不穏の種
テントを張る。
単純に見えるがこれが結構重要だ。
寝床を確保していないと、落ち着かない。
魔界で万全を期するには、きちんとした準備が大切だ。
このセーフゾーンは焚き火の位置が中央ではない。
右と左で若干だが、スペースが違う。
明らかに左が広い。
三人用の大型テントを左側に配置する。
こちら側は十分余裕があるから問題ないだろう。
配置の折に茂みの奥をのぞく。
茂みの先には階段があるのが見えた。
階段はなだらかにカーブしており、行く先は見えないが階段の先からは水の流れる音が聞こえてくる。
おそらく川があるのだろう。
川は重要だが、同時に危険でもある。
魔物も水を飲むからだ。
階段の周辺に鈴を設置してあるのは川から近づく何かの接近を知らせる役目もあるみたいだ。
俺は荷物から一人用のテントを出し、そのまま焚き火スポットの右隣に回る。
これはもちろんステラ用だ。
こっち側の茂みにも、もちろん鈴が設置してあった。
茂みの奥を確認したが特に変わったことは何もなかった。
どこまでも深く、茂みが続いているだけだ。
「テントは問題なく設置できそうだ」
テントを仮置きしてメンバーに位置を確認してもらう。
特に問題はないだろうから、俺はそのまま組み立てる準備を……。
「なぁモリー?僕たちのテントをそっちにおけないか?」
作業に入ろうとしていると、急に〝アル〟がそう提案してきた。
そっちとは俺が今立っている狭い右側のスペースの事だ。
どう見ても三人用には狭いように見える。
「どうしてだ。何か問題が?」
俺が聞き返す。
「どうしてって……」
それを聞いた、アルが言葉をつまらせた。
ぱたんと本が閉じる音がした。
「お気遣いは結構です。私は平気ですので」
長椅子に腰かけて本を読んでいたステラが声を上げる。
「しかし……」
アルが何か言いたげだったが、黙ってしまった。
重い沈黙がのしかかる。
なんだ?この空気?
何故だか気まずいことになってしまった。
「なぁ、旦那?この椅子どけれるみたいだぜ?」
ステラの向かいの長椅子に腰かけていたもう一人の男がそう言った。
「ウーティ・ハート」
地の魔術師。
地面を纏う重壁のガーディアン。
我がPTの盾だ。
「固定されてないのか?」
アルが確認する。
「されてても俺なら動かせるってわけよ。お嬢ちゃんの椅子を壁側に持っていけば、スペースは空くだろ?」
ウーティはそういうと真っ正面の茂みの前を指差した。
「モリー、どうだ?いけそうか?」
「ああ、まぁどうだろう。でもセーフポイントをいじるのは問題あるんじゃないか?」
セーフポイントは政府管轄の共有地だ。
使用に当たり様々な規定がある。
必要以上の長期停留や、独占、器物破損、使用後の状態回帰等だ。
違反すればもちろん罰則がある。
そしてそれは比較的、重めの罰則となっている。
「ばれやしねぇさ。それに出るときには元通りにすればいい。うるさい小役人も数ミリ椅子がずれたくらいで文句は言わんだろうよ」
ウーティが飄々と言う。
正直言うと実際はセーフポイントで、あるはずの機材が無いとか壊れているなんてのはざらだ。
管理する役人もいて、定期的に点検しているということだが……
開拓が進んでいるとはいえ、ここは魔界。
本来、人間が住む場所では……もう、ない。
「それならまぁやってみるか?」
断る理由もないので俺は提案に乗ることにした。
それを聞いたウーティがよしきたと椅子をぐらぐらやり始めた。
「まってください。私は、結構といったのです。こちら側で不満はありません」
ステラが立ち上がり、静止した。
「聞いてください」
そう言ってステラは、ゆっくりと呼吸を整えた。
長い演説がはじまる合図だ。
俺たちは自然と彼女の前に集まっていた。
「お気持ちはありがたいですが、ここはまだ魔界の入り口です。強力な魔物がいる可能性は低いでしょう」
背筋を伸ばし、胸を張り、まっすぐこちらを見て、ステラが続ける。
「それに蛍灯の鈴もこちら側には多く設置されているようですし、安全であると思います。余計なリスクは避けましょう」
椅子を動かして万が一破損させたりすると賠償がかかる。
これも危険地域故に高額だ。
それだけならまだましだが、恐らくリスクの中には競合PTの存在も含まれているだろう。
「リカオン」は過去三回の冒険でそこそこの成果を上げている。
冒険者にはランクが付けられており、ランクにより入れる魔界の深度が変わる。
ランクは五段階、SからDランクである。
過去どんな実績を上げようとPT結成時は最低のDランクからのスタートだ。
「リカオン」は現在Cランク3位。
今回の冒険が過去の三回のそれと同等の成果があれば、Bランク入りは確実と見られている。
ちなみにこの昇格速度は数年に1PT有るか無いかだそうだ。
それ故に「リカオン」はいい意味でも悪い意味でも目立ってしまっている。
もちろん快く思わない輩も少なくはない。
「要望があるなら私から言います。それに冒険に対する準備もしております。お気遣いはありがたいですが……今は無用です。我々の目的はこの冒険の成功です。そのためにやることはまだたくさんありますし、時間は有限です。こういった余計な議論は時間の無駄ですので、こういう時間の浪費はなくしましょう」
「議論」と言ったがこれはただの説教だ。
彼女の態度からもこんなこと言わせるなよって感じが漂っている。
女性に対していい格好をしようとするのは当然だが、こう叱られるとへこむだろうなと思った。
「それに……過去三回の冒険で、もう、だいたい分かっているでしょう?」
もう諦めてますよって感じのため息をステラがついた。
「その通りだな、すまない。だが、無理はするな。何度も言うが成功よりも全員の安全が第一だ」
しばしの沈黙の後、アルがそうまとめた。
「全員の安全が第一」アルの口癖だ。これも過去何度もきいた。
「よし、各人、作業に移ろう。やることはたくさんある」
「はい」
「あいよ」
他の2人が返事をしそれぞれの作業を始めた。
「モリーすまなかった。君は設営の続きを頼む」
「わかった。じゃあこれで進めるよ」
そう言って俺は作業に戻った。




