きちゃった…
古く軋むドアを叩く音がする。
俺はまだ覚めきっていない頭で、ベッドから這い出た。
イヅナ達と別れてからもう一週間が経っていた。
その間に俺は、俺なりの冒険計画をたてたりバイトして小遣い稼ぎしたりしていた。
そんなこんなしてたら、時間が過ぎるのはあっという間で、今日はもう約束の日だ。
俺は軽くのびをして、ドアの前まで行った。
「ああ、おはようございます。毎朝すいません」
俺はそう言いながらドアを開いた。
ドーソンさんがまたしょっぱいサンドイッチを持ってやってきたのだろう、そう思っていた。
「おはようございます!」
ドアの向こうには、にこにこしたイヅナが立っていた。
「え?」
突然のことに俺の頭はフリーズした。
「約束の日なので、計画書を持ってきました!自信作ですよ!」
イヅナは目をキラキラさせてそう言った。
それを見て、俺はそっとドアを閉めた。
「ええ?!ちょっと!モリー様?!!」
ドアの向こうで声がする。
しかし俺は耳をふさいだ。
「落ち着け、落ち着け」
俺は自分に言い聞かせる。
今さらこの程度のことで、なにを驚く。
あいつらのことだ、これくらいは予想の範疇内じゃないか。
俺は呼吸を整えた。
平静を装い扉を開けるとレイシーがいた。
いつの間にか増えてた。
レイシーはいつも通りのメイド服だったが、背中に妙に大きな箱を背負っていた。
そして胸にイヅナを抱いて頭をよしよししている。
「泣かんとってぇ~」
「うえ~ん嫌われちゃったよぉ~」
なんてわざとらしい小芝居を見せてきた。
「あーそのなんだ、悪かったよ」
俺は二人に声をかけた。
イヅナはチラッっとこちらを見た。
「……もういいんですか?」
拗ねた感じでイヅナはそう言った。
「ああ」
俺はそう言った。
「いよぉし!ほんなら、おじゃましま~す!」
そう言って、レイシーが部屋の扉に手をかけた。
「ああ、待て待て。俺の部屋でやる気か?」
「え?はい。え?だめですか?」
レイシーがなんで?って感じでそう言った。
そしてすぐに何か気がついたようなそぶりをみせた。
「ああ!だぁいじょうぶですよ!私、男の人の“そういうの“は分かってるつもりなんで~!」
レイシーは大袈裟に身ぶりしてそう言った。
そういうのって、どういうのだよ……
「いや、そうじゃ……」
「そ、そ、そんな!モリー様はさんはそんなの持ってませんよ!」
イヅナが何とも言えないフォローをしてきた。
「いやいや!イヅナちゃん!こういう人ほど、意外とえっぐい性癖してはんねんで~!」
「セ?セイヘキ……?」
「例えば~女の子が虫とぉ……」
こいつ!何を言う気だ?!
冗談だとしても俺にそういう印象がつくだろ!
「やめろ!」
俺はつい大声を出していた。
「あら?なぁにあなた今日はやたらと元気ね~」
廊下の奥の方から声がした。
一瞬で、体が強直し冷汗が出て来た。
「あ、うるさくしてすいません。おはようございます。ドーソンさん」
俺は何でもなかったような口ぶりでそう言った。
「まぁわからないでもないですけどね?こんなかわいい子たちに囲まれちゃったらねぇ?あなたも男の子ですし……ねぇ?」
ドーソンさんは、ニヤニヤしながらそう言った。
心臓が早鐘を打ち始めた。
「いや、あの、ドーソンさん。これはその事情がありまして」
「いいのよ!わかってるから!あなたもそんな……ねぇ?違うでしょう?」
ドーソンさんは言葉をすごく濁していった。
濁しすぎて正直どう取ればいいのかわからなかった。
「ドーソンさん!ご案内ありがとうございます!」
イヅナがぺこりと頭を下げた。
「いいのよ!いいのよ!このくらい」
ドーソンさんは明るい笑顔でイヅナと話し始めた。
あの時の女の子がこんなにおおきくなるなんてね。なんて世間話だった。
それが一通り終わると、あっそうそうという感じでドーソンさんは俺に近づき、耳うちしてきた。
「何考えてるか知りませんけどね。あなた隠し事はやめなさいよね。あと、この子たちに変な気起こしたら……」
そういうドーソンさんの目は完全に座っていた。
「いやいやいやいや、無いです。大丈夫です。ただの……あーボランティアですよ」
俺がそう言うとドーソンさんはすごく不審な顔をした。
突き刺さってくるような視線だ。
「まぁいいわ。あなたとりあえず下に来なさい」
「えっえ?」
「あなたの部屋なんにもないでしょ?下から椅子と机を運ぶわよ」
「ああ、はい」
そう言うとドーソンさんはそそくさと階下へ降りて行った。
「ああ、すまないお前たち、どこか適当に座っててくれ」
俺はイヅナ達にそう言うと、急いでドーソンさんの後を追った。
このボロ下宿の入り口を入ってすぐにラウンジというか小さい休憩所がある。
そこには小さなテーブルと椅子がある。
俺が階段を下りていくと、ドーソンさんはすでに椅子を3つ裏返して机に乗せていた。
「これ運びな。後でお茶とお菓子も持っていくから。あと……」
ドーソンさんはそう言うと、指をクイクイ動かして俺を呼んだ。
俺は近くに行くと、いきなり耳を引っ張られた。
「あんた!まず洗面所言って顔洗って、寝ぐせ治しなさい。子供とはいえ女の子なんですからね。身だしなみを整えなさい!」
そう言うと、ドーソンさんは俺のケツを叩いた。
俺は、頭をかいて、はいと小さく答えて洗面所に向かった。
顔を洗って、小さなテーブルを持って俺は自分の部屋に戻った。
部屋に戻ると、二人は俺のベッドに腰かけていた。
イヅナは行儀よく足をそろえて、座っていた。
レイシーは箱を置き、胸元のボタンをいくつか外し、ぱたぱた手を仰ぎながらだらしなく座っていた。
おいおい、そんな恰好でベッドに座るなよ。
俺は完全に男として見られていないようだ。
間違いがあってもこいつらにそういう感情を抱くことはないが、なめられているような気もする。
「待たせたな」
「いえ!」
「ゆっくりさせてもろてます~」
俺は机を部屋の真ん中に置き、椅子を下ろした。
イヅナ達は置かれた椅子に座った。
「おおぅ、すごいですねぇ。軽々とこの机持ち上げるなんて!男の人って感じがしますね~」
「すごいです!」
「そ、そうか?」
なんだろうか、褒められ慣れてないからか、なんだかすごくかゆい気持ちだ。
「すまないな。汚い部屋で」
俺は話題を変えようと無難なことを言った。
「いえいえ!そんなことないですよ。こちらこそいきなりお邪魔して申し訳ございません」
ああ、一応そういうことは分かっていたのか。
「いちいち、お越しいただくのも申し訳ないですのんでねぇ~。いきなりきちゃいました」
「そうか、あーそれで……」
俺は言葉を出しかけて、やめた。
そして側に置かれた箱を見た。
箱はすごく高級な感じのするつくりの箱だった。
木の板を黒く塗り、6枚張り合わせてハーネスをつけたって感じの簡単な物だ。
天板のヘリにはくぼみがついており、ここに指をかけてぱかっと開けるんだろうなって感じだった。
こんなの一体なんに使うんだ?って感じだが、さらに結構な大きさもある。
それこそ……イヅナくらいの子なら、入りそうではある。
俺は椅子にいる二人を見た。
二人は不思議そうに首を傾げた。
俺はもう一回、箱を見た。
そして呼吸を整えた。
「あのさ、これ……」
「あっ忘れてた!それ開けてください~」
レイシーが言った。
「え?ああ。開けていいのか?」
「ええ、おねがいします~」
俺はすごく嫌な予感がしていたが箱の元に行き、くぼみに指をかけた。
そしてすこし天板を開けた。
その瞬間、いきなり箱が激しく揺れた。
俺は咄嗟に手を離し、二人を見た。
二人は首をうんうんと二回縦に振った。
いやいや、いやいやいやいや。
俺は気を取り直し、もう一回指をかけて今度は躊躇することなく天板をあげた。
「ぎっぃいぃいっぃいいぃいっぃいぃにゃぁあああああああ」
箱の中から悲鳴が聞こえた。
「まぶぅぅぅぅううぇえぇあああ!めぎゃゃゃぁ!!」
箱の中には、目いっぱい詰まったドクダミちゃんが悶え苦しんでいた。
俺はそっとふたを閉じた。
「おい?」
「ああーまだ限界でしたか」
「いやいや、なんなんだこれ?」
「それはドクダミちゃん運搬用闇ブラックボックスです」
闇ブラック?なんだよそれ。
「えーと?」
「えー、説明しますと、ドクダミちゃんは最近限界に達しまして、実は家にも部屋にもいたくないし、何ならこの世界にもいたくないと……まぁヘラり期に入りまして」
「へ、ヘラり期?」
「時々あるんです。何もかもいやになる時が」
「それで、ここ数日は部屋の隅っこで根っこ生やして布団被って動かんくなってたんですよ~。ほんならいつのまにやら湿気で、布団がカビて、なんやでっかいキノコみたいになってもうて~」
「いやぁ、あれはすごかったね」
「ね~。初めて見た時は、ついわろてまいましたわ~」
「それで、まぁ今日ももう動きたくないし誰にも会いたくないって言い始めたので、無理やり二人で箱に詰めて気分転換含めで外出でもと思いまして」
「なるほどね」
「来る途中もずっと声かけてたんですけど、ダメみたいで……」
「この部屋ならいける思たんですけどね~」
「おい、それどういう意味だ?」
「え?ははははは」
「笑って誤魔化すな」
「そぉんな怖い怖い!ははははは」
俺はため息をついた。
こいつらはなんでこう次から次へといろいろ持ってこれるんだ。
俺は頭を振って、とりあえず椅子に座った。
「と、いってもだ。置いとく訳にはいかないな。これから冒険に出るかもしれないんだ。気分で一人戦力外なんて話にならんぞ」
「そ、それは……」
そんなことを話しているとコンコンと、下から床を叩く音がした。
ドーソンさんが箒か何かで叩いているんだ。
「え?なんですか?!」
イヅナが音に驚いた。
「あードーソンさんだ。ときどきこういう風に、床を叩いて俺を呼ぶんだよ」
「ああ、そうですか。ドーソンさん足が悪そうだもんね。あの階段はきつそうですもんね」
「え?足?」
「?。ええ、ドーソンさん足が悪そうな動きをしていたから私てっきり……」
そう、なのか?元気そうだったが、考えてみればドーソンさんもお年だからな。
全く気がつかなかった。
「それよりなんですかね?私たち騒ぎすぎましたかね?」
レイシーがそう言った。
「ああ、いや、お茶の準備ができたんだろ。さっきお茶と茶菓子を用意するって言ってたし」
俺がそう言うと、箱が突然がたっと揺れた。
俺達は箱を見た。
まさか……、俺達は顔を見合わせる。
「あのー、モリー様?そのお茶菓子というのはー?」
イヅナがわざとらしく声をあげた。
「ん?ああーなんか……」
俺がそう言うと、レイシーが俺にジェスチャーを送って来た。
左手を皿に見立てて、右手でフォークのようなもので柔らかいものを切って口に運ぶような動き……。
ケーキだな?
「そうだな、たしか、おいしいケーキ屋が近くにできたとかなんとかかんとか言ってたかな~?」
俺もだいぶとへたくそな演技をした。
また箱が、がたっと揺れた。
「それじゃ……ちょっと受け取ってくるよ。えーっと?何人だ俺含めて……三人だな?」
俺が言う。
「はい!」
イヅナが返事する。
「そうですね~さぁんにんですね~」
レイシーがわざとらしく分かりやすくそう言った。
箱がまた少し動き、しばらくして天板がゆっくり開いた。
「ケーキぃぃぃ……」
ドクダミちゃんが目だけのぞかせてそう言った。
「がんばれ」
俺が言った。
「そこまで行けたら行ける!」
レイシーがガッツポーズした。
イヅナは、椅子の座面を箱の方に向けた。
「ここがゴールだよ!」
「うううううううううううううう」
ドクダミちゃんは涙目だった。
そして、いきなり目を見開くと、頭で天板を押し始めた。
「おっおおおおお、おおおおおおおあああああああ」
悲鳴にもならない悲鳴をあげて、ドクダミちゃんがゆっくりと箱から出始めた。
ドクダミちゃんは目を思いっきり見開いて、充血させて、必死だった。
首元まで来たところで、目じりが切れるんじゃないかと心配に思った瞬間、ドクダミちゃんが声をあげた。
「あ゛あ゛?!」
そう言ってドクダミちゃんは力なく箱の底に沈んでいった。
「お、おい!!」
「ドクダミちゃん?!」
「あかん!諦めたらそこで試合終了やで?!!」
「そうだよ!ケーキを諦めていいの?!私たちだけで食べちゃうよ?!」
「せやで?悪いけど私はドクダミちゃん横目で2個とも食うことに何の罪悪感も抱かへんで?!」
どんなエールだ……。ていうかお前が食う気なのかよ。
俺はそう思ったが、どうやら本人には効いたようだ。
再び闇の底からドクダミちゃんが顔を出し始めた。
「おおおおおあああああああ」
そして再び悲鳴を上げ始めた。
イヅナ達は、再び応援の声をあげた。
いったいこれはなんなんだ?
俺は冷静になりそうだったので、とりあえずお茶を取りに行くことにした。
俺がいたら出にくいかもしれないしな。
そう思って、俺は一人部屋を出て階下に向かった。




