稲妻
汗が蒸発して俺の体に湯気が立っていた。
意識が朦朧としてきた。
道がぼやけて見えるし、足もふらついてきた。
だけど、俺はたどり着いた。
ドクダミちゃんのお宅の門に手をかけて、俺は立ち止まった。
すぐにでも入りたいのだが、流石に限界だった。
頭がふらふらするし、今にでも倒れそうだった。
俺は大きく息を吸い、そして吐く。
何度か深呼吸すると、自分でも驚くほどすぐに呼吸が整った。
その時に初めて俺は自分の体に違和感を持った。
流石にこれはおかしい。
俺は自分の腹をさすった。
「あれ?内側に火がついてる?」
そう思った時だった。
目の前の玄関が勢いよく開いた。
出てきたのは……あの間抜け顔だった。
三つ並んでいつも通りに……最近は毎日見ていたあの顔。
でも、なんだかずいぶん懐かしいような気がした。
俺たちは庭を挟んで、見つめあった。
お互いしばらくは無言だった。
不思議と……こみ上げるものがあった。
俺は天を仰ぎ、そして大きく息を吐いた。
そして、門を開いて中に入った。
それを見た三人も、俺の方に駆けだして来た。
「よぉ。待たせたな。すま……」
「モリィィ様ぁ!」
俺が謝るよりも先に三人が飛びついてきた。
「お、おい!」
俺は勢いに押され、地面に押し倒された。
三人娘に押し倒されて、俺は石畳に後頭部を打った。
一日に二回も打つなんてな、下手すれば死ぬぞ。
だけど、気分は悪くない。
俺の腹には三つ分の熱があった。
それがなんと言うか、心地良かった。
「すまん。遅れた」
「来てくれたんですねぇ……」
「もちろんだ。心配かけたな、イヅナ」
「モ、モリィざまぁ!」
「落ち着けドクダミちゃん」
「ご、ご、ご、ごうきゃくしましたぁぁぁぁぁ」
「ああ、そうだろうな信じてたよ」
「モリー様!おなか減った!」
「知るか。なんか食え。お前は相変わらずだなレイシー」
「へへへそうですねぇ。へへ、不思議ですね」
「気味悪い笑い方だな。ほんで、何がだよ」
「たった二日会ってないだけやのに……すごい懐かしい気分です」
「わ、わ、わ、わだずもぉそうおぼいばぁぁぁぁああああ」
「落ちつけ、ドクダミちゃん」
「ながかったですぅ……」
「そうだな、不思議と……俺もそう思ったよ」
「うううう、モリー様!私をぶってください!」
「なんだ?イヅナ、お前急にどうしたんだよ」
「私はモリー様を疑いました!私達の事見捨てたんだって!疑いました!それにドクダミちゃんもです!一日帰ってこないって聞いて、逃げたんじゃって思っちゃいました」
「そうか」
「冒険に出るのにこんな気持ちはダメです!仲間を信じられない奴なんて失格です!だから、お願いします。殴ってください!じゃないと私は……!」
イヅナはそう言った。
「わかった」
俺は寝転がったまま、腹の上にいるイヅナの頭を撫でた。
そして、思いっきりげんこつを落とした。
「いたぁい……。う、あ、ありがとうございます!もう二度と疑いません」
イヅナはそう言った。
「ああ、わかった。それでだな。イヅナ、俺からもいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「イヅナ、俺のことも殴ってくれ。俺もお前たちを見捨てようとした」
「え?!」
「約束したのに、何もかも投げ出そうとした。だから、本当は俺にはここにいる資格も、お前を殴る資格もない、最低な男なんだ」
「そんな……!」
「だからイヅナも……いやお前たち全員、俺を殴ってくれ」
三人は顔を見合わせた。
「いいんですか?」
「ああ、頼む。じゃないと……俺はどうすることもできない」
そして……。
「この~!」
三人は力を込めた。
「ダメ人間!」
「甲斐性なしぃぃ!」
「この変態ペド野郎ぉぉぉぉ!」
三人は思い思い何か叫んで俺の顔面に拳を突き出した。
俺は真正面からそれを受け止めた。
レイシーはそうだが、意外にほかの二人も力が強かった。
想像以上の痛みに、俺は衝撃受けていた。
「あ、ありがとう」
結構なダメージがあるが平気なフリをした。
「俺も、もう二度と迷わない」
俺は言った。
「じゃあ……そろそろ降りてくれる?あと冗談でもペド野郎は絶対もう二度と言うなよ」
「はい!」
三人は元気よく返事すると、俺から降りた。
そうして、俺たちは……ようやく立ち上がった。
「俺が言うのもなんだが……もう時間がない!」
時刻はすでに、昼の14時を回っていた。
試験開始は14時から、試験会場は……駅だ。
ここから急いでも一時間はかかる。
「間に合うんですか?!」
イヅナが言った。
いつになく弱気だ。
らしくないなと思った。
「間に合わせるしかないな」
俺はそう言った。
なんだか、らしくないセリフだなと思った。
「う……で、でも」
「そうだよ。あきらめちゃダメだよ。イヅナちゃん」
ドクダミちゃんがそう言った。
普段とは立場が逆だな。
「そうやで!イヅナちゃん私らならいけるって!」
こいつは、いつも通りだな。
「行くぞ。悩んでても、難しい顔してても……何も変わらないんだ」
イヅナは黙って俺の顔を見ていた。
「行けば何かにはなるさ」
「よし!行きましょう!」
イヅナは拳を握った。
俺たちは頷いた。
「じゃあ、ドクダミちゃん。俺に火をくれ」
「はい!」
俺がそう言うとドクダミちゃんは詠唱をはじめた。
「火魔法、蛍火」
ドクダミちゃんの指先に小さな火がともった。
俺はそれを受け取ると、自分に火をつけた。
「よし!急ぐぞ!」
俺はそう言うと三人を抱え上げた。
「おお?!」
「うへぇ!」
「まんぼ!」
三人は三様に驚いていた。
「このまま走る!しっかり掴まってろ!」
俺はそう叫ぶと三人を両肩に乗せて、走り出した。
ドクダミちゃんのお宅から走って通りに向かう。
「はうぁうぁー」
ドクダミちゃんが何か叫んでいる。
「やばい、ドクダミちゃんが振り落とされちゃう!」
イヅナが俺の髪の毛を強く握る。
「おいよ!私が支えたるから大丈夫やで~!」
頭の上で、レイシーがドクダミちゃんをつかんだ。
俺は顔をレイシーとドクダミちゃんに挟まれた。
頭の上がもうぐちゃぐちゃだが俺はなりふり構わず走った。
通りに出ると予想通り、注目の的になった。
そんなの覚悟の上だ。
こういう時に無くすものがないってのは気が楽でよかった。
「はいはい、通りますよ!ドクダミサーカス団です!」
俺は口から出まかせを言った。
「ええ?!な、な、な、な、なんですかぁ?それぇ……」
ドクダミちゃんがあわあわしていた。
「わからん!でも、この方法が効果的なんだ」
「なるほど!ドクダミサーカス団でーす!よろしくお願いしま~す!」
イヅナが俺の無理筋に乗ってきた。
「ドクダミサーカスが通りますよぉ!」
俺の頭の真ん中でイヅナが両手を広げた。
通りから歓声が上がった。
でけぇ~
えーおもしろそ~
かわいい~
何やんの?
お祭りだなぁ~
え?!あの人燃えてる?
通りからはいろいろな声が聞こえた。
「ははははははは!」
俺は思わず笑ってしまった。
「通ります!すいませーん!」
俺は叫びながら人込みの中を走り出した。
意外にもサーカス作戦は功を制したみたいだった。
通りのみんなが道を開けてくれた。
「ドクダミサーカスで~す!」
「かわいいやろぉ~?この子がドクダミ団長でっせ~」
「ほ、ほかぁぁぁぁぁ」
イヅナ達が盛り上がっている。
そしてドクダミちゃんが悲鳴を上げている。
俺は大声で笑っていた。
嘘みたいな速度で俺たちは進んだ。
どう考えても、頭のおかしい奴らだがサーカス団という設定が良いように働いていた。
大男と三人娘だ。
通常の嘘だと怪しまれていただろうなと思う。
すぐに俺たちは冒険者通りを抜けて魔界への道まで来た。
ここまでくると、さすがに人はいなかった。
「なんとか脱したな」
「やりましたね!」
「このままのペースやと間に合いそうですねぇ!」
「もう……外歩けにゃい……」
俺達は小さな達成感を得ていた。
まぁ一人だけ……なんかダメージ受けてるみたいだったが……。
少し行くと駅行きの馬車がでる乗り合い所まで来た。
場所は運悪く出た後のようだった。
「うわー!運がない!」
「問題ない。火がある限りは走ったほうが速い」
俺は馬車道を走り出した。
ここから先は、舗装されていない道だ。
一応、整備はされているが一気に自然の道になる。
「おおー風が気持ちいいです~」
「ほあー」
「モリー様まるで大猪みたいや~」
「よそ見しててもいいけど、振り落とされるなよ!」
あとは目的地まで、ただまっすぐに走るだけだった。
道はこの一本だけ、人通りももうない。
全身に力を込めて、全力疾走するのみだ。
「ドクダミちゃん!追加の火をくれ!」
俺は言った。
「全力で走るために必要だ」
「はい!」
ドクダミちゃんはそう言うと、指先に火を灯し、俺に渡した。
「ありがとう」
俺はその火でさらに体を強化した。
全身にさらに力がみなぎってくる。
俺はさらに加速した。
その後は驚くほど順調に行った。
そしてついに目的地まであと半分というところまで来た。
「あと半分くらいだけど……今何時だ?」
俺は頭の上の奴らに質問した。
「ほい!えー14時30分です!」
レイシーが懐に入れていた、懐中時計を確認した。
試験終了予定時刻は確か15時くらいだったはずだ。
だが、それはあくまで予定だ。
国の依頼を受けるときは必ず今回のような試験がある。
そういう場合は大抵時間が伸びる傾向にあるが、今回の仕事は人気がない。
その上、祭りがはじまるとなれば、試験を受ける予定だったがドタキャンする。という者もいるだろう。
これは俺の予感だが、今回の場合は……大きく巻く可能性がある。
余裕はないだろう。
急がなければ……。
「ん?なんだ?あれ!?」
そんな中、イヅナが突然声を上げた。
「ああ?どうした?」
「ボス!前方に障害物が見えます!」
「障害物?」
「ほんまや!馬車が事故っとる!」
「なにぃ?!」
それを聞いて、前方を確認する。
確かに地平の先に何やら見えてきた。
どうやら道をふさぐように馬車か何かが横転しているのが見えた。
「あーまじか。どうする?!」
俺は訊ねた。
馬車をスルーすることもできる、が……。
「ボス!困っている人がいるようです!」
イヅナが言った。
そうだよなぁ。
「あーじゃ、えー、できる限りで助けるぞ!」
「おー!」
三人は声を上げた。
近くまで行って見ると、馬車はどうやら荷物運搬用のもので、何かの拍子で転んでしまったようだった。
躓いたのだろうか?
馬車は大量の荷物を運んでいたようで道には荷物らしきものが散乱していた。
「おい、何があった?大丈夫か?」
俺は馬車のそばでたたずんでいる御者に声をかけた。
「ああ?なんだお前ら?!」
御者は俺達を見て、当然の疑問を口にした。
「あーこう見えて俺達は冒険者だ。いろいろあってこの先に行こうとしてる。御覧の通りに急いでるのだが、あんたが困ってるのが見えてな」
「冒険者?には確かに見えないが……いや今はそんなのはどうでもいい!あんたら冒険者なら腕に覚えはあるんだろ?とにかく手伝ってくれ!」
御者はあわてている様子だった。
「ランデルの足が挟まれてんだ!」
「ランデル……?」
荷台の方をよく見ると、馬の脚が確かに荷台に挟まっていた。
「ランデルってこの馬か?」
「そうだ。幸いケガはしてねぇみたいなんだが、下手に動かすわけにもいかねぇ。あんた力強そうだからちょっと荷台を持ち上げてくれよ」
「ああー分かった試してみよう。レイシー行けるか?二人で持ち上げよう」
「あいよ!」
レイシーはそう言うと俺の右肩から降りてきた。
俺は降りてきたレイシーに火を分けた。
「おお!こりゃすごい。力が湧き出てくる!」
「持ち上げれるか?」
「これなら一人でも余裕っすわ!」
そう言うとレイシーは本当に一人で荷台を軽々持ち上げて見せた。
御者は目を剥いていたが、慌てて馬を助け出した。
「おいしょー!」
レイシーは勢いよく荷台を下した。
「ねぇちゃん!あんたすごいな」
「おいっす!あざっす!」
「まさかホントに一人で持ち上げるとはな……」
荷台は巨大なものでゆうに100kgは超えていそうだった。
「助かったよ。ありがとう」
御者の男は俺達に頭を下げた。
「まぁまぁ、困った時はお互い様ですよぉ~」
レイシーは照れていた。
「あー、ほんとは荷物の積み込みも手伝いたいが、俺達も急いでるんでな。すまないがもう行くよ」
俺はそう言うとレイシーを再び抱え上げた。
「おう、ありがとうな、助かったよ。あーでも行く前に教えてくれよ。あんたら名前何ていうんだい?」
「俺はモリーだ。右肩のがレイシー、真ん中がイヅナ、左のがドクダミだ」
俺は業者にそう言った。
御者は不思議そうな顔をしていた。
「あんたら冒険者だろ?」
御者はそう言った。
「え?ああ、そうだけど?」
「じゃあさ、パーティの名前とかはないのかい?」
「パーティの名前?」
俺は思わず聞き返した。
そういえば……決めてなかったな。
「あー俺達はそういうのはまだ……」
「イナホです!」
頭の上から突然イヅナが言った。
「え?」
俺は思わず顔を上げた。
上の二人も「えっ?」と言っていたので、たぶん誰も聞いていない感じだったと思う。
「イナホ?変な名前だな!まぁいいや覚えとくぜ。俺の名はブロンソンだ」
「ブロンソンか。じゃ俺達は行くよ。気を付けてな」
俺はそう言うと、再び走り出した。
「おう、ありがとうなー!」
ブロンソンは遠くで手を振っていた。
「ブロンソンさんも気を付けてねー!」
頭の上でイヅナが元気に手を振った。
「ランデルもなー!元気でなー!」
レイシーも元気よく手を振っていた。
ああ、なんていうか……こんなことしてる場合じゃないのにな。
でもなんか、こういうところがこいつらだよなと思った。
それにしてもな……。
「おい、それで?」
俺は走りながら訊ねた。
「はい?」
イヅナはなんのこと?って感じで言った。
「パーティ名だよ。いつの間に決めてたんだ?」
「ほんまやで!」
「う、うん~初めて聞いたー」
ほかの二人もそう言った。
「ええー!それはもうずっとですよぉ!初めて会ったあの日から毎晩考えてました!」
顔は見えないけど、イヅナはにこにこして言った。
「まじかよ!っていうか、それで決定なのか?!」
俺は三人に確認するように言った。
「決定で良いよね?!」
イヅナは楽しそうだった。
「うーん!ええよぉ!」
「う、うん……いいよぉ~」
ほかの二人はそう言った。
俺はため息をついた。
イナホなぁ……。
まぁいい名前かもな。
「わかったよ。じゃ俺達は“イナホ”だ」
「いいんですかぁ?!」
イヅナが叫んだ。
「やったぁーーー!!」
イヅナは両手を上げて喜んだ。
「ありがとうございまぁす!」
「私らはイナホやぁー!」
「いなふぉ……」
三人は喜んでいた。
でもなんだか、一人元気のない奴がいるような?
「ドクダミちゃん……もしかして、酔ってる?!」
「う、うー、限界がぁ……近いぃ……」
「お、おい!そこで吐くなよ!」
「ご、う、うおぅあー」
「やばい!」
「ドクダミちゃん、耐えてぇ~、もう少しやからー!」
「ぎゃんば……うっ!」
「おい!」
俺は叫んだ。
「耐えてます!モリー様耐えてます!急いでください!」
「おう!」
俺は稲妻のごとく駆けていった。




