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蝶のはばたき

さっきまでの激闘が嘘のように試験場は静まり返った。

私はすぐに彼女のもとに下りた。

「よく、がんばったわ。ポートマルリンカーさん」

私はそう言って、少女を撫でた。

そして、すぐに抱え上げた。

「ルネラン先生!この子、医務室に運びましょう!」

「ええ、すぐに」

ルネラン先生は私が声をかける前にすでに動いたいたようでした。

流石、彼女は信用に足る人だわ。

「校長先生!俺はここに残ってこいつの処理をしますー!」

壁の上からドルビレイ先生がそう声をかけてきました。

「よろしくお願いします」

私はそう返事しました。

「俺も後で必ず行きます。俺にも……責任はあるんで」

ドルビレイ先生はそう言うと颯爽と試験場に下りてきた。

そうこうしているうちにルネラン先生が私のもとまで走ってきていた。

「私が応急処置で、魔力を供給します。そのまま医務室まで運びましょう」

「そうねぇ。そうしましょう」

私達は二人で慎重にポートマルリンカーさんを医務室まで運んだ。






「お前、どうしちまったんだよ?こんなになりやがって」

俺は試験場に横たわるゴーレムを観察した。

オークレイマンゴーレムに、魔法を吸収するなんて魔性はない。

こいつは、すべての魔力を喰らって強くなった。

そんなこと、おこりえるのか?

「魔物の……進化か」

まぁない話じゃない。

俺が今回の試験用に、用意したキラースズメの強個体「爆裂キラースズメ」あいつ同様こいつもそれだった可能性がある、か?

でも、そうだとしたら、強個体に見られる特徴がこいつにはない。

魔法を喰った。それ以外はただのオークレイマンゴーレムだ。

「うん?」

近くで観察して違和感に気が付いた。

掌が真っ黒に変色している。

炭化している?まぁあの高温なら……。

そう思って近づいてみる。

お?これは……魔石炭だ。

よく見ると、ゴーレムの体表は魔石炭で覆われていた。

「お?これは……一体どういうこった?」

こいつの体表は確かにただの石だったはず。

俺は試しに表面を削ってみた。

見た目だけでは分からなかったが……なんだかこれはいい予感がした。

オークレイマン……錬金術師のゴーレムか。

「なるほどな。やはり魔物は研究しがいがあるな」

俺は久しぶりに、上機嫌になっていた。

「ポートマルリンカー、あいつ……やるな」





「お待ちなさい!ポートマルリンカーさん!」

医務室から突然走り去るポートマルリンカーを追いかけて、ルネランが叫んでいた。

「うらやましいですな。若者は」

「全力疾走は、青春の特権よねぇ~」

校長は相変わらず緩い口調で俺に同意した。

「校長先生!そんなこと言ってないで追いかけますよ!」

ルネランは頭に血が上っているようだった。

「はぁ~い」

校長はそう言うと立ち上がった。

「そんな心配せんでも、もう大丈夫でしょう」

俺はそう言った。

「何を言うのですか!万が一があったらどうするのです?!」

「まぁそりゃそうですけどね。でも、ほら、何か事情があるみたいですしね」

「事情があればいいというものではありません!」

「それもそうですけどね。だからって無理やりここに連れ戻すのもそれはこちらの都合てやつでね」

「ドルビレイ先生!あなたは!」

「まぁまぁ!みんなで行っても怖がると思うからとりあえず私が行きますねぇ~」

「校長。すみません、お願いします」

「私も行きます。校長先生」

「では、手分けしますか。俺は研究棟の方に行きます」

「あなた……まさか?」

「え?いえいえ、きちんと探しますよ」

俺がそう言うとルネランはため息をついた。

「言い争っていても事態は好転しませんね。では、私は裏口の方に行きます」

「では、私は正面口の方ね~」

そうして俺たちは解散した。




裏口に私はまっすぐ向かう。

その途中でガラス窓がなくなり、板が張り付けられた痛々しい校舎の姿が散見された。

「なんとも……ですね」

これは私の失態でした。

試験の後、倒れた彼女を私と校長は医務室に運んだ。

医務室には保険医のルーキット先生がいてくださった。

あれは、助かりましたね。

もしルーキット先生がいなければ、大変な事態になっていたかもしれません。

その後もルーキット先生は朝方まで彼女の世話を見てくれました。

彼女は若いのに、優秀で正義感があり、仕事に真摯な方です。

ルーキット先生は私がこの学校で信じられる数少ない人間でしょう。

やはり、ドルビレイ先生のような得体のしれない方に協力を要請したのは……私の間違いでした。

共に協力するならば、やはり信頼できる人間じゃないと……なんて、悪い癖ですね。

全てを他責にすることはできません。

私も行き届かない点がありました。

「反省しなければ……」

伝統ある校舎を一時的とはいえ、こんなみすぼらしい姿を晒させるなんて。

それどころか、生徒を生死の危険に晒すなんて……。

「自分の未熟を恥じねばなりませんね」

私は、校舎を見上げた。いけませんね。

今は雑念に囚われている場合ではありません。

物は壊れても直せますが、人間はそうはいきません。

「まったく……手がかかりますね」

ミス・ポートマルリンカー、無事でいてください。

そう願いながら私は裏口に急いだ。




裏口には、誰もいなかった。

「表口の方でしたか……」

私はすぐに踵を返し、表口に向かった。

その時、鐘楼に備え付けられている、大鐘が鳴った。

「もう、こんな時間ですか」

今日は生徒の登校日。

長い休みにありながら、貴重な一日です。

今日一日の交流で、この後の休みにも確実に変化が出るでしょう。

私もかつてはそうでした。

あの一日が無ければ、今日の私はないでしょう。

不確かで、不安定な年齢。

何か小さなきっかけ一つで、人生が変わる。

私の生徒たちは、そう言う年齢。

人生が変わるのは今日この日かもしれないのに、サポートする我々がこのざまでは……。

「いけませんね」

私は自分に喝を入れる。

「急がねば」

何一つとして、私は取りこぼしてはいけません。

生徒も、ミス・ポートマルリンカーも。

私は前を向き、表口に急いだ。




「ナオ?どうしたの、遅れるよ」

「遅れたらルネランの奴がうるさいよーまじで更年期だから」

「ナオ、どうしたの?」

「ナオ、もしかして何かされた?」

ハンナとバーバラが何か言ってる。

なんでこの子たちはもう気にしてないんだろう。

あいつが学校に来てたのに。

いつも教室の端っこで、一人で本を読んでる、あいつ。

挨拶しても返さない。話しかけても話にもならない。

家柄が良くて、飛び級してきた天才。

まぁ使えそうだからグループに入れたげようかなって思ってたけど。

結局あいつはダメだった。

何話しても答えないし、ずっと下向いてるし、興味あるのは本の中と勉強だけ。

私達には何にも興味も示さない。

なのに、先生からの評価は高かった。

あいつは初めから特別扱いだった。

あの小うるさいルネランもあいつにだけはいつも気を使っていた。

私はその時思った。

ああ、この子は孤立するなって。

多分、みんな同じこと考えてるだろうと思った。

事実、誰からともなしにあいつをはじくようになっていった。

「親が学校に多額の献金してるらしいよ」

「研究者の“パパ”がいるんだって」

「ルネランとできてるらしいよ。あのおばさん、好きものだし」

「なんか、昔毒ガスふりまいてたらしいよ」

すぐにそんな根も葉もないくだらないうわさ話が出始めた。

そこから、さらにあいつの挙動不審は進行した。

休み時間は教室の隅でいつも震えてる。

グループワークでは誰も相手にしなかった。

勝手に一人で勉強しててくださいって感じだった。

不思議と、あの子が一番嫌がることをみんなはわかっていた。

だから、あの子が教室から消えても……誰も気にもしなかった。

もう二度と学校には来ないだろうな。と思った。

走ってくるあいつを私はにらみつけた。

きっとそれで動けなくなるだろうと思ってた。

でも、あの子は走り去っていった。

何にも気にすることなく。

私は走り去るあの子の方を振り向いた。

「あの子……」

「え?」

「あんな顔してたんだ」

「ナオ?」

「どうしたの?」

「なんでもない。行こう」




小さいころから私はでかかった。

小学校に通ってるころからほかの子よりも頭一つも二つも身長差があった。

女子はもちろん、男子すら飛び越えて、私が一番身長が高かった……、何なら先生よりも。

だからいろいろ頼りにされてた。

高いとこの物とったり、荷物運ばされたり、あぁそんな事ばっかりだったけど。

男子からは巨人とか言われてバカにされてたのは知ってた。

だけど、それでもいいって思えたのは女の子からも頼られていたからだったからだ。

特にあの子。

かわいくっていい匂いがして、笑顔が素敵なクラスのアイドル。

ちっちゃくって、肌が真っ白で、きれいな瞳をして、お人形のようだった、あの子。

恥ずかしがりやだったから、目立つ私は遠巻きで見るだけだった。

でも、あの日。

何のきっかけだったかも覚えてないけど、一度だけあの子が私の膝の上に座ったことがあった。

小っちゃくて、いい匂いがして、柔らかくて……。

それだけで脳みそがとろけそうだった。

そして忘れもしないあの瞬間!

あの子が私の方を向いて、上目遣いで、甘えるように言った。

「おっきいね」

その時の衝撃!

湧き上がる衝動!

幼い私はどうすることもできずに硬直した。

あの時の後悔は今でも覚えてる。

なんで、なでなでしなかった!なんで、ぎゅっとしなかった!

幼い私に植え付けられた、あの衝撃と後悔は、今や立派な性癖になった。

子供心にいけないことだと分かってたから、悩みだった。

大人になったらそんな気持ちもなくなるだろうと思ってたけど結局、大人になってもその衝動は変わらなかった。

そして知った。

私のこの衝動は危険なものだと……。

だから実家の煙草屋を継いだ。

煙草を買いに来るのはおじさんやおばさんばかりだ。

私は自分のどす黒い衝動なんて忘れて、平和な日常を送っていた。

そんな日常で出会った……出会ってしまったあの子。

ドクダミ・ポートマルリンカーさん。

あの子に出会った時、脳天がしびれるような衝動が襲ってきた。

私のお店にあの子が来た、あの日からずっとあの子が忘れられなかった。

だから、こんなところで出会えたのは運命だ。

なんだか、疲れてるみたいだし、私が助けなきゃ。

怪我してるから優しく看護して、暑そうだから冷たいの物のませてあげて、あせもふかあきゃだし、服もぼろぼろだから、脱がせないと……。

そんな、やましい気持ちしかなかったけど、でも、助けたい気持ちもあった。

そんな私を振りほどき、あの子は走り去っていく。

私は走り去るあの子の背中を、地面に這いつくばりながらただ見ていた。





「おいロックス、どういう風の吹き回しだよ」

「おう?なんだ?」

「タダで人助けなんてよ」

「投資だよ。投資。親切にしてればそのうち帰ってくるもんだ」

「は!あの狂犬ロックスが先を見越した、投資ときたか!丸くなっちまったな」

「お前にも悪い話じゃないぜ。あのお嬢ちゃん恩を売っといても損はないと思うぜ?」

「そうかね。まぁ期待しとくよ」

「おいそれより、さっさとこの荷物どかすぞ。役人が来たら厄介だ」

「そうだな!さっさとやるか」

「にしても、お前こんなに仕入れてどうする気だよ。マイルズ」

「荒くれ者どもを相手にするんだ。こんくらいは用意せんとな!」

「そうかい」

俺は、山のような荷物を遠い目で見つめた。

「さて、お祭りだ。稼ぐぞ」

俺はそう言うと炎天下の中、気の遠くなるような荷下ろしを始めた。




「ええ?!ドクダミちゃん、まだ帰って来てないの?!」

「そうやねん!昨日試験に行ったっきり、日が傾いても帰ってこおへんから心配してたらこんな手紙が届いて!」

「なにこれ?!」

「学校からの手紙ですね。試験でケガしたから今晩は学校で預かるってだけ書いてました」

「それだけ?!」

「許されへんよなぁ!」

「それで……まだ帰って来てないの?」

「うん。どうしよ、イヅナちゃん!」

「そんなの決まってるよ!殴り込みに行こう!」

「さすがイヅナちゃんや!そう言ってくれる、おもっとった」

「そうと決まれば!善は急げだよ!」

「おうよ!」

「待ちなさい」

「おねぇちゃん!止めんといて!」

「私も行く」

「!!」

「シルアさん……!」

「さすがにねぇ?黙ってられへんよね」

「よっしゃー!目にもの見せてやんで~!」

その時だった。

家の門が開いた音がした。

「え?」

「まさか?!」

私達は考えるより先に体が動いていた。

玄関を開けるとそこには……ドクダミちゃんが倒れていた。

私達はみんなでドクダミちゃんに駆け寄った。




「ほわ~」

温かいお風呂で、固まった体をほぐす。

足を思いっきり延ばして、伸びをする。

疲れ切った体が元気になっていくのが分かった。

「ドクダミちゃんどない~?」

「う、うん。ありがとう。元気になったよ」

私は外で待っているレイシーちゃんに返事した。

「うい!じゃ着替えおいとくから、ゆっくり……もしてられへんね!」

「そうだね!もう上がるよ」

私は返事すると、お風呂から上がった。

素早く着替えを済ませて、私はみんなが待つキッチンに向かった。

「ごめんね!お待たせしました」

「ドクダミちゃん!もう大丈夫なの?」

「うん。ありがとうイヅナちゃんもうすっかり元気だよ」

「よかった!」

イヅナちゃんはすごく喜んでくれた。

シルアさんも、レイシーちゃんも、喜んでくれた。

「話したいことはいろいろあるけど、これ以上はぐずぐずしてられないね」

私が言う。

「遅くなってごめんね。まだ試験間に合うよね?」

「うん。試験まではまだ1時間はあるよ」

「よかった。じゃそろそろ会場に受かっとかなきゃいけないね」

「そう……やね」

あれ?なんだろう。なんだか変な感じだ。

シルアさんもレイシーちゃんも、イヅナちゃんも困ったような顔をしている。

何か変なこと言っちゃったかな?

そう思った時、私はある違和感に気が付いた。



「あ、あれ?」

私はあたりを見回した。

「えっと……ねぇ?」

私は違和感を口にしようとした。

「うん。そうやねん」

レイシーちゃんが居心地悪そうにそう言った。

「そうなんだ……」

イヅナちゃんから元気がなくなっていた。


「モリー様が来てないの。連絡も昨日からずっとないんだ」

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