ただいま
「お客さん馬を出しますから、そのままだと危ないですよ」
ジェファーソンが声をかけると、ステラは我に返ったようで、あっはいと返事した。
そして俺のはす向かいくらいに腰かけた。
ジェファーソンはそれを見て、馬に鞭を入れた。
がたがたと馬車が再び動き出す。
雨音だけが響いていて、俺達は無言だった。
あの遭難の日、ポッポの操る馬車で駅まで送られている時のことを俺は思い出していた。
あの時はアルやウーティがいても気まずかったけど、なんでだろうか今は何にも思わない。
俺の中の苦手意識が薄れたのか?疲れで麻痺しているのか?それはわからなかった。
いや違うな……気のせいかもしれないが、ステラから生気が感じられない。
体調が悪いのか?
俺は横目でステラを見た。
ステラは馬車の隅っこで、膝を抱えて、丸まっていた。
よく見ると、ステラは2、3冊の高そうな本を抱えていた。
この突然の豪雨のせいかステラの背中がずぶ濡れだった。
おそらく本を守るために丸まったのだろうことがうかがえた。
今も大事そうに本を抱えてそっぽを向いている。
どうやら俺とは話す気も無いらしい。
まぁそれはそれでありがたい。
この間みたいにまくしたてられても敵わないからな。
なんて考えていたら、馬車の前方から夜風が吹いてきた。
おお、涼しいな。
なんて思っていたらステラの方から物音が聞こえた。
ステラの方を見ると、ステラはさっきよりも丸まっていた。
あれ?そう思っておれはジェファーソンの方を見た。
ジェファーソンは傘を差しながら、肩にタオルをかけて腕をこすっていた。
どうやら、雨のせいか夜のせいか、その両方が合わさったせいなのかは分からないが……今は結構寒いようだった。
俺は外側の火はもうとっくの昔に消えていたが、内燃の火は残っていたので寒さは感じなかった。
馬車の荷台から外を見ると、確かに風が強くなってきているようにも見えた。
これ以上ひどくなると……まずいかもな。
俺はそう思い懐からマッチ棒を取り出すと火をつけた。
そしてそれを手に移した。
ステラの方を見ると、ステラはまだ丸まっていた。
俺はステラに火をつけた。
ステラはびくりと体を震わせると俺を見た。
俺はもう一本マッチを擦り、今度はジェファーソンに火をつけた。
ジェファーソンは驚いたようだが、馬が危険を感じていないことと、寒さが和らいだのを見て受け入れたようだった。
そうだよな。初見じゃ……驚くよな。
ジェファーソンはこっちに目線をやり会釈した。
俺はそれに片手をあげて返事した。
「……」
俺は無言の圧力と、視線を感じていた。
それはジェファーソンに目線を向けている、俺の背後から来ている。
寒さが和らいだからなのか、火で力がみなぎってきたからなのか、ステラの圧力が増したような気がした。
俺は咳ばらいをして、しれーッとステラの方を見るともなしに見た。
ステラは真顔で俺をにらんでいた。
「あーその、なんだ。俺も夏服を卸したばかりでな」
「は?」
ステラの眼力が増した。
「俺はダメにしたけどさ。お前のはまだ助かるだろ?それに俺の火は少しくらいの汚れなら落としてくれるし……」
俺は一体何を言ってるんだ。
なんだか口説くための言い訳を探す男のようで嫌だった。
「それだけだ」
俺はそう言って目線を背けた。
「そうですか……」
ステラは短くそう言った。
そして重い沈黙が下りた。
心臓が高鳴り始めた。
なんだ?このプレッシャーなんで俺はいつもこいつの前でこんなに緊張するんだ。
さっきまでの余裕が俺から完全に消えていた。
どうやら俺はこいつに苦手意識があるみたいだ。
だけど……。
「あーその。こんな時間に、こんなとこでなにしてたんだ?」
俺はステラに思い切って話しかけた。
それはなんでなのかは分からなかった。
こいつに俺を認めさせようと思ったのか、俺が変わってないと思われたらこれからの冒険に支障が出ると思ったのか。
それとも、強風で馬車がなかなか進んでいなくって、これ以上この沈黙に耐えられなくなったからなのか。
それはわからなかった。
だけど、なにか一歩進んでみようと思ったのは事実だ。
「別に……」
返答は思った以上に簡素だった。
「ああ、そうか……」
俺は思案した。
そして、速攻で返答した。
「その本は?誰かに届けるのか?」
いつもなら、そうかで終わるところだったが、もう一言いってみた。
どうせ嫌われているんならこれ以上はもうないだろうと思ったからだ。
マイナスにならないなら、思い切って賭けてみてもいいだろう。
今までにはない……思い切った作戦だった。
それが功を制したのか、ステラはすごい怪訝な顔を向けてきた。
「なんですか?急に?」
「え?いや別に。ほら、夜は長いし?」
何にも考えていなかったにしても、一体全体俺は何を言ってんだ……。
「……」
ステラは無言で俺を睨んでいた。
俺は視線を泳がせた。
「あー、えー……」
もう無理だった。
これ以上はお手上げだな。
そう思った。
俺は大きくため息をついた。
「別に、ただの帰り道です」
ステラの方角から何か聞こえてきた。
「え?」
俺は驚いてステラの方向を見た。
ステラは不機嫌そうに顔を上げていた。
「え?お前ビーガーに住んでいたのか?」
「え?ご存じでしたでしょ」
ステラは顔を背けてそう言った。
「あーいや、初耳だが……」
「は?初耳……?」
ステラは再び怪訝な顔を俺に見せた。
ステラの顔は、何言ってんだこいつ?って感じだった。
俺には本当に……記憶がなかった。
「え?あー?」
「分からないなら、いいです」
そう言うとステラは顔を再び背けた。
俺は冷汗をかいていた。
さっきまで全く感じなかった寒気を感じていた。
こいつは俺に興味がないんだな。
あいつらとは違う。
そこが決定的なんだ。
ここまで話が続かないのはそう言うことなんだろう。
これはあきらめるほかなさそうだ。
そう思った時だった……。
「どうしてですか?」
ステラがつまらなさそうにそう言った。
「え?」
「どうしてあなたが政府要人用の馬車におひとりで?」
「政府要人用?そうなのか?これ」
俺がそう言うと、ステラが眉をしかめた。
「あなたって……」
そう言うとステラは心底あきれたって感じでため息をついた。
「ああ、すまないな。これはポッポに用意してもらったんだよ。言うとおりに乗っただけで……さ」
俺は頬を掻きながら答えた。
「ポッポ……さん?」
ステラはものすごい顔で俺を睨んだ。
まるで親の仇のような目だった。
「あなた…………」
ステラは何かを言おうとして飲み込んだように見えた。
そして、何かを考えていた。
「あなた、どうして北部魔界に行くとか言ってましたけど、まさかそれで?それでどうして馬車を用意されたんですか?まさかあのドクダミさんにわがまま言わせたんじゃないでしょうね?それに、あなた何ですかそのその服装。あの汚い服はどこに?大体……」
「まて、待て待て待て待て。こ……答えるけど、ひとつひとつで頼む」
ステラの何かに火が付いたようだった。
ステラは俺の言葉を聞くと、俺の向かいに座りなおした。
そしてまっすぐ俺を見て言った。
「あなたなんですか?その腕?」
ステラは俺の右手の包帯に気が付いたみたいだった。
「ああ、少し……な」
俺はそう答えた。
「そうですか……。私の質問に、お答えいただけるのですよね?では、この間お会いしましたあれから何がどうあってこうしているのですか?」
えらいまとめた質問だ。
完全に丸裸にしに来たな……。
俺はそう思った。
「あーそうだな。全部話すと長くなるが……」
「大丈夫です。夜は長いんでしょ?」
俺がまごついていると、ステラはそう答えた。
「ああ……そうだな」
俺は苦笑いするしかなかった。
「あの後、駅まで試験を受けに行った。そして合格して……帰り道に魔物に襲われた」
俺は端的にあの日起こったことを話した。
「そんで……このケガだ。その後は旅商人に助けられて駅で寝ていた。丸二日な。そんで、今度は馬車で帰ってくれって言われて……」
「それでこの馬車を?」
「ああ、そうだよ。みんな乗ってたが最後にビーガーに向かってる」
「そうですか……」
ステラは納得したようだった。
「それで?魔物に襲われたというのは?駅でですか?」
「駅に向かう道で、だな」
「そうですか。襲われた魔物というのは?」
「キラースズメだ」
「キラースズメ?」
「ああそうだ」
「それは普通のキラースズメですか?」
「どういう意味だ?」
普通のキラースズメか?なんて質問……何か変だ。
まるで……普通じゃないキラースズメがいることを……。
「どういうとは?」
「質問を質問で返すなよ……。なんで普通のキラースズメじゃないとか思うんだよ」
「それは……けがをしているからです。普通のキラースズメ相手ならそんな怪我は負わないでしょう?」
「ああ、それもそうか。火をつけててこんなやられ方はしたことないな」
「ええ、ですので、なにかあったのではないかと思いました」
「そうだな……。まぁ普通じゃなかった少し強かったな」
俺はわざとらしく、しらを切った。
「強かっただけですか?もしかして、そのキラースズメ……」
ステラはそういうと一瞬何かを考えていた。
何か心当たらいがあるような感じだった。
「もしかして……透明だったりしたんじゃないですか?」
ステラは確信的な言葉を口にした。
「……何か、知ってるのか?」
「そうなのですね?」
「ああ。透明だった。なんで知ってるんだ?」
「噂になっていたので。まさか本当にいるとは思ってませんでしたが……」
ステラは何か言葉を選んでいた。
「まさか、お前も被害にあったのか?」
「私は……特に……。ですがシャリオン校の生徒何人かがそのようなことを」
「シャリオン校?ドクダミちゃんの学校か……」
「ええ。校庭の裏の木が何本か折られていました。生徒の目撃情報からキラースズメの可能性は高いと思っていました」
「それだけでどうして透明だと?」
「そこは……鎌をかけました。まさか当たっているとは思いませんでしたが……」
「え?あてずっぽう言ったのか?」
「いえ……もちろん目撃情報を整理するとその可能性もあるかと思いまして……」
流石というべきか。
仮令俺が同じものを見たとしてもその結論には至らないし、この場面で鎌かけに使うなんてことできないだろう。
こいつ勘がいいのか、頭がいいのか。
もし外れてもどうにかする自信があったんだろうな。
「相応強かったようですね?」
「ああ、おかげさまでこのざまさ。見えはしないが背中はもっとひどいぞ」
「そうですか」
「ああ、先に言っとくけど……ほかの三人は無傷だ」
「そう……ですか」
ステラは気のせいか若干安心したような顔をした。
「倒したのですか?」
「ああ、ポッポに渡して後処理は任せたよ」
「新種だったのですか?」
ステラのその問いに俺はどう返すべきかと思った。
あの後俺が寝ている時に、あいつらは研究員にあって何か説明を受けたとは聞いた。
恐らくそのとき箝口令をしかれたのではないかと思われた。
思われる……そう、つまり俺はまだその話はされてない。
とはいえ、こいつは部外者だし、話す必要もない。
しかし……。
俺は思案した。
理解者は多い方がいいのではないか?
それに、イヅナの真の目的の事を考えれば、俺達が成り上がるよりこいつを仲間に引き入れた方が……。
なんて考えた。
でも、ステラだぞ?
俺に扱えるとは……思えない。
「さぁな。とりあえず……確認中になるな。そのうち教えてくれるんじゃないかな?」
時期尚早だ。
まだその時じゃない。
もしかすると、こいつらの力も借りる日が来るかもしれないが……。
今は自分たちだけでできるだけやりたい。
「そうですか……。もし何か情報がありましたら、また教えてもらえませんか?」
「ああ、何かわかったらな」
俺はそう返して……気が付いた。
あれ?なんでこんなに普通に話せてるんだ?
そんでこいつはなんで普通に話してくるんだ?
だって、前まではあんなに……。
「なんですか?急に変な顔して」
ステラが急にそう言った。
どうやら俺は考え事しながら、ステラのことを見ていたみたいだ。
「え?ああ、すまん。別に何もない」
「そうですか」
そして、また俺達に沈黙が下りた。
「その本は?」
お互い少しの間、黙っていたがどうやら道はまだ長そうだ。
そう思ったら、俺の口から自然に疑問が出ていた。
自分でも驚くくらいにすんなりと、そう話しかけた。
「これは……借りものです。シャリオン校から拝借しました」
「そうか。なんの本なんだ?」
「なんのって……どうしてですか?」
「どうしてってなんとなくだけど」
「なんとなく……?」
「話したくないなら別にいいよ。深い意味もないし」
まだ警戒心はあるみたいだった。
ま、そりゃそうだよな。
いつもならここで引き下がる。
何故なら、突き通す手段を俺はもってないからだ。
だが……今回は違う。
「いろいろ聞かれたから、俺も聞いてみようかなって思っただけだ。すまないな」
俺はそう言った。
少し嫌味っぽいかな?と思った。
しかしステラならきっとこう言うとめんどくさがりながらも返してくれるんじゃないだろうかと思った。
「そうですか」で流される可能性もあるけど……。
顔をしかめて、仕方ないかって感じで……話してくれるんじゃないかと、思った。
「うっ……」
予想通りステラは顔をしかめた。
そして頬をぴくぴくさせなていた。
迷ってるみたいだ。
しばらくするとステラはため息をついて言った。
「歴史書です……」
ステラは顔を背けて小さくつぶやくようにそう言った。
「歴史?この国のか?」
「いえ……この世界の歴史です。ここに書かれているのは、勇者の冒険譚……と考えられています」
「勇者の冒険譚?っていうか、考えられてるって?」
俺がそう言うと、ステラはいやそうな顔をして、うーと呻いた。
そしてしばらくしてあきらめたように話し始めた。
「読めないんですよ。未知の言語で書かれています。私はそれの解読を試みようかと思いまして……」
「は?そんな本借りれるのか?」
「……まぁ、ええ」
「……お前、まさか?」
俺が疑いの目を向けるとステラは大きく咳払いをした。
「残念ですが、あなたが思うようなことはありません。きちんと許可は頂いております」
「そうか」
「あなた信じてませんね?」
「いや?そんなことないよ」
そう言うとステラは眉間にしわを寄せて、俺を睨んだ。
「まぁいいです。別に私にやましいことはありませんので!」
ステラはそう言い捨てると、再び顔をそむけた。
すると、馬車の前方からステラの瞳に黄金色の光が差し込んだ。
ステラは光の指す方向を見つめていた。
光はステラを照らし、ステラの髪を、肌を、輝かせていた。
俺にはとても神秘的な光景のように見えた。
本当に……きれいだな、こいつ。
見た目だけは……な。
ステラの視線の先を見ると、月が夜空に煌々と輝いていた。
いつの間にやら、雨は止み、雲は散っていた。
空気中の埃が豪雨で流され、本物に透明な夜空だ。
そこに輝く月も、星々も、まるでたった今誕生したかのような満ち満ちた輝きを放っていた。
「なぁ、ステラ」
「はい」
「月がきれいだ」
「そうですね」
「輝いているってことはさ。あの月も、魔力を持っているのかな?」
「そうかもしれませんね」
「旦那。着きましたよ」
夜空を見ていると、ジェファーソンがそう言った。
え?っと思い視線を空から戻してみると、確かに見慣れた通りが馬車の隙間から見えていた。
「ああ、そうか。ありがとう」
俺はステラの方を見た。
「じゃ、俺は帰るよ」
「ええ、はい」
ステラに挨拶して、俺はジェファーソンの方を向いた。
「なぁもう雨は止んだけど、こんな時間だしさ。手間をかけてすまないが、この子も家まで送ってやってくれないか?」
そう言うと、ジェファーソンはこちらを振り向いた。
「もちろん、代金なら……」
俺が払うと言おうとした時だった。
「大丈夫ですよ」
ジェファーソンはゆっくりと頷いてそう言った。
「なにか問題があったら俺からポッポに説明するから言ってくれ」
「問題はありません。それが私の仕事ですので」
ジェファーソンの言葉を聞いて俺は頭を下げた。
「恩に着るよ」
そう言う前にすでにジェファーソンは前を向いていた。
そして、背中越しに片手を上げて返事した。
「ありがとうございます。助かりました」
馬車を下りる俺の背中から、ステラの声がした。
「気を付けてな」
俺はそう言って馬車を下りた。
馬車を下りると、すぐにジェファーソンは馬車を進めた。
俺は馬車が通りを曲がって姿を消すまで、その姿を見ていた。
ビーガー通り二丁目の十字路の角。
ボロボロの廃墟のような建物。
子供が夜に見たら幽霊アパートだって泣き出しそうな建物。
だけど、俺にとっては……なによりも安心できる我が家だ。
たった、2、3日空けただけなのにずいぶんと懐かしいような気がした。
俺は深呼吸すると、今にも崩れ去りそうな扉を開けた。
「ただいま」
「ああ、やっと帰ったかい?このバカ」
扉を開けると、ドーソンさんが椅子に腰かけて編み物をしていた。
「すいません、ご心配をおかけしました」
「別にあんたの心配なんかしてやいないよ」
ドーソンさんはそう言うと編み物から俺に視線を移した。
「ずいぶんとやられたね」
ドーソンさんは俺の右手を見て言った。
「ええ、まぁ。まさかこんなことになるとは」
「無事なんだろうね?」
ドーソンさんが眼鏡の奥の目を鋭くした。
俺はゆっくりと頷いた。
「ええ、あいつらは無事ですよ」
ドーソンさんはにやりと笑った。
「そうかい。よくやったね」
「ええ、おかげさまで」
俺がそう言うとドーソンさんは椅子から腰を上げた。
「おなか減ってないかい?」
「ええ、ぺこぺこです」
「なんか喰うかい?」
「ええ」
俺はにこりと笑って言った。
「汗を結構かいたので、できれば……しょっぱい物がいいです」
「へっ!贅沢言うね」
ドーソンさんは嬉しそうに笑って言った。
「ま、少しばかり待ってな。たらふく食わしてやるよ」
ドーソンさんが扉の奥に行くのを見届けると、俺は一人椅子に腰かけた。
今にも崩壊しそうな真っ黒な椅子だった。
俺は椅子に疲れ切った全身を預けた。
そして両手で伸びをして、天井に向かって大きく息を吐いた。
「なんとか……生き残った」




