生から話聞いたら冒険者になるって聞いた」
ナオはずかずか話を進めた。
「あんたが、連れてくの?」
「そうだよ」
「へぇ?やめといたら?あんた死ぬよ」
「死なないよ」
「そう、まぁそう思うなら、いいけど。でも、死ぬと思うよ。本当にやめとけば?」
「なんでそんな事!あなたが!」
イヅナの温度がいきなり上がった。
そして、イヅナは今にも掴みからん勢いでナオの前まで行った。
二人は無言でにらみ合っていた。
ナオも来るなら来いよって雰囲気だったので、俺は傍らではらはらしていた。
全身がもうびっしょりだった。
「まぁ、好きにしたら。なんにも言わないで死んだら、寝覚めが悪いから言っただけだし」
ナオはそう言うと顔をそむけた。
「ただ、まぁ少しは悪いと思ってるからさ、私も。これ、あいつに渡しといて」
ナオはそう言うと懐から小さなボタンのようなものを取り出した。
「何それ?」
「私が作った道具。ま、あいつからしたら単純な造りだろうから、渡せばわかるよ」
ナオは嫌味そうにそう言った。
イヅナはそれを恐る恐る掌の上に乗せると、まじまじとそれを見た。
「見なくてもいいよ。あんたにはわかんないだろうから」
「はぁ?!」
イヅナは顔を上げて、叫んだ。
「それじゃ。せいぜい頑張って」
ナオはそう言うと、人混みの中に消えていった。
イヅナはその背中をずっと睨みつけていた。
「大丈夫か?」
「モリー様!」
「お、おう?」
「帰りましょう!」
「え?まだ何にも……」
「私、ここ嫌いです!」
イヅナはそう言うと、俺の腹にタックルしてきた。
イヅナは、俺の腹に顔をうずめて、ぐりぐりしていた。
おいおい、新品のシャツなんだけどな……。
俺はイヅナの背中を摩った。
「ああ、すまないな。帰ろう」
俺はそう言うと、イヅナを抱え上げた。
イヅナはぐしぐしと目をこすると俺の方を見た。
「うん!」
イヅナはそう言って、手を伸ばしてきた。
俺は頷くと、そのままイヅナを、肩に乗せた。
「もう、サイテー」
イヅナはそう言いながら俺の頭にしがみついた。
俺は黙って、イヅナの背中を摩ると、校門に向かって歩き始めた。




