施設侵入
「今回は諦めて、また次にするよ。いつまでも、家から離れるわけにもいかないし」
夕焼けの帰り道に私は二人にそう言った。
「え?な、な、な、なんで?!」
「うん。あのお姉さんはサイテーだと思うけど、でも無理強いしちゃったのも本当だしさ。今度は迷惑にならない方法で会いに来るよ。それにいつまでもドクダミちゃんの所にお世話になるわけにもいかないしね」
「気にせんでええって~。うちらもお世話になったわけやし。旦那さんもええって言ってはるし」
「うん、ありがとう。うれしい。でもさ、お母さんも気になるけどお父さんも気になるんだ。鍛冶場も動き始めたばかりだし、さ」
そう言うと二人は何も言わなくなった。
「でも、ま!正直マジでむかつくし、子供だと思ってなめられたのも腹が立ってしょうがないけどね。でも許可取らなかった私も悪いわけだし。今度は正式に約束を取ってお父さんと一緒に殴りこみにくるよ!」
「う、う、う~そんなぁ……寂しいよぉ。イヅナちゃん」
「ちょっとぉ~ドクダミちゃん。泣かれるとイヅナちゃんも帰りにくいやん」
「そんなこと言って!レイシーも泣いてるよぉ……」
「な!泣いてへんよぉ!これはほらちょっと西日が眩しいだけやって!」
二人はそう言うと眼元をぬぐった。
私はホントにうれしかった。
この二人に出会えた、それだけで中央に来てよかった。
そう本気で思える。
「ありがとう」
そう言った私の声が、自分でも恥ずかしいくらいに震えているのが分かった。
「大好きだよ!二人とも」
そう言って私は二人を抱きしめた。
二人は驚いたようだったけどすぐに強く抱きしめ返してくれた。
そうして、通りの真ん中で三人そろってわんわん泣いた。
「お世話になりました!」
翌朝、私はポートマルリンカー家の皆さんに頭を下げた。
「イ゛イ゛イ、イヅナちゃん」
ドクダミちゃんが顔じゅうからいろいろ流しながら手を握ってきた。
「今生の分かれって訳じゃないからさ!でも、ありがとうね。ドクダミちゃん」
私はドクダミちゃんの手を握り、笑顔を見せた。
正直めちゃくちゃ泣きそうだった。結構無理した……。
「イヅナちゃん。いつでもまた来てくださいね。遠慮はいりませんからね」
おじさんがそう言ってくれた。
おじさんはすごく優しくて、良い人だ。
「でも、今度来るときは事前に言ってね~!」
「こらこら!レイシーあんたあほな事言わんの!」
シルアさんとレイシーちゃんは仲良しで、すごくお世話になっちゃった。
この優しい空気が、私は好きだ。
「何から何まで、見ず知らずの私のために……本当にありがとうございました。いつかこのご恩は必ず返します!」
私はもう一度深々と頭を下げた。
すると、おじさんがその頭を優しくなでてくれた。
「イヅナちゃん。恩を受けたのは私たちの方ですよ。本当にドクダミの友達になってくれてありがとう」
おじさんはそう言ってくれました。
私の人生は、この人たちのために使おう。
そう本気で思えるくらい、大切な人たちになった。
私はみんなと別れた後、街に繰り出した。
なけなしのお金を持って私は魔力材とフード付きのマントを買った。
それと、いくつかの薬草、雑品等を。
私は安い宿屋に部屋を取り、準備を始めた。
私は例の施設に侵入する計画を練っていた。
正直言うと、この数日はそのことを考えて、施設にいる間にいろいろな情報を仕入れていた。
それで大方の目星もついたし、できる可能性は高いと踏んだ。
目指すのは地下だ。
施設は七階建て、一階は受付や診察。
二階、三階は内科や外科。
それ以上は入院患者用の病室。
そして六階、七階は研究室や院長先生の部屋などがある。
入院患者の病室はこっそりトイレに行く振りして、全部回った。
どこにもお母さんはいなかった。
あの受付にも恐らく情報はないと思う。
もしかしたら裏リストがあるかもしれないけど……。
そんな物があると思う根拠は……一応ある。
院長先生には一度あったことがある。
と言っても私が隠れてみただけだけど、他のお医者さんが院長と言っていたので、間違いないと思う。
その時に私たちの話をしていた。
物陰から聞いていたから所々しか聞こえなかったけど……確かに話してた。
「例の女の子どもが……」
「誰が……」
「スミスです」
「そうか。念のため地下の者どもは少しの間……」
「承知しました。伝えておきます」
それだけだった。
その後院長と話してた男がこちらに歩いてきたので急いで逃げた。
この話を聞いて、私は合点がいった。
どうしていつまでも会えないのか、母がいないなんて嘘をいって隠す。その理由に。
この病院……いや研究所には秘密があるんだ。
その秘密が何なのか?それは分からなかった。
だけど、この研究所には案内板にはない地下がどこかにあり、そしてそこにお母さんが……。
その事を知った時、すごく怖かった。
だけど、こんな大きな施設が秘密にするってことは、きっと私なんかじゃ一生相手にされない。
そう思った。
このまま引き下がれば、一生お母さんには会えない。
正直、危険だと思うけど、やるしかない。
そのために、私はいくつかのことをしなくちゃいけなかった。
まずは、友達とお別れすること。
絶対に、この二人だけは巻き込めない。
皆に出会えて幸せだった。
これ以上、もうない。
決行を決意できたのも二人のおかげだ。
勇気をもらえた。私の人生に、意味をもらえた。
そんな気がする。
だから、もう何があっても、私は大丈夫。
次に逃げる手段だ。
最悪の最悪は……もう誰にも会えなくなるかもしれないけど……。
最後の最後まであがくつもりだ。
私は地図を調べた。
私の家があるのは東部の海街。
研究所は北側。
逃げるルートは……遠回りでもいい。
安全で、誰にも迷惑がかからないルート。
最悪、戦闘になっても大丈夫なルート。
それを探し出さなきゃ。
結局、下準備には2日かかった。
ドクダミちゃん達のおかげで、お金はほぼほぼ全部準備に使えた。
決行は次の金曜日の夜。
金曜日の夜は……研究員がみんなバルトウォータに飲みに行く。
警備も、手薄になるはず。
でも、あそこは最新式の警備設備があるはず。
それを看破できるかどうか……。
「大丈夫。私ならできる。お母さんに会える」
私は不安を消す様に、そう唱えた。
自然とそうなっていた、手の震えが止まった。
よし、行ける。
私は下準備を進めた。
決行の夜。晴れ。気温は平温。新月。
これ以上ない好条件だ。
しかも、念のため深夜に決行することにした。
今日はお昼寝をしたので、体調も万全、大丈夫だ。
静まり返った冒険者通りを進む。
できるだけ大通りは避けて横道から研究所前まで来た。
誰にも見られてないと思う。
私は深呼吸し、意を決して、研究所の門を越えた。
玄関口までは静かだった。
私は侵入ルートとして目星をつけていた、裏口の方に回った。
裏口と正面の間には大待合室がある。
そこは全面ガラス張りになっている。
私は魔術グラスを装着した。
研究所レベルの施設になると、魔力を検知して、警報を出す装置が至る所にあるはずだ。
魔術グラスは、その魔術の動線を見ることができる。
私はガラス越しに微弱な魔力を大待合室に向かって流した。
警報装置は魔力を吸い、火や雷に変換し明かりを灯したり音を出して知らせる装置だ。
一定以上の魔力を感知しないと発動はしないはず。
大待合のガラスのすぐ向こうに流した魔力は左右に広がった。
どうやら、ガラスの両脇に何かしらの装置があるみたいだ。
ここからは侵入できそうにない。
よし、予想通りだ。
魔術グラスも使えるし、微弱な魔力なら反応しない。
これなら慎重を喫すれば……
私はさらに回り込み、裏口の先、トイレの通気口。
大きな施設だから大きな通気口がある。
と言っても、私でもギリギリだと思うけど。
私は通気口を伝い中に入る。
念のためトイレに下りる前にさっきと同じ方法で安全確認をした。
その甲斐あってか無事に侵入に成功した。
私は深呼吸した。
ここからは、扉から出て、向かう先は一つだ。
受付と待合でだらだら過ごしたあの日々の中で、唯一誰も出入りしなかった扉。
職員専用の扉は数あるけど、たったの一度も、開かなかったあの扉。
確定ではないけど一番怪しいあそこに行く。
私は警戒しながらトイレから出た。
トイレを侵入経路に選んだ理由は、出てすぐそこが目的地だからだ。
廊下は静かだった。
グラスにもなにも反応はない。
いける。
私は、一気に扉の前まできた。
従業員専用の札が下げられた扉。
私は思い切ってドアノブを回してみた。
もちろん施錠されている。
私はドアに手をついて魔力を流す。
私は雷の魔術を使う。
放った微弱な電気は鉄の扉に伝播していく。
その流し込んだ魔力の感覚で大方の形を把握できる。
私の得意技だ。
そして予想通り、扉には装置が組み込まれてるけどそれは扉だけだ。
抜けてしまえば装置は作動しない。
私は深呼吸した。
私は刀に魔力を込めた。
私の刀、魔刀・クダギツネは持ち主の魔力により性質を変える。
私の雷の性質を吸って、帯電する。
ちょっと光るけど、大丈夫。
刀に魔力を注入することで私は雷を操れる。
私は、扉に向かって思いっきり刀を投げた。
刀は一瞬、雷に姿を変え扉の向こうにすり抜けた。
私はそれを確認すると、扉に向かって飛び込んだ。
私の体は向こう側の刀に誘導されるように流れた。
私は、目の前に落ちている刀を拾った。
周囲を確認したが、何かが動作している痕跡はない。
侵入成功だ。
扉の向こうは、殺風景だった。
小さな学校の教室のような部屋が短い廊下の突き当たりまで伸びていた。
窓もなく、片側は壁。
もう片側の部屋はガラス張りになっていて、そこから中をのぞくと、よくわからない機材が置いてあったり、椅子と机だけの部屋があったりした。
物置とか……会議室かな?
でも、使っている形跡が全くなかった。
はずれかもしれない。
そう思いながら私は廊下を進む。
2、3部屋進んだあたり、突き当たりが目の前に来た時、突き当りと部屋の間に空間があるのに気がついた。
なにか、ある。
私はそこに近づいた。
鼓動が早くなっているのが分かる。
暗がりに向かって進んでいるとすぐに、そこに何があるのか分かった。
階段だ。
階段がある。
しかも普通の階段じゃない。
地下に向かって伸びる階段。
この病院に一切、全く、どこにもなかった。地下へ通じる階段だ。
鼓動が早くなる。このまま心臓が爆発しそうだ。
私は、何度目かもわからない、深呼吸をした。
大丈夫。イヅナ、大丈夫。
自然と、足が震える。
全身から力が抜けていく。
うっすらと汗ばんでくる。
目の前にあるのはただの階段なのに。これが、とても、とても、不吉なものに見えた。
私は目をつぶる。
「ドクダミちゃん、レイシーちゃん」
私は独り言をつぶやいた。
孤独な心に二人の顔が浮かんだ。
そして、震えが止まった。
大丈夫。私は一人じゃない。
鼓動はまだ早いけど、さっきから耳鳴りがするけど、本能が行くなと言っているけど。
私は大丈夫。
私は、もう一度大きく呼吸を整えると、刀を握った。
そして、姿勢を正し、暗がりの階段を一歩、一歩下りて行った。




