ミツケタ
「怒涛だったなー」
日の傾き始めた夏の夕方。
駅から中央へ続く帰路をてくてく歩きながら俺が言った。
「そうですねぇ~」
俺の頭の上でイヅナがとろけながらそう言った。
「いろいろありましたねぇ~」
レイシーもしみじみそう言った。
「ほぅあ~」
ドクダミちゃんも放心状態だった。
別れのあいさつした後、俺達は帰路についていた。
お金を持ってきてないので、馬車にも乗れず、ポッポが出すといったが俺は断わった。
ここまで来たら意地だ。
なんとしても自分たちの力だけで帰りたい。
三人娘はぶー垂れたが、ここで歩けなきゃ……冒険なんて無理だ。の暴論で突き通した。
でも、どうしても疲れたというしはしゃいでいたがドクダミちゃんも、さすがに体調が悪いとのことだったので、折衷案できたときのスタイルで帰る事になった。
俺はポッポからマッチを貰って、自分に火をつけると、駅に向かって手を振って歩き始めたのだった。
「それにしてもすごいですねー。モリー様」
レイシーは俺の頭頂部に肘を置きながらそう言った。
「ほんまにパワフルやわー」
「そうか?」
「そうですよー我々も幼子いうわけやないんですよ~それをこうも軽々しくなんてねぇ~」
まぁ確かに。
でもこいつら……歳の割にはなんだか小さく見えるがな。
俺自身、まさか全員が頭の上に乗りきるとは思わなかったし。
もちろん尻の半分くらいは肩からはみ出ているし、俺が抱えてるとはいえ、よく乗れているとは思う。
「ああ、ぎゅう詰めだが不思議とバランスがいいんだよな。なんでか。それで何とかなってる感じかな」
俺がそう言うと頭の奴らも納得しているようだった。
「確かにぃ……なんだか……住みやすいというかぁ……」
ドクダミちゃんがうとうとしているのが分かる。
「ううううう、寝ちゃいそうですぅ」
「ええよええよ、私が支えてあげるから……存分に寝ちゃいな?」
レイシーがそう言って俺の頭の上でドクダミちゃんを抱きしめた。
「おい。見えにくい」
俺は両脇の二人に挟まれて視界を遮られた。
「もう!そんなこと言って!うれしい癖に!」
レイシーが突然テンションを上げた。
「は?」
「ええ?感じてるでしょ?二人の乙女のぬくもりを……それにほら、当たってませんか?なにか柔らかいものが……当ててるんですよ?今日のお礼を込めて」
レイシーが阿呆な事を言っている。
まぁ事実はそうだったが、なんでだかうれしくはなかった。
なんていうか多分こいつらとなら裸で抱き合っててもなんにも反応しない気がする。
「大丈夫だ。不思議とこれっぽっちもうれしい気持ちは沸いてこない」
「ええ?!それって失礼ですよぉ?!」
レイシーがさらにテンションを上げた。
「イヅナちゃんの生足のぬくもりも直で感じてるでしょ?!太ももの柔らかさやその奥の感触も……今の内に肌に刷り込んで、家についた後、その余韻で……とかないんですか?!」
「うん。ないな」
俺は即答した。
レイシーはええ~っと声を漏らした。
なぁんでぇ~なんて言いながら顎を俺の頭頂部に置いた。
「もしかして、モリー様って……」
レイシーが気が付いちゃった!って感じでそう言った。
「いや、女が好きだ。お前たちにそういう感情がないだけだ」
「ええ?こんなにムキムキやのに?」
筋肉と何の関係があるんだ。
レイシーは本当に良く分からない視点で話してくる。
こいつの目には一体全体この世界はどういうふうに映っているのだろうか。
「筋肉は関係ないだろ。それに俺は冒険者の中じゃ普通だぞ」
「そうなんですか?ムキムキやでなぁ?イヅナちゃん」
レイシーがイヅナに話を振った。
「うん。ムキムキだよ。特に足!モリー様は大きいから上半身に目が行きがちだけど、足回りがすごいよ」
イヅナがなんか言い始めた。
「なんだよ、その品評……」
「こう見えてイヅナちゃん筋肉好きですからねぇ」
レイシーが言った。
「街でムキムキマッチョさんのことよぉ見とるもんねぇ?恍惚の表情で……なめるみたいに……」
「や、やめてよ!そんなことないよ!見てないよぉ!!」
イヅナが頭の上でばたばたした。
「おいおいおいおい。暴れるな暴れるな」
俺の静止を無視して二人はいちゃつき始めた。
「嘘言わんでもええでぇ~。っていうか、バレバレやしぃ~」
「見てないよぉ!」
「いやいや~そんな否定されたら逆にえろえろ……ごほん、いろいろ妄想しちゃうなぁ~」
「い?えっ……って何?!」
「そりゃあ、マッチョ観察した後お家で一人でナニしてんのかなぁ~って?」
「い、い、い、い、い、いや、いや何も何もないよ何も」
「おお?!どうしたんそんなドクダミちゃんみたいになって!ドクダミちゃんみたいになったらそれはもうやりまくりってことやで?」
レイシーがそう言うと、ドクダミちゃんが声を上げた。
「ええ?!そ、そ、そんなこと……」
「ええ~隠さんでええって!大体....」
「ひぎゃぁああああ」
ドクダミちゃんが悲鳴を上げた。
「ええい!やめろ!」
俺はそう叫ぶとレイシーの頭を掴んだ。
そして力を入れた。
「いてててててて、暴力反対!暴力反対!」
「お、前、ねぇ~」
「す、すいませ~ん!」
レイシーの絶叫が静かな道に響いた。
レイシーをお仕置きした後三人は疲れてしまったようでうとうとし始めた。
傾いた陽のあたたかい光とそよぐ涼しい風が、疲労した体には妙に気持ちよく感じだ。
俺は落ちるなよとだけ言うとふあ~いという気の抜けた返事が返ってきた。
全くこいつらは……。
俺は一人ため息をつきながら、道を進んだ。
夜の匂いをふくんだ風が木々を揺らしていた。
俺はふと、音にいざなわれて茂みの奥を見た。
茂みは先ほどよりも闇の色が濃くなっていた。
もう暗くなってきているな。
いくら夏とは言っても、もう16時過ぎだ。
そうのんびりはしていられないな。
俺は少し、先を急ぐことにした。
遅くなりすぎても、シルアさんに悪いしな。
それに勢いそのまま飛び出したし、遅くなりすぎたら怒られるかもな。
なんて考えてながら歩いていると、風が俺の耳の後ろを通過していった。
俺は思わず立ち止まって、振り向いた。
なんだか妙な風だと思ったからだ。
振り向いた先には道があった。
道しかなかった。
他には何も……ない。
無いように見えるが……。
だけど……一体は逃げている。
俺はそのことを思い出していた。
いる?
キラースズメは縄張りを張る生き物だ。
逃げたとはいえ近くにいる可能性は……十分にある。
俺はしばらく道を眺めた後、歩を進めることにした。
例え奴がいたとしても一体じゃ何もできないはずだ。
俺はそう思った。
で、あるならば立ち止まるよりもさっさと縄張りを抜けた方が安全だ。
他の個体を連れている可能性もえるしな。
キラースズメは耳が良い。
助けを求める仲間の声は遥か百里にわたるとまで言われる。
もちろんそんなに広いはずはないし、駅の近くは特に防魔の陣が引かれている。
だから、魔界や境界から仲間が飛んでくるとは考えにくい。
魔界から人間界に送られるキラースズメも基本は捌かれた肉の状態でしか駅から搬出することは許されない。
つまり人間界にキラースズメがいるなんてことはありえない。
例え残りの一体がいたとしても……いるのは一体だけだ。
それはわかっている。
分かってるが……なんなんだこの妙な胸騒ぎは。
嫌な予感がする。
風に揺れる葉のざわめきがそのまま俺の心に不安の波を生んだ。
だんだん目線が泳ぎ始める。
落ち着け、前だけ見てろ。
俺は自分に言い聞かせた。
だが、目の端に闇が映ると無意識に俺はそれを追っていた。
周囲は静まり返っていた。
まるで、俺達だけしかこの世界にいないように……。
俺達?いや、俺だけのような感覚だ。
三人娘もさっきまでの馬鹿話が嘘だったかのように静まっていた。
俺は不安になりレイシーの背中に触れた。
確かに温かみがある。
俺はそれを確認し、安心した。
何を不安になってるんだ?当然だろ?寝てるだけだ。
俺は自分に言い聞かせる。
心配するな、何もない。
俺は前を見て、言い聞かせる。
なんにもおきやしない。不安になることもない。
俺は大きく呼吸した。
うまくいく全部、何もおきやしないよ。
俺は何度も自分言い聞かせた。
例え何か起きたとしても……どうにかなるさ。
今日だってどうにかなった、そうだろ?
「そうだ」
俺は思わず言葉を口に出す。
「大丈夫さ。なんにもあるわけない」
安心するために独り言がでる。
「ああ、ったく心配しすぎだ。疲れたか?まぁがんばったしな体調が悪いのは仕方ない仕方ない」
不安からか、言葉が次々に口から出てきた。
やめろ。
俺は独り言をしながら、心の中で言った。
意識するな。
意識すればするほど、恐怖は輪郭を増す。
自然にただそこに……あるものと思え。
お前は一つの……火だ。
そう思え。
俺は立ち止まって息を吸った。
そしてそれをゆっくり吐きながら背筋を伸ばした。
「よし、いける」
俺はそう言った。
恐怖からじゃない、確かな覚悟としてそう言った。
現に恐怖はもうなかった。
俺は力強く再び一歩を踏み出した。
その時だった。
「ミツケタ」
どこからか声が聞こえた。
俺は気にしなかった。
幻聴なんかに今の俺は……火となった俺は止められない。
俺はずんずん道を進む。
もう、木々が風に揺れる音も、茂みの奥にある闇も何も目に入らなかった。
俺が感じているのは……熱だけだ。
俺の頭の上にいる確かな……熱。
これだけを信じている。
だから……
「ミツケタ!」
大丈夫だと思おうとした瞬間、突然今度ははっきりとした声が聞こえた。
そして……鳥のさえずりがどこかから聞こえてきた。
俺は周囲を見渡す。
だが、何もいない。
しかし、はっきりわかる。
これは幻聴なんかじゃない。
何かがいる。
そこに、見ることのできない何かが!
「おい!起きろ!」
俺は三人に向かって言った。
「ふぅあい!」
三人は驚いたような声を上げて目を覚ました。
「な、なにかありましたか?」
イヅナが目をこすりながらそう言った。
「なにかがいる。透明な奴だ」
俺がそう言うと三人が急に戦闘態勢に入ったのが分かった。
「さっきの奴ですか?」
イヅナが周囲を確認しながらそう言った。
「分からない……だけど、気をつけろ。雰囲気がおかしい」
俺がそう言うと三人は警戒心を強めた。
「おかしいってなにがですか?」
イヅナが聞いてくる。
「あー気のせいかもしれないが……しゃべった」
俺がそう言うとイヅナが俺の顔を覗き込んできた。
「しゃべった?!」
イヅナはそう言うと、今度はドクダミちゃんの方を見た。
「そんなのあるの?!」
「う、う~ん、聞いたことはない。けど……」
ドクダミちゃんはそう言うと何か考えているようだった。
「あるかもしれない。でもそうだとしても人型の魔物ならだけど……」
「気のせいってのはないんですか?」
レイシーがそう言った。
「俺も初めはそう思ったが……間違いない。俺は確かに聞いた」
「なんて言ってたんですか?」
「見つけたって……」
俺がそう言った瞬間だった。
何かが、俺達の横を通り過ぎた。
「ミツケタゾ」
おぞましい声と共に、何かが俺達の前に立ちふさがった。




