鐘の音
「嘘だ……そんなの……」
マンダリアン老人から聞いた話は信じられないことばかりだ。
人類は滅んでいなかった……だぁ?
驚愕の事実過ぎる。
この事実が知れたら……国がひっくり返るぞ。
それとも、誰にも信じてもらえず狂人として病院送りにされるかな?
なんにせよ、あのマンダリアンから聞かなかったら絶対に信じない内容だった。
「本当にあるんですか……?そ、その……シルヴァウルリア国ってのは」
「ああ、ある。そう言っておろうが」
「じゃあ、天界とか……地獄とか……そういうのもあるんですか?」
「ある」
「じゃあ、この星の中心には氷の地獄がにあるってことですか?そこにやばい奴が封印されている?」
「いや、コキュートスはすでに融解している。今はこの星を模した世界になっている。太陽はないがな」
「は?そうなんですか?じゃあ、その封印されてたやばいルシ何とかってのの封印も解けたってことですか?!」
「いや……奴は……」
マンダリアン老人が何かを言おうとした時、鐘の音がどこからか聞こえて来た。
「おや?もうそんな時間か」
マンダリアン老人は船のある方向を見て、そう言った。
「な、なんなんです?今の鐘の音は?」
「船にある時計の音だよ」
「時計?!」
「ああ、砂時計があってだな。ちょうど8時間に一度鳴るのだ。今のは夜の鐘だ」
「夜の鐘?それって……」
「時計は毎日朝の4時と、昼の12時と、夜の20時に鳴る」
「はぁ……では、もう夜の20時ということですか?」
「左様。夜の鐘がなったらいつも船に戻って就寝の準備をするのだ」
「そ、そうですか……」
「と、いうことでだな。今日はもう休もう。続きは明日にしようではないか」
マンダリアン老人はそう言った。
俺たちは反対しなかった。
マンダリアン老人がそういうなら……そうした方がよいのだろう。
「船室はいくつもある。案内しよう。どうせ使う者はおらんから遠慮なく使ってくれてよい」
「あ、ありがとうございます」
「寝具はあるが……いかんせん使ってないからな。ソファならある。何もないよりかはマシであろう」
「はい。ありがとうございます。大丈夫です、俺たちどこでも寝れますから」
俺がそういうと、マンダリアン老人はにやりと笑って頷いた。
「じゃあ……戻ろうか」
俺は三人に向かってそう言った。
「はーい!分かりました!」
イヅナが元気にそう言った。
眠くは全く無さそうだった。
「ういっす!夜や、言われたら、なんか眠うなってきましたわ~」
レイシーはそう言って、大きく欠伸をした。
「そっか!おつかれだね!」
「ほんまやで……あのクソ悪魔のせいで腕もまだ痛いし!ほんま疲れたわ……」
「おっ?レイシーちゃん鍛錬が足りないんじゃないのぉ~!?私は元気だよ!ばっちり鍛えてるからね!」
イヅナは自慢げにそう言った。
「お前が元気なのはずっと寝てたからだろ」
俺がそういうとイヅナが頬を膨らませて怒った。
「私も頑張ってましたから!」
「はいはい」
「ムキー!寝てたのはあなたのせいなんですからね!」
「そのおかげで助かったろ?俺もずいぶん吸われたからか……すげー疲れたわ」
そう言って、俺も大きく欠伸をした。
欠伸をしたら、一気に疲労感が襲って来た。
ここは安全そうだし、それにここが目的地のニンフモクであるということが分かって、緊張の糸が切れたようだ。
心配事はまだあるけども……でも、一旦は大丈夫そうだ。
「お言葉に甘えて……休ませてもらおう」
俺がそういうと、マンダリアン老人は、それがよいと言って頷いていた。
「では、戻るか」
マンダリアン老人はそう言って、歩き始めた。
俺たちもそれについて行った。
「あ、あ、あの……私、もう少しここにいてもいいですか?」
扉の洞窟の入り口の前でドクダミちゃんがそう言った。
「え?どうして?」
急にそんなこと言うもんだから、俺は首を傾げた。
「あ、あの……もう少し調べてみたいというか……」
ドクダミちゃんは申し訳なさそうにそう言った。
しかし、マンダリアン老人は首を横に振った。
「ドクダミ嬢。気持ちはよく分かる。しかし、休まねば頭も働かぬというもの。怒涛の冒険を搔い潜ってここまで来たのです。今はお休みになったほうがいい」
「あっ……そ、そうですよね……す、すみません……」
「謝る必要はありませんよ。かくいう私もこの場所を見つけた時は三日三晩寝ずに研究をしましたからな」
マンダリアン老人はそう言って、にこりと笑った。
「そ、そうですよね……す、す、すみません……」
「だが気持ちは痛いほどわかりますぞ。しかし、焦る必要はありません。その手帳があなたの手にあるのですからな」
マンダリアン老人はそう言って、ドクダミちゃんの持っている研究ノートを指さした。
「え?こ、これですか?」
「ええ、そこにこの部屋に入るための呪文が書いてあります。十分睡眠を取ったら、朝早く起きて、ここにくればよいのです」
マンダリアン老人の言葉を聞いて、ドクダミちゃんの顔が明るくなった。
その顔を見て、マンダリアン老人はにやりと笑って言った。
「魔物も今日倒しましたからな。周期的に3日は現れない。危険はないでしょう」
「は、はい!あ、あ、ありがとうございます!」
ドクダミちゃんはそういうと、ぺこりとお辞儀をした。
マンダリアン老人は、柔らかい表情で微笑んでいた。
「10ページ目です。おお、そうそれですよ」
扉の部屋から出て、マンダリアン老人がドクダミちゃんに呪文について教えた。
「こ、これですね?」
「そうです。下に書いてあるのが口語訳です。そのまま読めばこの石の扉を動かせますよ」
「は、はい!こ、こうですか?」
マンダリアン老人の手帳を見ながら、ドクダミちゃんが何か呪文を唱えた。
すると、石の扉がゆっくりと閉まった。
「おお~すげぇ……」
「これで自由に出入りできますな。中に入ったら、扉は開けておくことをおすすめします。外側からしかこの扉は開けられないのです」
マンダリアン老人がそう言った。
「そ、そうなんですか?は、はい。わかりました」
「よろしい。では、船に戻りましょう」
「はい!」
そうして、俺たちはマンダリアン老人の船へ戻って行った。
あれ?ここは?
ふっと、気が付けば、真っ暗な場所に立っていた。
見覚えは全くない。
辺りを見てみても……まぁ、なんもない。
ただ真っ暗だ。
えっと?俺は何をしてたんだっけか?
たしか……マンダリアンの船に戻って……。
そうだ、あの船すごいんだ。
大昔の船なのに風呂があったんだ。
そんでみんなで順番に入って……部屋に行ったけど、埃がすごくて……。
で、俺がベッドだけ、火で燃やして、何とか眠れるようにして……。
で、あれだ……寝たんだ。
横になったら一瞬で意識が飛んだ。
で……ということは……ここは夢の中ということか。
夢か。
ならまぁ……納得だな。
だが、妙だな。
最近見る夢って言ったら……変なのばかりだけども……。
例えば、どこかの誰かに罵倒されたり、知らん人と船に乗ってたり……田舎の椅子に座ってたりだ。
何にもなく真っ暗って時もあるけども……今みたいな何にも無いし、なんにも起きないってのは……無いなぁ。
何とも奇妙な感じだ。
でも、まぁ……嫌いじゃない。
静かなのは結構好きだ。
でも、あまりにも何もなくて……流石にさみしいな。
何か一つ……そうだな……火でもあればいいか。
静かで、ただ燃える音だけが聞こえる。
そういうのは好きだ。
となれば……さっそく火を……。
なんて思っていると……突然にゅん!と奇妙な音が鳴った。
なんだ?と思ったら、急に真っ暗な空間に穴が空いた。
ん?!
俺は目を凝らした。
なんだ?あれ?穴?
なんだ?なんか妙な穴だな。
何が妙って……なんか横だ。
こういうのは目の前に現れるのが相場じゃないのか?
なのに、穴が空いてるのは右側だ。
俺の立っている場所からまっすぐ道を引いたとするなら……そのちょうど一歩出たところ辺りに、穴が空いている。
それになんか……遠い。
10歩ぐらい先に穴が空いている。
まるで、俺なんかには何にも関係ない感じだ。
妙だな。ここには俺しかいないのに……。
俺は穴を眺めてみる。
しかし、穴の向こう側に何かありのは見えるが……その先の景色までは見えない。
俺は少しだけ回り込んで、穴の向こう側を見てみようと思った。
その瞬間……穴の向こうから誰かが飛び出してきた。
「開いた!けど……ちょっと!どこよここ!」
飛び出してきたのは女の子だった。
背が高い子で、180くらいか?かなりでかい。
短い黒髪で眼鏡をかけている。
そんでいて制服を着ていた。
あれは……見覚えがあるぞ?確か、シャリオン校の制服だ。
「ああ、クソ!やっとポータルがつながったと思ったのに!全然、ダメじゃない!出口はどこよ!」
全く見おぼえない子だけど……どうやら……あんまり育ちはよくなさそうだ。
女の子は穴の向こうから飛び出してくると、暗闇の中で地団太を踏んでいた。
そして、何もない空間に向けて拳を何度も突き出していた。
「ええい!繋がれー!繋がれって言ってんでしょうが!このアホー!」
女の子は何か焦っているような感じだった。
何かは分からんが……困っているように見えた。
「あ、あのさ……」
「ああ?!」
俺が声をかけようとした時、女の子が急に何もない空間の方を振り向いた。
「なに?!急いでるの!邪魔しないでよ!だいたいあんたのせいでしょうが!」
女の子は何もない空間に向かってそう言い放った。
ちょうど、その子の右肩辺りだ。
まるで、誰かがそこにいるみたいだが……何かがいるようには見えなかった。
「なに?!は?どこ?!そんなやつ、どこにも……!」
女の子はきょろきょろし始めた。
そして……少し離れたところでぽかんと突っ立っている俺を見つけた。
「え?!キモっ!え?だれ?!なんでこんなとこに……?!」
女の子は俺を見つけて、穴の方に逃げ帰ろうとした。
しかし、俺の方を何度か見ると、眉をしかめた。
「え?え?ええ??」
女の子は俺の顔を何度も見た。
なんか……信じられないって感じだ。
「ええ~?!!」
女の子はめちゃくちゃ驚いたようで、俺の方に駆け寄って来た。
その速度たるや恐ろしいほどであり、いきなり目の前に来るもんだから、流石の俺もたじろいだ。
「あんた!なんでこんなとこにいるのよ?!」
「え?な、な……なに?!」
「なに?じゃないでしょ!あんたこんなとこで……あ?!なに?」
女の子はまた自分の肩の方を見た。
俺には何にも見えない。
けども、女の子は確かに何かと会話しているようだった。
「懐かしい?冒険してた時?はぁ?!」
女の子はそういうと、怪訝そうな顔でじっと俺の顔を睨みつけた。
「ううん?確かに?なんか……若い?」
「え?いや……自分で言うのもなんだけど……俺、結構、いい歳だと思うけども」
「は?!ああ、まじで昔からそんななのね?あんたって……」
「え?」
「え?!じゃないわよ!もう!ほんとうにどんくさ……」
女の子がそう言った瞬間、にょんという妙な音と共に穴が閉じた。
「え?うええーーー?!」
女の子が悲鳴を上げた。
「閉じた?!うっそ!うっそでしょお~?!!」
女の子は大慌てで空間に何かしていた。
だが、何も起こらない。
「あ、う……魔力切れ?うううううう!なんで……そんな……なんでこうなるのよぉ~!」
女の子は、ぐぐぐと歯を食いしばって悔しがっていた。
やがて、すべてを諦めたようにため息を吐いた。
「最悪!もう!どうして……!私……なんでよ……」
女の子は俯いたまま震えていた。
その姿を見て、俺は思った。
なんだ?なんだろう……この感じは……。
なんか、見たことある。
見た事というか……前にも同じようなことがあったような……?
その時……俺はどうしたのだったかな?
いや、思い出すまでもないか。
俺ができることなんて……一つしかないしな。
俺は手を合わせる。
呼吸を整えて……指を合わせて……擦った。
マッチ棒のように指を擦ると、指先に火が灯った。
俺はその火をぼんやりと眺めた。
なんでだろう……この指先の火……今まで以上の力を感じる。
この指先に魔力が圧縮されている。
そう感じる。
今までこんなことできたことない。
やろうとしたこともない。
なのに……今、できている。
自然にそうした。
なんか不思議な感覚だ。
この火……これは……なにか……。
俺……まだ、何か……この火の中から……まだ何かが生まれるような気が……。
「全部全部……てめぇのせいだー!」
火を眺めていると、女の子が叫んだ。
「え?は?!」
何?!と思った瞬間、腹部に鈍い痛みを感じた。
「おぐ?!」
女の子の拳が俺の腹にめり込んでいた。
こ、こいつ……!この速度!この威力!
殴り慣れてやがる!
それに……この拳の重さ!只者じゃない……?!
俺は鈍い痛みに負け、その場に膝をついた。
「いっつもいっつも!あんたのせいで!私はずっと不幸よ!」
「おごおおおお……」
痛みに悶える俺に向かって、女の子はまくしたてた。
「むかつく!なんなのよ!このでくの棒!アホ!あんたのせいで!あんたのせいで私の人生は!ずっと!ずっと……!」
女の子はそういうと、ううううと唸り、やがて、その場にへたり込んだ。
「うううう……どうして……もう間に合わない……」
女の子はすべてを諦めたようにそう言った。
さっきまでのパワフルさはもう見る影も無かった。
俺は目の前でへたり込んでいる女の子を見た。
何が起こっているのか?何に怒ってるのか?まったく分からなかったが……でも、助けないといけないって思った。
俺は火のついた指をその子の方に向ける。
指先に集めた魔力の塊を向けた。
その瞬間、魔力を圧縮した俺の火は、その子に吸い込まれて行った。
女の子の体に火がつく。
真っ暗な世界に火が灯り……暗闇を照らした。
ああ、綺麗だ。
赤色が鮮やかで……すごく綺麗だ。
俺は珍しくそう思った。
女の子が顔を上げた。
そして、俺の顔をじっと見た。
「ああ……なんだ……ほら、事情は分からんけどもだな……」
俺は言った。
「俺の火、魔力を分けれるんだ。それでなんとかならんかな?」
俺がそういうと、女の子はじっと自分の手を見つめた。
「なにこれ?すごい……!あんた、こんな強かったの?」
「え?ああ、まぁ……それくらいしか取り柄無いしなぁ……」
「うん、知ってる」
「知ってる……の?」
俺は首を傾げた。
「これさえあれば!行ける!」
女の子は立ち上がった。
そして、女の子は手を合わせた。
女の子はゆっくりと深呼吸し……そして、拳を握った。
「私の道……開け!」
女の子は大きく拳を振り上げた。
そして……。
「突貫ーーー!」
女の子は空間に拳を叩きつけた。
そこには何もないはずだが……女の子の拳は見えない壁をぶち抜いた。
「ぶち抜いた!」
暗闇を破壊して、女の子は扉を開いた。
「ここは?!図書館?!ええっと……まだ間に合う!」
女の子はそういうと、壁の向こう側に飛んで行ってしまった。
俺は腹を抑えたまま、呆然とその景色を眺めていた。
なんだ……あの子?
爆発のように現れ、嵐のように去っていった。
まぁ……なんにせよだ。
間にあったようで、よかった。
俺はそう思った。
女の子の開けた穴が、だんだん閉じ始めた。
俺はぼんやりとそれを見ていた。
すると……ひょっこりと向こう側から女の子が顔を出した。
「あっ!ちょっと!ねぇ!お父さん!」
「え?」
「ありがとう!流石……のモリー!」
「え?なんて?」
「ありがとう!」
「いや……その後!」
「……のモリー!そう言われてたんでしょう?」
「ええっと……何?」
「ええい!そういうとこ!そういうとこが嫌いなの!あのさ!言っときたいんだけどさ!親って子供の為にいるの!分かる?!あなたは私に尽くすためにいるの!自覚してよね!娘の言うことはもっと聞いて!自由を縛ることは絶対やめて!私は世界で一番美少女で、最強で天才なんだから!分かった?!心して?!私の才能を邪魔するようなこと絶対にやめるの!分かった?!親の人生は子どもの為にあるんだから!全部尽くすの!お母さんにも言っといて!」
「え?は?俺は独身だけど?!」
俺がそういうと、遠くの方で鐘が鳴る音がした。
「うあ?!やばい!じゃあね!」
言うだけ言うと、女の子は向こう側に頭をひっこめた。
そして、ぶち開けた穴は完全に閉じてしまった。
そして、俺は真っ暗な空間に独り取り残された。
なんだったんだ?夢?
にしては、痛かったな。
俺はそんなことを考えながら、真っ暗闇な天井を見つめながら、ため息を吐いた。
そして、ゆっくりと目を瞑ると……爆発のような鐘の音が聞こえていた。
「うあ?!」
目を開けると、古い木の天井が見えた。
家のアパートより古いけども……綺麗に見える。
流石だなぁって、ぽかんとそう思った。
あれ?何だっけ?なんか夢を見ていた気がするが……忘れた。
いや、それよりも……。
鐘の音がする。
船についてる時計の鐘だ。
えっと……あれが鳴ってるってことは……4時だっけか?
まだ、早朝だな。
もうひと眠りするか。
俺はそう思った。
「うぐぐう……」
「ほまぁ……」
俺が寝転がろうとしたら、イヅナとレイシーが間抜けな声をあげた。
あれ?一緒に寝てたっけ?
ああっと……横になって一瞬で寝たから記憶がない。
たぶん、いつも通り四人で寝たんだろうと思う。
が、あれ?
「ドクダミちゃん?」
俺は腹の上を見る。
いつも上に乗っているドクダミちゃんがいない。
俺は体を起こし、ドクダミちゃんを探した。
しかし、ドクダミちゃんの姿はどこにもなかった。
まさか……?
心当たりはあった。
もう、あそこに行ってるのか?たった一人で?
マンダリアンさん、曰く危険はないとのことだが……流石に一人は心配だ。
いや、もしかしたら、マンダリアンさんも一緒かもな?
なら……だいじょうぶ……。
大丈夫だろう。
そう思った瞬間、マンダリアン老人の顔が瞼の裏に浮かんだ。
背中に悪寒が走った。
何か嫌な予感がした。
なんだ?何か胸騒ぎがする……気がする。
俺は体を起こし、ベッドから出た。
「うあ?モリーさまぁ?」
俺が部屋を出ようとしたら、イヅナが起き上がった。
「よぉ」
「もう朝ですかぁ?」
イヅナは欠伸をしながらそう言った。
「いやまだだ。もう少し寝てな。飯を用意しとく」
「はぁい」
イヅナはそういうと、大きく欠伸をして、再び眠りについた。
俺はその姿を見て、ゆっくり音を出さないように部屋を抜け出した。
船の中を進む。
暗い船室の廊下を進んで行くと、甲板に出た。
そこから下を覗いてみると、陸に渡る橋がすでにかかっていた。
昨日……仕舞ってなかったかな?それとも?
俺は階段を降りて、橋を渡り船を降りた。
洞窟の中は今日も何も変わらず静かだった。
昨日……というか、俺たちが来たときと……景色は何一つ変わらない。
本当に時間が止まっているようだ。
じっとしていると、なんか頭がおかしくなりそうな気がした。
俺は急いで昨日の場所に向かった。
ぐるっと回り込み、岩の裏の秘密の通路を進む。
通路に入ってすぐに向こう側の景色が見えた。
既に扉は開いているようだ。
やはり……ドクダミちゃんはここにいるようだ。
俺は扉の部屋に入る。
入ってすぐ、真っ白な扉の近くの壁を見つめるドクダミちゃんの姿が見えた。
「やぁ、熱心だね」
俺が声をかけると、ドクダミちゃんがびっくりして跳ねた。
「わ!も、モリー様!」
「おはよう!寝れた?」
俺は歩きながらドクダミちゃんにそう訊ねた。
「は、はい!」
「そりゃあ、よかった」
俺はドクダミちゃんの近くまで歩いて行った。
マンダリアン老人の姿は……近くにはない。
マンダリアン老人の研究机はそのままで、俺の荷物もまだそこに変わらず置かれていた。
「ひとり?」
「は、はい。すみません……」
「謝ることじゃないさ。ちょっとびっくりしたけども……いつからいるの?」
「い、い、一時間くらい前からです」
「早起きだな。しっかり寝れたのか?」
「は、はい。驚くくらい深く眠ったので……逆に早く目覚めちゃいました」
「そうか。俺もだよ」
「そ、そうですか……イヅナちゃんたちは?」
「あいつらはまだ涎垂らして寝てたよ」
「そ、そうですか……」
ドクダミちゃんは朗らかに微笑んだ。
どうやら、本当にしっかり休めているようだ。
昨日はずっと青い顔してたからな。
少し心配だったんだ。
だが、今の朗らかな顔を見るに……大丈夫そうだ。
俺は、ほっとため息を吐いた。
何も不安に思う必要は無さそうだ。
「で、何かわかった?」
俺はそう訊ねた。
すると……ドクダミちゃんの顔が一瞬で曇った。
「え?どうした?」
嫌な予感がした。
「あ、あの……モリー様ひとりですよね?」
「え?そうだけど……どうしてそんなこと聞くの?」
「あ、あの……この壁……よく見てください」
ドクダミちゃんはそう言って、扉の横に描かれている謎の絵と文字を指さした。
俺はじっと壁を見てみるが……何も分からない。
「ん?なに?これはどういう意味なんだ?」
「意味は……良いんです。こっちの扉の方と見比べてください」
「え?見比べるったって……」
言われたとおりに、俺は白い扉と壁を交互に見比べてみた。
「ううん……?」
「なにか……違和感がありませんか?」
「違和感?ああ……言われてみれば……壁の方の文字は少しくすんでる?」
「そ、そうです!」
「はぁ……それがどうしたの?」
「違うんです……」
「違う?何が?」
「こ、この……洞窟に描かれている絵や文字と……この扉に描かれている物……似ていますが違うんです……」
「どういうこと?どこが違うの?」
「描いている物が違うんです」
「世界の秘密が描かれてるんじゃないのか?」
「そ、そうじゃありません。道具の話です」
「道具?」
「こ、この壁面は……普通のチョークのようなものが使われているんです。扉の方は何が使われているのか分かりません。全く未知の筆記具が使われています」
「どう……いう意味?」
「こ、これを……見てください……」
ドクダミちゃんはそういうと、手に持っていたマンダリアンノートを広げて見せた。
そこに……書かれている文字は……壁に描かれている物とよく似ていた。
「これ……は……つまり?」
ドクダミちゃんは頷いた。
その瞳には、恐怖の色が見えた。