幸運、銀貨20枚
「ところで店主、あんた名前は?」
俺は色とりどりの便せんを見ながら尋ねた。
「俺か?パイクだ。パイク・ガーフィール」
「ロックスじゃないのか?」
「ロックスはあだ名だ。その昔は石工のロックスと呼ばれていた」
「石工?」
「ああ、若いころはな。金持ち用の庭石見つけたりとか、石碑を掘ったりしてたのさ」
「石碑を?そんでどうして文房具屋なんかに?」
「なんかとはずいぶんだな。そうだな、石工みたいな職人仕事してるとな。どうしても道具にこだわるもんでな」
「ああ」
「その内自分で作り始めたがこれがどうもうまくいかなくてな。それで各地に行って職人に道具を作ってもらってたのさ」
「へぇ……」
「そんなこんなやってるうちにおれの使う道具がいいって評判が付いてきてな……」
「ああ」
「俺の使う道具が欲しいって奴が現れ始めて……。気が付いたら道具屋してて……もひとつ気が付いたら文房具を売ってたな」
「ええ?それはおかしいだろ」
「そうだな。しかし、それも人生さ」
「それで、いいのかよ」
「いいさ。そう言う風に時流に任せて生きるってのもいいもんさ」
「そういや、さっきメイドって言ってたけど……何か心当たりが?」
「うん?ああ、この間ちょうど17歳くらいの女の子二人が店に来てな。メイドと色白い子だ」
そう言われて俺はかつてを思い出した。
珍しく宿に客が来たかと思うと暴れて帰っていきやがった。
その後玄関に塩をまいて、片付けしてたら、あの二人が来て……そんでここに行くって言ってたな。
「その子って、レイシーって名前だったり?」
「ん?知り合いか?確かメイドはそんな名前だったな」
「じゃもう一人はドクダミちゃん?」
「おっ?そうだ。なんだ?お得意さんと知り合いか?」
「ああ、今度一緒に冒険者PTを組むんだ」
俺がそう言うと、ロックスは身を乗り出して来た。
「なんだって?聞き間違いか?冒険者PTを組むとか言ったか?」
「そうだ」
俺はロックスをまっすぐ見てそう言った。
「今度一緒に北部魔界へ行く」
「あの子達とあんちゃんがか?」
「そうさ」
「おい。あの子はポートマルリンカーのご令嬢だぞ?」
「ああ、知ってるよ。この間ポッポにも挨拶した」
「ポートマルリンカーの旦那に?」
「ああ」
俺がそう言うとロックスは大笑いした。
「そうか、あの子ただ者じゃねぇとは思ってたが……魔界に行くか。そんな大物かい」
ロックスは愉快そうだった。
「あんた、珍しいな」
「あん?」
「この話するとみんな躍起になって俺を止めるのにさ」
「大丈夫さ。あんたドーソンさんのとこに住んでんだろ?」
「え?ああ、まぁ」
「あの人は他人を見る目はあるんだ。あの人が信じたんなら俺は信じるよ」
俺はロックスの顔を見た。
ロックスの目は真剣だった。
「あんた、本当に変わってるな」
「気に入ってくれたか?なら、贔屓にしてくれ」
ロックスはそう言うと、ニヒルに笑った。
「決めたかい?」
ロックスはいくつかの便せんを眺める俺に言った。
「ああ、なんとなくだけど、この4枚のどれかにしようとは思う」
「センスがあるな兄ちゃん」
ロックスはそれを見て満足げな顔をした。
「そうか?」
「ああ」
「ちなみに、ここに描かれている花全部分かる?」
「もちろんだ。俺は商品には精通している」
ロックスはそう言うと、便せんを覗き込んだ。
「ああ、そうだな……これがガーベラ、こっちはレイシア、これは……知ってるだろ?ツツジだ。そんでこれが……ドクダミだ」
「え?ドクダミって花があるのか?」
「知らずに選んだのか?」
「ああ、まぁ」
「そうか、ならなんかの縁かもな。ちょうどいいしこれにしな」
「ああ、そうだな……。でも、それならこっちはドクダミちゃんへの手紙に使う方がいいかな?」
そう言うとロックスは再びにやりと笑った。
思惑通りだって感じの悪い笑顔だった。
「そう思うんなら、そうした方がいいな」
「そうだな。じゃあイヅナのは別のにするか……」
「イヅナ?それが手紙を書くお嬢ちゃんの名前か?」
「ああ、そうだ」
「いい名前だな。なら、こっちでいいんじゃないか?」
ロックスはそう言うと色とりどりの花弁が並ぶ、便せんを選んだ。
「これは?ガーベラだっけ?」
「それはこっちだ。これはツツジだな」
「ツツジか……見たことあるな」
「そりゃそうだろ。ツツジは山女の花だ」
「そうなのか?」
「ああ、ビーガーの花でもある。そこらへんに生えてるだろ?」
「確かに……見たことはあるな」
「ちょうどいい。きっと気に入ってくれるさ」
そんな感じで、俺は便せんを2枚選んだ。
そして書き損じ用の物も考えて、それぞれ5枚づつ買うことにした。
思ったよりも買っちまったな。
「思ったよりも買い物しちまったって顔しているな」
ロックスが俺の心を読んだかようにそう言った。
「まぁそうですね」
「だけど、よ。頭動いてきただろ?」
ロックスはそういうと得意げな笑みを見せた。
確かに、ロックスの言う通りだった。
当初の予定なら、きれいな紙を買って、定型文書いて終わりくらいにしか考えていなかった。
でも今はもう、これを受け取ったイヅナやドクダミちゃんの顔を想像していた。
そこに何が書かれていたらいいだろうか。
そして返事はどう来るんだろうか。
なんて、考えている。
手紙を書くなんてプレッシャーでしかなかったが、今は……楽しみに変わってしまっていた。
「な?時間かけて、自分で選んでみたらいいもんだろ?」
「うん。ああ」
「それが買い物の醍醐味さ。さっと来てさっと行ったんじゃ……味気が無い」
「そうっすね」
俺は受け取った紙を見た。
きっときたない文字で、稚拙な文章しか書けないだろうけど、今の気持ちなら、この紙に見合う内容が書けそうだと思った。
「包もう」
ロックスはそう言うと、きれいな袋を持ってきて紙を入れた。
「いい手紙を書いてやんな。これはおまけで入れてやるよ」
ロックスは真っ白な封筒を何枚か袋に入れてくれた。
「ありがとう」
俺はまっ直ぐお礼を言った。
「さてと、じゃお次は、肝心要のペンだな」
ロックスはそう言うとあご髭をさすりながら俺を見た。
「うん。そうだな、あんちゃんならいいぞ」
ロックスはそう言うと腕を組んで頷いた。
なんだ?何を一人で納得しているんだ?
「いいって……何がだ?」
俺は恐る恐る尋ねた。
この時点で正直嫌な予感はしていた。
俺に特別な話をする奴は大体、俺をだまそうとする奴だからだ。
「さっき言ったろ?俺はこだわりが強いんだ」
ロックスが話を始めた。
「そういう商品は誰にでも売るわけじゃねぇ。特に……このショーケースの奴はな」
ロックスはそう言うと、俺達を挟んでいた商品棚を指さした。
俺はその中を見た。
「見えるだろ?その白い奴さ」
ロックスが指さしたのは白く輝く一本のペンだった。
「こいつか……」
「そうさ。こいつは特別製の幸運のペンだ」
「幸運?」
「ああ、これはな東部魔界に極少数存在する貴重な貝のみで作られたペンだ」
「貝?貝殻でペンを作ったのか?」
「そうさ、1枚でも貴重な貝殻を集めて作ったペンだ。特注すれば……金貨100枚はくだらない」
「100?!」
流石に嘘だろうと思った。
「まぁな作ろうと思えばそうなるだろうな。だが、今回は……10枚でいい。どうだ?」
「いやいや、高すぎる。そんなのは買えないし、どうせ使いこなせない。気持ちはありがたいが普通のペンでいいよ」
「そうか、あんちゃん意外にうまいな。それなら銀貨20でいい。どうだ?」
俺は迷った。
20枚なら……確かに、手が届く。
俺には今、家賃の12年分、銀貨240枚以上がある。
20枚なら正直出せる。
そして価値があるかといわれると……ぎりぎりあるんじゃないかと思っている。
俺はしばらく考えた。
「このペンだけどさ。もうすこし詳しく聞かせてくれないか?」
「興味ありか。いいだろうすべて話そう」
「頼む」
「あんちゃん、狂信者革命って知ってるか?」
「ああ、20年くらい前にあった王城に賊が入ったってやつだな」
「正確には16年前だな。そして賊が入ったんじゃない、攻め入ってきたんだ」
ロックスはそう言うと、どこか遠くを見た。
「一人の男が魔物信仰者達を先導して王城に攻め入った。その目的は国家転覆だの聖剣の奪取だの言われたが真実は分からない」
「あんたはそこにいたのか?」
「ああ、いたさ。あの戦いは不思議な戦いだった。男の影から魔物が波のように出てきてな。あっという間に俺達を飲み込んだ」
「魔物を先導していた奴がいたのか?」
「そうさ。奴は影法師と呼ばれていた。何者だったのかはもうわからない。分かるのはその闘いの結果は俺達の勝ちだってことだ」
「そのころはまぁまだ田舎にいたが、それでも風の噂程度には聞いてたことある。でもそんな男がいたなんて話は聞いたことないぞ」
「箝口令が敷かれたからな。その後奴は処刑されたとか研究材料にされたとか……真偽はわからんがな」
「激しい戦いだったよ。その時に俺はこれを貰った」
ロックスはそう言うと、自分の額を指さした。
「そうか。それは壮絶だな」
俺がそう言うとロックスがにやりと笑った。
「ところであんちゃん。あんたそこの喫茶店行ったことあるか?」
ロックスはそう言うと西の方角を指さした。
喫茶店?突然話が変わったな……。
「ああ、クロウか?黒炭コーヒーの」
「そうさ。あそこのマスターもその時の戦友だ。奴は王族直属の戦士だったんだ」
「え?そうなのか?」
「そうさ。特別にあしらえた燕尾服を広げてご自慢の風と共に闇の中を飛び回る。夜渡りのクロウと言われていた」
怪しい雰囲気があると思っていたがまさかそんな過去があるとは……。
「じゃ、あの腕は?」
「そうさ。あの戦いで奴も今や義手生活だ」
「そうか……。それで、それがなんなんだ?」
俺は疑問を口にした。
この話は一体なんなんだ?
「ああ、その中にな。千枚のソゼって奴がいた。凄腕の剣士さ」
「ソゼ?」
妙な名前だなと思った。
「千枚の由来は誰も知らないが……。どんな魔物でも千枚卸しにできるその実力からそう呼ばれているらしかった」
「へぇそんな奴が……」
「ああ、いたんだ。このペンはそいつからもらった。なんでも7代かけて作ったらしい」
「もらった?そんなものをか?」
「ああ、まぁ託されたんだ。まだその時は未完成でな。道具屋の俺に後は頼んだって……まぁそんな感じでな」
「そいつって……」
「ああ、天涯孤独の身だった。定職に就いて女房でも貰えばよかったが、風来坊でな。まぁ仕方ないそう言う人間だった」
「それで……あんたが?」
「ああ、10年もかかっちまったがな」
俺は息をのんだ。
そんな代物が……こんなところにあるなんて。
俺はそのペンをよく見た。
真っ白で、形は細長い貝殻のような感じがあって、光沢がある。
磨かれているのだろうか?
俺にはどうやって加工したのかまでは分からなかった。
しかし、間違いなく逸品である……気がした。
「これが価値のあるペンだってのはわかった」
俺はロックを見て言った。
「だけど、そんなもの銀貨20枚で売ってもいいのか?」
「怪しむ気持ちはわかる。でもな、こいつも道具だ。使われなきゃ生まれ落ちた甲斐がないってもんさ」
ロックスはそう言うと身を乗り出して来た。
「しかしな、あんちゃん。誰にでもこんなこと言うわけじゃないぜ。さっきも言ったが、ここのショーケースの商品はな。俺が気に入った奴にしか売らねぇって決めてるんだ。実際……値段を提示したのはあんたが初めてだ」
「本当か?」
「ああ、ドクダミのお嬢ちゃんにも薦めた。しかし値段は言わなかったさ。本気じゃなかったからな」
「そうか。でも、なんで俺なんかに?」
俺がそう言うとロックスは突然大笑いした。
店中に響く声で、がっはっはと大いに笑った。
「あれ?なにか変なこと言ったか?」
「いや、すまん。理由は単純さ」
「単純?」
「ああ、あんた似てるんだよ」
「似てる?」
「ああ、あんた、ほんとソゼにそっくりだ」
ロックスはそう言うとまた大声で笑った。
「わかったよ」
俺はそう言うと懐から財布を出した。
それを見たロックスが眉をひそめた。
「あんちゃん、人が悪いな。持つものきちんと持ってんじゃないか」
「これはな。これからの冒険資金だ。無駄遣いはできない」
俺はそう言うと中から銀貨をちょうど21枚取り出した。
「便せん含めて……こんなもんか?」
俺がそう言うと、ロックスは銀貨を数え……そしてゆっくりと頷いて言った。
「確かに。ちょっと待ってな」
ロックスはそう言うと再び店の奥に消えた。
しばらくすると、黒光るペンケースを持ってロックスは帰ってきた。
もう片手には鍵束がひっ下げていた。
ロックスはその鍵束の一本でショーケースを開けると、ペンを取り出し、ケースにいれた。
「まいど。大切に使ってくれ」
ロックスがそう言うと俺は無言で頷いた。
そしてペンと袋を持つと、ロックスに背を向けた。
「そいつは幸運のペンさ。それを貰ったから俺は生きてる。あんたらの旅の無事も祈ってるよ」
ロックスが去り行く俺の背中にそう言った。
俺は片手を上げて挨拶すると、そのまま店を出ていった。




