モリー・コウタという人間
試験当日の朝が来た。
俺はかび臭い部屋で一人、目覚めた。
高い窓から差し込む陽光がまぶしかった。
太陽があの位置ということは……もう昼か。
また寝すぎたな。
ドクダミちゃんの試験は、無事にすんでいるだろうか。
そんなことを考えていたら、古い木のドアから、乾いた音が聞こえてきた。
誰かが部屋のドアをノックしている。
またドーソンさんが、しょっぱいサンドイッチを持ってきたのだろうか?
と思ったが最近は不意打ちで、あいつらのうちの誰かが、突然来るパターンもある。
一番うれしいのは、みんなで来ていることだろうか。
時間的にはもう、試験は終わっているだろうし、まぁあり得ない話じゃない。
そんなことを考えながら、俺はまだ覚めきらない頭をかきながら、ドアに向かった。
「今、行きます」
俺はドアに向かって声をかけた。
すぐにノックの音が止まった。
俺はドアの前まで行くと、立ち止まった。
そして、大きく深呼吸をした。
一番……うれしいのは、か。
自然と浮かんだ言葉に俺はなんだか、変な気分だった。
扉を開けるとあいつらがいる。
ばかまるだしの笑顔で「きましたよー!」なんて言う。
そう思うと……なんだかな、かゆいような気分だ。
あの子たちは、本当に残念な子達だと思う。
俺なんかを慕っているんだからな。
けど、いい子達だ。
それを裏切ることだけはできない。
だから、まぁ、こんな風に大切に思うのも、柄じゃないけど……さ。
まぁ、いいだろ?
俺は自分にそう言い聞かせた。
そしてドアを開いた。
「どうも、お久し振りです」
目の前にはステラがいた。
「お元気そうで何よりです。それで、突然ですみませんが、すこし、お話しが……」
ステラの話の途中で俺はドアを閉めた。
なんだ?おかしい、何が起きている?
俺の頭は完全に混乱していた。
まだ俺は夢を見ているのか?
その可能性は否めない。
大体あいつがなんで俺の家をしっているんだ?
ありえない。
それに加えて、今更、俺に何の用がある?
それもない、ありえない。
だから夢なんだ。
俺はそう思い、呼吸を整えもう一度ドアを開いてみた。
そこにはステラがいた。
夢じゃなかった。
「あの、すいません。確かにいきなり来たのは悪いとは思います。もしも都合が悪いのでしたら日を改めて……」
「いや、大丈夫だ。すこし驚いただけだ。それで、あー何の用だったかな?」
俺がそう言うと、ステラは姿勢を正した。
「ドクダミさんのことでお話があります」
ステラのその一言でいろいろ合点がいった。
そしてこういう態度をとる理由もわかった。
ステラがこういう姿勢でまっすぐモノを言う時……それは、説教する時だ。
その姿勢で、まさかドクダミちゃんの名前が出るとは……。
「そうか。わかった。済まないが寝起きでな、身支度するから、少し下で待っててくれないか?」
俺はそう言った。
ステラはわかりましたと言って階下に向かっていった。
俺はドアを閉めて部屋に戻った。
瞬間、全身から汗が噴き出した。
落ち着け落ち着け。
小娘がひとり来ただけじゃないか。
それがなんだって言うんだよ、モリー。
俺は自分に言い聞かせた。
そして、大きく息を吐く。
俺は覚悟を決めて身支度をした。
顔を洗って寝癖を直し、卸したての夏服を着た。
階下に行くとステラが一人でちょこんと座っていた。
ラウンジにある小さな椅子に腰かけて、窓から外を見ている。
窓からは陽光が差し込み、ステラの髪を黄金に輝かせていた。
あいかわらず、きれいだな。
そう思った。
見た目だけは……な。
中身は手を付けられない野獣だ。
ほだされれば途端に喉元をえぐられる。
俺は意を決して、ステラに声をかけた。
「またせたな」
「ああ、いえ」
「ここじゃなんだし、場所を変えよう。近くに喫茶店がある。そこに行こう」
「わかりました」
俺は最低限のやり取りだけして玄関を出た。
玄関を出るとき遠くから視線を感じたような気がした。
帰ってきても、ひと騒動ありそうだな。
裁判に向かう被告のような気分だ。
かつてないほど、足取りは重かった。
家から歩いて、すぐのところに喫茶店がある。
おそらく、ビーガー通り唯一の喫茶店だろう。
中央によくある、いわゆるカフェとは一線を画する店だ。
内容は同じだと思うが、喫茶店って感じの店だ。
アルベールの角を左に曲がったらすぐにさび付いた金属製の看板が見える。
「coffee」とだけ書かれた無骨な看板だ。
俺は店の前までいくと、後ろを振り返る。
ステラは俺の後ろに確かについてきていた。
幽霊のようにいつの間にやら消えてくれていないかと、一縷の希望をかけたが、ダメだった。
「あーここだ。まぁこの通りにはこんな店しかないから、我慢してくれ」
俺がそう言うとステラは顔色一つ変えずに返事した。
「ええ、はい。大丈夫です。お気遣いなく」
表情は凍り付いてるんじゃないこと思うくらい冷たかった。
店の扉を開けると、乾いた鈴の音がからんと鳴った。
しばらくすると、店のマスターが出てきた。
「いらっしゃい」
マスターは妙齢で不愛想だが、清潔感がある、縦にひょろ長い左手が義手の男だった。
目つきが鋭く、なんでかいつも燕尾服を着ていて、長く白いひげが特徴だ。
彼の、名前は誰も知らない。
みんなからはクロウのマスターと呼ばれていた。
碧鱗といい、こういう感じのマスターはなんでか名を隠す傾向にある。
クロウというのは、この店の、通名だ。
マスターが黒い服ばかり着ているからか、ここのコーヒーが闇のように深い黒色だからなのか、そう呼ばれていた。
「二人だ」
俺がそう言うと、マスターは窓際の席に案内してくれた。
窓から通りを見れる席だった。
そこに四角いテーブルと小さな椅子が二つだけ置かれていた。
俺は奥の席に腰かけた。
ステラは黙って向かいに座った。
「コーヒーでいいか?」
俺が聞く。
「紅茶をお願いします」
俺はうなづくとマスターに注文をした。
しばらくの間、俺たちは無言で席に座っていた。
俺は、店内を見ていた。
ステラは、通りを見ていた。
5分ほどすると、マスターがコーヒーを持ってきた。
マスターは右手でカップを載せた皿を、左手のフックの形をした義手で俺のコーヒーを器用に運んできた。
「お待たせしました」
マスターはそう言うと、紅茶とコーヒーを置いてすっと店の奥に消えていった。
「いただきます」
ステラはそう言うと、紅茶を一口飲んだ。
「あら、おいしいですね」
ステラは驚いたようだった。
まぁ期待していなかったみたいだが、意外に口にあったようだ。
俺も目の前のコーヒーを一口飲んだ。
相変わらず濃くて、苦い。
ここのコーヒーは濃い黒色をしていて、その見た目同様濃い味と苦みが売りだった。
あまりに苦いので、このコーヒーを知る者の間では「コールタール」と呼ばれていた。
「それで、ですね……」
渋みで顔をしかめる俺にステラは言った。
「単刀直入にお聞きしますが、ドクダミさんとはどういったご関係ですか?」
ステラがまっすぐ俺を見ていた。
「一応、そうだな。あー今度一緒に冒険に出ることになった。だから、仲間、に、なるかな?」
「仲間?それは冒険者パーティを結成するという意味ですよね?」
「まぁそうだな」
「あなたが、誘ったのですか?」
「俺が?まさか。誘われたんだよ」
そうですか、とステラが言った。
そしてしばらく何か考えた後、ステラは深呼吸した。
「どういう事情かは分かりませんが、正気とは思えません」
「あの子は、子供です。しかも何もわかってません」
ステラが続ける。
「ご存じかもしれませんが、昨日、私、ドクダミさんとお会いしてお話ししました」
なるほど。昨日の約束ってのは、そのことだったのか。
「そこで、あなたの話を聞きました。そして冒険の話も聞きました」
「冒険の話って?」
「あなた方が南部魔界へ遠征に行こうとしていることを聞きました」
「なるほど」
「何か、隠してますよね?」
「なんだよ急に」
「昨日ドクダミさんと話していてそう思いました」
「というと?」
「何のために行くのかと聞いてもはっきりとした答えが返ってきませんでしたので」
「そうか」
「少し整理させてほしいんだが、いいか?」
俺はそう言った。
「こっちは何も分からないんでね」
「ええ、はい。どうぞ」
「ああ、なら、まず、昨日聞いたってのは冒険の話だけか?」
俺は、逆に質問をした。
ドクダミちゃんが俺にステラと会うことを隠したのは何の意味があるのか。
そして、彼女がどこまで話したのか。
それを知る必要があると思ったからだ。
「そうですね。彼女から聞いたのはその話くらいです」
「そうか。ドクダミちゃんとは知り合いなのか?」
「最近お友達になりました」
「そうか。じゃ今日俺とお前が会っていることはドクダミちゃんは知ってたのか?」
「いえ、それは私の独断です。彼女は何も知りません」
「昨日は、じゃ、ドクダミちゃんの冒険の話を聞きに行っただけか?」
「いえ、主な話題は、本日の戦闘試験に向けて魔法の使い方や魔物への対処法を教わりたいとのことでしたので、それで少しお話を」
「そうか」
俺達は一息ついた。
「わかった。それで、正気じゃないってのはどういう意味だ?」
「その言葉の通りです」
「なにも俺は無理やり行こうって訳じゃない、試験に落ちたらそれまでだし……」
「そういうことではありません」
ステラは俺をにらみつけた。
「ライセンスがある無いの話ではないのです。勘違いしているようですが、シャリオン校で得られるライセンスはインターン用の物です」
「というと?」
「仮のライセンスです。それを取得すれば確かに冒険に出ることはできます。しかし、本来は冒険者パーティに帯同することを許可する許可証であって、パーティを組んで冒険に出るための物ではありません」
「そうなのか?」
「そうです」
「だが、問題はないんだろ?」
俺がそう言うとステラが一瞬眉間を動かした。
どうやら相当怒っているようだ。
「あなた、何か勘違いしていませんか?あなた、ご自身が子供を率いて冒険に出れるような、そんな実力をお持ちだとでも思っているのですか?」
ステラはきっぱりと、俺の顔を見てそう言った。
「私達ならまだしも、あなた何かが子供と冒険に出るなんて……考えられません。その行動の結果、どうなると思ってるんです?」
ステラの圧が強くなる。
「生きて帰れるはずがありません。それでも親御さんが許可しており、かつ絶対に安全な場所のみに行くのであれば、まだわかります」
まくしたてるステラを俺は黙って見ていた。
「それでも、あなただけに任せるというのは正直おかしいとは思っています。なのに、それで南部まで遠征に行こうと思っているなんて、考えられません」
そう言うとステラは大きく息を吸った。
「しかも、彼女らの親御さんはその事実をまだ知らないそうですね?」
ステラの髪が輝いたように見えた。
「信じられません。無責任です。独立した大人の行動とは思えません」
ステラの言葉に殺気が籠っているのを感じた。
「そのことをどう思っておられるのですか?説明してください」
ステラはそう言うと、黙ってまっすぐ俺の顔を見た。
「そうだな。正直言うと、俺もやめさせようとは思っている」
「そうですか。なら、今すぐ……」
「半分はだがな」
俺がそう言うと、ステラは大きく息を吸った。
「大筋は、な。お前の言う通りだよ。考えが甘いってのも、そうなのかもしれない。けどさ、あの子たちも本気なんだそれを全否定したくないんだよ」
「あなただけが死ぬのならそれでもいいでしょうね」
「そうだな。だがあいつ等を信じているところもある」
「信じてる?」
「そうだ。俺も初めて会った時お前と同じことを思った。あきらめさせようとも思った。でもあいつら本気なんだ。俺が出す課題にも考えて工夫して答えを持ってくるんだよ」
ステラは黙って聞いていた。
「だから、今は行けるんじゃないかと思い始めている。もちろん、まだ本当に南部に行くかは半々の確率って感じだな」
「半々?ですか?」
「ああ。俺も無駄死にする気はないからな。まだ何個か懸念点がある。それをクリア出来るかどうかだな。もしそれができたのなら、俺はあいつらとならできるんじゃないかと思っている」
「そうですか。わかりました」
俺の話を聞いてステラがそう言った。
「あなたがどうしようもなく勘違いしているということがわかりました」
ステラの言葉には怒気が混ざっていた。
「勘違い?」
「先ほども言いましたが、あなた程度の冒険者でどうこうなる話じゃありません。まさか魔界をなめているのですか?」
「もちろん、そんなことはない。俺だって細心の……」
「あなたが注意したから何なのですか?あなた自己評価が高すぎますよ。現実を見てください」
ステラはそう言うと頭を抱えた。
「正直申し上げますと私はあなた以上に気の利かない人を見たことがありません」
ステラはあきれた感じで話し始めた。
「あなたが、いいですか。そのあなたがですよ?いくら計画を見たところでそれが何の保証になるのですか?経験年数はおありなのでしょうが、それだけでこの冒険が安全だと断言できる根拠になるとお思いですか?」
ステラは続ける。
「そう思っているなら大変な勘違いです。あなたくらいの経験年数を積んだほかの冒険者が今何をしているのか?ご自身の現状と客観的な目線で比較したことはありますか?」
俺は無言だった。
「おそらくですが一度もないでしょう?あるのでしたら、なんであなたが何故今そのランクに居るのか理解してらっしゃいますか?固定のパーティメンバーも持たずにいる、その理由がわかっていますか?」
「もし分かってらっしゃるというのでしたら、今回の件、何故そういう判断になるのですか?自分がパーティを率いようだなんて……どうして?」
「普通はそんな判断にはなりません。通常の判断能力をお持ちなら、自分の能力が足りないことは良く分かるはずです。あなたがやるべきことは、あなたがこれまでの冒険で作った“つて”を紹介してあげる程度になるかと思います。それの方がよっぽど健全です」
「それもですね。本当に経験のある冒険者なら、その行為が無駄だということもわかるんですよ?」
「私も昨日、あの子から計画を聞きましたが、あの計画で、冒険に出ようなんて冒険者は一人もいません。誰一人。絶対です」
「あなたはその事も分かってないのではないですか?で、あるならやめてください。あなたのその空虚なプライドであの子たちを道連れにするだけです。本当にやめてください」
俺は無言だった。
そして忘れていた何かを思い出していた。
それは、どうしょうもなく、地面に転がって、すりつぶされて、抑え込まれていた。俺、自身だった。
今まで誰からも見向きもされず、輝くこともなく、踏みにじられ、嘲笑われ続けられた、俺自身という人間。
誰からも認められず、誰からも必要とされてこなかった、俺。
親にさえ見捨てられ、強がりで一人よがりに生きてきた。
頭が悪くて、将来のことも考えていない。
ただその日生きようともがく、見苦しくってどうしょうもないクズ。
それが、俺。
モリー・コウタという人間。
他人のことを考えず、自分のことしか考えない。
おだてられたら喜び、突き放されれば逆恨みする。
目の前の餌に飛びつき、先を見ない。
俺は、今まで様々な出来事で被害者だと思っていた。
腹の傷もそのうちの一つかもしれない。
それならあの時あの二人を殺したのは……あの巨大なワニじゃなく、俺だったのかもしれない。
俺はそれすら気が付いていなかったのかもしれない。
ステラの言っている事は事実だ。
俺くらいの経験年数を積んだ冒険者なら、普通パーティリーダーになっている。
一番冒険者として成熟し、完成されつつある年齢だ。
なのに、俺の現状は……独りよがりで自己中心的な、カビの生えた冒険者。
どちらの意見が正しいか。
それは火を見るより明らかだった。
「こんなことは言うつもりじゃありませんでしたが、わかってください。あなたは冒険者に向いていません。やめろとは言いませんが……しかし、分はわきまえてください」
ステラはそう言うと、懐から財布を出した。
そして、いくつかの硬貨をとりだしテーブルに置いた。
「わかっていただけましたね。もうあの子達には関わらないでください」
そう言って俺を見たステラの目には軽蔑の色が見て取れた。
俺はその目を直視することができなかった。
その瞳に映る自分が、見るに堪えなかった。
そんな俺のことは無視して、話を終えたステラは俺に背中を向けた。
そして、そのまま無言で店を去った。
俺の方を一顧だにしなかった。




