無敵の男
いつの間にやら、倒れた選手の搬送と後片付けが完了し、舞台上は次の勝負の準備がされていた。
早食い勝負は一旦区切りのようで、種目が変わるようだった。
「次は何でしょうね?!」
イヅナがわくわくした声で話しかけてきた。
「そうだな……準備が終われば次のお題が発表される。なんなら……賭けてみるか?」
「ええ?そ……それは……」
「別にいいさ。銀貨一枚くらいしか出せないけど。ま、せっかくだし、やってみたらどうだ?」
「でも、私あんまりこういうのは……得意じゃないというか……」
「お前いい子だな」
「え?な……なんですか急に?!」
「別に。でもな、臆病になる必要はないさ。遊びだ。みんなやってる。そりゃ変にはまっちまう奴もいるが、イヅナなら大丈夫だ」
俺は根拠もなくそう言った。
「最悪、はまっても俺が何とかしてやるよ」
これも何の根拠もない発言だった。
無責任って怒るんだろうな……あいつなら。
「そ……そうですね。せっかくなので……思い切ってやってみます!」
「その意気だ」
俺は懐から銀貨を一枚だし、イヅナに渡した。
「勝ったら……この後のランチ、ちょっといい店に連れてってやるよ」
「ほ、本当ですか?」
「どうせやるなら本気じゃないとな。何か食いたいものあるか?」
「そ、それなら、私……ステーキが食べたいです!」
「ステーキか。わかった」
俺がそう言うと、イヅナは深呼吸した。
「まぁ、楽に行こうぜ」
そんな話をしていたら、司会者が前に出てきた。
「いよいよだな」
「はい……!」
イヅナが息をのんだ。
「お待たせしましたー!次の競技は……アームレスリングだ!」
司会者が叫ぶと、群衆が沸いた。
しかも今日一番の盛り上がりだ。
「アームレスリングか!」
「これは……勝負って感じのが来ましたね!」
「ああ、お前運がいいな。アームレスリングはメイン競技の一つだぞ」
「そうなんですか!?」
「そうさ。そして人気が高い競技は……オッズが高くなる」
「……チャンスですね?!」
「そうだ」
「さぁさぁ皆さんお待たせしました。メイン競技の選手を紹介だ!いきなり……花形がくるぞ!」
司会者が観客を煽る。
それにより観客は沸き……その弩声を聞きつけた野次馬が広場に集まり始めた。
そして人が人を呼び……あっという間に広場にはさっきまでの倍ほどの人だかりができていた。
「さぁ!お待ちかね選手の紹介だ!まずはこの人!いきなり来るぞ!絶対王者!」
司会のその一言に会場がどよめいた。
「おいおいまじかよ……」
「え?なんですか?」
会場のどよめく中、舞台の袖に大きな影が見えた。
司会者はそれに目配せすると、にやりと笑った。
「荒くれ者だらけのバルトウォーターの中で、さらに荒くれ者!三年連続アームレスリングチャンピオン!」
司会者が高らかにその男を紹介する。
「キング・オブ・バルトウォーター!ザバル・ザッパー!」
その名前を司会が告げると、観客から歓声が沸き、舞台の袖から大男が姿を現した。
筋骨隆々で俺よりも一回り縦も横もでかい男が姿を見せた。
こいつこそ、バルトの超有名人、ザバル・ザッパーだ。
「すごい!こんな大きな人がいるなんて!」
「俺も、こんな間近で見たのは初めてだ……。すげぇでかい」
大男は舞台に上がるとすぐに、着ていたシャツをびりびりにやぶき雄たけびを上げた。
大気を掴んでそのまま揺らしているかのような大音量だった。
「ほあー!」
「鼓膜が破れる!マジで人間か?」
「すごい筋肉だぁ……おなかのあんなところに線が入ってる人……初めて見たぁ」
イヅナはザッパーの腹斜筋を見てうっとりした声を上げた。
こいつ……筋肉好きってマジだったんだな。
「え?!」
こいつ案外変態なのか?なんて思っていたら突然イヅナが声を上げた。
何事だ?と思い舞台の方を見ると、ザッパーがポケットからマッチ棒を取り出していた。
「あっあれって!」
「ああ、そうさ。あいつは確か……」
ザッパーはマッチを擦り火をつけると、それを手に移して……自らに火をつけた。
「さぁ!御覧の通り今回は特別ルールだ!自分にのみ魔術の使用OKだ!」
そう言うと会場が静まり返った。
目の前の大男が黄金色に煌々と輝いている。
その姿が神々しく見えた。
「こんなの……」
「誰が勝てんだよ……」
観客も同じことを考えていたのだろう。
もう、これは勝負あったって雰囲気だった。
「賭けは不成立かな?」
「ですかねぇ……」
「どうしたぁー?!みんなぁ?賭けは流れるんじゃないかって顔してるなぁ!」
司会が俺達の思考を読んだかのようにそう言った。
「と、いうことは?」
「期待していいんですかね?!」
俺達は顔を見合わせた。
それはそこにいる観客も同じだった。
「この無謀な挑戦を仕掛けたのは……今話題のあの冒険者PTの中枢メンバー!」
観客がざわついた。
……今、話題の“あの”冒険者PT?
嫌な予感がする。
「今、競争激しいCランクを風のように走り抜けるカリスマ冒険者!その名は……アルガートン・コンカー!」
その名前が出た時、舞台袖に……身に覚えのある影が立っているのが見えた。
「そのアルガートンPTでタンク役を買って出る!タフガイ中のタフガイ!」
司会の熱量が上がる……。
「バルトの荒波さえ押しつぶす!大地の化身!」
そして、そいつが……舞台上に出てきた。
「挑戦者はこいつだ!最強の男!ウーティ・ハートォォォ!」
ウーティが舞台上にいた。
仁王立ちで、いつも通りの不敵なにやつき顔を見せていた。
そして大きく息を吸い、ぐっと腰を落とした。
ウーティは自分の握りこぶしを自分の正中線上……ちょうど顔面の前と、腰の位置に拳を置いた。
会場は静寂に包まれていた。
誰もが息をのみ、ウーティの姿を見ていた。
ウーティはふっと息を吐くと、両方の拳を全力でぶつけた。
まるで、岩石同士がぶつかったような音がした。
その直後に地鳴りのような衝撃波が広場中を駆け巡った。
俺達はその衝撃破に……痺れた。
「うおおおおおおおおおお」
地鳴りのような衝撃が今度は広場から起こった。
どこかから口笛の音がする、誰かが叫ぶ声がする。
そして、司会者の一言でそのすべてが動き出す。
「さぁ!賭けの時間だ!」
それを聞いた広場中の人間が、舞台の反対側にある、ディーラーの元へなだれ込んだ。
「うっうわわわわ!」
人の動きが激しい。
しかも、賭けるんなら、動かないといけない……。
イヅナを頭の上に乗せたままだと危険だ。
「こ、これは!うっ動けない!」
「ああ、そうだな……」
俺がそう言うと、イヅナは少しばかり残念そうな顔を……しているような気がした。
確かに少しだけ、あきらめているような雰囲気だ。
「ま、普通なら……な」
俺はそう言うと……胸ポケットからマッチ箱を取り出した。
「あ!」
イヅナがそれを見て声を上げた。
俺はにやりと笑った。
「安心しろ。俺達ならできるさ」
俺はそう言うとマッチ棒を擦り、自分に火をつけた。
火をつけた瞬間、俺の体の底から活力がみなぎった。
それまで脅威だった人波が、まったく物とも思わなくなった。
「これなら……」
「いけますね!」
俺は安定のために低く落としていた腰を伸ばした。
まっすぐ立って、顔を上げてみると……舞台上のウーティと目が合った。
ウーティは正直な奴だ。
どれだけ正直かというと、言いたいことは全部顔に出る。
顔に出しながら言いたいことを言うので、顔を見れば何を言いたいか分かるくらいには正直な奴だ。
ウーティは俺を見て驚いている様子だった。
「え?だ、旦那?うっそ、おしゃれしてるじゃん」
って言ってるような顔だ。
驚いた顔をしたウーティの目線はほどなくして俺の頭上に移った。
「え?女の子?娘……なわけないよな。だって独身だったはずだし……。隠し子?!にしては似てねぇな……」
ウーティは首をかしげながら俺とイヅナを交互に何度も見ていた。
「妹でもない……親戚でもない……っていうかどう見てもデート?え?まさか?!」
ウーティは目を大きく見開いた。
そして口に手を当ててわなわな震えていた。
「旦那!あんた……そういう趣味だったの~!」
って顔している!
俺はウーティをまっすぐ見つめて、首を横に振った。
ウーティは大げさにじゃあなんだよ!ってジェスチャーを送ってきた。
俺はゆっくりと頷いた。
ウーティは、うんうんじゃねーよ!って突っ込みを入れていた。
「も、モリー様?何のお話をしてるんですか?」
ジェスチャーだけで意思疎通する大男二人の怪しい姿を見て、イヅナが恐る恐る話しかけてきた。
「ああ、他愛のないことさ」
俺はそう言うと、納得していないって感じのウーティに背を向けた。
「待たせたな。行こう。どっちに賭けるか……決めたか?」
俺はイヅナに尋ねたが……答えはわかっていた。
「……はい!もちろんです」
イヅナは即答した。
そうだよな。俺もそう思うよ。
「じゃ、行くか」
俺はそう言うと、人込みをかき分けてずんずん前に進んだ。
ギャンブラーたちの熱気はすごかった。
その熱量を別のところに向けろよ……。
なんて偉そうなことは言えない立場だけど……。
俺はこういう面倒ごとは避ける性格だ。
だが今日は譲る気はない。
熱なら……俺だって負けない自信はあるぜ。
なにせ……燃えてるんだからな。
50メートルほどの道のりが遥か遠くに感じた。
進むにつれて俺の体に激突してくる人数が多くなる。
俺はそれらをフィジカルに物を言わせてすべてはねのけた。
「す、すごいです!モリー様!まるで砕氷船みたい!」
「おまえ、そんなもんよく知ってるな」
「大昔のロストテクノロジー図鑑って本が家にあってですね!」
「なんだよそりゃ。面白そうだな。今度貸してくれよ!」
「はい!その代わり……」
「その代わり?」
「攻略本貸したください!」
「俺の背負うリスクでかくないかぁ?!」
俺達はバカ話しながら進んだ。
そうしてとうとう最前列を目前まできた。
最前列は地獄だった。
我先にと、賭け人が腕を伸ばし、叫んでいた。
「チャンピオンに5枚!」「俺は10枚だ!」「兄ちゃん賭け券貰ってねぇぞ!金だけぶんどるつもりかー!」
男たちの怒号が飛び交っていた。
俺の体は右から左からタックルを受けるし、足は常に誰かに踏まれていた。
勢いよく人ゴミのうえに体を投げ出す奴や手をとにかく振りまくってアピールする奴もいて、足やら拳やらいろんなものが俺の顔面に受けて飛んできていた。
「い……イヅナぁ、大丈夫か」
俺はもう半分しか目を開けれなくなっていた。
「だ、大丈夫でぇぇぇっす」
イヅナは言いながら体制を崩してあわや転落しそうだった。
「イヅナ!しっかり掴まれ!」
俺はそう言うと、前の男どもの肩を掴んだ。
そしてそのままそいつらの肩の上に自分の体を押しあげた。
「おいおい!兄ちゃんでかいよ!」「無理すんな!」「つぶれちまうだろうが!」
周囲からのひんしゅくが石ころのように投げつけられる。
悪いがそういうのはもう……慣れっこなんでね。
ノーダメージだ。
俺は周囲の雑音をシャットアウトして、ディーラーの目の前に頭を突き出した。
「銀貨一枚!ウーティ様に、銀貨一枚!」
イヅナは俺の頭から精一杯体をのり出し、目いっぱい手を伸ばした。
ディーラーはそれを受け取り……賭け券をイヅナに渡した。
俺はそれを見て、体を無理やり地面に戻した。
勢いよく降りたので、俺の体は反動で後ろにのけぞった。
イヅナが思わず悲鳴を上げた。
転ぶ!そうなったら……イヅナがけがを!
それだけはダメだ。
俺は腹筋に一生分の力を込めた。
「うっ!ぐうううううううああああああ」
息を止めて、唸った。
そうしてどうにか体制を立て直すと……周囲から拍手が起こった。
「兄ちゃんよく耐えた!」「無理すんなよ!」「すげぇよ!」「すげぇのはわかったから、さっさとどけ!」
俺達は急に注目を浴びたので……なんだか照れくさかった。
イヅナも恥ずかしそうにへへへッと笑っていた。
その手には確かに、「ウーティ、銀貨一枚」と書かれた紙を握っていた。
人の波に乗って、今度は舞台の前まで移動した。
うまいこと流れに乗れたのか、今度は舞台の目の前まで来れた。
「いい位置取れたな」
「ですね」
俺は一息ついて、イヅナに話しかけた。
「怪我無いか?」
「はい!」
「そりゃよかった。賭け券は落としてないか?」
「はい!きちんと持ってます!」
「そうか、じゃ……あとは天に祈ろうか」
俺はそう言うと舞台に視線を移した。
頑張ってくれよ……と思い、何気なく視線を移したのだが、違和感に気が付いた。
舞台上の二人が……俺達を見ていた。
ウーティは分かるが、ザッパーも俺を見ている。
俺はなんでみられてるのか分からないから……はははと苦笑いした。
すると、しばらくして司会者が舞台上から俺に話しかけてきた。
「お兄さん、かっこいいし、でかいし、おしゃれもばっちり決まってるねえ!それにすげー技もお持ちのようだ!」
司会者は笑顔で言った。
「女の子の前でかっこよくいたい気持ちはすごく分かるが、そんな輝かれちゃ舞台の二人が霞んじまうよ。今日の主役はこの二人に……譲ってやってくれねぇかな?」
「あっ、ああ、すまない」
俺はそう言うと自分についた火を手に集めて飲み込んだ。
それを見てチャンピオンが身を乗り出した。
ウーティはニヤニヤしていた。
「お兄さん、そんなこともできるの?もし腕に覚えあるんなら今度はこっちに来てくれよ。あんたなら人気出そうだしな……」
司会者が俺に耳打ちしてくる。
「悪い話じゃねぇと思うぜ?儲けさせてやるよ」
司会者はそう言うとぎらついた笑顔を見せて名刺を渡して来た。
俺はそれお受け取ると、軽くお辞儀した。
「おい、旦那」
今度は舞台上からウーティが話しかけてきた。
「なんだ?」
「どっちに賭けた?」
ウーティの問いを聞いて俺はイヅナに合図を送った。
イヅナは賭け券を広げてウーティに見せた。
ウーティは不敵に笑った。
「お嬢ちゃん、見る目あるねぇ」
「勝ってくれよ。なけなしの金だ」
「おうよ、損はさせねぇよ」
どうやら……ウーティには勝機があるみたいだ。
「応援してるよ」
俺がそう言うと、司会者が俺達の間に入った。
「賭けてんなら選手と話すのはやめてくれよ。談合、イカサマ、そういう欠片でも見せたら賭けの信用にかかわるんでね」
「ああ、すまない」
「悪く思わないでくれよ……なにせ、この勝負荒れそうだからな」
司会者と話していると、舞台袖のスタッフが彼を呼んだ。
どうやら……始まるようだ。
「そんじゃあな、お兄さん。それにお嬢さんも、どうぞこの舞台を楽しんでいってくれ」
司会者はそう言うと舞台袖に消えていった。
「おい!」
俺が舞台の前から少し引くと、ウーティが話しかけてきた。
「後で説明してくれよ!」
俺はその言葉に対して笑みで返した。
「き・ち・ん・と、話してもらうぜ!」
ウーティは声も出さずに唇を動かした。
俺はそれを見て、ただ愛想笑いをしていた。




