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ドクダミちゃんの休日

寝苦しくって不意に目が覚めた。

朝かと思ったけど、外はまだ白み始めたくらいだった。

こんな時間に目が覚めるなんて、珍しいな。

それは連日続くこの暑さからなのか、それとも不安からなのか。

私は来ているパジャマのボタンを一つ外して目をつぶった。

悪いことは忘れよう。

マイナスなことは考えないでおこう。

あ、あ、あ……アイス、愛犬、空き巣、空き家、行灯、行脚、アンコウ……。

私は無意味な単語を羅列した。

そうしていたらすぐに意識が淀んできた。


「おおん!」

「あいた!」

急に隣から拳が飛んできて、私の頬を押してきた。

隣に目を向けるとレイシーちゃんが寝返りを打っていた。

レイシーちゃんはすごくいい子だし、なんなら私から一緒に寝ようって誘ったけど、とにかく寝相が悪い。

朝起きたら足が私の顔に乗ってたり、逆にレイシーちゃんの顔が私の顔の上に来てたりする。

でも大体は落ちてる。

ベッドからどうやったらあんなにきれいに落ちれるんだろう。

なんていうか、すごい。

私はレイシーちゃんをもとの位置に戻して、そして思いっきり抱きついた。

レイシーちゃんは抱き着くとおとなしくなる。

少し暑いけど、まぁ殴られるよりまし……というか。

それに、レイシーちゃんはすごいがっちりしてるっていうかしっかりしてるから、抱き着いていると安心感がある。

さて……レイシー、霊廟、冷徹、連続、励行、レターセット、レンタル、錬金術、連綿……。

私はそのまま目をつぶって、また意味のない単語を並べた。

すぐに意識が遠くなって……眠りについた。



「おーい。そろそろ……起きる時間だぞ。お寝坊さん」

なんだかくさいセリフが聞こえてきて、目が覚めた。

目を開けると、レイシーちゃんが私を腕枕して頭を撫でていた。

「おはよう。僕の眠り姫……」

レイシーちゃんはそう言って笑いかけてきた。

「なぁに?気持ち悪いんだけれど……」

レイシーちゃんは時々こういう時がある。

そして大体こういう時は……。

「何って……はは。君が求めてきたんじゃないか」

「う、う~ん、つ、ついてけないよ」

私は低血圧気味だから、朝は超苦手だ。

「だってぇ目覚ましたらドクダミちゃんが情熱的に抱きしめてくれてたからさぁ~。惚れられたかなって?」

「え?う、う、うん、ああーうん」

返答に困るよ……。

こういう時は流すのが一番だ。

「うん、それよりさ。朝ごはんの時間じゃない?いつまでも寝てるとまたシルアさんに怒られちゃうよ?」

「おお!そうやね!それに今日は、大切な日やしね!」

レイシーちゃんはそう言った。

そうだ。今日は特別な……勝負の日だ。



一週間前、私たちはモリー様のお宅へお邪魔した。

その時に私達は信じられない話を聞いた。

なんと、私達冒険に出れるらしい。

でも、その為には……今日の試験に合格しないといけない。

モリー様にも「君がカギだ」と言われた。

私が足を引っ張るわけには……いかない。

何としても、でも、ケチがついちゃいけない。

正々堂々勝負して勝たなきゃ……。

「そんな緊張せんでもええんちゃう?簡単な試験なんやろ?」

確かに、その通り。だけど、イヅナちゃんの気持ちを考えれば……万が一もあっちゃいけない。

「そうだね。いっぱい勉強もしたし、いっぱい寝たし、今日の試験は大丈夫……だと思う……多分……きっと……うん」

「ちょいちょい!また悪いとこ出てる!考えすぎたらあかんよ!過去問も完璧やし、ドクダミちゃんなら余裕やって!」

「う、うん。ありがとう」

そうなんだけど……私は、勝負で勝ったことがない。

勝負ってなると、今でも思い出す。

昔の自分の未熟さ、後悔……でもそれは今でも全然ダメ。

だから、私は自信がない。

今からでもすごい嫌な汗が……。

でも、ここで逃げたらだめ。

逃げたら……きっと私は……いつか……。

最悪の想像をして、寒気がした。

だめだ。今は目の前のことだけに集中しないといけない。

昔のことは忘れるんだ。

嫌な奴も忘れる。嫌いな自分も忘れる。

大切は人のことだけを考えるんだ。


「もし、怖くなったら、心の炉に火を灯せ。焚べる燃料は何でもいい」

目をつぶって震えていた私にレイシーちゃんがつぶやいた。

「その後なら……」

「レイシーちゃん」

私は顔を上げた。

「その後は……大丈夫。ありがとう」

「うん」

私は拳を握って、おでこにつけた。

そしてゆっくり掌を開いた。

掌にはなんにもないけど、あるって信じてる火を、飲み込んだ。

「かっこええよね。モリー様」

「そうだね」

モリー様がプレッシャーで倒れそうになってる私にかけてくれた言葉。

そして、おまじないの方法も教えてくれた。

「魂に火はついたかい?」

レイシーちゃんがニヒルに笑った。

「うん。もちろんだよ」

そういって私は別途から飛び出した。

いっぱいかいた寝汗のせいか少し冷えるような気が……あれ?

なんだかすごいスースーする。

自分の体を見た。なんでか私は素っ裸だった。

え?っと思って振り返るとなんでかレイシーちゃんも裸だった。

「え?え?なんで?裸なの?!」

私は叫んで、その場にしゃがみこんだ。

「え?あーなんかドクダミちゃんの寝顔見てたら、へへへ、たまらんなってきてね~」

「な、な、な!!」

「いやぁ~うすうす思とったけど……ぐへへへへ、ドクダミちゃんええ体に育っとるねぇ~」

「ち、ち、ち、ちょっと!え?なんにも……してないよね?」

「う?うん。してへんよ!まぁちょっと?つまんだりつついたりは……あったかもやけど!」

「さ、さ、さ、さ、最低!」

「ええ?!最低なんて……そんな言葉!あかんなぁ~……だってその気にさせたんはドクダミちゃんのほうやでぇ~?」

「う、う、う、い、い、い、いやでも」

「おしおきやなぁ~!ぐへへへへへへへへ!いけない子にはお仕置きせんとなぁ!!!」

そういうとレイシーちゃんは舌なめずりしながら私に迫ってきた。

「お、お、お、お、おかされりゅううううう!!」

私は全力で逃げた。



「ちょっと!あんたら!なーにを朝からどたばたやってんの!」

そう言いながらシルアさんが部屋に入ってきた。

「う、うわ!汚な!!ちょっとレイシー!あんたこれ掃除してへんやろ!!」

「あっ!おねぃちゃん!何よ急に!ちゃんとしてるよ!」

「嘘こきぃな!してへんやろ。っていうかなんであんたら裸やの?!」

シルアさんは私の部屋の惨状を目の当たりにし、あっちこっちに目をぐるぐるさせて最後にそう言った。

「あ、あんたら……まさか?!え?あかんよ!そういうのはあかん!」

「ち、ち、ち、ちがいます!これは、レイシーちゃんが!」

私は焦って弁明した。

完全に誤解されてる。

「レイシー?」

シルアさんがレイシーちゃんをにらみつけた。

「あ、いやこれは……はははははー」

「レイシー……あんた、ちょっと来なさい」

あっ、シルアさんのこの冷たい口調……これ、死ぬほど怒られる奴だ……。

「いやいや、ははは、いやいやいや。ねぇ?ははははは」

レイシーちゃんは笑ってごまかそうとしていた。

シルアさんは無言でずかずか歩いてきて、レイシーちゃんの耳を引っ張っていった。

「いたい!おねぇちゃん!これには事情が!!」

「でしょうねぇ~?だから向こうでよーく聞かせてもらいましょうかね~」

レイシーちゃんは言葉なくあうあう言いながら引っ張られていった。

シルアさんは冷たく笑っていた。



「お嬢さん。お着換えです。ほんま家の愚妹がご迷惑を……」

シルアさんは部屋を出てすぐに着替えをもってきてくれた。

「あ、ありがとうございます」

私はそれを受け取るともぞもぞ着替え始めた。

シルアさんは私が恥ずかしそうに布団にくるまっているのを見ると、すぐに背中をこっちに向けた。

「すいませんね。お嬢さん背中見せながら話しかけるなんて無礼をしますけど……」

「い、いえいえ……お気遣いなく」

シルアさんは私にすごく丁寧に接してくれる。

「大切な試験も近い言うのに、ほんと、阿呆な妹で申し訳ないです。でも、その、あの子……」

「だ、大丈夫です。それにレイシーちゃんのことは、わかってますよ」

「それは、すいません。ご無礼を……」

「い、いえ……」

シルアさんはすごい、いい人だけどなんだか距離を感じる時がある。

今も気まずい沈黙が流れてる。

「ああ、朝ごはんですけどね。もうできてますからね。準備しときますんで、降りてきてくださいね」

「あ、ありがとうございます」

シルアさんは、空気を読んでか、そう言うとさっと扉に向かった。

なんだか、すごい悪い気がした。

他の人は、どういう風におしゃべりするんだろう。

いつも私は、誰かと話をする時はそういう風に悩む。

正解って何かわからない。

私はそんなことを考えながら服を着た。

気が付いたら目線は床を見ていた。

ダメだ!前を向かなきゃ!

私は大きく深呼吸すると、胸に手を当てた。

心臓の鼓動がいつもよりも、熱いのを感じた。

「よし、大丈夫!」

私はそう言うとダイニングへ向かった。



ダイニングに行ったら机に額が付くんじゃないかってくらいうなだれているレイシーちゃんがいた。

レイシーちゃんはいつものメイド服姿だったけど、珍しくボタンを全部閉めて、襟元までびしっとしていた。

「おはよう。レイシーちゃん」

私はうなだれるレイシーちゃんに声をかけた。

「あ、ドクダミちゃん……おはよう。ほんま、ごめんねぇ~」

レイシーちゃんの目が淀んで死んだ魚みたいになっていた。

「おなか減ったねぇ~」

「そ、そうだね」

すっごい怒られたんだろうな……。

そんなことを考えてたら、キッチンからシルアさんが料理を運んできた。

焼き立てのバケットに、お皿に小さなサラダと目玉焼き、それにいい匂いのスープ。

今日もシルアさんの料理はおいしそう。

私の前に丁寧にお皿を並べたら、シルアさんはキッチンに戻っていった。

そして、大皿に盛られた大量のスパゲッティーを持ってきた。

レイシーちゃんのご飯は大体これが付いてくる。

そして私と同じお皿を次々置いていった。

お皿を置くたびにレイシーちゃんがびくびくしててすこしおかしかった。

「はい、どうぞ、お召し上がりください」

シルアさんはそう言って、後ろに立った。

シルアさんは私達とは食事しない。

一回一緒にって言ったけど、ダメって断られた。

悪い気がするから何度も言ってたら、特別な時だけねってことになった。

だからこの間、モリー様たちとお食事できたのはすごくうれしかった。

私達はお料理が冷めないうちに頂くことにした。

食前の祈りをさっと済ませた私達は食事を始めた。

ひと騒動あったけど、やっと平和な日常が戻ってきた。

安心して、もぐもぐ食べていると、なんだか違和感を覚えた。

なんでだろう、なにか言いようのない違和感がある。

私は窓から外を見た。

いつも通り、日差しが青々とした明るい芝を照らしていた。

そこで愛犬のフリンデルバルトが嬉しそうにごろごろしていた。

「あ、あのぅ……」

私は振り向いてシルアさんに話しかけた。

「シルアさん……今何時ですか?」

嫌な予感がしていた。

「え?時間ですか?」

シルアさんは怪訝そうな顔で横を向いた。

そこには古い壁掛け時計があった。

「えーっと、もうすぐ8:30ですねぇ」

「は……はちじはん??」

それを聞いて私は絶望した。



私の通ってるシャリオン魔法学校はすっごく厳しい学校だ。

まず講義が始まる5分前には教室にいないとだめ。

直前に入ろうものなら、教授ににらまれる。

試験ともなれば、10分前にはいないといけないのが常識だ。

逆に早すぎても常識外れって思われるから、ちょうどいい時間に行かないといけない。

それだけじゃなく、身だしなみにもすごく厳しい。

制服は白を基調としたローブと伝統のマントって感じなんだけど、どれかが少しでもが汚れてたらもうだめ。

そういうレベルの学校なので、寝癖なんて付けて行くなんてもってのほか。

校門に着いたとたん、登校拒否されちゃう。

それだけに収まらず、そのあと両親を呼ばれて説教会が始まる。

家庭に問題ありと判断されればその時点で退学……なんてことも。


お家から学校までは歩いて20分くらいだ。

だけど、朝ごはん食べて支度して、遅くても8時過ぎには家を出る。

それくらいがちょうどいいんだけど……。


今は、は、は、は、はちじはん……。

試験は……9時からだ……。


「あっあっあ、あわわわわわわわわ」

今からこのぼさぼさモコモコの髪の毛をきちんとして、着替えて走って……絶対間に合わない!

私は絶望で思考が止まって、あわあわした。

「な、なんでぇ……こ、こんな日に限ってぇ……」

全身が震えてくる。

隣のレイシーちゃんも口をぽかんと開けて固まっていた。

「どうかなされたんですか?」

シルアさんが怪訝そうな顔で話しかけてきた。

私達は油の足りないブリキ人形みたいに、ぎこちなく振り向いた。

「ど、どう、どうしよう……」

私は涙目になっていた。

「おねぃちゃん!なんでもっと早く起こしてくれへんの!?」

レイシーちゃんが叫んですぐに立ち上がった。

そして固まっている私を脇から抱え上げた。

「あかん!いくで!ドクダミちゃん!!」

レイシーちゃんはそう言って私を抱え上げてお風呂場に走った。

「え?ちょっ、あんたらーー?!」

シルアさんの声が遠くに聞こえた。

風の速さでお風呂場まで運ばれた私は、そのまま湯船に投げ込まれた。

そしてすぐにレイシーちゃんに頭を洗われた。

「う、うおおおおおおおお!」

レイシーちゃんはすごい勢いだった。

そしてずぶ濡れの服を風のように脱がせると、これまたすごいスピードでタオルをもってきて、全身を拭き始めた。

「はい!これ髪乾かしといて!!制服とってくる!!」

そう言うと温風の出る魔術具を手渡して、レイシーちゃんはものすごい勢いで走っていった。

私は急いで髪を乾かして、くしを入れた。

「お嬢さん?失礼しますね?」

ぐしぐしやっていると、シルアさんがお風呂場に入ってきた。

「あのー何かありましたか?ずいぶん急いではるみたいですけど」

「き、今日は試験です!冒険者ライセンスの試験!はやく行かないと遅れちゃう!!」

そう言うと同時にレイシーちゃんが制服をもって入ってきた。

「ドクダミちゃん!着て!はやく!」

「うっうん!」

そう言って私はあわてて制服を着た。

レイシーちゃんはあわてて私の髪を編み込んだ。

「あの~多分なんか勘違いしてると思うんですけど~」

後ろでその姿を見ていたシルアさんが怪訝そうに話しかけてきた。

「今日は、日曜日ですよ?試験は明日なんじゃないですか?」

「え?」

私達は固まった。

そして顔を見合わせた。

「日曜……日?」

しばらくすると、外から音が聞こえてきた。

毎週日曜日ご近所さんが集まって体操をするんだけど、その音楽だ。

そして元気な声が聞こえてきた。

「日曜日の朝!おはようございます!!さぁ皆さん今日も健康で元気にすごしましょう!」

そして、軽快な音楽が流れ始めた。

「あー、うん。日曜や……ねぇ?」

レイシーちゃんが言った。

「あーうん。日曜日だねぇ……」

そして時が止まった。

みんな無言で外からの明るい音楽だけが響いていた。

シルアさんはあきれ顔だった。


「ははははは、まぁそういうこともあるよね!」

レイシーちゃんは笑った。

「レイシー……。あんたねぇ……」

シルアさんは頭を抱えていた。

私は固まっていた。


そんな、休日の始まりだった。

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