デートしよう
涼しい夜風が吹いている。
俺は暮れた空を見上げた。
駅から出発する集合馬車。
俺達はそれに揺られていた。
あの後、昼食の場で俺はポッポに礼を言った。
その時、なんでそんなにどろどろなんですか?と聞かれて正直に答えたら食堂にいたみんなに笑われた。
あんな注目されて恥ずかしい思いをするのは、この先もう……ないだろうな。
その後会食して、説明会にでた。
説明会にいたのは俺達だけだった。
「他のPTは先日終了しました。イナホの皆様につきましては、事情が事情だったので回復を待ってからの事としました」
とは、説明会初めのポッポの言葉だ。
痛み入るな。
何から何まで特別扱いだ。
「例には及びません。それにご迷惑をおかけしたのはこちらの方です」
ポッポはそう言うと深々とお辞儀した。
俺はそんな……と思ったが、イヅナ達は胸を張ってまっすぐお礼を返していた。
この子達にとっては初めて誰かの役に立つ仕事をしたんだ。
胸を張っていいんだな、そう思った。
説明会自体はつつがなく終わった。
俺にとってはよく見知った内容に終始したので特に問題は無いと思った。
説明会の後、ちょうど15時になったのでそのままポッポとティーブレイクして……帰途についた。
今度の帰宅は駅側で手配した馬車を使わせてもらうことになった。
駅の玄関口でポッポは別れ際にこういった。
「今回の件であなた達の実力はわかりました。父親としても一駅員としても、これからの“イナホ”の皆様のご活躍を……期待しています」
そう言って頭を下げた。
出発の間際にポッポは俺に耳打ちした。
「あの子をどうか、よろしくお願いいたします」
俺はその言葉に力強くうなずいた。
独特の疲労感と、独特な馬車の振動が俺を睡眠に誘っていた。
俺は大きくあくびをすると三人を見た。
今俺の膝にはドクダミちゃんが乗っている。
左右にはイヅナとレイシーが寄り添って、今は、すやすや夢の中だ。
俺は空を見上げてため息をついた。
そうすると、全身から力が抜けていくのが分かった。
ほうっと息を吐くと、俺はそのまま眠りについた。
「お客さん。着きましたよ」
次に気が付いたのは、御者に肩をゆすられた時だった。
「あ?ああ。ありがとう」
俺は目をこすると隣ですやすやしているお嬢さん方を起こした。
「おい、起きろ。着いたぞ」
俺がそう言うと、三人はうあーと気の抜けた声を出した。
「うう~ん。あと5分……」
「猶予はない。さっさと起きろ。晩飯が待ってるぞ」
「ごはん!」
膝の上でまどろんでいたドクダミちゃんが目を覚ました。
「腹減った!」
それに呼応して、レイシーも目覚めた。
「ステーキ!」
イヅナが叫んだ。
そして三人揃って腹の虫を鳴らした。
「おなかへったぁ~」
俺はあきれていた。
「はいはい。ほら下りろ」
俺が催促すると、三人は伸びをして立ち上がり、馬車を下りた。
「すまない。少し待っててくれ」
俺は馬車からおりてすぐに髭面の御者にそう言った。
御者は無言で頷き、パイプに火をつけた。
ドクダミちゃんの家は静かだった。
俺が門を開けると、金属のきしむ音が響いた。
するとすぐに玄関口に明かりが灯った。
そして俺達が玄関と門の中間まで行ったくらいでシルアさんが顔を出した。
俺達はシルアさんの顔を見ると、その場に立ち止まった。
少しの間俺達は見つめ合った。
「お嬢さん!」
シルアさんが泣きそうな顔で叫ぶと靴も履かずに駆けてきた。
そしてドクダミちゃんに抱き着いた。
「よかった。無事やったんですね」
「う、うん。ただいま。心配かけて、ごめんなさい」
「ええんですよ。無事で帰って来てくれたんですから」
シルアさんはそう言うとドクダミちゃんを強く抱きしめた。
そして顔を上げるとイヅナを見た。
「イヅナちゃんも……よぉ帰ってきたなぁ」
「はい。ご心配をおかけしました」
シルアさんは優しい顔で頷いていた。
俺は無言でシルアさんをみていた。
シルアさんは俺を見ると立ち上がった。
「無事やったんですね」
「ああ、すみません。ご心配を……」
言い切る前にシルアさんが俺の目の前まで歩いてきた。
怒られる……そう思った。
しかし、俺の予想とは裏腹にシルアさんは俺に深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
シルアさんはそう言った。
「え?い、いや顔を上げてください。頭を下げるのは俺のほうで……」
「いいえ。モリー様は約束通り無事に帰してくれましたので……」
「いやいや……そんな。それに完全に無事だとは言えません。もう一歩で危ういところでした」
「いえいえ……それでもこうして帰って来てくれたんです。怪我もなく……モリー様のおかげです」
そういうとシルアさんは俺の右手を見ていた。
「イヅナちゃんもありがとうね」
「いえいえ!ドクダミちゃんを助けれて……こうして帰ってこれたことを誇りに思います!」
イヅナらしいまっすぐな言葉だった。
シルアさんは嬉しそうな笑顔を見せた。
そして、お互いがお互いの健闘を称えた。
そんなこんなやっているとレイシーがきょろきょろし始めた。
そしてレイシーは自分を指さして何か言いたげな表情をしていた。
俺は内心やめとけ……と思っていたが何も言わなかった。
レイシーは上半身をくいくい揺らしながらシルアさんの視界に入ったり出たりした。
シルアさんの顔から笑顔が消えた。
俺は目を背けた。
シルアさんはレイシーの前まで行った。
レイシーは照れ笑顔でにやにやしながら恥ずかしそうに頭を掻いていた。
そしてシルアさんに顔を向けると両手を広げた。
瞬間シルアさんのげんこつがレイシーを襲った。
レイシーはぐえっと悲鳴を上げて、頭をさすった。
「ええ?なんでぇ?かわいい妹が頑張って帰ってきたのにぃ……」
「あんたはね!あんたはそんな阿呆なことばっかやって、迷惑ばっかかけてたんでしょ!」
「ええ?!そんな!私も頑張ってましたよねぇ!?」
「え?あ、ああうん……」
「ええ?なんでそんな感じなんですのん?!」
「あんた……」
「おねぃちゃ~ん……好き!」
レイシーはそう言うと投げキッスした。
「レイシー!あんたは~!」
シルアさんは叫ぶとレイシーに飛びついた。
「ああー!ギブギブ~!」
レイシーの断末魔が響いた。
それを見て、俺達はみんなで笑った。
「さて……」
シルアさんは一通りレイシーを折檻すると、エプロンをはたいた。
「夕飯の準備ができてますので、どうぞ皆さん召し上がっていってください」
「ごはん!」
一番初めに反応したのは、レイシーだった。
シルアさんはレイシーを無視した。
「お嬢さんの好きなシチューもありますよ」
「え?キノコのシチュー?!」
「ええ」
ドクダミちゃんはそれを聞くとよだれを垂らした。
「イヅナちゃんも、遠慮なくどうぞ」
「いいんですか!」
イヅナが嬉しそうに手をたたいた。
「もちろん。モリー様も……どうぞ、召し上がっていってください」
シルアさんは俺も晩餐に誘って下さった。
しかし……。
「お気持ちはありがたく。しかし、俺達は帰ります」
俺はそう言った。
「え?ですが……」
「お気持ちはありがたいんですがね。御者を待たせていますし……それに」
俺はイヅナの肩を叩いた。
「わ、私もですか?!」
「そうだよ。お前の家族も心配しているだろうからな」
驚いた顔したイヅナにそう言うと、イヅナは残念そうな顔をしたが、納得したように頷いた。
「そうですね。これ以上お父さんを心配させちゃ……ダメですね!」
レイシーはそう言うとシルアさんに向かって頭を下げた。
「すいません!私今日は帰ります!」
シルアさんは仕方ないことだと受け入れてくれたようだった。
「わかりました……。でも、ちょっと待っててください!」
シルアさんはそう言うと、風のような速さで家に消えていった。
そして、俺達が何事かと顔を見合わせて、玄関まで行く間にキッチンからバスケットを二つ持って帰ってきた。
「どうぞ!お宅で食べてください」
シルアさんはそう言うとあったかいバスケットを手渡して来た。
俺達はお礼を言ってそれを受け取った。
ずっしりと重く、いい匂いのする籠だった。
「ありがとうございます!」
俺達は頭を下げると、ポートマルリンカー家に別れを告げ、歩き出した。
「お先にどうぞ」
俺はイヅナを馬車に乗せた。
「ありがとうございます!」
イヅナはバスケットをご機嫌で抱えていた。
俺はイヅナを載せると馬車に手をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
突然シルアさんが声をかけてきた。
「こっ、これ、おそらくモリー様のものだと思うのですけど」
シルアさんはそう言うとポケットをまさぐった。
「え?俺なにか忘れてましたか?」
俺は馬車から離れてシルアさんの元へ行った。
「これです」
シルアさんはポケットからよいしょという感じで布袋を出して来た。
「あ、これ……」
それはあの日、家から握りしめて走った12年分の家賃の入った袋だった。
「うちの飼い犬のフリンが咥えて遊んでたんですよ。何かと思って取り上げてみたら……」
「すいません……ありがとうございます」
俺は布袋を受け取った。
「どうして、これ俺の物だってわかったんですか?」
「え?そうですね……。黒炭みたいな……ビーガー独特の匂いがしたので、そうかなって」
まぁ確かに。
その布袋は、黒ずんでいた。
まるで油と粉がしみ込んだビーガーの道のようだった。
「そんな大金……どうして?」
シルアさんは不思議そうな顔で尋ねてきた。
「え?あーいろいろありまして……それにあの日は……その、お恥ずかしながら……いろいろ必死だったので」
俺はいろいろぼかしてそう言うと、苦笑いした。
シルアさんは一瞬目を丸くしたが、すぐに事情を察したのか、笑顔で頷いてくれた。
「いや~きちんと持ってるもんはもってはるんですね。安心しました」
その、いろいろ含まれた言葉が針のように俺に刺さった。。
「すいません。ご心配をおかけしまして……」
俺は自分の甲斐性の無さを、苦笑いでやり過ごすことしかできなかった。
「イヅナ、手紙を書くよ。だから今度、俺とデートしないか?」
ドクダミちゃんの家を出て人通りの多い表通りを避けて裏道でプントドロップ通りへ抜けた。
その間俺達は他愛もない雑談をしていた。
ドクダミちゃんの家から帰る時はいつもこうだった。
人込みを避けたからか、イヅナの家に着いたのは歩いて帰るよりも遅い時間だった。
「もうこんな時間か」
「早いですね」
「そうだな。あっという間だ」
イヅナの家は想像よりも小さく古かったが、静かでそして趣のある家だった。
「そういや、俺、ここまで来たのは初めてだな」
イヅナとはいつも中央広場で別れる。
立地的にはプントの大通りに入って少し行ったところか。
結構いいところのようにも見えた。
「いやぁ、古い家でお恥ずかしいです」
イヅナは珍しく謙遜していた。
俺は先に馬車を下りると、イヅナを抱え降ろした。
「ありがとうございます!」
イヅナは得意げに胸を張っていった。
「私達……やりましたね!」
「ああ、そうだな。思いがけないくらい危険な冒険になっちまったが無事に帰ってこれた……俺達は、やったよ」
俺はそう言うと、嬉しそうにしているイヅナの頭を撫でた。
イヅナは恥ずかしそうに笑っていた。
「でも、気を抜くなよ本番はこれからだぞ」
「はい!」
「魔界の危険は……今回以上だ」
「はい!」
「だから……次はもう少しうまくやって。そんで、無事に帰って来ような」
「はい!」
「それじゃあな。風邪ひくなよ」
俺がそう言うと、イヅナの家の二階から明かりがさした。
「早くいけ。元気な顔を見せてやれ」
「はい……!」
イヅナは返事をすると、手を振って家の扉を開けると、俺の方を振り返り手を振った。
手を振るイヅナに俺はデートの誘いを持ちかけたのだった。
「え?ええ?!」
イヅナは顔を赤くして戸惑っていた。
「ほら、買い物とかあるしさ。それに話したいこともあるし」
「う、う、うぇぇぇぇ?」
「詳しいことは手紙書くから、届いたら返事をくれ。別に断ってくれても構わないから」
「え?あっ、は、はい!」
イヅナはそう言うと、あたふたして言った。
「ふ、不束者ですが……よろしくお願いします!」
イヅナと別れてビーガーに向かう。
俺は貰ったバスケットからいい香りを放つバケットを取り出すと口に運んだ。
うまいな。
俺はそれを半分に割ると、御者に声をかけた。
「悪いな回り道ばかりさせて」
そう言うと俺はバケットを御者に手渡した。
御者は無言で会釈を返すと、それを受け取った。
「ありがとうございます」
御者はバケットをほおばりながらお礼を言った。
俺は馬車に揺られながら、星空を見上げた。
すっかり暗くなっちまったな。
こうなると、例え通りとはいえ人通りは少なくなる。
背後の中央はまだ街明かりが輝き、にぎやかな声も聞こえてくる。
しかし、ビーガーに着くまでのこの道は……それに反してすごく静かだ。
まるで太陽の当たる海面を離れてどんどん静かな海底にもぐっていくような感覚だった。
すぐに御者は備え付けられていたランタンに火を灯した。
俺はオレンジの光をただ見つめた。
「今日はずいぶんと静かだな」
夜遅くとはいえ、今日はずいぶんと静かな気がした。
「ええ。この後、雨が降りますからね」
御者がそう答えた。
「え?」
俺は咄嗟に空を見た。
確かにだんだん雲が濃くなっているように見える。
「ここ2、3日、この時間にはいつも通り雨があるんですよ。なんでもここ一週間は降るみたいですよ」
「そうなのか」
ちょうど俺が寝ていた時期だから分からなかった。
「じゃ、結構やばいか?」
「大丈夫ですよ」
御者はそう言うと、荷台の隅にあったクランクを回した。
すると馬車の後ろから布でできたドーム状のひさしが姿を現した。
「おお、すごいな。こんな仕掛けがあったのか」
「ええ、私のお客は……姿を隠したい人が多いもので」
御者はそう言った。
気にはなったが、多くは語らないといったふうだった。
「あんた、名前は?」
「名乗るほどでは……」
「俺はモリーだ。モリー・コウタ。こう見えて冒険者だ」
「ええ、存じ上げております」
御者はそう言うと黙ってしまった。
無視しているというよりかは何かを考えているふうだったので、俺は黙って待った。
「ジェファーソンです。ジェファーソン・ホープ」
「ジェファーソンか。ありがとう」
俺がそう言うとジェファーソンは帽子をとり会釈した。
ジェファーソンが名乗った直後だった。
馬車のひさしに雨粒が落ちる音がした。
音だけで大粒と分かるほどの奴だった。
「きたか?」
「ええ、見たいですね」
ジェファーソンはそう言うと、懐から蝙蝠傘を取り出した。
するとすぐに視界が煙るほどの大雨が降り始めた。
「こりゃすごいな」
「ええ、今週一かもしれませんね」
こりゃ歩いて帰らなくてよかった。
ポッポに感謝だな。
俺は駅がありそうな方角を見て手を合わせた。
「ありがとう。恩に着るよ」
「モリーさん」
俺が目をつむってなむなむしているとジェファーソンが話しかけてきた。
「な、なんだ?」
俺がジェファーソンの方を向くとジェファーソンは遠くを見ていた。
「人がいます。この雨で往生しているみたいで手を振っているのですが……」
「ああ、そうか。じゃ、悪いが乗せてやってくれないか?もちろん、料金は払うよ」
「そうですか。わかりました。あなたがいいのなら乗せます」
ジェファーソンはそう言うと、少し先で馬車を止めた。
そして誰かと話しているようだった。
雨音で何を話しているのかは分からなかった。
しばらくすると、足音が聞こえ、馬車の後方が開いて一人の女が入ってきた。
「すみません。ありがとうございます」
聞き覚えのある声だった。
女はハンカチで髪や顔を拭きながら礼を言った。
「いや、別に。困った時はお互い様だろ」
「本当にありがとうござい……まっ……!」
女は濡れた顔を拭き終わると、ぼんやり灯る俺の顔を見て絶句した。
「そんな顔するなよ。気持ちはわかるけど」
「あなた……」
雨音が響き渡る薄暗い馬車の中、ステラの驚愕している顔がぼんやりと浮かび上がっていた。




