お洒落をして、街に出かける
埃くさい部屋の古いベッドの上で目を覚ます。
窓の外では小鳥が囀り、遠くの方から牛乳売りが通りを走る音が聞こえる。
俺はベッドから起きだし、歩いて近くの銭湯へ向かった。
俺は大きく息を吸いそして吐く。
心を静め、そしておもむろに片手に持った牛乳瓶を口につけ……一気に飲み干した。
朝一で風呂に入り、全裸の仁王立ちで牛乳を飲む。
これがビーガースタイル。
ビーガーの……勝負のスタイルだ……そうだ。
この銭湯と呼ばれる施設は遥か昔からここにあるらしい。
クレッド国内には3施設しか無いらしい。
俺が風呂好きな理由は、その3施設の内の一つが俺の地元にあったからだ。
地元でもよく行っていたがこの瓶詰の牛乳はここにしかない。
「うまいけど。ビーガーに牧場なんてあったかなぁ……」
俺はぽわんとする頭でそう言うと、窓のそばに腰かけて火照った体を少しクールダウンすることにした。
今日はイヅナとデートする日だ。
昨日、俺は今日の為に頭髪は清潔に刈り上げ、服も靴も新調した。
どれも……ドーソンさんのおすすめ品だったが……。
しかし、いい買い物ができたと思う。
それに袖を通すに相応しくなるために……朝一番で身も清めた。
だが、力みすぎたらいいことはない。
自然に、でも、脱力しすぎず……いい塩梅で。
俺は力を朝の澄んだビーガーの夏空を見上げた。
刈ったばかりの頭の中を夏風が通り過ぎる。
その涼しすぎる風に、火照りすぎた体がだんだん冷まされてきた。
それがなんとも言えないくらい心地が良かった。
うん、いい塩梅だ。
よし……これで、準備は万端だ。
俺は椅子から立ち上がり、着替えて風呂を出た。
下宿に戻ると、ドーソンさんがサンドイッチを差し入れしてくれた。
「よくやるんだよ」
ドーソンさんはそれだけ言って俺の肩を叩くと自室に戻っていった。
俺はドーソンさんの背中にお辞儀した。
パリッとのりのついた真っ白なカッターシャツに、群青色のスラックス、ワックスの塗った真っ黒な靴。
そして結構お気に入りの臙脂色のベルトを巻いて、廊下にある姿見の前に立った。
「うん。上出来じゃないか」
俺にしては……だがな。
そのまま階段を下りようとした時、ふと忘れ物に気が付いた。
俺は自分の部屋に戻ると、机の上に置いてあるマッチ箱を一つ……胸ポケットに入れた。
姿見の前を離れて、俺は階段を下りた。
外に出ると世界が違っているように見えた。
ただ、いつもと服装が違うだけなのに、なんだか今日は世界に受け入れられたような感覚があった。
「いいことが起こりそうな気がするな……」
俺はそう呟くと、中央に向かった。
「お兄さん、もしかしてこれから……女の子と会うの?」
中央に向かう乗り合いの馬車で隣に座った女に話しかけられた。
「分かるかい?」
「もちろん。ばっちり決まってるからね」
女は頭巾をかぶり、ぼろを着ていた。
傍らには、籠を持っており、中身は布がかぶせられていて見えなかった。
しかし、何かは想像がついた。
「実は俺ってさ、こういうのに慣れてなくてね」
俺がそう言うと女はうんうんと頷いた。
「でしょうね」
「でしょうねって……」
「あははは、失礼でしたかね?すみませんね」
女はそう言うとにんまりと笑った。
そして俺に向けて、何か言いたげな視線を送ってきた。
俺は事情を察しため息をついて言った。
「いやいいさ」
俺は女の方を向いた。
「なぁあんたさ。あんたから見て俺はどうかな?こういう格好でデートにくる男ってのはどう思う?」
「そうですねぇ。お洋服は清潔感あるし、顔も悪くはないですしね。何より、お兄さん筋肉質でスタイルいいからシンプルな恰好よく似合ってますよ」
「そうかい。じゃ、合格点頂けるかな?」
「そうですね!でも、もう一工夫あると120点ですよ」
女はとびっきりの笑顔でそう言った。
俺はあきれた感じで言った。
「工夫ねぇ?何がいいかな?」
「お兄さん。話が早いね。そうだよ、デートと言えば……プレゼントがないとね!」
女は朗らかに、高らかに、そう言った。
中央広場に到着し、俺は馬車を下りた。
俺の胸ポケットにはピンク色の小さな花が一凛刺さっていた。
「お兄さん、いい人ね。お兄さんなら大丈夫よ。がんばってね~!」
花売りの女は別れ際にそう言うと、大きく手を振って見せた。
なんだか……不思議と爽やかな奴だったな。
俺は振り返り、そして噴水広場に向かった。
噴水広場には人が大勢いた。
皆祭りが近づいて浮足立っているように見えた。
歌っている奴、昼間っから酔ってる奴、肩を組んで歩く若い奴ら、おしゃべりしながら歩く若い女学生のグループ。
いろいろな人が往来していた。
色とりどりの服、声、足音。
そういうものが広場中に溢れていた。
この中に居れば俺も大きな社会の中の一人だと思わされる。
いや、この喧騒の中じゃ誰だってそうなるだろうと思われた。
だけど、不思議な事に……。
そんな中にあっても、あいつの姿だけは一番に見つけることができた。
「よぉ、お待たせ」
俺は普段よりも、できるだけ優しく話しかけた。
「い、いいえ!今来たところです」
イヅナはそういうとピンと背筋を伸ばして、俺の方を見た。
「あっ……う……モリー様?」
「ああ、そうさ。ははは、見えないだろ?俺でも吃驚だ。こんなになっちまうなんて」
「い……いいえ!そんな!モリー様は……いつもかっこいいです」
イヅナはそういうと照れくさそうに笑った。
俺もなんだか照れくさくて……笑った。
「じゃ、さっそくだけど、行くか」
俺はそう言うとイヅナに手を伸ばした。
イヅナは笑顔で俺の手を取ると、腰かけていた噴水のへりから立ち上がった。
「あれ?イヅナ……その服いつものじゃないな?」
俺は立ち上がって初めて気が付いた。
イヅナの服はいつもの服とシルエットは似ていたが胸元に赤いリボンのようなスカーフが付いていた。
普段は黒一色のはずだったが、袖口からも赤と黒の布地が見えていた。
そしてよく見ると、ドレス風にアレンジされているようにも見えた。
髪もよく整えられていて、黒髪が艶めいていた。
そして黒い花形の飾りを付けた、真っ赤なカチューシャを付けて、セミロングの髪を輝かせていた。
その全部が、イヅナにとてもよく似合っていた。
「その服は?」
「こ、これは……その、シルアさんが今日の為に作ってくれて……」
「え?わざわざ?今日の為に?」
「は、はい!普段の私の服と、ドクダミちゃんの家にあってお洋服で……作ってくれたんです」
イヅナはそう言うと、みたことないくらいうれしそうな笑顔を見せていた。
どういうこだよって思ったが、今は気にしないことにした。
なにせあんまりにもうれしそうだったから……。
つい、俺もそれにつられて笑っていた。
「そうか。よく似合ってるよ……。だけど……」
俺はそう言うと胸元から花を取り出して、イヅナのカチューシャに花を挿した。
「こうすれば、もっと良くなるよ」
俺が挿したのは、ピンク色の小さな花だった。
その花は、太陽を振り向かせようとしているかのように堂々と咲いているように見えた。
「こ、これは?」
「ああ、こんなもので悪いが……プレゼントだ。なんだか元気な花だったから似合うと思って」
俺がそう言うとイヅナはぽかんと口を開けていた。
「嫌いだったかな?」
「い、いえ!そんなそんな……!」
イヅナはそう言うと頭をぶんぶん振った。
「お、おいそんなに頭振ると、落ちるぞ」
俺がそう言うとイヅナは慌てて頭を押さえていた。
「大丈夫だよ」
俺はそう言うと、花を整えなおした。
「気に入ってくれたかい?」
「はい!」
「よかった。じゃ、行こう」
俺はそう言うと、イヅナの手を握った。
イヅナも、俺の手を握り返して来た。
やっぱりどうしてもこうやって並ぶと親子みたいだなと思った。
なんだかほほえましいなと思った。
そういえば俺さっきからずっと笑ってるな。
こんなに笑うなんて……調子狂うな。
なんて思いながら、俺達は観光通りの方へ歩き始めた。




