花
超新星爆発のような衝撃が、ゴーレムの手の中で輝きを放った。
その小さな太陽はありったけの魔力をゴーレムの手中で放出した。
太陽はゴーレムの手を真っ赤に熱した。
熱はそこだけにとどまらず、腕を上り、みるみるゴーレムの顔面を包んでいった。
「ググォオオオガァ」
ゴーレムが苦悶の叫び声を上げる。
熱はそのまま反対側の腕にまで広がったかと思うと、みるみるゴーレムの全身を伝っていった。
ゴーレムは全身を真っ赤に燃やし、悶えていた。
「お願い、倒れて。倒れて!」
箱庭太陽は今の私にできる最強の魔法だ。
これで倒せなかったら今度こそ本当に終わりだ。
私の祈りが通じたのか、ゴーレムは高熱にうなされ、そして地面に膝をついた。
「ゴオオオオオォォォォォ」
ゴーレムは叫び声をあげて、ゆっくりと地面に倒れた。
そして、ゴーレムは動かなくなった。
やった……?
いや、まって、油断しちゃいけない。
さっきのようなことになったら……だめだ。
まずはきっちり……、あれ?そういえば……。
必死で気が付かなかったけど、私はこのゴーレムをどうすればいいんだろう。
倒せば、いいのかな?
なら……これで?
私は先生の方を見た。
ルネラン先生は、眉をしかめて私を見ていた。
校長先生は壁から顔だけ出して、ほえ~と私を見ていた。
だけど、ドルビレイ先生だけは、どこか違うところを見ていた。
何かを観察するような、そんな真剣な目つきだった。
その顔をしばらく見ていたら、いきなり先生の表情がこわばった。
「おい!ポートマルリンカー、油断するな!」
突然、ドルビレイ先生が私の方に顔を向けて、叫んだ。
え?っと思った瞬間、倒れていたゴーレムが顔を上げた。
その目は先ほどよりも赤く、輝きを増していた。
輝いている。と、いうことは……。
「ゴアアアアアアアアア」
ゴーレムは叫び声をあげて、立ち上がった。
先ほどまでの力強くゆっくりな動きとは違い、猛烈で俊敏な動きだった。
そして勢いそのまま、拳を振り上げた。
あっという間の出来事だった。
雄たけびに、ひるんでいる間にもう拳がそこまで来ていた。
やば……っと思った瞬間には拳はもう振り下ろされていた。
だめだ。そう思って目を閉じた。
すぐに大きな衝撃が、地響きとなって試験場を揺らした。
その地響きは、はるか遠くの校舎まで届き、周囲に衝撃と……熱波を放った。
遠くからガラスが割れる音と、悲鳴が聞こえてくる。
それほどまでの、ものすごい衝撃だった。
でも、私は無事だった。
私は、恐る恐る目を開ける。
振り下ろされた拳は……私を大きく外し、何もない地面を叩いていた。
衝撃は不思議と、私を吹き飛ばさず、私はその場で倒れていた。
「ゴアアアアアア!」
ゴーレムは再び叫び声をあげると、再び拳を振った。
だけど、その拳はどこにも届かず、空を切っていた。
それでも、ゴーレムは何度も拳を振った。
まるで誰にも見えない透明な何かと戦っているかのようだった。
ゴーレムはそのまま、虚空に延々と拳を振り続け、そして最期には勢い余って体制を崩して、倒れてしまった。
ぼ……暴走してる?熱で?
ゴーレムの体を構成する岩は、熱を吸収して真っ赤に燃えていた。
それは、まるでマグマのように熱を持ち、心臓のように脈動していた。
「さっきの魔法の熱で暴走しているんだ!」
ドルビレイ先生が叫んでいた。
「ゴーレムは今、正気を失っている。魔力の放出量が異常だ。魔力のコントロールができてない証拠だ!」
ドルビレイ先生は続ける。
「落ち着いて対処しろ。この様子だとそのうち暴走で自壊する。それまで逃げろ!できるなら、足を拘束しろ!意識が混濁しているから、倒せるはずだ。一度倒したらこの様子だともう動けなくなるはずだ」
「ガァアアアア」
ドルビレイ先生の言葉に呼応するかのようにゴーレムが叫んだ。
ゴーレムは両手で地面を叩き、無理やり再び起き上がった。
ゴーレムの動きは、確かに心なしか鈍くなっているように見えた。
声にもなんだか、さっきまでの覇気が感じられなかった。
チャンスだ。でも、あ、足を、こ……拘束?
私は心臓が閉めつけられるかのような気持ちだった。
私が使える拘束魔法といえば……一つだ。
いや、どっちにしろ私に打てる手はもうそれしか残っていなかった。
魔力はほとんど底をついている。
体力も、もう限界が近い。
必然的に私が出せる魔法は……私の主属性である、水魔法しかない。
ちょうど私の水魔法は触手状になる。
それで拘束すれば……できる、かも。
でも、だけど、私は絶対失敗する。
過去のすべてで、あの時も、あの時だって、私は失敗した。
水を使って、ろくなことになったことが一度もない。
一度だって、たったの一度だって無い。
それが、今、今だけ、うまく行くなんてことがあるだろうか?
制御はできない。
絶対に毒化する。
それに水だから、ゴーレムの体表が今どれくらいの温度かは分からないけど、でも絶対に蒸発はする。
それを誰かが吸い込んだら?
また、あの時みたいになる。
また、お母さんみたいに……それだけは……。
鼓動が速くなる、目の前が真っ暗になる。
パニックになっているのは自分でわかっていた。
水を使おうとするといつもこうなる。
落ち着け……私は自分に言い聞かせた。
冷静に、周囲を見渡そう。
そうだ。今ここにいる人間は私と先生達だけだ。
それに十分距離もある。
だから、大丈夫かもしれない。
「オオオオオゥアアアアア」
私が迷っている間に、ゴーレムは体制を立て直していた。
そして両の拳を叩き合わせた。
再び強烈な熱波が放たれた。
さきほど何事もなかったのがウソのように、私はその熱波で壁まで吹き飛ばされて、背中を強打した。
「かぁっ……は……」
全身に激痛が走った。呼吸ができない。
私は地面に転がりのたうった。
周囲の空気が灼熱を帯びていた。
その暑さも相まって、呼吸がうまくできず、酸欠でぼうっとしてきた。
まずい!このままじゃだめだ。
私は必死で熱を帯びた空気を思いっきり吸い込んだ。
「う、う、あ……あああああ」
吸い込んだ空気は私の喉を焼いた。
体の中から針を刺されているかのような感覚だった。
私はたまらず熱から逃げようと、体を丸めた。
だめだ、この状況は長くはもたない。
迷っている暇はもうなかった。
私は無理やり呼吸をして、酸素を脳に送り込んだ。
酸欠でぼおっとした頭が少しづつ回り始める。
呼吸がましになったところで、私は顔を上げた。
私の顔の先にはゴーレムが立っていた。
どうやら、ゴーレムの方も息切れを起こしているみたいだった。
口元で、吐く息が赤く煙っている。
体表の輝きも弱弱しくなってきているように見える。
もう、さっきまでのような衝撃波を起こすことはできないだろう。
でも、私を殺すには、それでも十分に見えた。
私は立ち上がった。
呼吸は浅い。
喉は焼けて声も出せない。
背中に激痛が走ってて立っているのがやっとだ。
だけど、私は立ち向かっている。
私は逃げていない。
そうだ。
先生が言っていたっけ。
これは魔物を超える試験だって。
だから、元からこうなる運命だったんだ。
目の前のゴーレムは私の全力を受けきった。
それを超える為には、私は私を超えなきゃいけない。
さっきまでの私を、過去の私を、全部ひっくるめて。
「そうだ。今までも過去も全部、全部ひっくるめて……。私、超えなきゃいけない……」
私は構えた。
「私、今から全部超えるから……。だから見てて……」
私は言った。
「私、全部、超えて行くから!あんたを倒して!」
「魔界に行くんだ!!」
心の炎はまだ消えてない。
私は頬を伝う、涙をぬぐった。
そしてそれに、ありったけの魔力を注いだ。
ゴーレムの熱のせいで空気中の水分が少なく、集まる水は少なかった。
それでも、ありったけ集めた水だった。
形は不十分で未完成。
完全な触手状とまではいかず……。
というか頭の部分だけしかできなかった。
なんだか不格好な芽のような、拳銃の弾丸のような形だった。
「不十分で不格好か……私とおんなじだ」
集めた不格好な水は、どんどん毒化する。
私は顔を上げ、ゴーレムの顔に狙いを定めた。
拘束はできない。これを、あそこにぶち当てる。
でも、このままじゃ……絶対に届かない。
私は左手で、もう一度、自然と流れていた涙をぬぐった。
そしてそれに残った魔力の全部を込めた。
限界を超えて絞り出した、ホントのホントの最期の魔力。
そのすべてを込めた。
私は右手の弾丸のおしりにその水の魔力爆弾を添えた。
右手の魔法の発射と共に、これを爆発させて、推進力に変える。
キラースズメがやったように、この弾丸を加速させるんだ。
私は朦朧とする意識を集中させた。
最後だ……これが最後。
私はゴーレムをまっすぐ見た。
ゴーレムも私を見ていた。
私は息を吸った。
そして……私は……大きく振りかぶり……。
「くーらーーーーーーえーーーー!!」
力の限り、魔法をぶん投げた。
まっすぐ飛んでいく私の弾丸。
でも、速度は遅くてヘロヘロだ。
ゴーレムまでは到底届きそうにない。
でも仕掛けはしている。
私の放った弾丸の尾ひれには、たっぷりと魔力を吸わせた水爆弾がある。
私はそれを祈るような気持ちで爆発させた。
爆弾は期待通りの威力を見せてくれた。
華々しく散り、弾丸を加速させた。
その光景は……。
まったく意識はしていなかったけど。
この形は……。
爆発した水爆弾は、空中に花びらのような形を残して爆散した。
その光景を見れたのは一瞬だったけど、私はその形に既視感を覚えていた。
ああ、これは見たことがある。
遠い昔に、見た、あの形だ。
私とお母さんとの最後の記憶。
大昔にお母さんと一緒に行った……。
あの……お花畑で見た……。
「ドクダミの……花」
弾丸はその形を崩しながら、でもまっすぐに、彗星のようにゴーレムに飛んで行った。
ゴーレムは無言で腕を振り上げた。
ゴーレムも死力を絞っているように見えた。
ゴーレムは右手にすべての輝きを集中させた。
これまでの、どの瞬間よりも鮮明に、強く、ゴーレムの右手が燃えた。
「グゴアアアアアアアアア」
ゴーレムは叫び、私の弾丸を迎撃する構えをとった。
終わった……。そう思った。
事実、振り下ろされた拳は容易に私の弾丸を砕いた。
だけど……超高熱の拳と、私の弾丸がぶつかった瞬間、爆発とも思えるような蒸発現象が起こった。
毒化した水は瞬時に霧となり、一瞬で試験場全体に広がった。
私は爆風で体を押され、盛大にしりもちをついた。
ああ、もう限界……だ。
私は両足を放り出して、背中を壁につけてうなだれた。
もうピクリとも動けなかった。
視界は水蒸気によって一寸先も見えない。
ゴーレムは……先生たちは……どうなったんだろう?
私は完全に燃え尽きていた。
すぐにでも意識が途切れそうだ。
だけど……やりきった。
文字通り全力を出した。
そう思うと、私は自然と笑っていた。
「モリー様の言ったとおりだな……」
「これでだめなら、もう仕方ないや」
後悔は、ないや。
そんな気持ちだった。
だけど、私の全力の結果も、未来も、今はまだ全部霧の中だ。
真っ白い空間に、突然、轟音が響いた。
何かが崩れる音。
はっとした瞬間、私の目の前にゴーレムの顔面が霧の中から落ちてきた。
それは私の目の前、手を伸ばせば届く距離にゴーレムが崩れてきた。
私は力なくゴーレムを見つめることしかできなかった。
ゴーレムは目に灯した、今にも消えそうな光で私を見ていた。
そして、ゴーレムは目を赤く強く光らせた。
「アアアアアアアアア」
ゴーレムが声を上げる。
声は勢いを上げ、目の光もそれに呼応するように強くなった。
あっ私、死んだ。そう思った。
だけど、すぐにゴーレムの目の光が弱まっていくのが見えた。
「アアア……アアアアァァァ」
それに呼応して……ゴーレムの声もだんだん薄くなり消えていった。
私達は数秒間、ただ無言で見つめあった。
最期の瞬間、私の勘違いかもしれないかもしれないけど、でも私は確かに見た。
ゴーレムが最後何かを言ったのを。
そして、にやりと口元をゆがめ、地面に伏した。
ゴーレムの目からは、完全に光が消えていた。
最後に……笑った?いやそれよりも……。
「……やるな?」
私は空を見上げて、はははと笑うとそのまま意識を失った。




