「冒険者、モリー」という男
俺は風呂に入ることにした。
ウーティとアルガートンは前哨戦だと言って残っているワインを開け始めた。
ステラはたぶん寝た。
川に下りると、冷たい水のはった湯舟があった。
以前ステラの後に入ってすごい嫌な顔をされたことがある。
それ以来、彼女は風呂上りに必ず水を抜く。
新しい水を自分で入れているのは彼女の最低限の優しさだろう。
俺は再び風呂に火をつける。
今は温暖な初夏だ。
湯が沸くまでに俺は川で軽く体を洗うことにした。
魔界で体を清潔にするってのは意外に重要だ。
川から上がると、いい具合に湯が沸いていた。
俺はでかい体を縮めて精一杯、湯船に浸かった。
湯船はいい。暖かくそして独りだ。
力を抜いて、頭を空っぽにし、空を見上げる。
今にも降ってきそうなって感じの星空だ。
目を閉じて、耳を澄ませる。
街の喧騒はなく、遠くから聞こえるのは、虫の声や、風が草木を揺らす音だけ。
頬を撫でる冷たい夜風も、先ほどの一騒動の後だと妙に心地良い。
疲れが汗と共にどこかに流れていくのが分かる。
なんとも穏やかだ。
少しすると出来上がったウーティとアルの笑い声が聞こえてきた。
大変、盛り上がっているようだ。
それでも咎める人もいないし、このわずかな喧騒が逆にいい。
そんなこと考えてると、今度はステラの声が聞こえてきた。
何を言ってるのかはわからなかったが、直後から二人は急に静かになった。
以降、彼らの声は聞こえてこない。
「あいつら、怒られたな……」
そういう平和な夜だった。
こういう時に瞳を閉じていると、頭の中身が全部出てくるような感覚になる。
どうでもいい、今更忘れてしまったような記憶が埃をかぶったまま出てくるようだ。
自然に昔の記憶が瞼の裏に映し出される。そういうことがある。
「モリー・コウタ」火の補助魔術師。
火の魔術師は最も人口が多いらしい。
俺が他と違う所があるとすれば、それは子供のころから魔術が使えたということだろう。
子供の頃、冬の寒い日に暖炉で温まっていたら火の粉が飛んできた。
咄嗟に手を出したら、自然とその火を掴めてしまったのだ。
それをなんとなく両手で挟んでみたら小さな火が炎になり気がつけば全身に……
でも、不思議と怖くも熱くもなかった。
それが俺が初めて魔術を使った瞬間。
恐らく5歳くらいだったと思う。
その日から事あるごとに体を燃やしてたら、元気にすくすく育ち、今や身長2mを越えてしまった。
ウーティほどではないが、そこそこ筋肉もついてるから大分ごつい方だと思う。
子供の頃はそれでヒーローの気分だった。
みんなできないこともできる。遊びは誰にも負けない。
そんな風に調子にのってたら、ずるだって言って友達がいなくなった。
頼まれるのは老人からの力仕事だけだった。
クレッド王国の南部、田舎で有名な片隅の村に俺の家はあった。
両親はそこで砥ぎ師をやっていた。
遊び相手もいないので、子供の頃は家業をずっと手伝っていた。
月日は流れ、読み書きを教わっていた学校を卒業して、さてこれからどうするかという時期が俺にもやって来た。
家業を継ぐのも一つの道だったが、それはいつでもできると思い冒険者を志した。
冒険者なんて正直柄じゃなかったが、家に来る冒険者たちの話は友達のいない田舎の子供にはとても魅力的に聞こえた。
微かだけど俺にも、そういう憧れみたいなものがあったのかもしれない。
そのわずかな憧れと補助魔法には少しばかり自信があったというのもあって、迷いはなかった。
独り、家を出て、首都に向かい冒険者アカデミーに入った。
あれはたしか、15歳ぐらいの時だったと思う。
両親とはそれ以降、会っていない。
アカデミーは血気盛んな奴が多く、俺は体がでかいからってだけで、よく絡まれた。
ケンカはしたことがなかったが、俺の魔術はそこそこ強い様で、恵まれた体躯もあってかケンカは常勝だった。
年上相手に腕っぷしで勝って気をよくして、そしてまた調子に乗って……。
アタッカー転向でもするか?なんて考えてた矢先だった。
とある事件が起こった。
グループで行う実戦訓練、俺はぐずぐずする仲間に愛想を尽かせて(尽かして)いた。
俺は彼らの制止を振り切り、一人で魔物に挑んだ。
結果は全く歯が立たずに医務室送りになって終わり、試験は落第した。
それにより俺は完全に孤立して、結局在学中、友達はできなかった。
その一件により教官からも問題児扱いされ危うく退学になるところだった。
魔界では協調性が無いと、“命取り”になるだそうだ。
百万回言われて耳にタコができたセリフだ。
その後は、心を入れ替え、穏便に過ごし無事ライセンスを得ることができた。
しかし、卒業後も悪いうわさが尾を引いて、結局いい仕事は見つからず、今は完全に三流の冒険者だ。
「アルガートンに拾われたのは渡りに船だったな」
そんなことを考えながら、うとうとしていたら流石に冷えてきた。
そういえばどれだけ風呂に入っていたかな。そろそろでなければ。
いそいで湯船から上がろうとすると体が固まってしまっていてなかなか動けなかった。
これはまずいな。
俺は体を軽くほぐし、急いで服を着てキャンプに戻った。
「すまない。もどった」
俺が戻るとアルが一人で攻略本を読んでいた。
「戻ったか、少し心配したよ」
「すまない。ウーティは?」
「先に寝たよ」
「風呂、入るか?」
「いやよそうもう遅い。僕も休むよ」
「すまないな」
「いいさ」
そうしてアルはテントに入った。
俺はもう休もう。
俺は急いで火を始末して、テントに入った。




