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箱庭太陽

地響きがした。

何か大きなものが試験場に落ちた音。

私は突然目の前に現れて私を影にすっぽり入れてしまった、それを見た。


私の目の前に出てきたのは……。

大きな岩の塊のようなもの。

私の身長の2倍はある。

丸い岩の塊。

私はその存在感に圧倒されていた。

私は思わず後ずさった。

その音に反応して、岩の塊が動いた。


岩には顔が付いていた。

人間と同じ目と口が付いている。

丸くなった状態で顔だけをこっちに向けた。

真っ赤な丸い両の目が私を見た。


私を認識した、丸い岩は収めていた手足を伸ばし始めた。

そしてすぐに二本の足で立ち上がる。

立ち上がったそれは、私の身長の何倍もある、街で見かける街灯ぐらいの高さの大きな岩の巨人だった。


見覚えがある。

徹夜で読んだ攻略本。

その危険度の高いエリアに書いてあった。

間違いない「オークレイマン・ゴーレム」だ。


伝説の錬金術師、オークレイマンが作ったと言われるゴーレム。

でも実際はただの魔物で、南部魔界の深いところに群生している。

テリトリーに厳しく入った者を叩き潰す。

危険度は群生でA。個体はBだ。


魔物の危険度はFからSで示される。

キラースズメはもちろんF。

C以上は冒険者パーティで挑むことが前提になる危険レベルだ。

でも、こいつはB。

専用の知識と攻略方法を習得して対処するレベルの魔物だ。


「あ、あ、あああああああ」

私は震えて動けなかった。

圧倒的に大きなものを見ると、足がすくんだ。

ゴーレムは私を見ている。

そして、大きく吠えた。

地鳴りのような咆哮。

空間を直接揺らしているような。

はっきりと視認できるくらいの音の塊。

その衝撃はすさまじく、私は体を押されて、しりもちをついた。


私は動けなかった。

ゴーレムは……お構いなしに腕を振り上げた。

握った拳は私の体がすっぽり入っちゃうくらいの大きさだった。


死ぬ……。

そう思った、心の底から。

本当に死ぬと思ったら人間は脱力する。

動くこともできない。

死ぬとわかっているのに、それをもたらすモノをただ眼で追うことしかできなくなる。

きっと実感していないんだ。

心のどこかでまだ大丈夫と思っている。

だから、そんな行動に出るんだと思う。

それか、相手に容赦してもらおうという生物的な忌避行為なのかもしれない。


でも、それも……。

死が確実な実感になる前までだ。

じゃあ、もし、死を実感したら?


その時はすぐに訪れた。



振り上げられた拳が最頂点に達した。

そして、一瞬の静寂の後、それは振り下ろされた。

まるで神の鉄槌のようだった。

思いあがった人間に下される裁きの鉄槌。

もちろんそこに、慈悲などなかった。



「あっああ、あっ……ああああ!!」

私は叫んでいた。

「うわああああああ!」

そして私は四つん這いで走った。

みじめに走った。

なりふり構わず、見てくれなんて気にせず逃げた。

「あ、あ、ひぃいぃいいい」

口から嗚咽にも似た悲鳴が勝手に出る。

なんにも考えることができなかった。



振り下ろされた拳は私のいた場所を容易につぶした。

衝撃により私の体は吹っ飛ばされ、地面を転がった。

砂埃が巻き上がり周囲を包む。

私はそれを吸い込みむせてしまった。

息ができない。涙が出てくる。

しばらくして、砂埃が晴れた。

私は呼吸を整え振り向いた。


そして私は見た。

ゴーレムがこっちを見ているのを。

「はぁああああああああ」

声にもならない声が出た。

私はしりもちをついた状態で、足をかき後ろに下がった。

ゴーレムが、拳を上げ私の方に体を向ける。


また、あれが、くる!


そう思ったら、私は四つん這いのまま、出口に這った。

もう立ち上がることもできなかった。

「ひぃ、ひぃぃぃぃぃぃ、殺される。殺されるぅぅぅ」

後ろでゴーレムが動く音がする。

「あ、ああああああ。あひぃぃぃぃぃ」

近づいてくる!

「あああ、ああああ、ああ」

私は必死だった。

そして出口の目前で、見えない壁にぶつかった。

なに?これ?

なんで進めないの?!

私はその壁を叩いた。

「いや!やめて!やめて!やめて……ああああああああ」

何をやっても私はそれ以上進めなかった。

口からよだれがだらだら漏れていた。

涙もとめどなく流れ出ている。



そこで気が付いた。

音がしないことに。

私は恐る恐るゴーレムの方を振り向いた。

ゴーレムは上体をねじる形で私を見ていた。

何も動くこともせずに、ただ見ていた。



私を見る、その目には……哀れみの色が見えた。

陽のもとに引きずり出され、悶える虫を見るかのような。

ゴミを漁る浮浪者を見るかのような。

屠刹場のブタを見るような……。

そんな目だった。

路上に転がる汚物を見るような。

汚らしくゴミを漁る野良犬を見るかのような。

クラスのあの子たちが……私を見るかのような。

あの目。

本当に哀れな生物を見るかのような。

あの目だ。



その目が私を逆に冷静にさせた。

どうしようもない現実に引き戻させた。

ゴーレムはそんな私を見て興味を失ったようだった。

そしてゴーレムは私に背を向けて、先生たちの方向を向いた。


その時、私は二つの現実を目の当たりにした。


まず目に入ったのは、ルネラン先生だった。

眉をひそめ、首を横に振り、そしてゴーレムと同じような哀れみの目を私に向けていた。

校長先生とドルビレイ先生はゴーレムを迎え撃つ構えをとっていた。

私は……悟った。

もう、だめだ、ということを。



私はルネラン先生の目を、その現実を、直視することができなかった。

そして、二つ目の現実に気が付く。

現実から目をそらした先。

私が見たのは、私がさっきまでいた場所。

そこで……何かがつぶされているのが見えた。

白い花のような物……。

アクセサリーのような物の残骸がそこにあった。


私は右手を見る。

そこに確かにあったイヅナちゃんからもらったお守りは、姿を消していた。

私はその瞬間、自分の浅はかさを、自分のどうしょうもない驕りを思い知った。



私は何にもわかっちゃいなかった。

魔物とは何か?

冒険とは何か?

死とは何か?

そのすべてを私は知らなかった。

本当に何にも理解していなかった。


それなのに私は……。


私はあの日のことを思い出していた。

モリー様に傷を見せてもらったあの日のことを。


モリー様は言っていた。

「人間は追い詰められた時、何をするかなんてわからない」

私はその言葉に対してこう言ったんだ。

「それはその人の……人間性もあるのでは?」


今思えば、なんて……なんて、思いあがった言動なんだろう。

本当の、命の危機なんて知りもしないくせに!

分かった風なことを!私は!!



あの、あそこで潰されているお守りを見ろ。

私はあれを落としたことにすら気が付かなかった。

命の危機が迫り私は周囲も気にせずに逃げた。


私がしてきた不退転の覚悟なんて忘れて!

全てを懸けるつもりで挑んだ、試験のことなんて忘れて!

自分の命よりも大切にしようなんて思っていたお守りの存在すら忘れて!


私は逃げた。


醜く地面に這いつくばって、よだれも涙も流して、魔物にただ許しを請うかのように……。

私は逃げた。


あれが、あれが、あれが!もし、あそこに今ゴミのように、うち捨てられている、あのお守りが!

もしも、ここが魔界で、もしも、あのお守りが、イヅナちゃんだったとしても!

きっと私は、逃げたと思う。

脇目も降らずにたったの一人助かるために……。

私はそういう人間なんだ。


それを理解した。



それを理解して、私は思った。

「良かった。本当に良かった」

私はゆっくりと立ち上がった。

「ここが魔界じゃなくてよかった」

私は服に着いた埃を払った。

「なんにも理解せずに、お父さんのライセンスを使って魔界に行かなくてよかった」

私は涙を拭いた。

「勇気を出して、この試験に挑んでよかった」

私は顔を上げた。

「私はーーー!!」

意志とは関係なかった。

「もう!逃げない!」

自然に声が出ていた。

「もう、逃げないんだ!」

震える心と声で必死に叫んだ。


「あんたを倒して、前に進むんだーー!」

私の心に火が付いた。



私の声を聴いて、ゴーレムがこちらを向いた。

私は詠唱を始めた。

「灯火発起」

使う魔法は決めていた。

「杖法錬気」

私はありったけの魔力を両手に集めた。

燃えているこの心の炎を、あいつにぶつける。

集めた魔力は輝き始め、オレンジ色の光が試験場を包み込んだ。

私の集めた魔力は高温を放ち始めた。


「火魔法」


私は膨れた魔力を両手で圧縮した。

圧縮した魔力は、私の手中で輝きを増した。



「箱庭太陽」



私は超高温の魔力球をゴーレムに放った。

オレンジ色の輝きを放つ、ボール一つ分くらいの小さな球はゴーレムに向かって真っすぐにとんだ。

気のせいか、それを見たゴーレムは一瞬、笑ったように見えた。

ゴーレムは私が放った魔力球を真正面から受けた。



右手を出しひねりつぶすかのように、それを思いっきり握りしめた。

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