マァオンラァタジン
ドクダミちゃんの部屋は相変わらず薄暗かった。
イヅナは入るや否や、どかどかと窓に向かい、容赦なく窓を全開にした。
俺はうんうん、うなされているドクダミちゃんをベッドに寝かせた。
レイシーはドクダミちゃんに大きなダンゴムシの形をしたぬいぐるみを近づけると、ドクダミちゃんはそれを反射的に抱きしめた。
「ドーズマンはドクダミちゃんのお気に入りなんですよ~」
レイシーは嬉しそうにそう言った。
「こいつドーズマンっていうのか。ダンゴムシにしては立派な名前だな」
「ここのぬいぐるみには全部名前があるんですよ~ドクダミちゃんが気に入ってるやつで一番古いのが……あそこにある奴ですね」
レイシーが枕元を指さす。
そこには毒々しい色合いで舌を出したキノコのぬいぐるみがあった。
「キノッピノっていうて、ドクダミちゃんの親友なんですよ」
「親友……」
「あいつしか知らない秘密や悩みがいっぱいあるんですよ」
「そうなのか?お前も知らないこともあるのか?」
「ありますねー!時々ですね。ドクダミちゃん一人になりたくて私を部屋から追い出すことあるんですよ」
「そうなのか」
「大体そういう時はこのキノッピノに話しかけたりしてますね」
「へー!そんなこともあるんだ!大切なんだね。この人形」
「そうなんよ~」
「おい、余計なことするなよ。絶対に触るんじゃないぞ」
「ぬ?なんですか~?疑うようなこと~失礼ですよ!」
「じゃその手は何だ?」
「え?あれ?ほんとだ~なんでだろう?手が伸びてるや!あはははは」
「おい」
「すいません」
イヅナはてへへと笑った。
こいつな……ほんとに余計な……。
「うんぴょう!!」
俺がイヅナを懲らしめてやろうと指をぽきぽきしていたらドクダミちゃんが突然奇声をあげた。
「うお?!」
俺がびっくりすると、ドクダミちゃんは俺の方を見た。
前髪が顔にかかって、なんだか幽霊みたいだった。
「お、起きたか……ドクダミちゃん。大丈夫か?」
「うう……ん。こ、ここは?」
「部屋だ。このイヅナの馬鹿がやりすぎて倒れたから運んだんだ」
「あ、う、うううううう」
ドクダミちゃんが急に泣き始めた。
「お、おい?!大丈夫か?どうした?」
俺はあわててレイシーの方を見た。
レイシーはジェスチャーで抱きつけと伝えてきた。
「おい、ふざけてないで、本当にどうすりゃいいんだこれ?」
俺がそう言うとレイシーがドクダミちゃんに近づいて抱きしめた。
「はいはい、大丈夫やでドクダミちゃん」
しばらくそうしていると、ドクダミちゃんは泣き止んだ。
「す、すいません。取り乱しました」
「ああ、落ち着いたか?で何があった?」
「いえ、あの程度で倒れるなんて……それが情けなくて。それに……こんな様子じゃきっと試験もきっと……」
そう言ってドクダミちゃんはまた涙目になった。
「大丈夫やって!ドクダミちゃんなら受かるよ」
「う、うううう」
ドクダミちゃんは震え始めた。
この冒険計画だが、個々人それぞれに俺は致命的な懸念点があると思っていた。
それはドクダミちゃんだけじゃない、イヅナもレイシーも、それにもちろん俺にもある。
でも一番顕著に目立つのは、やはりこの子だ。
この子の精神の不安定さは……冒険には全く向いていない。
冒険に出てはいけない類の人種といってもいい。
それだけならまぁいいが、この子はまじめすぎる。
できないことは仕方ないと考えない。
自分が悪いんだと責めてしまう。
人間なんて所詮、自分ができることをやるしかないのだが、この子はできないことが悪いと、そう思ってしまう。
だから、この子が冒険に出ることは俺達や本人にとってとてもよくないことになる危険性があると、そう思っている。
そしてまた、この子は不安や恐怖に弱すぎる。
闘争やストレスのかかる環境に挑むことが、この子はできない。
戦うことができないのだ。
闘争心がないといってもいい。
そうなると、どうなるか。
魔物と出会った場合人間はそれから逃げるか、戦うしかない。
もし、逃げれない状況だったら、この子はきっと硬直する。
危機的状況になるとこの子はきっと何もできない
そのせいで、俺たちの誰かが仮に倒れたとしたら……きっとこの子は自分を責めてもう一生この部屋から出ないだろう。
そんなの、誰のせいでもない。どうしょうもないことなのにな……。
俺は大きく息を吸って、ベッドの前に膝をついた。
そしてドクダミちゃんに聞こえるように、ゆっくりと話した。
「あのな、聞いてくれ。もし試験に落ちたとして、それはそれでいいんだよ。大体な、元々初めからこの計画は無理があったんだ」
「で、でも!」
「気持ちはわかる。しかしな、落ちたら終わりって訳じゃない。合法非合法混ぜ込んでも、魔界に行く手段なんていくらでもある。だからまた別の手段を探せばいいだけなんだ」
ドクダミちゃんが顔を上げて俺の方を見た。
「例えば、君が学校を卒業するまで待ってもいいし、卒業を待たなくてもアカデミーに入れるようになるまで、でもいい。俺たちの目的は、今すぐ魔界に行くことじゃないだろ?」
「でも、イヅナちゃんのお母さんには……」
「確かにな、でもだな思うに、殺すつもりならもうとっくに死んでるじゃないかな?だが、今も生きているということは、何かしらの目的があるのかもな。それがなにかはやからないがな。情報が無さすぎるが、だからって焦って魔界に行って死んじまったら元も子もないだろ?俺達の目的は確実に進むことだ。今進むことじゃない」
「そ、それは……」
「イヅナも、どうだ?ドクダミちゃんを犠牲にしてでも、会いたいか?」
「何がなんでもお母さんを助けたい……けど、でも、ドクダミちゃんを苦しめるのはいやです」
「そうだろ?そのために俺達ができる最善手が冒険に出る事だが、冒険に出ること事態が目的じゃない。もしも母親を救えたら……冒険に出る必要はないんだろ?」
「そうです……けど」
「目的を間違えてはいけない。真の目的に至る手段はいくらでもあるはずさ。今はただのプランAにすぎないんだぜ?」
その言葉にイヅナが反応したように見えた。
だが、イヅナは黙っていた。
「気軽に行け。その日までにできることは、俺が全部教えてやる。それで無理なら、誰も文句は言わないさ」
ドクダミちゃんは黙って俺の目を見ている。
「前も言ったろ?心に火をつけろ。燃料は何でもいい。それでもダメなら……逃げていい。人間なんだ、どうしても、できないことは必ずある」
俺は言う。
「だから、君は自分の心と体を守れ。それができるのは君しかいない」
俺の話の後、しばらくするとドクダミちゃんが立ちあがった。
そして両頬をぱちんと叩いた。
「も……ボス。もう一度……火をください」
ドクダミちゃんが言った。
「それでも、私、立ち向かいたいんです。火をつけてください」
俺は無言でマッチを擦った。
そしてドクダミちゃんに火をつけた。
ドクダミちゃんの火はすぐにドクダミちゃんの体を包んだ。
ドクダミちゃんはさっきみたいなことにはならなかった。
ただ、まっすぐ、立っていた。
ドクダミちゃんはまっすぐ立って、天井を見上げた。
それは、天井のその先、大空を超えた、遥か彼方のどこか遠くを眺めているようだった。
そして大きく息を吸い込み、涙の溜まった目元を拭うと、俺を見て、言った。
「教えてください。私全部やります」
ドクダミちゃんの瞳が揺れていた。
俺はその瞳に、確かに宿った、炎を見た。
「えらいお取込み中わるいんですけどね~」
背後から突然シルアさんの声がした。
俺たちは部屋のドアの方に目を向けると、シルアさんが微笑みながら立っていた。
どうやら、聞いてたらしいな。
「お昼ご飯ができましたんでね。先に片づけてもらえると嬉しいんですけどね!」
「あっ」
俺たちは声をそろえた。
そして誰かは分からないが大きく腹が鳴った。
「あーじゃ先に飯にするか」
俺が苦笑いしながら言った。
「そうしてください!もちろんモリー様の分もありますよ!」
「え?俺の分もですか?」
「もちろんですよ!お嬢さんがお世話になってるんですから。いっぱい食べてくださいね」
「ああ、すいません。気を遣わせちゃって、ありがとうございます」
「ボスは私達の一員なんですから当然ですよ!」
「ぼ、ボス?」
シルアさんは怪訝な顔をした。
「はい!ボスです!」
イヅナが元気に返事した。
「それだけどな。また後で話そうな?」
そんな感じで、俺たちは昼飯にあずかった。
「なぁレイシー聞いておきたいことがあるんだが」
俺は昼餉の食卓でレイシーに言った。
俺達には懸念点が、いくつかある。
その一つ、レイシーの懸念点がこれだ。
「お前さ、その食べる量さ、抑えられるのか?」
「ほえ?どういうことです?」
レイシーの目の前のさらには今日も大量のパスタが盛られていた。
その量は優に5人分はあるだろう。
それを主食にサラダや、主菜にも手を付けている。
こいつの胃袋は異次元だ。
ついでに言うと水もばかすか飲んでいる。
「俺たちは冒険にでるんだぞ?食い物も有限だ。毎食そんなに食われたら、荷物を全部食い物にしても足りないぞ」
「あ!そういえばそうですね!」
イヅナが声を上げた。
「冒険って何日くらいになる予定でしたっけ?」
「そうだな。まず往復でちょうど3日はかかるから、順調に言って最短1週間。まぁ余分見ても10日くらいは見てもらわないといけないと思う」
「日数はわかったんですけど……あのー具体的に量はどんくらいになるんですかぁ?」
レイシーがなんだか不安そうな感じでそう聞いてきた。
「そりゃ、俺達と同じくらいだな。というかこの皿のパスタくらいになると思う」
「ええ?!そんな量で10日もですか?!餓死してまいますよ!!」
「と、いわれてもな……でも、どうしてもそうなる」
「う、う、う、うえええ~」
「だ、ダイエットだと思ってがんばろ?」
「ううう~」
「まぁ我慢できるならそれでもいいんだが、それで力が出ないとなったらそれはそれで問題なんだ」
「でぇへんと思います~」
「ならそこらへんも何か考えないとな……」
「ついでに質問なんだけどさ。ドクダミちゃんは水をつくれるのか?」
「そ、それは飲み水ってことですか?」
「ああそうだ」
「つく……れます。けど……」
「何か心配事があるのか?」
「はい……どうしてもやっぱり色味には見えなくても毒化しているかもなので……」
「コントロールできないのは知ってるが、判断もつかないのか」
「はい。私が飲んだらわかるんですけどね」
「それは、大丈夫なのか?」
「わかりません……」
「それじゃあ、やめとこう。次に行く南部魔界は乾燥地帯でもある。水は貴重だ。食料よりももっていくならそちらを優先することになるな」
「ということは……」
「我慢していただくほかない」
「愚妹のことなので、横から申し訳ないですけど、家にこういうものもありますよ」
そいうとシルアさんがどこからともなくみょうちくりんな形の鍋を持ってきた。
「おねぇちゃんナニコレ?」
「まぁ見ててみぃ」
シルアさんはそう言うと鍋の蓋を開けた。
シルアさんはそこに野菜や鶏肉などをポンポン入れた。
そしてそれを蓋をして、それを台座のようなものに取り付けた。
「すいませんがモリー様この下に火をつけてくださいませんか?」
シルアさんに言われて俺は台座に空いた、口からから火を中に入れた。
すると、台座の中の燃料が燃えて鍋に火が入った。
しばらくすると鍋からうまそうな匂いがしてきた。
「そろそろやね~」
シルアさんはそう言うと鍋の蓋を開けた。
鍋の中にはいつの間にか、うまそうなスープができていた。
「おいしそう!」
イヅナが声を上げた。
「ほんまや~!材料入れるだけでええのん?それなら私でも出来そうやな~」
レイシーがのんきに言う。
「お前料理できないのか?」
「はい!からっきしですねぇ~」
「そ、そうか……」
俺は言葉を失った。
「冷めないうちにどうぞ」
無駄口聞いてる間にシルアさんは皿を用意しスープをよそってくれていた。
遠慮なくいただくことにする。
「おっうまい」
「ほんとだ!おいしい!こんなすごい料理すぐに作れるなんて!!もう、シルアさんがついてきてくれればいいのに!」
イヅナがそう言った。
ちなみにそれは誰もがそう思っていたが、あえて誰も口に出さなかったことだ。
「いや~ウチはライセンスもありませんし……戦う力もないんでね~」
「こらこら、困らせないの」
「うう~残念!」
「大丈夫やって、イヅナちゃん!おねぇちゃんの分も私がご奉仕するから!」
「え?う、うん。それはありがたいんだけど……ね?」
「え……?ひどいわ……イヅナちゃん。あんまりや!!」
二人がいちゃつき始めた。
「いや、それはいいとしてだ。この鍋はたしかにすごい」
長くなりそうだったので、俺は話題を切り替えた。
それを聞いて、シルアさんがにんまりと笑った。
「お気づきですか?流石ですねぇ」
「え?なんですか?!」
「イヅナちゃん。この鍋スープを作ったのに水を入れてないんだよ」
ドクダミちゃんがそう言うとレイシーとイヅナが少しの間固まった。
「え?うそん?入れてたやろ?」
「入れてへんよ」
「ええ?!なんで?水入れないでスープができるんですか?」
「蓋を思いっきり閉めて密閉すると、入れた野菜から水分が出るんよ。それで作れるっちゅうことですね」
「ええ?そんなことが?」
「う、うん。できるって聞いたことはあるよ。でも、見たのは初めて」
「ほえ~ドクダミちゃん何でも知ってんねぇ。言われてみれば少しスープは少ない気するね」
「昔、旦那様が持って帰ってきたんですよ。マァオンラァタジンって名前らしいです。ある冒険者からもろたらしいんですけどね」
「その人……何者?!」
「そこまでは……でも、なんか変な人やって言うてはったわ」
「これは確かにすごいですね。よければこれお借りすることはできますか?」
「はいもちろん。どうぞどうぞ」
「こ、これがあれば!食糧問題は解決ですか?!」
「いや、そんな簡単なもんじゃない。だいたい冒険で一番手に入りにくいの物が野菜なんだ。それを大量に使う必要があるとなれば……これだけで全部解決ってのは難しい気がするな」
「そんなぁ……」
「まぁでもいろいろ試してみるよ。有用なのは間違いないしな。それに……火なら無限に出せる。つまり俺達なら理論上どんな物でも調理できる……可能性がある」
みんなで感心しているとシルアさんが手を叩いた。
「はいはい、お話もいいですけどね。そろそろ片づけてもらえますか?」
そういうシルアさんの口調は、まるで新しい玩具に夢中な子供をなだめるような感じだった。
「はーい!」
俺たちはそう返事すると、食卓に向かい、料理を片づけ始めた。
食事中も俺たちはやはりあれやこれや話しながら食っていた。
それを見ていたシルアさんはあきれたようにため息をついていた。




