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女の子と、城下町通り

イヅナの後をついて広場を歩く。

イヅナはまるで流れに沿って泳ぐ魚のように、人混みをすいすい歩いていった。

俺は無駄にでかい体を無理やり押し込み進む。ついて行くだけでも随分と骨が折れた。

それにやはり、体力の低下が著しい。

そういえば、筋トレも何もせずにだらだら過ごしたのはここ数年で初めてだった。

そう考えると俺は結構真面目で、仕事に真摯に向き合っていたんだなと思う。


しばらく歩くと広場の端が近づいてきた。

先に人混みを抜けたイヅナは後ろを振り返り、遥か後方でひいひい進む俺に手を振った。

「こちらですよ~、モリー様ー!」

「ああーすぐ行く」

俺はフィジカルにものを言わせて無理やり人混みを突っ切った。

そして、イヅナの前までへろへろ走りながら出ると俺は膝に手をつき息を整えた。

体力が限界だ。

確か……俺、今朝、火のみ込んだよな?まずいな、これは。

「大丈夫ですか?」

イズナがへたり込む俺の顔をのぞくようにそう言った。

よもや、こんな小さな女の子に心配される日が来るとは。

「ああ、すまない。久しぶりに外に出たもんでな」

「少し休憩しましょうか?」

「いや、大丈夫だ。行こう」

俺は顔を上げ胸を張って見せた。

イヅナは俺を見て、にこりと笑った。

「はい!行きましょう!」

イヅナは元気にそう言い、これから行く先を指さした。

若かさ全開だな。うらやましいよ。

俺は負けてられないなと思い、気合を入れ直すと、イヅナの指の先に目線を向けた。

「……はえ?」

酸欠で頭が回ってなかったからか、思わず変な声が出た。

そういえば、人混みを抜けるのに必死で今どこに向かっているのか全く認識していなかった。


イヅナが指さしていたのは……城下町通りの門だった。


「目的地はすぐそこですよ!」

イヅナはそう言うと、跳ねるように歩き始めた。

「ま、ま、ま、待て待て待て待ってくれ」

俺はその背中を呼び止めた。

イヅナは驚いて急ブレーキし、猛スピードでこちらにとんぼ返りしてきた。

「どうされましたか?やはり休憩していきましょうか?!」

「いや、違う待ってくれ、ちょっと確認したいんだが」

俺は呼吸を整えた。

「今から行くのは君のお友達の家だよね?」

「はい、そうです」

俺の問いにイヅナは首をかしげながらそう答えた。

「聞いてなかったけど君のお友達っていくつ?」

「はぁ同い年です。なので、じゅう……う、うご、うん!……じゅうはちです!」

イヅナは一瞬言いよどんだがごまかす様に咳払いしそう言った。

やっぱりこいつ……いやそれよりも今はお友達についてだ。

「じゃあ、君のお友達のご両親は何をやっている人なのか知ってるかい?」

「ああー、えっとですね。それは、あー、わかりません」

「わからない?」

「ええ、そういえば聞いたことがありませんので」

「その友達っていつからの?」

「以前一緒に住んでました!お、幼馴染みたいなもんですよ!」

「あーそうなのか?ちなみにお家には何度か?」

「ええ、よく行きます!」

「城下町通りのどこらへんだ?」

「うーん、十字路の近くです。あの、何か不都合でもありますか?」

「いや、大丈夫だ、気にしないでくれ。あー待たせるのも悪いし行こうか」 

「はい……では、行きましょうか」

イヅナは不思議そうな顔を見せたが、俺の言葉を聞くと踵を返し、歩き始めた。

俺はその後ろについて行きながら、今からくぐる門を見上げた。

「こりゃ、思ったよりも厄介かもな……」

俺の先行きに暗雲が再び立ち込めたような気がした。



城下町通りは、ビーガーと同じく古い通りで、クレッド建国のその時から存在している。

通りに入って遠くに見える、大きく高くそびえるは王城グランツクレッド。

この通りは、クレッド城のお膝元に栄える通りだ。

広場からみて北に位置し、この通りの先に北部魔界及びそれに通じる駅がある。

ここに居住する人間は、政府関係者や、Aランク冒険者、魔術学校やアカデミーの関係者などだ。

つまりは、俺みたいな一般人とは住む世界が違う、選ばれた人間が住まう地域、ということだ。


そんなお固い雰囲気の通りだが、通りに入るとすぐに祭りの屋台のような食い物屋が並ぶ。

城下町通りには三つの顔があるからだ。

一つは、いわゆる観光客向けの顔だ。

通りに並ぶ、料理は様々な種類がある。

それぞれ、プントやバルトから仕入れた食材を使った料理だが、そのほとんどが歩きながら食えるようなものばかりだ。

串に刺された鶏肉や、フィッシュフライを挟んだパン、それと名物のデスウサギの焼き物とキラースズメの蒸し焼き、あとは蜂蜜飴等だ。

地方の港民などが旅行や商行で来た時に、立ち寄って買い食いできる用の料理という事だ。


いわゆる観光客用の顔が一つ目の通り。ここは観光通りと呼ばれていた。


城下町通りの入り口、観光通りをしばらく歩いて行くと、大きな十字路に出る。

まっすぐ進めばクレッド城、及び魔界に続く道だ。

そこは冒険者通りと言われる通り、ここに足を運ぶのは魔界に行く冒険者がほとんどだ。

冒険前の最後準備のための物品や保存食、鈴の販売や野宿用品、情報屋、研ぎ屋、武器屋なんでもかんでもがここに並ぶ。

この通りの最後は二股に分かれていて、右に進めば駅に、左は王城に向かう。

ややこしいが王城に向かう通りは王下通り、駅に向かう方向を魔界通りと言う。

冒険者はこの路に来た時全員がクレッド城に向かって一礼をする。

誰が決めたでもなしに、皆がそうしていた。

そんな儀礼のようなものがあるが、これを冒険者の通過儀礼と呼ぶものもいる。


十字路の左を向けば、アカデミー通りだ。

冒険者アカデミーがその通りにある事に由来する。

主に若い男女で、でかいの小さいの清濁入り混じる活気ある通りだ。

大方が冒険者アカデミーに通う学生で、観光通りで買ったものを食いながら中身のない話題で盛り上がる若者や、路上で腕相撲して筋肉を張り合う阿呆や、英雄譚や最新情報を論じ合う学徒等がひしめきあう。


十字路を右に行けば、そこは魔術通り。

ステラが通っていた、シャリオン魔法学校を中心に魔術、魔道具関係の商店が軒を連ねる。

ここは他の通りとは毛色が違い、静かで上品な雰囲気が漂う。

並んでいるのも、阿呆共や観光客用の物とは違い、プロ向けの商品が多い。

魔法繊維の卸業者や魔術道具商店などがある。

奥に潜れば、国の許可証がないと買えない魔法材や、魔道具もある。

まぁ、俺には全く縁のない場所だ。



イヅナは観光通りをまっすぐ歩いて行った。

十字路はすぐそこだ。

十字路の近くに居住していると一口に言っても、どの通りに面しているかで話が違ってくる。

観光通りには、まだ商店を営む者や、住居を兼ねた古い喫茶店を営む者などもいる。

この周辺ならまだ、住む世界が一緒の人間だ。

アカデミー通りもその性質から同じような者が住む。


しかし、魔術や、それこそ冒険者通り、ひいては王下通りに居住しているともなればそれは……俺なんかが気安く口をきいていい人間ではなくなってくる。


イヅナは通りをてくてく歩き続ける。

時々側にあるりんご飴や焼きそばに目を奪われるしぐさを見せながら、ふらふら歩いていた。

誘惑に打ち勝とうと必死に頑張る姿はほほえましいが、どうも緊張感がない。

まぁ彼女からしたら、友達の家に行くだけだからまぁそうなんだろうけど。

俺は冷静になろうと、観光通りを見渡してみた。

明らかに人足が減っているのが分かった。

それだけじゃない、出店の数も減っている。

正直、冒険に出るとき以外はあんまり立ち寄らないが、目に見えて減っている。

北部魔界封鎖の影響だろうな。

横道に目をやると、その先には、路上生活者の様な影も見えた。

ああいう輩はビーガーには多いが、ここいらでは見たことがない。

正直驚いた。こうやって見ると、いやでも思い知らされる。

この人間界は針の上にいるような、ギリギリのバランスの上に立っているのだという事を。

少しのことでいつでも崩れえる。

今回の出来事はゲッコーウルフの発生によるものだが、もしも俺達の出来事で閉鎖となっていたと思うと……その責任は計り知れない。


もしかしたら、今回はそうとう幸運だったのかもしれない。



世の流れを観察しながら、しばらく歩いているとすぐに十字路まで来た。

例のごとく、イヅナがこっちを振り向く。

もう少し早く振り向くべきなんじゃないか?というか先に行きすぎじゃない?と言うのは置いといて、俺はイヅナに話しかけることにした。

「十字路まで来たけど、お次はどっちだい?」

かなり遠まわしな質問だった。

「向こうです」

そう言うとイヅナはまっすぐ北を指さした。

冒険者通りだ。

OK、OKもう分かった。

いやな予感はしていたんだ、もう覚悟はできた。

鬼でも蛇でも好きにしてくれ。

どうせ俺はもう、ほとんど死に体なんだ。

恐れるものはないさ。



久しぶりの冒険者通りは閑古鳥が鳴いていた。

それもそのはず、入口すぐに二人の憲兵が検問を引き、通行止めを行っていた。

そりゃそうか。この先は現在絶賛封鎖中だからな。

「なあ、これは入れないんじゃないのか?」

俺はイヅナに耳うちする。

立ち入り禁止エリア前で女の子に耳うちする大男。

どう見ても怪しかったのだろう、憲兵はこちら側を睨んで来た。

「大丈夫です。少々お待ちください」

そう言うとイヅナは物怖じせずに憲兵の前へずんずん進んだ。

おいおいおいおい、あいつ大丈夫か?

俺は内心どぎまぎしながら、イヅナを遠くから見つめた。

俺の心配は他所にイヅナは憲兵の前まで行くと何やら話し込み、憲兵に何かを手渡した。

四角い名刺くらいの大きさの紙のように見えた。

しばらくすると憲兵がいくつか質問し、そして敬礼を返した。

イヅナはこちらを振り向くと俺に手招きをした。

「大丈夫だそうです!モリー様こちらへどうぞー」

イヅナが大声で俺を呼ぶ。

俺はつい周囲を見渡し、目立ってないか確認した。

何を俺はこんな、別に道徳に背くことを何一つやってないのに、こんな後ろめたい気持ちになってるんだ。

俺は目いっぱい愛想良くしようと、薄ら笑いを浮かべながら、恐る恐る憲兵の前まで行った。

「お連れ様ですね?一応荷物を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

憲兵が俺にそう言ってきた。

「ああ、どうぞ。と言っても何も入ってませんが……」

俺はそう言うと背負っているカバンを地面に置いた。

「失礼します」

それを見た一人は荷物を確認し、もう一人は俺の体をまさぐりはじめた。

「これは?」

俺の体をまさぐっていた憲兵が、袖に入れてあったマッチを見つけてそう言った。

「ああ、それはただのマッチです。俺は火の補助魔術師ですので、常備してるものです」

「火?」

「ええ、あー体に火をつけて強化を施します。それだけです」

「そうですか。失礼ですが、あなたお名前は?」

「モリー・コウタです」

「モリー?ああ、あなたがあの」

「え?」

「いえ、何もありません。荷物にも特に問題ないようですので、どうぞお通りください。ご協力感謝いたします」

憲兵はそう言うと俺達に道を開けた。

俺は黙って荷物を背負う。

どうにか無事に通れそうだ。

だが内心は穏やかじゃない。

あの?あのってなんだ?何か噂になっているのか?

俺は先ほどの憲兵の顔を思い出し、動悸が早くなる。

不審者を見るような目だった。

考えすぎかもだが、でも、確実に好意的な目ではなかった。

背筋に悪寒が走る。とても嫌な予感がする。


「よし、行こうか」

俺は平静を装いながら、イヅナにそう言った。

「はい!もうすぐそこです!行きましょう」

このセリフを聞いたのは何度目かわからない。

もういっそのこと到着しないでくれたらいいのになとさえ思った。


俺は鼻歌交じりに、元気に進むイヅナの背中を眺めながら、ため息をついた。

本当に、俺、どうなっちまうのかな?

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