許さないならどうするつもりだ?
禍々しい風が俺達の風上から吹いてくる。
その勢いは強風と言えるほどだった。
「うわぁーーー!」
頭上の三人が叫び声をあげて、俺にしがみついた。
俺は目を凝らして、前方を確認する。
しかし、やはり、何もそこにはいなかった。
「イヅナ!あいつだ。透明な奴だ」
俺は言った。
「さっきやったのと同じ要領で対処するぞ!やれるか?」
「はい!」
イヅナはそう言うと、手に電気を溜めた。
「一体でやってくるなんて!見上げた奴だが……それはムボーって奴さ」
イヅナが決め台詞のようなものを言った。
ずいぶん余裕そうだ。
さっきまでの弱気が嘘みたいだ。
戦闘を乗り越えて……覚悟を決めれたのかな。
それならまぁ任せても大丈夫か。
「うおおおおおおい!」
イヅナが雷を右手に集中させた。
「頼むぞ!今度は俺ごといかないでくれよ!」
「あいあい……さー!」
イヅナはそう言うと雷を前方に放とうとした。
その瞬間だった。
俺の視界の端に影が見えたような気がした。
なんだ?何かがいた?
そう思って俺は横を見た。
そこに見えたのは、石だった。
拳くらいの石が三つ浮いていた。
それは、角度的に見て……イヅナを狙っていた。
「まずい!」
俺は咄嗟に体をかがめた。
「え?うえ?!」
突然俺が動いたので、バランスを崩したイヅナはそのまま頭上から落下した。
俺は咄嗟に腕を伸ばし宙に舞うイヅナをキャッチした。
「ナイスキャッチ!」
イヅナが言った。
瞬間、電撃が俺の体を襲った。
「うぎいいぃぃぃぃ」
俺は電撃を喰らって、地面にうずくまった。
丸まってイヅナをかばうように。
目を開けると、イヅナが肩をすぼめて両手を俺の胸に手を置いていた。
「あ、あ、あ、あの、その……私が美少女すぎちゃうから、そうなる気持ちはわかりますが、今はちょっと」
イヅナが顔を赤らめて阿呆な事を言っている。
どうやら元気なようだ。
「ばかなこと言ってないで、体勢を立て直すぞ」
俺はそう言うとすぐに立ち上がった。
足がまだしびれていてうまく力が入らないが……見てくれはきちんと立てた。
俺に続いて、イヅナも元気に飛び起きた。
俺は周囲を確認した。
イヅナを狙っていた石はどこか茂みの奥に消えたようだ。
しかし、射線の先にあった木には確かに穴ぼこが開いていた。
相当な威力だ。
直撃していれば危なかった。
奴らの気配はまだ周囲にある状態だった。
予断は許されない。
完全な不意打ちだったが……乗り切った。
俺は幸運が重なったことに感謝した。
一つ目はイヅナが余裕そうだったから、俺が周囲に注意を向けれたことだ。
さっきのキラースズメ戦でイヅナを起用していなかったら……。
下手をすればイヅナはまだ覚悟ができておらず、俺がフォローしなければいけなかったかもしれない。
そうなるとさっきの投石に当たっていた可能性は高い。
イヅナは……やられていたかもしれない。
俺達がそれに動揺した隙に追撃が来ていれば……全滅だってあったかもしれない。
二つ目は、俺が燃えていてレイシーが近くにいたことだろう。
俺がイヅナをキャッチしに行っている間にレイシーはドクダミちゃんをキャッチしていた。
レイシーはドクダミちゃんをお姫様抱っこしながら仁王立ちしている。
都合よく俺から火を奪っていたみたいで、それによりしびれる俺達を見守ってくれていたみたいだ。
うずくまっている間に、追撃が来てたら……俺はやばかった。
立ち上がってすぐに、再び攻撃が始まった。
前方から強風が吹く、立ってられないほどじゃないが、正面から受けるには少々きつい。
攻撃が始まるとそれに呼応して、周囲から羽音が聞こえてくる。
右、左、後方……。
鳴き声の感じからして、三体が俺達の周囲をぐるぐる旋回しているようだった。
「みんな、俺の後ろに!」
俺が叫ぶと三人は俺の後ろについた。
「みんな大丈夫か?」
俺は風の盾になって、みんなに確認した。
「はい」
「いけますよ」
「な、なんとか……」
三人は俺にしがみつきながら、そう言っていた。
だが、ドクダミちゃんはもう限界そうだった。
俺も正直もうそんなに余裕はない。
「……レイシー、ドクダミちゃんを守ってくれ。イヅナ二人で対処するぞ」
俺は少し考えてそう言った。
ドクダミちゃんが万全ならともかく、そうではない。
今は正直言うと、戦線離脱で逃げたいくらいだ。
だが、この包囲網を力押しでは突破できそうになかった。
「は、はい!でも、これ何体いるんですか?!」
「分からん!」
そう言えばポッポが言ってたな。
研究所から魔物が“何体か”逃げたと……。
「おそらく4、5体いるだろう。だが、狙いは風出してる前方の奴だ」
「ほ、ほかのは?」
「無視する。なんでだかわからんが、あいつが司令塔みたいだ」
「や、奴をやれば他は無力化すると?」
「ああ、リーダーをつぶす。それが喧嘩の基本だ」
「レイシー最悪の場合は……二人を抱えて走れ。俺は自分でどうにかするから二人は頼む」
俺は最悪のことも覚悟してそう言った。
「……わかりました」
レイシーは一言だけそう返した。
俺は頷いた。
「よしイヅナ、いけるか?」
「もちろんです」
「ありがたい。てか、やってくれないと正直お手上げだ」
しびれていた体に活力が戻ってきた。
「イヅナ狙うのは目の前の風出してるやつだ」
「はい」
「できる限り、こっちの攻撃の意志を悟らせないように頼めるか?」
「で、できる限り頑張ります」
そう言うと、イヅナは掌を合わせて、その中で電の球を作り始めた。
「攻撃は全部俺が受けるから……合図したら、やれ!」
「はい……いけます!」
「よし!」
俺は足下の石を拾った。
小さな小石だった。
投げるには心許ないし、届くとも思ってない。
しかし、俺の攻撃性を示すには……十分だと思った。
「俺がこいつを投げる。そして……俺を攻撃したら、返り討ちにしてくれ」
俺は背後のイヅナに目配せした。
イヅナは頷いた。
俺は呼吸を整えた。
そして、目の前の奴をにらみつけた。
迫りくる風の音と、周囲を飛び回る何者かの音が凄味を増す。
奴も俺の殺気を感じ取ったようだ。
俺は深く息を吐いた。
そして思いっきり振りかぶり……石を投げた。
投石の構えを見せると同時に周囲を取り巻いていた羽音が前方に向かう音がした。
その音は前方に集中すると……風の勢いがすぐに強くなった。
俺の渾身の投石は奴のいるであろう場所に到達するどころか、俺の方向へ押し戻された。
自分の投げた石が俺の顔面に当たった。
立っていられないほどの強風だった。
レイシーが俺の腰にしがみついてくる。
その後ろでイヅナが俺に背中をくっつけてきた。
「ぐっぐぐうう」
俺は全力で踏ん張る。
「うっうううう」
レイシーが呻く。
「頑張ってください!」
イヅナが言った。
「攻撃が……止んだら……」
俺は言葉を振り絞る。
「はい!」
イヅナが答えた。
目も空けられないほどの強風の中、俺はただ耐えていた。
後ろでイヅナ達が何かを叫んでいるみたいだが、何を言っているのか判然とはしなかった。
ひどく孤独だった……。
だけど、こういうのはもう慣れっこだ。
俺はいつだって耐えてきた。
そう思った。
だけど、今回はいつもと違った。
腰にぬくもりがあった。
聞こえはしないけど、でも確かに誰かが俺に話しかけていた。
幻聴なんかじゃない。
こんな状況だが、俺は口元をゆがませた。
目の前の幻聴野郎なんか、恐ろしくない。
そう思った。
しばらく耐えていると、風が弱まった。
おい、そんなもんかよ……スズメ野郎。
俺は拳を固めた。
拳の中には……一投目で投げなかった小石が残っていた。
拾った中でも一番でかい奴だ。
気が付かれていないよな……。
俺は脇の隙間から……イヅナを見た。
イヅナの手には確かに青白く輝く光の球が残っていた。
イヅナは無言で頷く。
俺はそれを見て二、三歩踏み出した。
そして大きく振りかぶり、石を投げた。
俺の体についていた火は消えかけていた。
でも、全力でそれを投げた。
スズメは面を喰らったのか、それを見てたまらず鳴き声を上げた。
そして、風を強めた。
投げた時に確信してる。
そんな自衛行為は意味はない。
俺の石は届く。
バサバサと音がしたかと思うと、鳴き声がした。
ぴぃという断末魔のような声。
そして何かが地面に落ちた。
「アア!」
またあの声が聞こえた。
さっき俺に向かって話しかけた声だ。
そして再び、俺達の周囲を何者かが飛び回る。
「ユルサナイ」
「ユルサナイ」
「ユルサナイ」
怨嗟の声が俺達を取り囲む。
「許さないだと?それは俺のセリフだ」
俺は周りを見ながら言った。
「夕飯に遅れたらどうする?お前、責任取れんのか?」
そうして俺はニヒルに笑った。
「どこかからくるぞ」
「はい」
「何が来ようとも、俺が全部受ける」
「はい」
「どうやら司令塔はお姫様らしい。お前の電撃で全員眠らせてやれ」
「はい!」
「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ!」
「うるせぇな。許さないならどうするつもりだ?」
「ウサギとワルツでも踊るのかぁ?!」
レイシーが中指を突き立てて叫んだ。
この野郎……俺のセリフだ。
「ユルサナイ!」
キラースズメはそう言うと、風を集めた。
「またそれかよ」
「胸やけしちまうぜ!ベイビー!」
イヅナが笑いながらそう言った。
「クゥアアアアア!」
キラースズメが叫んだ。
どうやら、お冠なようだ。
だが、次の手は分かっているぞ。
俺は全身に力を入れた。
再び風が吹いてくる。
しかし、その威力は……先ほどと比べモノにはならなかった。
一体倒したせいか、疲れのせいか……わからないが……。
とにかく、勝機は見えた。
俺は再び風を受ける。
全然痛くもかゆくも……孤独でもなかった。
俺は手を後ろに回し……指を広げた。
そして一本ずつ指を丸めた。
5、4、3……。
そのカウントと連動するかのように風は弱まっていった。
お前のことはわかっているぞ。
次の手も……分かってる。
2、1……。
イヅナが深呼吸した。
0!
俺が拳を握ると、再び何かを投げる構えを取った。
もちろんブラフだ。
だがこの鳥頭には分からないだろう。
読みの通り、キラースズメは俺の誘いに乗り、俺に向かって攻撃した。
見えはしないが、さっきと同じく残った奴らが、司令塔の防御に回っているようだった。
イヅナとレイシーは俺の合図とともに俺の背後から左右に分かれた。
レイシーはへたり込んでいたドクダミちゃんを抱えて左へ。
イヅナは俺の右へ。
イヅナが向かった、右側は木の影ができており暗かった。
レイシーは俺の火で燃えていた。
さっき初対面の時、キラースズメはイヅナを狙ったんじゃない。
光ってるからそれに向かって攻撃したんだ。
だから……。
キラースズメは予想通り、いきなり現れたレイシーに驚いたようだ。
レイシーに向かって風が方向を変えた。
レイシーは地面にうずくまってドクダミちゃんを抱えて守っていた。
ちょうどさっき、俺がイヅナを守ったように。
俺は風向きが変わると同時に、レイシーの前に手を伸ばした。
一瞬強い風が吹いたと思うと同時に俺の腕に何かが刺さった。
俺はそのまま背中を射線にねじ込んだ。
やはり羽を飛ばしたか。
予想通りだ。
俺の背中に羽が次々刺さる。
痛いが……大丈夫だ。
っていうかいいのか?
俺は風の先に目線をやって笑った。
次の瞬間、暗がりから雷光が走った。
スズメの断末魔が響く。
ぼとぼとと地面に何かが落ちる音がする。
うまくやったな。
俺はイヅナの方を見た。
イヅナは親指を立ててこっちに見せてきた。
俺はそれに親指を立てて返した。
「大丈夫か?」
俺はうずくまるレイシーに手を差し伸べた。
「うい!」
レイシーはそう言うと俺の手を掴んで立ち上がった。
「ボス!流石です」
レイシーはそう言うと俺に敬礼した。
俺は敬礼を返した。
「レイリシア一等兵、ドクダミ参謀を頼むよ」
俺はそう言うとイヅナの方に向かった。
イヅナは地面にへたり込んで空を見ていた。
「お疲れ様。大丈夫か?」
俺はイヅナに手を差し出す。
「はー、なんていうか……はー」
イヅナは放心状態だった。
「大丈夫かよ」
俺がそう言うと、イヅナは空を見ながら俺の手を取った。
そして立ち上がっもしばらく空を見ていた。
そして、急に涙を流した。
「お、おい?どうした?」
俺は突然の事にうろたえた。
「わ、わかりません~」
イヅナはそう言うとわんわん泣き始めた。
俺は後ろを振り返る。
レイシーはジェスチャーで抱け!と伝えてくる。
あほか。
いやでも……そうなのか。
俺は咳払いすると、イヅナのもとに近づいた。
そしてイヅナの肩に手を置いた。
いや、これ、あってるのか?これでいいのか?
だけど、そういう話はよく聞く。
それはそうだが、それを聞くのはビーガーの酒場だろ?
っていうか俺の情報源はそこくらいしかない。
そんな酔っ払いのおやじの話をうのみにしていいのか?
いやでも、俺達の関係性だしいけるんじゃないか?
しかし相手は年齢不詳とはいえ……未成年であることは確実な少女だ。
知り合い全員に犯罪者面と言われる俺が抱きしめたら……終わりなのでは?
その時アッコの顔が脳裏によぎった。
「どうよく見積もっても性犯罪者」
アッコがにや付きながら言った。
「ええい!」
俺はつい大声を出してしまった。
脳裏によぎったアッコの顔があまりにもむかついたからだ。
イヅナはびくっと体を震わせた。
「モ……モリー様?!」
イヅナは声を上げた。
「だ、大丈夫ですか?!」
「あ、ああ、すまない。嫌な事を思い出してしまって……気にしないでくれ」
「え?で?でも……」
「そんな事より、お前は大丈夫なのか?」
「え?は、はい!すいません……私、取り乱してしまって」
「いや、わかるよ。俺も初めて魔物と戦った時は……」
俺の脳裏に嫌な記憶がよみがえる。
冒険者アカデミーのおの悪夢のグループワークの時の記憶だ。
魔物と相対したとき、人間は正常ではいられなくなるんだ。
あの時の俺もその高揚感に吞まれていたんだろうと……今ならそう思えた。
「魔物と戦うってのはそう言うもんだ」
俺が言うと、イヅナは……首をかしげていた。
うん?なんか違うな?
俺は疑問を持った。
「どうした?」
俺が聞くとイヅナは眉をひそめながら俺の腕を指さした。
俺はそれにいざなわれて腕を見た。
そこには真っ赤になった俺の右手があった。
忘れてた。
俺攻撃されてたんだ……。
冷汗が出てきた。
俺は後ろを振り返る。
レイシーと、ドクダミちゃんが顔を真っ青にしていた。
俺は背中に手を回す。
そう言えば……なんかかゆいような?
俺は背中を掻くと、手を確認した。
そこには血に染まった左手があった。
あーやばいな。
そう思ったと同時に急に血の気が引いた。
そして俺は地面に崩れ落ちた。




