父と娘
受付の奥の扉が開いた。
そして初めにアッコが顔をのぞかせた。
だが、今度はその奥にもう一人、見覚えのある奴が見えた。
やっと話ができる奴が来た……。
俺はそう思い、安心した。
「おや?あなたは、もしや、モリーさんですか?」
アッコの後ろから出てきた男は、俺を見てそう言った。
「ああそうだ。久しぶりだな、ポッポ」
奥にいた見覚えのある男はあの苦労人のポッポだった。
こうして顔を合わせるのは……あの事件以来だった。
俺はポッポに挨拶を返すと、頭を下げた。
「この間は世話になった。おかげで……こうして生きている。ありがとう」
あのままポッポが助けに来なかったら、俺達はアルを信じていただろう。
あの場では笑ってごまかしていたが、逆方向に進んでいたら俺達は本当に危うかったと思う。
「いえいえ、そんなそんな。私は偶然通りかかっただけですから。それに困っている時はお互い様ですから、礼には及びませんよ。どうか、頭を上げてください」
ポッポはそう言った。
こいつは本当に紳士的で謙虚な男だ。
それ故に彼には想像を絶する苦労があることだろうと思った。
だから、できる限り……こいつには苦労は掛けたくない。
変わろうと思えた今だからこそ、今度は強くそう思っていた。
だから、これから我儘を言うのは正直気が引けた。
けど、これはこれだ。
明日からは、迷惑かけないよ。ポッポ。
俺はそう言う気持ちを込めてポッポを見た。
ポッポに伝わったかどうかは分からないが、彼は首を傾げていた。
「ポッポすまない。今日セーフゾーン設置作業の試験があっただろう?」
「え?ええ、ありましたよ。私が試験官を務めました。想像以上に人数が集まらなくて困ったものでしたがね」
「そ、そうか。それは好都合というか……実は俺達もその作業に参加しようと思って、今日試験を受けに来たんだ」
俺はそう言うと、募集のスクロールを広げて見せた。
「ああ、そうでしたか!ええ、ええ、確かにそうですね。募集頂いておりますね」
ポッポは小さな眼鏡越しに俺の広げたスクロールを確認してそう言った。
「大幅に遅刻してしまったが……けどそれには理由があるんだ。実は魔物に襲われていたんだ」
「え?魔物ですか?」
俺の言葉にポッポが反応した。
なんだか顔色が変わったように見えた。
「うん?何かあったのか?」
「あ、いえ別に何もありませんが……。つかぬことをお伺いしますが、その魔物というのはもしやキラースズメですか?」
ポッポは何かを知っているようだった。
「その通りだ。もしかして何か知ってるのか?こいつなんだが」
俺はポケットから、例のキラースズメを出した。
ポッポはそれを見て怪訝な顔をした。
「これ、というのは?」
「ここにキラースズメがいるんだ」
「ここに……ですか?」
ポッポは恐る恐る俺に近づいてきた。
「主任!気を付けてください!そいつ男でも行けるんだぜ?って顔してますよ!」
アッコが何か叫んだ。
「ええ?そうなんですか?」
ポッポが間抜けな声を出した。
「あーアプリコット様?あなた様を差し置いてそんな不遜はしませんから、ご安心を」
「嘘よ!本当は私に乱暴したい気持ちを主任にぶつける気でしょ!わざと見せつけて私を焚きつけようって魂胆でしょ?!そんな見え見えの……」
アッコは非常に自意識過剰な妄言を叫んでいた。
「アプリコットさん、あのー少し……その静かにしていてもらえますか?」
ポッポがそう言うとアッコはむぐっと不服そうに口をつぐんだ。
「あーすいません。この子はこういうところがありまして」
ポッポが申し訳なさそうにそう言った。
「ああ、まぁ、分かってるよ」
俺は苦笑いで返した。
「ああ、確かにこれはなにかいますね」
ポッポは俺の手のひら辺りを指でつついてそう言った。
「確かにこれは何か鳥類のようですね。しかし……透明とは……」
ポッポは何かを考えているようだった。
「わかりました。一旦これをお預かりしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む。実は二体いるんだ」
俺はそう言うともう一体をポケットから出した。
「なんと……そうですか。ちょ、ちょっと待ってくださいね」
ポッポはそう言うと背後でつまらなさそうにしていたアッコをみた。
「アプリコットさん魔物用のケージがありましたね?持ってきていただけますか?」
「ええ?あーはぁ~い」
アッコはいやそうな顔でそう言うと奥に消えていった。
「二体ですか……と、いうことはもう一体は?」
「分からないどこかに消えた」
「そうですか……」
そういうとポッポは再び考え事をし始めた。
「なぁ、何か知っているのか?こいつらについて」
俺は単刀直入に尋ねた。
「え?ああ。えーそうですね……」
ポッポは目を伏せた。
何か迷っているような感じだった。
しばらくしてポッポが顔を上げた。
「本日の業務開始直後くらいですかね。近くの研究所から検体であるキラースズメが数体逃げたと連絡がありましてね」
ポッポが言葉を探しながら話し始めた。
「そうなのか」
「ええ、しかし今日は試験もありますし、あの事件の事後処理ももう少しありましてね」
「それは……迷惑かけているな」
「いえいえ、モリーさんだけの責任じゃないですよ。仕方ないことです。それで、本日の午前中にできる人員を割いて捜索していたんですが……見当たらなくてですね」
「なるほど……透明だもな見つかるわけないか」
「そうなんです。しかし……透明だなんて情報はこちらには伝わっていなくてですね。驚いているというのが現状です」
研究所の検体……。
新種じゃなかったか。
少し残念だが……研究所……ね?
俺は足下にいるイヅナを見た。
イヅナは俺のズボンを握りしめて何か考えているようだった。
俺はイヅナの頭を二回ぽんっと叩いた。
「その研究所ってのは?」
俺はそれとなく聞いた。
「あーいえ……すいません。それは他言することはできません」
まぁそうだよな。
残念だが、仕方ない。
「そうか。でも、一応だがここに来るまでに馬車が一台座礁していたけど、たぶんあれもこいつの仕業だと思う」
「馬車ですか?それってもしかして……」
「少し話をしたが、ブロンソンって男だった」
「ブロンソンさん!道理で遅いと思いました。彼は無事でしたか?」
「ああ元気だったよ。愛馬の方も足は挟まれてたけどぴんぴんしてた」
「ランデルも無事ですか。それは……お世話になりました」
「あれは、ここに来る馬車だったのか?」
「ええ、そうです。我々は今泊まり込みで働いていますので、その物資ですね」
それであの量か……納得いった。
「いやなにか事故にでもあったのかと思っていました。まぁ事実そうだったのですが……ちょうどこちらから捜索に行こうかとしていたところでした」
俺の報告を聞いて、ポッポは胸をなでおろした。
「一安心です。危うく数日はポテトと鶏がらスープだけで過ごすことになりそうでした」
「ははは、そりゃ災難だ。急いでいたから荷物の積み込みまでは手伝えなかったが……まぁ彼らは無事だからそのうち来るだろう」
俺がそう言うとポッポもつられて笑った。
「本当に安心しました。駅員は皆、つかれていますからね。その上、夕飯もないときたら大変な騒ぎになるところでした。まぁ私が一番楽しみにしているのですけどね」
ポッポはそう言うと、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「何かお礼をしなければいけませんね」
俺がブロンソンの無事を告げた後、ポッポはそう言った。
「じゃあ、お疲れのところ悪いんだけどさ。もう一組くらいみてくれないか?」
俺は言った。
「そのために遠くから走ってきたんだ」
俺がそう言うとポッポは驚いたようだった。
「この暑い中をですか?」
若干あきれられているような感じもあった。
「ああ、必死だった」
俺がそう言うと、ポッポは再び俺を見た。
「そうですね。せっかく来ていただいたのですから……」
ポッポは何かに気が付いたようで、話の途中で周囲を見渡した。
「そう言えば今日はおひとりですか?アルガートンさん達の姿が見えないようですが……」
ポッポがそう言った。
「あーえっと……」
俺は言葉を詰まらせた。
だけど、すぐに気を取り直した。
何を躊躇しているんだモリー。
過去のあれは確かに栄光の時代だったかもしれない。
けど、俺は……俺達はそれを超えに来たんだろ?
胸を張れ。
俺は自分に言い聞かせる。
何もやましいことなんてない。
俺達は誰が何と言おうと立派な冒険者だ。
俺は大きく息を吸い、姿勢を正し、まっすぐにポッポを見た。
「あいつらとは別れたんだ」
俺は言った。
「と、いうかクビになった」
「そ、そうでしたか……これは失礼を」
ポッポはそう言って、気まずそうに視線を外した。
口を滑らせてしまったって顔をしている。
顔色を察するに、その事は知っていたんじゃないかと思われた。
噂程度で聞いていたけど、そのことをつい忘れていたって様子だ。
「いや、いいんだ」
俺は首を振った。
「すみません……。では、今回はおひとりですか?」
ポッポは気を取り直してそう言った。
「いや、新しいPTメンバーがいる。受付が高くて見えないが俺の足下にいるんだ」
俺はそう言うと、足下をみた。
今、気が付いたがイヅナ以外の二人は俺の後ろに隠れていた。
うん?
一瞬、疑問に思ったがこいつらの奇行はいつものことだし、その時はあまり気にしなかった。
「え?そうなのですか?これは失礼を……」
ポッポはそう言うと受付から身を乗り出して覗こうとしてきた。
「ああ、いや、そのままでいい。少し待ってくれ」
俺は前のめりになっていた、ポッポを静止して屈んだ。
そして、一番近くにいたイヅナを掴んだ。
「あと三人いるんだ。メンバーはまず俺と……」
俺は屈みながらそう言うとイヅナを持ち上げた。
「一人目はこいつだ」
ポッポにイヅナを見せると、ポッポの顔が固まった。
まぁ……そりゃそうだよな。
「あー子供に見えるがこいつらは……」
いつも通り立派な冒険者なんですと紹介しようとした時だった。
「い……イヅナちゃん?」
ポッポが呆然としながらそう言った。
「あー……おじさん!お久し振りですー」
イヅナは恥ずかしそうに後頭部をかきながらそう言った。
時間が止まった……。
ポッポはぽかんと口を開けて、ピクリとも動かなくなった。
「あー……どうした?だいじょうぶ……」
「モリー様!」
ポッポの様子がおかしいから声をかけようとしたが、イヅナのささやき声で遮られてしまった。
「次!次です!テンポよく行きましょう」
イヅナが下ろせとサインを送ってきた。
俺は困惑した。
「え?いや、でも……っていうかお前ら知り合い……」
「主役がまってるんで!さっ次に行きましょう!」
「な、なんだそりゃ……?」
訳が分からなかったが、何か意味があるのだろうと思った。
ポッポに目をやると、ポッポはまるで呪われたみたいに固まっていた。
状況が理解できないが、俺はとりあえずイヅナに促されるままに行動することにした。
イヅナを下ろして、俺はけつにくっついていたレイシーの頭を掴んだ。
レイシーはびくりと体を震わせた。
「おい?次はお前だ」
俺がそう言うとレイシーは苦笑いしながら俺の陰から出てきた。
俺はレイシーを掴む。
レイシーは見たことないくらいにしおらしかった。
そして俺が持ち上げようとすると、何度も深呼吸していた。
「次はこいつ」
俺はポッポの前にレイシーを抱え上げた。
「ええ?!」
ポッポの時が動いた。
「あっははは~どうもぉ~お元気そうで何よりですぅ~」
レイシーも頭の後ろをぽりぽり搔いていた。
そしてどこか気まずそうだった。
「あ、あ、あ、あなた?レ、レ、レ、レイシー?何やってるんですか?どうしてここに?え?冒険者PT?え?え?」
レイシーの顔を見た途端、ポッポは動揺を隠せなくなっていた。
「なはははははは~まぁそのいろいろありましてねぇ……ははははははは」
「え?でも?え?あなたが?シルアさんは何と言ってるんです?いやその前になんであなたがモリーさんと?え?え?」
「気持ちはわかります!わかりますんでね!最後の子が全部説明しますんで!」
レイシーはそう言うと、俺の方を見ると、手を素早く上下させて降ろせとサインを送った。
俺はその時やっと事情を完全に察した。
そうか……主任って……こいつの事だったのか。
俺はレイシーを降ろすと、最後の一人を見た。
ドクダミちゃんは限界な顔をしていた。
もふもふの三つあみで顔を隠しながら、はぁはぁ肩で呼吸をしていた。
もちろん目はガン開きだった。
俺は彼女の近くに行くと、無言で頷いた。
ドクダミちゃんも覚悟したのか無言で頷いた。
俺はドクダミちゃんを掴み……ポッポの目の前に出した。
「う、う、う、うううう」
ドクダミちゃんが呻いた。
ポッポは完全に石になっていた。
あまりにも大きく口を開けているので、顎が外れるんじゃないかと心配した。
心なしか若干顔が老けていっているように見えた。
髪も真っ白になってきている。
「うっううう~」
ドクダミちゃんは俺の腕の中で小刻みに震えていた。
「あ、あ、あ、あー」
ポッポも小刻みに震えていた。
「うっうあ……ああー」
ドクダミちゃんが泣き出しそうだった。
「あっあっあっあがぁー」
ポッポが完全に真っ白になっていた。
「な、なぁ?」
見かねた俺が言葉を発する。
しかし二人は何かを呻きながらぶるぶる震えていた。
俺は足下の二人を見た。
二人は無言で腕を組み……首を縦に振っていた。
いや、うんうんじゃないだろ、なんだよこの空気……。
俺は困惑していた。
見つめ合う二人の胸中は俺には計り知れなかった。
「あ、あのね」
しばしの沈黙の後、ドクダミちゃんが言った。
「私、冒険者になりたいの」
それを聞いたポッポは……呪いが解けたようにゆっくりと元に戻った。
そしてだんだんと表情が変わり……なんとなく優しい顔になったように見えた。
「し、試験も受けてね……見て?」
ドクダミちゃんはそう言うと大切に握りしめていた手に入れたばかりのライセンスを見せた。
ポッポは小さな眼鏡をなおして、それを凝視した。
「ああ、あなた……お店をやるっていうのは?」
ポッポが呆然とした顔のままそう尋ねた。
「ごめん。あれは嘘……。心配させたくなくて……」
「心配って……」
「それに、危険な試験だったから……。大切なお仕事の途中なのに、そんなこと知ったらどうなるかなって思って……」
ドクダミちゃんは声を震わせながら言った。
「お父さん。ごめんなさい」
そう言って、ドクダミちゃんは頭を下げた。
「ドクダミ……」
ポッポはドクダミちゃんの頭を撫でた。
「顔を上げて、ドクダミ。私の心配をしてくれたんですね?」
「大切なお仕事の最中だったから……」
「そうですか。そんな心配しないでも大丈夫ですよ」
ポッポは優しい顔でドクダミちゃんに話しかけていた。
「う、うん。でも、お父さんこの間帰ってきた時ね。私が学校行てるって言っただけで……すごく、その……」
ドクダミちゃんは言葉を探していた。
「突然ボーとして、砂糖をコーヒーじゃなくて持ってた本にかけたり、着替えようと脱いだ服をそのまま、また着たりしてたでしょ?」
「え?そ、そうでしたか?」
「う、うん。家にいる間なんだかうわの空で、どうしたのって聞くと……学校の話を聞いてきたから……ずっと考えてるんだろうなって思って」
「ま、まぁ?そういうこともありましたが……」
ポッポは動揺からか、何度も眼鏡をくいくいさせていた。
「だから、もし冒険に行くなんて言ったら仕事どころじゃなくなるかもって……。危険な仕事だし……そうなったら、お父さんケガするかもって……そう思ったらきっと私も気が気じゃなくて……試験どころじゃなくなるかもって……それで……」
そう言うと、ドクダミちゃんはがくがく震え始めた。
「そうでしたか。ありがとう、ドクダミ」
ポッポはそう言うと震えるドクダミちゃんの頬をなでた。
「まったく、君は心配性なんですから」
ポッポはそう言って、笑った。
それは普段俺達と接する時のそれとは全く違う……。
見たことのない、父親の笑顔だった。
「すいませんね。頼りない父親で」
「う、ううん。私が悪いの……心配ばかり……迷惑ばかりかけて……」
ドクダミちゃんはポッポの顔から眼をそらした。
「ご、ごめんなさい。私、本当にダメな娘で……」
「ドクダミ」
ポッポがドクダミちゃんの言葉を遮った。
「私は君が誇らしいですよ」
ポッポがそう言うと、ドクダミちゃんは顔を上げた。
「え?」
「君は私の自慢の娘です。私を心配してくれる優しい君を……友達のために恐怖に立ち向かった君を……心から誇りに思いますよ」
「う、う、う、おっ……お母さん……」
「え?おっお父さんですよ?」
「ううん、お母さんにも言われたの……」
「え?リリィに?」
ポッポは驚いている様子だった。
「私、試験の後に倒れちゃったんだけど……その時にお母さんの夢を見たの……」
「ゆ、夢……そうですか……夢を……」
「その時にねお母さんが言ってくれたの。あなたは私の誇りよって」
「そうですか。リリィがそんなことを……」
「うん。姿は見えなかったけど……でもうれしかった」
そう言って二人は見つめ合っていた。
ドクダミちゃんは感極まって泣き出していた。
ポッポは笑顔でドクダミちゃんの頭を撫でて、優しい言葉をかけていた。
俺には……まぶしすぎる光景だった。
よく見ると奥の方に一人でいたアッコも、涙ぐんでいた。
俺が見ているのに気が付いたアッコはあわてて目元を拭い、今のは忘れろって雰囲気で俺をにらんだ。
それで気が付いたが俺の足下もなんだか雰囲気がおかしかった。
下に目を向けてみると、案の定二人も泣いていた。
それだけならよかったが、こいつらは俺の上着の裾を引っ張って、垂れ流しのいろんな液体を擦り付けていた。
いやまぁ、もう汚いからいいけど……いや良くないけど……なんか複雑な気持ちだった。
なんて思っていたらドクダミちゃんも俺の服の袖をつかんでいろいろ擦り付け始めた。
いいさ。俺は支えるって決めたんだ。
俺はなされるがまま、そのすべてを受け入れた。




