あの夜の事
女の子が走り去った後を、2人の警備員が彼女を追いかけていった。
しばらくすると、私の手元の無線機から、入電があった。
「スミス博士。例の子は敷地外に抜けて中央広場に向かっております。どうしますか?」
「そうですね。ふーん。少しお待ちいただいていいですか?……それで、タラー君。体調は大丈夫ですか?」
「ああ、まだ頭がくらくらします」
「おおーすごいですね、確かにこれは相当大きなコブですよ!」
「あのガキ二回も思いっきり殴りやがった」
「災難でしたね。それで、なにか……取られたりしていませんか?拘束されていたようですが」
「え?あーそうですね。あっ鍵と手帳がないっすね」
「手帳なら階段の陰に落ちてましたよ」
「ああ、どうも」
「その手帳にはなにが?」
「たいしたことは、書いてませんよ。外に行こうとしてましたからね。これは主に買い物メモです」
「ページが抜け取られたりは?」
「ないっすね」
「鍵がないのは確かですか?」
「ええ、鍵束全部持ってかれてます。ちくしょう、あのガキ、家の鍵まで持っていきやがった」
「そうですか。それは困りましたね。なら……そうですねぇ。子供をあんまり怖がらせるのも悪い気がしますが……くぎを刺す意味も込めて、追跡を続けてくださいますか?」
「承知しました」
「それと……鍵は必ず回収してください。女の子ですし、危害はあんまり加えないであげてください」
「承知しました」
「あと難しい注文ですが、できればもう来たくない、誰にも話したくないって感じでお願いします」
「承知しました」
「でも、明言は避けてくださいね。やんわりと、で、お願いします」
「承知しました」
全力で研究所から走って逃げる。
頭の中は真っ白だった。
分かるのはずっと、2人の男が私を追っかけてきていることだ。
後ろを振り返ると、2人の男はかなり遠くの方に見える。
2、300m?離れてる?でも……私はもう体力的に限界が近かった。
研究所から逃げるのに魔力は使い切った。
まだまだ、2人との距離はあるけど、このままだと……そのうち追いつかれる。
私はどうするか考えた。
地の利は……無い。脇道にそれたとして……御者との約束の地点に行けるかどうかわからない。
持っている武器はクダギツネと薬草を調合して作った煙幕玉のみだ。
広場で煙幕を張ったって意味がない。
使うなら、追いつかれそうになった時に……脇道に逃げたと思わせる、そういうかく乱のために使うのがいいだろうと考えた。
つまりは……ビーガー通りまでは全力の追いかけっこだ。
私は思いっきり走った。ときどき後ろを振り返る。
どこまで行っても2人はついてきた。
徐々に私との距離は縮まっている。
広場を抜けて、舗装されていない道を進む。
あと、5kmほど進めばビーガー通りの入り口が見えるはず。
私は、マントとグラスを投げ捨て、走った。
ビーガーの門が全然見えてこない……とても、遠い。
2人は確実に迫ってきている。
顔色一つ変えずに、無表情でたんたんと距離が迫ってきている。
息があがり、焦りが出てくる。
あの人たちはなんで追いかけてくるの?追いついて私に何する気なの?
近づいてくる男の顔がはっきり見えてくると、漠然と持っていた恐怖にも輪郭がくっきり見えてくる気がした。
足が震えてくる。
いやだ。いやだ。はやく。はやく。はやく。
2人の男が、もう、50mほどまで近づいてきたくらいでビーガーの門が見えた。
行ける!このペースなら!
私は震える心に気合を入れた。
ここを逃げ切るんだ。
ビーガーの門をくぐり、私はさらに走る。
目的地は、ビーガー通り2番地の十字路。
そこから横道が伸びていて、東部へ帰れる。
もう振り返りもせずに無我夢中で走る、そして一つ目の十字路を抜けた。
すぐに目的地がそこに見えた。
もう少しだ!そう思ったその瞬間、私は足を滑らせた。
ビーガーの道は、暗くて……そして、油汚れが染みついていた。
思いっきり、それに滑ってしまったのだ。
私は足をもつれさせ、そしてしりもちをついた。
まずい!そう思ってすぐに立ち上がり、走った。
後ろの男の足音がもうそこまで来ていた。
どうにか、2番地の十字路に到着したとき私は焦った。
御者がいない。
なんで?
辺りを見渡しても馬車の影すらない。
すっぽかされた?お金も十分に払ったのに!そんな……。
そうして、茫然としているところを背後から襲われた。
「動くな」
「おとなしくしていれば、乱暴はしない」
2人の男に襲われて、私は地面に押さえつけられた。
男達はそう言うと、私の体をまさぐった。
男の冷たい手が私の肌に触れた瞬間、脳みそまで全部凍り付いたような絶望感が私を襲った。
「やめて!」
私は反射的に叫んで、男を振り払おうと暴れた。
「こいつ!」
「おとなしく……」
2人が私を力づくで抑え込む。
「いやぁ!」
そう叫んだ瞬間私は口をハンカチでふさがれた。
息苦しく……そして悔しかった。
苦しさで目を閉じると、ドクダミちゃんやレイシーちゃん、お母さんお父さん達の顔が浮かんだ。
心の中で、助けてと祈った。
「あったぞ」
「これだ。まちがいない」
男達は私の懐から鍵束を抜き取った。
男達はそれを確認すると、私に耳うちした。
「良く聞け。お前にもうこれ以上危害を加えるつもりはない」
「抵抗しても無意味だ。お前にもう力が残ってないことも分かっている」
「これ以上我々を追ったり、詮索はするな。今日のことは忘れるんだ」
「家に帰って、そしてもう二度と我々には近づくな」
「例えお前がこれ以上抵抗しようと……」
「我々はお前に危害は加える気は無い。お前には……だがな」
「わかってるな」
「お互いの為だ」
「おとなしく帰れ」
私は悔しくて涙が出そうになった。
お母さんにあんなことしといて、こいつらの言う通りにしかできない。
そんな自分の非力さを……呪った。
「い……いや……」
私は声を振り絞った。
それを聞いた、男達はため息をついた。
「まぁ好きにしろ」
「お前を相手する気はもう無い」
「例え何をしようともな」
その言葉に抵抗する力ももうない。
私は悔しさを握って震えることしかできなかった。
その瞬間だった、カーンという音が通りに響いた。
「いてぇ!」
私に馬乗りになっていた男が叫んだ。
何?と思った瞬間、私の目の前にフライパンが落ちてきた。
「あんたら!何やってんだい!!」
突然、大きな怒鳴り声が暗い通りに響いた。
声の方向を見ると、初老のおばさまが片手にフライパンをもって仁王立ちしていた。
すぐ隣にあった、ボロボロの建物……これ、廃墟じゃなかったんだ!人、住んでたんだ!
私は驚いて、うれしくて、それで、なんでかわかんないけど、急に涙が出た。
それでも男達は動揺していなかった。
見られたと思うや否や、彼等は撤退する構えに入った。
私は体が痛むけど、倒れたまま2人の方を見た。
「撤退します」
男が誰かにそう言った。
「待って!」
私は叫んだ。
男達は私を無視し通りを引き返し始めた。
私は最後の力を振り絞った。
このままこいつらを帰せば本当に一生お母さんに会えなくなる。
私は精一杯電気を集め、鍵束に向かって稲妻を走らせた。
男は手をしびれさせた。
そして反射的に鍵束を落とした。
私はそれに追いすがった。
落ちた鍵に体を覆いかぶせて……丸まった。
「こいつ!」
「無駄なことを!」
男達は首根っこを掴んできた。
「やめな!!」
背後でおばさまがそう叫び、フライパンを投げた。
「うっとおしい!」
男が叫び、フライパンを振り払った。
「これ以上邪魔するなら、排除する」
男がおばさまにそう言った。
「やってみな!」
おばさまが叫ぶと男の一人がおばさまの方へ向かった。
もう一人は私の側に残り……そして掌に雷を集めた。
「お前も雷を使うなら……わかるよな?」
男は私にそう言った。
私は目をつぶった。
「ヘイ!!でくの坊!いつまで寝てんだい!降りてこないなら追い出すよ!!」
おばさまがそう叫んだ。
すると、建物の中からバタバタ暴れる音がした。
少しして誰かが出て来たみたいだった。
「な、なんですか?!」
男の人の声だった。
「見な!女の子が襲われてんだよ!」
「え?あっ本当だ」
「素っ頓狂なこと言って無いで、あんたも手伝いな!」
「ああ、はい」
「厄介だな」
「ああ」
男達はそう言うと私の側に近づいてきた。
「怨むなよ」
そう言うと男は私に電気を流した。
私の体は反射的に丸まった。
でも、数秒電気を流された後……私は全身から力が抜けていた。
もう一人の男が、すかさず首根っこを掴み私をほうり投げた。
そして鍵束を回収したら、今度はすぐに走って行った。
「逃げた?!臆病者め!」
おばさまはそう言った。
「大丈夫か?」
男の人が私のところまできて、手を伸ばしてくれた。
私はその手を取って、なんとか起き上がった。
手を掴んだ時に思ったけど、目の前にいた人は、すごく大きな人だった。
私はありがとうございますとお礼をしようとしたけど、そのまま倒れてしまった。
「お、おい」
「疲れたんだね」
「どうしますか?ドーソンさん」
「家に運んで頂戴。私の部屋で寝かせるわ。それで、あんた、夜通し火をつけなさい」
「勘弁してくださいよ」
「女の子のピンチなんだよ?!」
「そ、それはそうですけど、明日から、新しい現場なんですよ」
「ああ、そう言えばそうだったね。アル様のところに行くんでしょ!驚きよね~」
「はぁまぁそうですけど。ってこんな所で話すのもあれですし」
「そうね。さ、この子を運んで頂戴」
「ああ、はい」
混濁する意識の中で私はそんな話をしているのを聞いた。
その後、私は抱えあげられて……そこで意識を失ってしまった。
次に意識が戻った時、あの日から2日も経っていました。
大きな男の人はお仕事でいなくなってて……私はおばさまと、しょっぱいサンドイッチを食べながら、他愛のない話をしました。
おばさまは、あの日のことを何も聞きませんでした。
そのやさしさがありがたかったです。
その日はそのままお世話になって、次の日、私はお家に帰りました。
父は、遅く帰った私を叱りました。
数日後、私は悩みましたがすべてを父に話しました。
父はその話を聞くと、私をまた叱りました。
もうそんな危険なことを一人でするなと、こっぴどく言われました。
そして、しばらくして……私たちは中央に引っ越すことになりました。
父に理由を聞くと、家を知られていて危険だと思ったからと。
中央は人が多く隠れやすいだろうと、それに俺も母のことは心配で、とりあえずそう言う情報を聞くのは中央じゃないとダメだと。
なによりも。
お前、友達ができたんだろ?と言いました。
引っ越してすぐに、父はプントドロップで武器の修繕工を始めました。
私はドクダミちゃん経由で特別に冒険者アカデミーに入学させてもらいました。
冒険者になって偉くなれば……発言力がつくとそう思ったからです。
それにあの施設は主に上位冒険者や政府関係者を受け入れる病院でしたので、偉くなって公的に近づいてやろうと思いました。
そして、無事に卒業し、今日この日を迎えるわけです。
私の話は、これで、おしまいです。




