平和な昼食
第一回目の会合から、さらに一週間が経った。
あの日俺たちは次に会う日までに各々何をやるか決めていた。
俺は南部魔界の情報収集。
バルト通りにある冒険者酒場に言っての情報収集は俺しかできないから必然的にそうなった。
レイシーは資材調査。
俺は正直そんなに資材がない。
ドクダミちゃんのお宅が冒険者関連のお仕事をしている上にお金持ちということもあって、なんか使えるものがあるかを探ってもらう。
あと……資金が調達できるかどうかも調べてもらっていた。
イヅナは手帳の情報の精査だ。
一番重要だ。
これはご本人に聞くしかないのでイヅナに一任している。
といってもあいつだけだと少し心配なのでドクダミちゃんに聞き出す内容のまとめを手伝ってもらうことにした。
そしてドクダミちゃんはがんばる。
ということになった。
そんな中、2日前にドクダミちゃんから手紙が来た。
手紙には今日の正午過ぎにここに来る予定だったが、ドーソンさんの強い要望により昼前に会合が行われることになった。
そのせいか、さっきから食欲をそそるいい匂いが階下から漂ってきている。
ずいぶん気合が入っておられるようだ。
俺は共用の洗面台で身なりを整えることにした。
共用といってもほぼ俺専用だが……。
今日も一人、寝癖を直して歯を磨いて、髭を剃って、顔を洗う。
時々誰か来ないか振り向いてみるが、もちろん誰もいない。
なんだか心配になってきた。
ここって宿屋だったよな?確か。
いきなり廃業とかにならないだろうな?時々本気で心配になる。
顔を拭いて洗面所から出ると、ドーソンさんのうれしそうな声が聞こえてきた。
どうやらみんなが来たらしい。
すぐにイヅナの元気に挨拶する声が聞こえてきた。
さて、ま、なら荷物でも持ってやるかなと思って俺は階下に向かった。
俺が階段に姿を見せると、イヅナが顔を向けて挨拶をしてきた。
「おはようございます!モリー様!」
「ああ、おはよ……う?!」
俺は挨拶を途中で止めてしまった。
階下には不審な顔していたドーソンさんとイヅナとメイド服のレイシーとその腕につかまって、小鹿のように震えるドクダミちゃんがいた。
ドクダミちゃんは、目の下のクマがいつもよりも濃く、しかも頬もこけてしまっていた。
「お、おい?どうした?大丈夫か?」
「大丈夫です!」
イヅナが自信満々に答える。
「ドクダミちゃん!行こう!!」
イヅナはそう言うと、意気揚々と階段を上り始めた。
「もうちょっとや!がんばろ!!」
レイシーがドクダミちゃんに声をかけて、それに続く。
ドクダミちゃんはふぅふぅ呼吸を乱しながら、足をぷるぷるさせながらゆっくりゆっくりと、階段を一段一段上った。
イヅナはとんとん上って俺の横に立つ。
レイシーはいけるいける!とずっと声をかけて励ましていた。
イヅナも壇上からいけるよー!と声をかけている。
こいつらは一体何をやってるんだ。
声かけの成果か、ドクダミちゃんは無事に二階にたどり着いた。
イヅナとレイシーがドクダミちゃんに抱き着いて喜んでいる。
「やったよ!ドクダミちゃん!すごいよ!ゴールできたよ!」
「ほんま、強くなったな~。うっうううう、あかん、目頭がぁ~」
「や、やったぁ~……」
二人に挟まれて、ドクダミちゃんは消えそうな声でそう言った。
そして、俺のほうを向いて言った。
「わ、私、に、にげません」
それを聞いて俺は思わず吉元が緩んだ。
「ああ、そうだな。君なら大丈夫だ」
俺はそう言うと、ドクダミちゃんの頭を撫でた。
ドクダミちゃんは、にこりと笑った。
「がんばってよかったね!」
「おおおおううう……うんうん。よがったぁ~」
「お前は泣きすぎだろ」
俺はそういうとレイシーにハンカチを渡した。
「もしかして、家から歩いてここまで来たのか?」
「はい!」
「なんで急にそんな無茶を?」
「だ、だって、冒険じゃもっと歩くし、わ、わたしできないのはもう嫌なんです」
「そうか」
この子は思った以上に強い子かもしれないな。そう思った。
「よくがんばったわ!それじゃ、お昼にしましょう。あんた、手伝いなさい」
ドーソンさんが階下からそう言ってきた。
俺は、はいと返事して階段を降り始めた。
「お前たち、椅子とテーブルはもう用意しているから、先に座っててくれ」
「は~い!」
三人は返事して、きゃっきゃ言いながら廊下の奥に消えた。
俺が階段を降りると、いきなりドーソンさんに耳を引っ張られた。
「いっいたい!なんですか?!」
「あなたねぇ!態度が大きいのよ!なにがモリー“様”よ!」
「いっいや、それはあいつらが勝手にそう呼んでいるだけで……」
「ふーん?そうだとしてもあんたね、なんで訂正しないのよ!いい気になってるんでしょ」
「い、いや、そんなことは……」
と言いつつまぁ正直悪い気はしてなかったのは事実だ。
「あっ後で言っときますから。それよりも料理が冷めちゃうんじゃないですか?」
俺がそう言うと、ドーソンさんは、はっとした表情を見せた。
「そうね、あんたなんかにかまっている暇はなかったわ!あの子達頑張ったんだから、いっぱい食べさせてあげないと!」
そういうとドーソンさんはまっすぐキッチンに向かっていった。
なんかって……まぁ扱いが雑なのはいつものことだ。
「ボーとしてないで早くきなさい」
ドーソンさんは背中を向けてそう言った。
ドーソンさんはキッチンから大量の食物をカートにのせて運んできた。
こんなのあったのか。
「あんたなら、これくらい運べるでしょ。あんまり揺らさずに運びなさい」
「はい」
俺は素直に返事した。
「あとお茶もあるから、それ持ってったらすぐに下に来なさいね」
「はい」
「あと、あんたに作ったわけじゃないんだからね。慈悲で少しは食べさせてあげるけど、食べ過ぎたら……わかってるね?」
「はい」
「じゃあ行きなさい」
「はい」
そういって俺はカートを受け取り、からから押していった。
「あとね」
背後からドーソンさんの声がした。
「あんた、しっかりやんなさいよ」
そう言うと扉が閉まる音がした。
「……はい」
俺は振り向かずに、素直にそう答えた。
ドーソンさんの料理はすごかった。
こってりしたスペアリブに色とりどりの野菜が使われた新鮮なサラダ。
それに加え焼き魚に、デスウサギの炒め物、焼き立ての香ばしいバケット、そして異彩を放つ大きな壺があった。
「こ、これはなんですか?」
イヅナが不思議そうに壺を指さしてそう言った。
「ん?ああ、これはいわゆる名物だ」
「名物?」
「ああ、そうさ」
俺はそう言うと壺の蓋をどけて、おたまを中に突っ込んだ。
そして中身を白い皿によそってイヅナの前に出した。
「これは!」
イヅナの前には、ニンジンやジャガイモやブロック状のすじ肉がごろごろ入った赤いスープが湯気を立てていた。
「これが、ビーガー名物のボズニアスープだ」
「へーおいしそう!でも、どうしてこれが名物なんですか?」
「昔の炭鉱夫のお食事……だよ」
ドクダミちゃんが弱弱しくそう言った。
「よく知ってるな。昔、炭鉱夫達が作ったって言われてる料理さ。仕事に入る前に壺になこういう火の通りにくい材料を入れていくんだ。そうしたら、昼になったらちょうど柔らかく杭ごろになってるって訳さ」
「へーすごい!」
イヅナはそういうと目を輝かせていた。
「ま、食ってみてくれよ。冷めないうちにな」
俺がそう言うと、三人は手を組んだ。
そして、ドクダミちゃんが祈りを上げて、食事が始まった。
「このスープおいしいです。でもなんで壺なんでしょうね?」
「近くにあったからじゃないか?」
「えー!?」
「で、でもそういう料理は結構いろいろあるよ」
「そうなの?」
「う、うん。農具を使った煮込み料理なんてのもあるよ」
「へー」
「よぉ知ってんな~」
「モリー様はこのお家には長いんですか?」
「ああ、もう……10年くらいになるかな?」
「え?!」
「そんなに、驚くか?まぁ確かに古いがさ」
「10年ってこの部屋なーんもありませんけど……。これで10年おるんですか?」
「お?あー、うんまぁ不便したことはないな」
「ええ?!なんか趣味とかないんですか?」
「趣味?あーないな」
「暇なときは何してるんですか?」
「暇なとき?あー攻略本読んだり、バイトしたりしてるな」
「お忙しいんですね」
「貧乏なだけだよ」
「その前はどちらに?」
「南部のほうだな。実家がそこにある。アカデミー入学のために中央に来て、すぐに入れたここに住んだ」
「そこから何も持ってきてないんですか?」
「ないな。カバン一つで家を飛び出してきた」
「そこからずっと一人ですか?!」
「そうだな」
「すごい……」
「ま、やってみたら以外に何とかなるもんさ」
「そういえばさっき机の中見たんですけどね~」
「おい、さらっと何やってくれてんだ、お前」
「ああーすんません!これね私が悪いんやなくて、好奇心が悪いんですよ~」
「それは、お前猫をも殺すって事を頭には入れとけよ」
「9回も?!いや~、モリー様もこんないたいけな少女に対して……ほんま鬼畜やわ!そんなされたら私……壊れちゃいますよぉ」
「ふぅうんんごぉ?!」
「おい、変な言い方やめろ!ドクダミちゃんがのどに詰まらせただろ」
「大丈夫?!ドクダミちゃん!!」
「ううんむ!ううんむううう!」
「やばい!顔赤ぁなってる!」
「水飲ませろ!水!」
「ふううううう~~~ん!」
「ほんで~あのきれいなバッチはなんなんですか~」
「お前な、すこしは反省しなさい」
「すんません!でもドクダミちゃんも助かったことやし!みんな気になってるんですよ」
「あー?んー別になんもないよ」
「またまたー!なんもない部屋にあんなたかそーなもん!なんか訳アリでしょ?!」
「言う必要はないだろ」
「これから一緒に冒険するんですよ~ほら隠し事はなしにしましょうよ!」
「一緒に出るからこそプライバシーは守ろうぜ」
「わかりました!以後気を付けます!ほんで~?」
「はぁ、しつこいな。そんな気になるか?あーまぁいいけどさ。約束しろよ?二度とするなよ」
「はい!」
「まぁ昔な。女学生を助けた」
「ほうほう!」
「その時にもらった。以上」
「ええ~そんだけ?!その後のロマンスとかは?!」
「ない。なんならこれをもらって以降あってもない」
「そんなぁ……」
「助けたって?何やったんですか?襲い来る魔物から身を挺して……とか?」
「いや、別に風邪気味だったから火をつけてやっただけだ」
「それだけ?」
「ああ、まぁ後に聞いたがその日は大切な試験かなんかでそれに無事に合格できたとか何とか言ってたかな」
「そ、それであれを?」
「うんまぁな」
「ち、ちなみに、あれが何かご存じですか?」
「え?あー確かお守りとか言ってたかな?流行りのアクセサリーか何かだと思ってるけど」
「そ、そんな!あれはすごい魔法具ですよ」
「そうなのか?」
「は、はい。そしておそらく手作りです。これを作った人はすごい人ですよ」
「普通の学生に見えたがな。まぁいつも本を読んでいたから頭のいい子だったのかもな」
「ご近所さんなのですか?」
「ああ、そうだな。ちょうど5年前くらいかな。この間話した南部の一軒でな、冒険者ライセンスを停止されたんだよ」
「え?停止とかあるんですか?」
「ああ、申請外の冒険エリアに立ち入ったとかでな。南部は結構そういうとこ厳しいからな」
「そんなんですね……」
「まぁ、レプタジョーの話や、逃げた探知役の話とか根ほり聞かれたよどっちかっていうとそっちがメインだったんじゃないかな?停止はまぁその口実だろうな」
「なるほど……」
「それでライセンス復帰の講習を受けるために、アカデミーに半年ほど通ってたんだ。その時に毎朝中央行きの乗り合いの馬車で一緒だった。つっても話をしたのは、助けた時とお礼をもらった時の二回だけだ。名前も知らないよ」
「あってみたいです。その人と……」
「そんなにすごいものなのか?」
「あ、あれは小さい蛍灯の鈴みたいなものです。魔除けのお守りですけど、身に着けている人の魔力を吸い上げて勝手に補給できるようになってます」
「へぇそんなものだったのか」
「さて、そろそろやるか」
4人で昼食をあらかた食い尽くし、後片付けも終わらせて、一息ついた後に俺はそう言った。
「はい!」
イヅナは元気にそう答えた。
「それじゃ、誰から行く?」
「では、私から!」
イヅナが元気に手を挙げた。
「じゃイヅナから行くか。それで?おじいさまには話は聞けたか?」
「はい!いろいろ聞いてきました」
「じゃ、よろしく頼む」
俺がそういうと、イヅナはごそごそとポシェットから手帳を出してきた。
おじい様の古い手帳と真新しい革の手帳だ。
「聞いたことはすべてここに!」
イヅナがそういうと真新しい手帳を広げて見せた。
俺たちは手帳の中身をのぞき込んで中身を読み始めた。
手帳のページには絵や文字がびっしり描かれていた。
すこし心配していたが、どうやら想像以上にしっかりやってくれたみたいだ。
よかった。
そう思ったら、自然と口元が緩んでいた。




