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青空の下の決着

「お待たせしました……」

司会者が神妙な面持ちで舞台の前に出た。

「紳士淑女の皆様!ついにすべての準備が整いましたぁ!」

広場に集まる群衆は、今や300人を超えていた。

その全員の視線が、舞台に集まっていた。

「これ以上、私の唾棄すべきようなお話で、皆様をお待たせするのも大変心苦しいので……早速、いきますよぉ!」

司会者はそう言うと片手を上げて、掲示板の近くで脚立に腰かけている受付役に合図を送った。

それを受け取った、受付役が司会者に合図を返した。

司会者がにやりと笑う。

「この世紀の一戦!オッズが確定したぞ!そのオッズは驚きの……」

観客が息をのんだ。

「チャンピオン・ザバル・ザッパー、オッズ2.5倍!挑戦者、ウーティ・ハート!オッズは……10倍だぁ!」

司会者の一言に観客が、ざわついた。

「チャンピオンで2倍ってやばくないか?」「相当な金額が動いてるな……」

俺も、このオッズには驚きだった。

人気はちょうど半々くらいだと思っていたから……意外な結果だ。

「も……モリー様?」

俺が周囲を何となしに見ていると頭の上のイヅナが話しかけてきた。

なんだか、心配そうな声だった。

「どうした?」

「じゅ……10倍ですって!?ど、ど、ど、どうしましょう」

「どうするって……まぁうまい飯が食えるな。それどころか、デザートもいけるぞ」

「ええ?!でも人気がないから賭け金って大きくなるんですよね?」

「そうだな」

「や、やっぱり……。さ、さすがのウーティ様でも……あの人相手じゃ……」

イヅナは申し訳なさそうな声でそう言った。

「いや、大丈夫だろ。あいつなら勝つよ」

「え?!」

「まぁ見てな」



「それでは!皆様……覚悟の準備はできましたか?ついに……始まりますよぉ!」

司会者がそう言うと、舞台の袖から丸いテーブルを二人の女が運んできた。

女は、それを二人の間に設置した。

「準備ができました!それでは……選手の二人はテーブルの上に手を置いてください!」

司会者がそう言うと、二人は右手をテーブルに肘を置き……腕を組んだ。

司会者はその上に手を置く。

「私の合図でスタートです。どっちかの腕がこのテーブルより下に行けば……負けです!」

ルール説明が始まった。

観客に、緊張感が走る。

「試合中、肘を浮かせたり、相手に対して危害を加えたりした場合は即刻敗北です。魔術を相手に向けても同様です」

司会の説明に二人は頷く。

「よろしいですね?それでは……お二人の健闘を祈ります」

司会者が視線を観客の方に向ける。

観客は静かにただ、舞台の二人を見ていた。

さっきまでの喧騒が嘘だったかのように広場は静寂に包まれていた。

「それでは……。レディ……ゴー!」

司会者は合図とともに勢いよく手を振り上げた。

瞬間二人が全ての力を右手に込めた。

まるで、周囲の空気が圧縮されて……空間が歪んだように見えた。

その重厚な空気に観客がざわつく。

二人はそんなこと気にもせずに、真正面から向かい合っていた。



勝負は互角だった。

腕はピクリとも動かずそこにあった。

血管の浮いた手がテーブルの上で小刻みに揺れる。

二人の顔はその激しさとは正反対で、とても静かな表情をしていた。

観客は固唾をのんでその勝負を見守る。

誰一人、咳一つせず……二人の動向を見ていた。

観客が沈黙した広場は時間が圧縮されたように感じた。

きっと時間にしたら一瞬だったのだろうが、俺達にはもう何時間分にも感じられた。

遠くで、にぎわう祭りの声も誰にも届かないほど……俺達は集中していた。

しかし、その時は突然訪れた。


チャンピオンの目が鋭く光ったかと思うと、チャンピオンは大きく息を吸う。

すると、彼を包む炎が勢いを増し、黄金色に輝き始めた。


ウーティの腕が動き始めた。


はっとした、声にもならない吐息が広場の観客から漏れた。

ウーティが苦しそうな顔をする。

イヅナがそれを見て俺の髪の毛をぎゅっと掴んだ。

俺は頭皮でイヅナの小さい手が汗ばんでいるのを感じた。

一度動くとさっきまでの拮抗がウソだったかのように、ウーティの腕はそのままぐんぐんテーブルに近づいて行った。

ウーティがそれを止めようと力を入れる。

しかし、腕の下降は止まらない。

たまらず誰かが悲鳴を上げた。

ウーティはそれを聞くと……左手でテーブルの端を掴み、顔をゆがませる。

すると……ウーティの腕はコイン数枚分ほどの隙間を残し、再びぴたりと止まった。


広場にいる全員が呼吸も瞬きも忘れて二人を見守る。

ウーティは上体を大きく倒しながら……ギリギリで耐えていた。

どう見てももう勝負あったって雰囲気だった。

しかし、チャンピオンの方も余裕という事ではないように見えた。

明らかに炎の輝きが……さっきよりも弱弱しくなっている。

それに呼吸が明らかに荒くなっていた。

さっきの仕掛けは相当体力を使ったようだ。

同じ魔術を使うから分かるが……あそこからまたさっきの力を出そうと思うと、かなりきついだろう。

それはチャンピオンも自覚しているようだった。

チャンピオンはゆっくりと落ち着いて呼吸を整えている。

しかし眼光は鋭いままだった。

準備ができたら最後の力で……倒しきるつもりだ。

そしてその呼吸が……だんだん、静かになっていっている。

決着の時はそう遠くないように見えた。


「悪いな、坊主。賭けてただろ?」

「あ?ああ……」

「お前よくやったよ。だが、終わりだ」


チャンピオンが再び大きく息を吸った。

そして……チャンピオンの右手が黄金に輝いた。

全ての魔力を……手に集中させたのか……。

ウーティの顔が曇る。

チャンピオンの咆哮が広場にこだまする。

そして観客がざわめいた。

ウーティの腕が痙攣する。

耐えたら……勝ちだ。

最後の瞬間にウーティも叫んだ。

その咆哮が途切れて……そしてウーティが目をつぶった。

その瞬間チャンピオンの腕が爆発のような輝きを放った。

終わった……みんながそう思った。

イヅナは悲鳴を上げていた。

誰もがチャンピオンの勝利を確信した瞬間だった。

ウーティの敗北だと……誰もがそう思っていた。

……俺、以外は。



下手な芝居しやがって。

俺はそう思っていた。

ほんと悪趣味だな、あいつ。



いつだったか、ウーティが木の上で大地の鎧を纏ったことがあった。

俺は何気なしにそのことを思い出していた。

あれは確か、北部魔界から帰還して、限界を迎えていたステラだけを駅に預け、俺達三人は駅から馬車で家路についていた時だった。

アルは寝ていたが、俺とウーティは駅から調達した酒を飲んでいた。

その時にふとそのことを思い出して、何となしにウーティに聞いてみたのだった。


「そういや、いつぞや木の上から地面引っ張ってなかったか?」

「うん?ああそうだな」

「地面に触れてないのにそんなことできるのか?」

「おう、木ってのは根っこが地面につながってるだろ?」

「うん?まぁな」

「だから、それはもう地面だろ?」

「はぁ?そうなのか?」

「俺にとっちゃ同じさ。水中と空中以外だったら……俺は誰にも負けねぇ。地球上、最強の男さ」



広場の皆はチャンピオンの輝く腕を見ていた。

しかし、俺だけは、ウーティの足を見ていた。

ウーティの足が……くるぶしまで全部靴に入っている。

俺はそれを見て、ウーティの勝利を確信した。

ウーティの足は今、舞台と融合し……そしてその下の地面とつながっているはずだ。

なら、今あいつは……。



一番初めに違和感に気が付いたのはチャンピオンだったに違いない。

表情を見ていれば分かった。

「なんでこいつ……まだ倒れねぇんだ?」

そう言う顔だった。

勝ちを確信していた、チャンピオンの顔にしだいに焦りが見えた。

そして右手の輝きが……光を失い始めた。

その瞬間、ウーティが目を開けて……にやりと笑った。

「ガイアーーー!」

ウーティが叫んだ。

「パワーーー!」

チャンピオンの腕がみるみる立ち上がっていく。

そして、二人の腕はあっという間に初めの位置に戻った。

「あーっはははははぁ!」

ウーティが笑うと、今度は反対側にチャンピオンの腕がぐんぐん倒れていく。

それを見た、広場中の観客があっと息をのんだ。

チャンピオンの腕は……もう完全に光を失っていた。

イヅナが身を乗り出した。

どこかから……悲痛な悲鳴が聞こえた。

「うおりゃあ!」

ウーティは叫ぶと、チャンピオンの腕を思いっきりテーブルに叩きつけた。


炸裂音が広場中に響いた。

腕を打ち付けられたテーブルは真っ二つになっていた。

チャンピオンの体は……その勢いで、そのまま舞台に転がった。

ウーティは立ち上がり、天を仰いだ。

そして、呼吸を整え、自分のシャツで顔の汗を拭うと……舞台の前に移動した。

観客がウーティを見ていた。

ウーティは静かな表情で、観客を見渡し……両こぶしを胸の前で思いっきりぶつけた。

金属同士が衝突したかのような音と共に、衝撃波が広場を駆け抜けていった。

そして、ウーティはにやりと笑った。

衝撃波により広場が水を打ったように静まって、しばらく……今度は堰を切ったかのように怒号が広場中を包んだ。


「勝者!ウーティー・ハートォォ!」

司会者が大空に向かって、宣誓した。

それを聞いた広場中から……大量の紙が宙を舞った。

吹雪のように、視界のすべてが白い紙で埋め尽くされた。

「うっうわぁ!」

イヅナが驚嘆の声を上げる。

「すっすごい……」

「ああ、やったな。あいつ」

俺がそう言うと、イヅナが俺の顔を覗き込んできた。

「え?」

「え?」

「もしかして……私達勝ちました?」

「もしかしなくても、な。うん。勝ったぞ」

イヅナは顔を上げて舞台上でポーズを決めるウーティを見た。

そして俺の顔をふたたび覗き込んできた。

「勝った!勝ちましたね?!」

信じられないって感じだった。

「ああ、勝ったよ。ステーキ、食いに行くか」

「ステーキ?!」

「そうだ。クレッドで一番の奴を食いに行こう。ついでに……パフェも食うか」

「クレッドで一番?!それに……パフェ?!」

イヅナの声が裏返った。

「やったーーー!」


イヅナは紙吹雪舞う、広場の大空に向かって両手を突き出して、叫んだ。

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