イナホをどうぞ、よろしくお願いいたします
「さて、では本題なのですが……ね」
煙草が消えて、ボトルも空きかけたところで、ポッポが切り出した。
「イヅナちゃんが言い出しっぺだと言っていましたが?」
ポッポはこちらに顔を向けずにそう言った。
しかしその口調は……これまでのどれよりも真剣なものだった。
「ああ、そうだ。ほかの二人は知らないが、ある日中央広場でイヅナに声をかけられたんだ」
「ほう?」
「それで少し話して、イヅナに連れられてドクダミちゃんのお宅にお邪魔した感じだ」
「え?その日にもうですか?」
「え?ああまぁそうだけど。何かまずかったかな?」
「ええ、まぁ一応は家には今、女の子しかいませんからね。だから、私がいない間は……お客だろうが男の人は入れないようにと言っておいたんですがね」
ポッポはそう言うと困り顔で、こめかみを掻いていた。
「そうか。あーそれは悪かった」
「いえいえ」
「それで……そこでPTの結成を決めたんですか?」
ポッポは仕切りなおしてそう言った。
「いや、そこで冒険に出る理由と、冒険の計画を聞いて……いったんは断った」
「断った?」
「ああ、あまりにもな内容だったからな。そこからいろいろ修正して話していくうちに……俺もやる気になっていったような感じかな」
ポッポは黙って俺の話を聞いていた。
「でも……最後の一押しはドクダミちゃんだったと思う。あの子が誰よりも先に、行動したから、俺達はそれに引っ張られて……」
「ここまで来た……と」
ポッポはそう言うと背中を伸ばして、大きく息を吸った。
「そうだ。そして、これから魔界へ行く」
「冗談みたいな話ですね」
「そうだなぁ。今でも……現実味はないな」
そういうと俺はボトルの残りを飲み干した。
ポッポは黙って道の先を見ていた。
清涼な風が俺達の間を吹き抜けていった。
「どうして、その話を受けようと思ったのですか?」
ポッポは言った。
「報酬も望めないでしょう?」
「そうだな」
「失礼ですが……経済的な余裕はあまりないように見えます。それにあなたはそう言う心情で仕事を受ける人ではないように思っていました。なのにどうして?」
「その通りだ。俺は金の為に冒険者をしているからな。金にならない仕事は受けない」
「では、何故?」
「さぁ、分からない。なんとなくな……」
そう言って、俺は空を見た。
なんとなくか……。
違うな。
今ならあの時の気持ちがわかる。
「いや、違うな。なんとなくなんかじゃない。多分、もう嫌になってたんだと思う」
「いやになっていた?」
「ああ、何度やっても何度やってもいつも同じことの繰り返しだ。金の為に冒険に出てクビになって、また冒険に出る。その繰り返しに嫌になってたんだ」
俺は言った。
「何かを変えないといけない。そう思ってたんだと思う。このままじゃ絶対にダメだって心の底でそう思たんだと思う」
そんで……と言いかけて俺は言葉をのんだ。
「なるほど。そうでしたか。良く分かりました」
ポッポは言った。
「この冒険の目的は何ですか?魔界に行くことが目的じゃないですよね?」
「そうだな」
「あなた達は何をしようとしているのですか?」
ポッポの質問に俺は大きく息を吸った。
「目的はBランクの冒険者になることだ。そして東部魔界のニンフモクというところに行く」
俺は正直にそう言った。
嘘やごまかしはこいつに対しては意味がない。
それにイヅナから聞いた話から察するに、ポッポはある程度の事情は知っている。
俺がそう言うと、案の定なにか心当たりがあるような感じでポッポがこっちを見た。
「ニンフモク?東部魔界のイエローゾーンの?妖精の島と呼ばれるあの島ですか?」
「ああ、そうだ」
「あんなところに何をしに?」
「……そこに、どんな病も治す聖水があるらしい。それを手に入れる」
一瞬言葉をつまらせたが、なるべくシンプルにすべてを伝えたつもりだった。
俺はポッポの顔を見た。
ポッポは眉をひそめて口を開けていた。
何を言ってるのか理解できないようにも見えたし、伝説の秘宝の存在を信じて冒険に出ようとする愚か者を見るかのような顔をしていた。
そして、しばらく考えた後……なにかに気が付いたようだった。
「そうですか。イヅナちゃんが……」
ポッポは言った。
「それで、ですか……」
どうやらすべてを理解したようだった。
ポッポは大きくため息をつくと頭を抱えてうずくまった。
しばらく、頭を抱えた後、ポッポは顔を上げて言った。
「一切承知しました。ありがとうございます」
そう言ってポッポは背筋を伸ばした。
「あのですね。本当のことを言うと、あきらめさせようと思ってました」
ポッポが突然そう言った。
「失礼かとは思いますが……モリーさんのことを信じられなかったのです。冒険者としては優秀な方だとは思います。しかし少なくとも子供を預けようとは……思いませんでした」
ポッポは俺から顔を背けてそう言った。
「いいさ、俺でもそう思うよ」
「すみません」
ポッポはそう言うと俺に頭を下げた。
俺は首を横に振った。
「でも今日こうやってすべてをお聞きしてみて……考えを改めました」
ポッポは言った。
「なんであなたがあの子達が突然そんなことを思ったのか。なんであなたじゃないとだめだったのか」
ポッポは俺をまっすぐに見つめて言った。
「あなたがどうしてそんな顔をしているのか。なんで私が……頼られなかったのか……。その一切を承知しました」
ポッポはそう言うと己の制帽を取った。
「そのすべてを知って私は、この方なら預けてもいいとそう思いました。いいえ、あなたしか……できません。そう思いました」
ポッポはそう言うと……頭を深く下げた。
「どうぞ、ドクダミを……あの子達をよろしくお願いいたします」
俺は驚いた。
まさか、そんなことを言われるとは思ってなかったからだ。
ここから挽回するからと、俺が頭を地面につけるつもりだったくらいなのに……。
「あ、ありがとう、ポッポ。だけど、頼むから頭を上げてくれ。頭を下げるのは俺の方だ」
俺はそう言うとポッポの前に跪いた。
それを見たポッポはあわてて俺を静止した。
「待ってください。本当に、本当にその必要はありません」
「しかし……」
「本心なのです。今お話ししたのは紛れもなく私の本心なのです」
ポッポは俺を静止しながら言った。
「信頼できないと思ってたのもそうですし……任せたいと思っているのもそうなのです」
「事情が分かったのなら、なおさらどうして俺なんかを?」
「それは……」
ポッポは一瞬何かを考えた顔をした。
そして、いつもの笑顔を見せた。
「それは、まぁ……なんとなくです」
そう言うとポッポは空に向かって高らかに笑った。
何というか気持ちのよさそうな声だった。
「そうですね。あなたの言葉を信頼できると思ったんです」
俺達は椅子に座りなおして向かい合った。
「あの子達と話してる姿や、今日こうしてお話した感じですね。私が今まで持っていたモリーさんのイメージと違うというか……」
ポッポは顎に手をやって、言葉を探していた。
「そうですね。変わったなって思いました。今ならなんだか信用できると思いました」
俺は何も言葉が見つからなかった。
「イヅナちゃんが、レイシーが……それにドクダミが、あんな風に誰かと話しているのは初めて見ました。その姿を見ていたらなんだか、大丈夫だと思ったんです」
「いいのか?俺が言うのもなんだが……そんな風に信頼して」
「自信がないのですか?」
ポッポがいたずらっぽい顔でそう言った。
「自信はないけどな、覚悟はある。今日言ったこと全ては本心だ。嘘は一つもないよ」
「ええ、そうですね。だから、信じようと思ったんですよ」
「ありがとう」
俺はそう言った。
ありがとうと言った。
突然感謝の言葉が出たので、自分でも驚いた。
素直にまっすぐに、ありがとうなんて言ったのは……いつぶりだろうか。
最近は世話になっても、すみませんとしか言ってこなかったような気がする。
ポッポは俺の顔を見て笑っていた。
「どうしたんですか?驚いたような顔して」
「ああ、なんかその……ありがとうなんて言いなれない言葉だったから……」
「ははは、わかりますよ。私もそうでした」
「そうなのか?」
「ええ、ずっと謝ってばかりでした。でも……子供ができてからは、感謝することが増えましたね」
「そんなものか……」
俺が遠い目で感慨にふけっているとポッポが言った。
「モリーさんはいい人いないんですか?」
「いないよ」
「そうですか、ところでステラさんとはどうなんですか?」
「は?ステラ?」
いきなりわけわからない名前が出てきて俺は困惑した。
「何のことだ?」
「あれ?気が付いてないんですか?」
「なんに?」
「何って……わかるでしょ?」
「え?」
「え?」
変な沈黙が俺達の間に流れた。
そんな俺を見てポッポは首をかしげていた。
「ああーそうですか、そうでしたか。はははは」
「いやいや、何、一人で納得してるんだよ」
「ええ?まぁ、はははははは」
その後も問答は続いたが、ポッポは終始そんな調子だった。
玄関口で男二人でいちゃついていると、風に乗って笑い声が聞こえてきた。
「おっ?帰ってきたみたいですね」
ポッポは微かに声のする方向を向いて言った。
「ちょうどいい頃合いですし……私達も行きますか」
ポッポはそう言うとボトルを片づけ始めた。
「そうだ。今度私の帰宅が許された折には、一報入るようにします」
ポッポはそう言うと、お盆片手に持ち立ち上がった。
「その時は一緒にお食事でもどうでしょうか。拙宅で恐縮ですが、招待させていただきますよ」
「いいのか?ああ、喜んでお邪魔するよ」
そんな話をしていると、改札口が開く音がした。
「はい~、ここが終着駅ですよー。アプリコット鉄道ご利用ありがとうございました~」
アッコがそう言いながら改札を抜けてきた。
アッコたちは輪っか状のロープの中に入り、一列に並んで歩いていた。
子供の頃よくやったな鉄道ごっこ。
まさか、いい年になってやっている奴らを見ることになるとはな。
「はい~それじゃ一人ずつ下車してくださいねぇー。お足元にはお気をつけてー」
そう言ってアッコは自分の近くのロープを掴んで引っ張り上げた。
恐らく出口ってことなのだろう。
その出口から、一人ずつ三人娘が姿を現した。
「アプリコットおねぇさん!ありがとうございました!」
イヅナがそう言いながらアプリコット鉄道から下車してきた。
「いやぁ~すっごい施設でした~人類ってほんますごいですねぇ~」
良く分かんないこと言いながらレイシーが下車した。
「す、す、すごい勉強になりましたぁ~ありがとうございますぅぅ」
ドクダミちゃんが下車するとアッコは満足そうに、にやにやしていた。
「はい!皆さん今日アプリコットおねぇさんに教わったことは忘れちゃダメだよ~」
アツコは胸を張って堂々と言っていた。
「そして忘れないで?今日の体験が素晴らしいものになったのは……みんながいたからだよ?だからきちんと今日の話は親御さんにも、いっぱいしてあげてねぇ~」
アッコがそう言うと三人は、はーいと返事した。
アッコは悪い笑みを浮かべながら、頷いていた。
「モリー様!」
三人娘がこっちにかけてきた。
「よぉおかえり。どうだったよ?」
「す、すごかったですよ!車両が予想の数倍大きくて、黒くて大きくて固かったです!」
イヅナがなんとも微妙な表現で鉄道の感想を述べた。
「私あんなの初めて見ました!鉄であんなの作れるなんてすごすぎです!」
イヅナは目を輝かせてそう言った。
鍛冶屋の娘って感じの観点だなと思った。
「すごかったですよねぇ~あんなのが高速で走るなんて信じられへん!」
レイシーが珍しい感じにワクワクしていた。
「ものすごいパワーなんやろうなぁ~」
レイシーがしみじみ言った。
「う、う、うん。すごいよあれを動かすなんて魔力って本当にすごい」
ドクダミちゃんも、興奮していた。
「そんなこともできるなんて……知識じゃわからなかった……実物ってすごい」
三人は三様に、魔術列車に魅力を見出したようだった。
もう慣れてしまった俺達からしたら、すごく新鮮な感想だった。
思えば俺も、ここまでではないが同じ気持ちだったことがあったんだな。
なんだか、懐かしい気持ちになった。
「初心忘するるべからず」
なんてよく言うけど、忘れるんじゃなくて、分からなくなるのが初心って奴だと思った。
こいつらのおかげで俺はそれを思い出せる。
そう思った時に俺は気が付いたが、こいつらから教わることもあるんだなって思った。
と、いうか……そっちの方が多そうだ。
「そうか、よかったな。まぁすぐにまた来ることになるさ」
俺がそう言うと三人はぽかんとした。
そして三人は顔を見合わせた。
「そうだよね!」
「そうやで!」
「そ、そうだよ!」
「ああ、そうさ」
「俺達は合格したんだからな」
鐘が鳴った。
もう16時だ。
鐘が鳴り終わると駅員がどこからかぞろぞろ構内に出てきた。
「ああ、休憩ももう終わりですね。それでは、アプリコットさん仕事に戻りましょうか」
ポッポはそう言うと、制帽をかぶりなおした。
そして集まってわいわいしていた俺達を見て言った。
「それではイナホの皆様方、本日はこれにて、失礼いたします」
そう言うとポッポは丁寧にお辞儀した。
「本日は本当にありがとうございました。そして、これからよろしくお願いいたします」
ポッポはそう言うと顔を上げて言った。
「詳しい書類は後日お送りいたします。次の説明会の時に皆様揃ってお会いできること……楽しみにしていますよ」
ポッポはそう言うと、俺達に微笑んだ。
「ああ、こちらこそ……」
俺がそう言うと三人が俺の前に並んだ。
そして、全員でお辞儀を返して言った。
「イナホをどうぞ、よろしくお願いいたします」




