八月一日
「幸せになってね」
そう言ってお母さんは私の頭を撫でた。
「あなたのせいなんかじゃないわ」
お母さんはそう言っていた。
私が始めて魔法を使った日。
お母さんはすごく喜んでくれていた。
私はそれがうれしくて、調子に乗って……たくさん魔法を使った。
それであの日が来た。
突然、あの日私の魔法が毒に染まった。
お母さんはそれを飲んだんだ。
いや、私が飲ませた。
その日から最後の日まではあっという間だった。
お父さんやお医者様は持病が悪化しただけだといった。
でも、私はわかってた。
私のせいだって。
「私のことは忘れて、幸せになって」
お母さん……そんなの無理だよ。
「愛しているわ。ドクダミ」
お母さんの最後の言葉だ。
「私もよ。だから、行かないで」
私は冷たくなるお母さんにすがった。
もう何年も前の話だ。
だけど、今でも夢に見る。
忘れられるはずがない。
この夢の最後、私は一人、闇の中に閉じ込められる。
永遠の闇の中。
これは私が自分にかけた呪いだ。
一生許されない私の……。
「あなたは私の誇りよ」
闇の中から、お母さんの声がした。
「あなたの力は忌むものなんかじゃない」
あれ?いつもとちがう。これ……なんだろう?
「いつかその力は光になるわ。だから恐れないで」
わたしは顔を上げた。
だけど、お母さんはどこにもいなかった。
「誇りをもって、進んで……ドクダミ」
その声が頭の中に響くと、光が私を包んだ。
目を開けると、真っ白な天井が見えた。
遠くからは、クリケットの練習する声が聞こえていた。
「ゆ……夢?」
私は思わずそう言った。
「夢ではありませんよ。ミス・ポートマルリンカー」
「ふぅえ!?」
ルネラン先生の声が聞こえて、私は飛び起きた。
私は保健室のベッドの上にいた。
どうやら完全にブラックアウトして保健室に運ばれてきたみたいだった。
私が飛び起きてみるとそこには三人の先生がいた。
試験を見てくれた三人の先生だ。
「あ、あ、あ、あの……そのぉ……」
「おはよう。ポートマルリンカーさん。気分はいかがかしら」
校長先生が優しく声をかけてくれた。
「心配したのよ……。ごめんなさいね。私達の不手際で……こんな危険な目にあわせてしまって」
校長先生はそう言うと私の額を優しく撫でた。
「全くですね」
ルネラン先生は大きなため息をついて言った。
「まさかこんなことになるとは……。想定外でした」
普段あんなに厳しい、ルネラン先生が見たことないくらい塩らしかった。
「でも、まさか、倒しちまうとはなぁ」
背中を丸めて、椅子に深く座っていたドルビレイ先生が言った。
「ポートマルリンカーお前、結構やるな」
それを聞いて、ルネラン先生が咳払いした。
それを見て、ドルビレイ先生はニヒルに笑った。
「ともかくですね。目を見張る成果であるのは間違いありません。よくやりましたね、ミス・ポートマルリンカー。今回の結果は賞賛に値します」
「は、はいぃぃ。あ、ありがとうございますぅぅぅぅ」
「ですが!オークレイマンゴーレムの命を奪ったのは事実です。それを忘れてはいけませんよ」
ルネラン先生はいつも通りの眼光で私をにらんだ。
「う……はい……」
「しん……だんですか?あのゴーレム」
私は聞いた。
「ええ、残念ながら」
ルネラン先生は答えた。
「気に病むな。死因は過剰な魔力放出による疲労だ」
ドルビレイ先生は遠くを見て行った。
「あいつは俺の想定をはるかに超えた行動をした。お前のせいじゃない。ありゃ事故だ。責任があるとしたら……想定できなかった俺の責任だ」
「そ……そうですか」
毒を使えばこうなる。
私はわかっていた。
ふいに、ゴーレム顔が浮かんだ。
仕方なく戦ったけど、思えばなんだか人間的な魔物だったな、と思った。
もしお話ができたなら、お友達になれたかな?
そう言う可能性もあると思った。
だから、忘れるんじゃだめだ。抱えるんだ。
でも、それにうしろめたさを感じなくていい。
立ち止まっちゃダメなんだ。
抱えたまま進むんだ。
「気にしないで。きっと彼も恨みはないはずだわ」
校長先生が慰めてくれた。
「はい」
私はできる限りの力強さでうなづいた。
虚勢だったけど、張らないよりはましだと思った。
「えらいわぁ」
校長先生はそういって笑っていた。
「では、校長先生、時間もありませんので……お願いいたします」
ルネラン先生が言った。
「そうね。それでは、ポートマルリンカーさん。今回の試験結果を言い渡します」
校長先生がまじめな顔で私を見た。
「今回の試験、イレギュラーもありましたが、それに立ち向かったあなたの勇気は賞賛に値します。魔法の技術も目を見張るものがありました」
校長先生は続ける。
「しかし、これは試験です。あなたは事実、我々が用意したお守りバリアを発動させました」
校長先生がそう言った。
お守りバリア?
私はその時、暴走したゴーレムの初めの一撃で私が無事だった理由を理解した。
「バリアの発動は私達が試験を中断する事由の一つでした。また、あなたは禁忌である試験場での殺生を行いました」
校長先生の声のトーンが下がった。
「以上のことを鑑みて、今回の試験は不合格とします」
不思議な気持ちだった。
悔しいし泣き出したいけど……でもなんだろう……不思議な気分だった。
「ありがとうございました」
私は頭を下げた。
「未熟でした。校長先生にはヒントもいただいていたのにそれに気が付けませんした」
私は校長先生を見た。
「校長先生がなんで試験場にいたのか?それを考えてたら……もっといろんなことに気が付けて……あんな結果にならなかったかもしれません」
私はそう言うと再び頭を下げた。
「お忙しい中、時間を割いてくださり……ありがとうございました」
そう、言い終わると……私の目から自然と涙がボロボロ零れ落ちた。
やっぱりこうなった……ごめん、イヅナちゃん。
私……足引っ張っちゃった。
ごめん……。
そう思うと、私は感情を抑えれなかった。
私が落ち着くまで校長先生が私の背中をさすってくれた。
その甲斐もあってか、私はすぐに泣き止むことができた。
ダメだ……私、まだよわっちいや。
「ず、ずびばぜん~~」
私は謝った。
「まぁその……普通ならねぇ~?」
それを聞いて校長先生が言った。
え?っと思った。
「まぁ普通なら……不合格なんだけどねぇ~」
「ほえ?」
私は校長先生の顔を見た。
校長先生はニコニコしていた。
「ルネラン先生がね?どうしてもって言ってね」
え?
私はルネラン先生の顔を見た。
それを見たルネラン先生は、眉をしかめて……咳払いした。
「勘違いしないでくださいね。ミス・ポートマルリンカー。これは温情ということではありません」
お……温情?
「校長先生の意見は確かにその通りです。普段なら弁明の余地はありません」
ルネラン先生が続ける。
「しかしながら、私はこうも言いました。これはあなたが魔物を超えれるか見る試験だと」
ルネラン先生の言葉にみんなうなづいていた。
「あなたはそれを見事にやってのけました。それも事実です」
「その通りだ。初めの想定ではキラースズメのみで試験を行う予定だった」
ドルビレイ先生が言った。
「オークレイマンは緊急で用意したものだ。ルネラン先生の要請でな」
私はルネラン先生を見た。
ルネラン先生は無言だった。
「キラースズメも今回用意したのは強個体だった。試験内容的にはかなり難易度が高かったんだよ」
ドルビレイ先生の話で納得がいった。
モリー様の話や攻略本の情報のどれよりも、今回のキラースズメは明らかに強すぎると思っていた。
「だから、はじめからバリアが発動することは想定した試験だったって訳だ。想定ではキラースズメの時点で使われる予定だったがな……」
ドルビレイ先生は顎をさすった。
「まさかあんなあっさり倒して、オークレイマンまでいくなんてな。ましてや、オークレイマンまで倒しちまうなんてのは完全に想定外だった」
ドルビレイ先生はそう言うと満足げな顔をした。
「お分かりいただけたでしょうか、ミス・ポートマルリンカー」
ルネラン先生が問いかけてきた。
「は、はい」
頭の中はこんがらがっていて、正直何のことか分からず返事した。
「あなた……わかっていませんね?」
ルネラン先生があきれた感じで言った。
「は……はいぃぃぃ。すいません~」
私は正直に返事した。
ルネラン先生がため息をついた。
「つまりはですね。今回の一連の規定違反は、不合格の事由に当たらないと判断した。ということです」
「え?それってつまり……?」
「ミス・ポートマルリンカー」
ルネラン先生が口を開いた。
「ご存じかと思いますが、この学校を創立した、グランマ・シャリオンは冒険者でした」
始祖「グランマ・シャリオン」霧の時代に生きた魔法使い。
シャリオン校は霧の前からここに学校として存在していた。
しかし、シャリオンと名を改めたのは……彼女が現れたからだ。
「霧の時代、魔法は世界を崩壊させた原因だと恐れられ、忌避されてきました」
教科書で読んだことがある。魔女狩りの時代だ。
「魔法は世界からその姿を消そうとしていました。それを食い止めたのがグランマ・シャリオンです」
ルネラン先生はまっすぐ私を見ていた。
「グランマはその時代に魔法の有用性を説きました。正しい知識を得ることが人類にとって必要だと」
ルネラン先生は遠くの方を見ながら言った。
「彼女は魔法が人類を救うと心の底より信じていました。時代に逆らい、世間に隠れて彼女は魔法を学び続け、力を付けました。そしてその力が必要とする時代はすぐに訪れました」
「彼女の時代は激動の時代でした。世界から霧が消え、人類は魔界と邂逅します」
みんな黙っていた。
「その時代に真っ先に魔法の力で道を切り開いたのが……グランマ・シャリオンです」
時代的に言えば、それは、あのマンダリアンよりもはるか前のことだ。
「彼女はその力で、人類を救い、栄光の時代をもたらしました」
魔界からくる魔物を退け……今も残る壁を作った原動力になった一人。
それが、グランマ・シャリオン。
「その偉業の上に立っているのが今日までのクレッド国であり、我々人類なのです」
ルネラン先生の言葉は力強かった。
「正しき知識で恐怖に打ち勝ち、正しき行いで人類を導く。それが魔法です」
ルネラン先生が再び私の方を向いた。
「ミス・ポートマルリンカーあなたは自分の力を恐れていましたね?」
「はい」
「それは見ていてわかっていました。毒、それは人類を滅亡させんとした力です。忌避するのは当然でしょう。この世界では……」
「はい」
「ですが、私達は誇りあるシャリオン校、その名前を背負っているのです」
「はい」
「恐怖を乗り越え正しく扱う必要があります。あなたは特に強い魔力を持っています。そうしなければならないのです」
「はい」
「しかし、あなたはずっと自分と向き合うことをしなかった。結局今回もその力を……使いませんでしたね」
「はい」
「ですが、最後はその力で困難に立ち向かいました。あなたにはそれができるのです。その事を今回の試験であなたは示しました」
涙が出そうだった。
「そのことを忘れないでください。あなたには、できるのです」
体が震え始めた。
「ミス・ポートマルリンカー。あなたはその力を恐れず、自分のものとすることができますか?」
「はい」
「よろしい。その言葉を信じます、ミス・ポートマルリンカー」
「あなたの覚悟は受け取りました。その覚悟に免じて、今回の試験は……合格とします」
ルネラン先生がそう言った。
「おめでとうございます。ミス・ポートマルリンカー」
「ええ、合格よ。ポートマルリンカーさん」校長先生が言った。
「おめでとう」
そう言って校長先生はうれしそうに拍手した。
「おめでとう。よくやったよ」
ドルビレイ先生はそう言うと右手を差し出した。
私は手を取って先生と握手した。
ルネラン先生はいつも通りに厳しい顔をしていた。
私はまた自然と涙があふれてきた。
だけど、今度は感情に身を任せるようなものじゃない。
ただ、静かに、涙を流した。
私の胸中には様々な思いが去来して、頭も、心も、もう全部ぐちゃぐちゃで。
でも、私は……合格したから……。
自分をコントロールしなきゃいけない。
まだまだ未熟だけど……でも、それができることを示さなきゃ。
「あ、ありがとうございます」
私は頭を下げた。
涙を拭って前を向いた。
「では……証明書を授与しまぁ~す!」
校長先生は朗らかにそう言った。
「ぱらりるぱらりる、るるるるるぅ~」
校長先生は独創的な呪文を唱えて杖を振った。
すると空中から突然四角い物が落ちてきた。
私はあわててそれをキャッチした。
「あ、あ、あ……」
私は手にしたそれを見た。
そこには間違いなく、魔術インターン試験修了証と書いてあった。
「これで、あなたも冒険にでれます。しかしそれは危険と隣り合わせです」
校長先生は言った。
「あなたはそんな中にあっても、シャリオン校の人間として、それに見合う行動を心がけてくださいね。そして……必ず生きて帰るのですよ」
「はい……あ、あ、あびばどうごばいまずうう」
私は返事になってない返事を返した。
校長先生は、うふふと笑っていた。
ドルビレイ先生も愉快そうに笑っていた。
ルネラン先生は頭を抱えていた。
「では、ミス・ポートマルリンカー。騒がせましたね。一応この後、念のためにルーキット先生に検診をお願いしていますので、きちんと受けてください」
「は、はい」
私は返事した。
「それで問題なければ、帰宅していただいて結構です。それまでは、ここでゆっくり静養してください。くれぐれも!無理は禁物ですよ」
ルネラン先生はそう言った。
「でも、本当によかったわ……、もう目を覚まさないかと思ったもの……」
校長先生はすごく心配そうにそう言った。
「あ、ははは。私ってそんなにまずかったんですかぁ?」
私は苦笑いしながら聞いた。
「まぁな。お前も魔力切れ起こしてたからな。ここに魔力補給用の点滴がなきゃ、やばかったかもな」
ドルビレイ先生が冗談っぽくそう言った。
「そ、そうだったんですかぁ?!」
「まぁな、なにせ……丸々一日、眠り込んでたからな」
ドルビレイ先生がそう言った。
「ほんと、昨夜は心配で眠れなかったわぁ~」
校長先生はそう言うと私を抱きしめて頭を撫でた。
「もう大丈夫よねぇ?」
「は、はい大丈夫です。ありがとうございますぅぅ」
校長先生の愛が重かった。
校長先生が涙目で言った。
「本当に目が覚めてよかったわぁ~」
大げさだけどその思いはすごく、ありがたかった。
同時にちょっと悪いなとも思った。
丸一日も心配させちゃったなんて……私がもっと強ければ、そんなことにはならなかったのに。
「そうですか……丸一日……」
私は静かに決意を固めた。
心配してくれる人のためにも、もっと強くなろうって、もう丸一日も寝込んだり……うん?
「え?丸一日……?」
「そうよぉ」
校長先生がそう言った。
私は口はあんぐり開けて、呆然とした。
「い、い、い……今、何日ですかぁ?!」
まさか、生きててこのセリフをいうことになるとは……
「うん?そうねぇ確か8月1日ねぇ」
「は、は、は、はちがつ、つ……ついたちぃぃ?」
声が震えていた。
確かに、試験の日から一日経っていた。
「い、い、い、今、何時ですかぁ~?」
ものすごく、嫌な予感がしていた。
「え?ん~そうねぇ……。お昼ねぇ~ちょうど12時くらいよ!」
私は全身の血が逆流したような感覚になった。
きっと顔は見たことないくらい真っ青になっていたに違いがない。
先生たちも異変を感じたのか、怪訝そうな顔をしていた。
校長先生の言うことが事実なら……、きょ……今日は……もう一つの試験の日だ。
北部魔界で作業を行う、冒険者の選考会の……その日だ。
「あっそうだぁ!ポートマルリンカーさん。よければ、私と今から、お昼にしない?お話もしたいし~」
校長先生が空気を読んでそう言ってくれた。
「すいません!私帰ります!」
私はそれを無視して、勢い良く立ち上がった。
「ええ?!そんなぁ……」
校長先生は涙目になっていたけど、私は節目も降らずにベッドから降りた。
「ま、待ちなさい。ミス・ポートマルリンカー、急ぐ気持ちもわかりますが、大事を見て……」
ルネラン先生も私を止めた。
「す、すいません!また、明日。明日来ますぅぅぅぅぅ」
そう言って私は、許可証一つを握りしめて、先生たちの制止を振り切り、全力で保健室から飛び出た。
今日の予定、昼前にみんなで集まって、対策会議をしてから試験会場に行く。
そういう手筈だった。
だから、えーっと多分、お昼ならまだ、間に合う……はず!
「ミス・ポートマルリンカー!戻りなさい!」
背後からルネラン先生の声がした。
まずい!捕まったら終わりだ!
私は、振り向くこともなく一心不乱に走り出した。
医務棟を出て学校の裏口に向かって走った。
医務棟は試験場の横くらいにあり、本校舎からは結構離れていた。
正直まだ、全身に痛みが残ってる。
最後まで走り切れるか……不安。
「だけど、やるしかない!」
私は気合を入れた。
ここを乗り越えなきゃ!
友人のため、帰りを待つ家族のため、導いてくれた恩人のため、何より私の未来のために!
走れ!ドクダミ!




