イヅナ・ヴィクトーリア・ド・デュトロノミー・デ・キャットジェルリー
乾いた木の扉をノックする音で目が覚めた。
目を開けてみると、窓から差し込む光がちょうど俺の顔を照らしていた。
ああ、もう昼か。
俺は埃臭いベットから体を起こした。
相変わらず体が痛いし、埃臭い。
そして、俺はカビが生えて腐った冒険者だ。
あれから、1週間以上が経過していた。
その間、俺はこの部屋からほとんど出ていない。
本当は今すぐにでも部屋を出て仕事を探しに行かなきゃならない身分なのだが……。
でも、なにもやる気が出ない。
あいつからもらった金貨二枚は大金だが、こうしていられるほどの額じゃない。
実際この二か月近くは、家賃やら生活費やらは貯蓄を切り崩してやりくりしていたし、無くした荷物の補充の出費も大きい。
それを補填して十分くらいの金をもらったが、それでもだらだらしてていいはずがない。
それは分かっている。
今すぐにでもルーン広場に行って求人掲示板を見るべきだ。
それは……わかってはいるが、何一つやる気が起きない。
俺はベットから起き上がり、扉に向かった。
扉を開くとそこには、小さな机が置いてあり、その上にサンドイッチが置かれていた。
あれから、正直愛想を尽かされるかと思っていたが、ドーソンさんは相変わらず親切だ。
あの夜、暗い顔して帰った俺をずっと気にしてくれている。
こうして毎日俺が部屋にこもっていると見るや否やサンドイッチを喰わせようとしてくる。
最近は凝り始めたのかツナときゅうりからツナとトマトや卵やチキンの日もある。
基本のツナは不動なのところにこだわりを感じている。
今日は、ツナと一緒にフィッシュフライが挟まっていた。
また、斬新なのが来たな……。
俺は皿を取り、部屋に戻った。
錆びた音のするベッドに腰かけると、サンドイッチを一口ほおばった。
フライはまだ暖かくサクサクとした衣がついていた。
ツナはいつも通りしょっぱく、ほくほくとした魚のフライトとはあんまり相性が良くない。
だがフライだけ取ってみると、これはうまい。
パンもうまい。ツナはいつも通り。
それらを合わせて結果は、まぁ、普通。
食べられないほどでもないが、好んでは食べないだろうな。
ドーソンさんのサンドイッチはいつもなんだかんだでこの評価に落ち着く。
すごいな。これはおそらくこのツナのせいかもしれない。
俺はサンドイッチを食いきって皿を外に出した。
そして、すぐに部屋に戻り、扉の前に立ちつくした。
全身が脱力するのを感じる。
俺は額を扉に付け、目を閉じた。
俺は、どうするべきなのだろうか。
進む道は二つに一つ。
このままいつも通りベッドに戻るのか、外出の支度をするのか、だ。
このまま戻れば、ただ緩やかに死んでいくだけだろう。
この一週間、たったの一週間近く、だが、体が錆びていっているのは感じる。
俺の中の火が消えかけている。
俺はどうしたい?
お前はどこに行きたいんだ。
何をしたいんだ。
俺は自問する。
そんなの、わからない。
ああ、そうさ、わからないんだよな。
「そうだよな。バカが頭使って考えてなんになる?バカなんだから……体を使えよ」
俺はそう言うと、顔を上げた。
行くか。
一歩進めば何とかなるさ。
今までも何とかなったんだ、きっと何とかなる。
俺は上着を羽織り、カバンを背負った。
まぁ、カバンなんて必要ないしただの荷物になるだけなんだが、やはりこのスタイルが一番気合が入る。
俺は景気づけにマッチを一本取り出した。
何だか湿気てくたびれた感じがする。
到底、点火しそうには見えなかった。
このマッチは今の俺と一緒だ。そう感じた。
目を閉じて、意識を集中する。
大きく息を吐き、俺は勢いよくマッチを擦った。
すぐにあの匂いが鼻をついた。
俺が好きな、火が灯るあの匂いだ。
目を開けると、目の前のマッチはいつも通り、火をたたえている。
なんてことない安い光だが、俺にとっては窓からさす昼の陽光よりも輝いて見えた。
良かった。まだ……点くか。
俺は少しだけ火を眺めると、勢いよく火を飲み込んだ。
熱が体を包んでいくのが分かる。
体に、心に、火が点いた。
俺は姿勢を正し、扉を開けた。
行こう、きっと大丈夫だ。
「あら、ようやく出る気になったのね」
勢いよく扉を開けると目の前にドーソンさんがいた。
「おっと。あっ、あ、どうも。お、お世話になってます」
急に目の前に人がいたので俺は若干つんのめったが、体勢を立て直し、平然と何事もなかったかのように挨拶をした。
「ベッドで埃をかぶって、頭にカビが生えちゃってるのかと思ったけど、案外元気そうね。いいことだわ。じゃあ、はい」
ドーソンさんは俺の様子を見て、そう言うと掌を見せてきた。
「今月分のお家賃いただけるかしら?」
「あ、ああ、は、はい」
俺は慌てて懐をまさぐり財布を取り出した。
その中から銀貨を3枚、ドーソンさんに手渡した。
「ええ、確かに。いつもありがとうね。それじゃあ頑張って稼いできてちょうだいね~」
そう言うとドーソンさんは鼻歌交じりにひらりと階段を下りて行った。
なんだか出鼻をくじかれた気分だが、少し気持ちが軽くなった気がした。
甘やかすだけじゃなくちゃんと現実見せてくれるってのは俺にとってはありがたかった。
「そうだよな。腐ってる暇ないよな」
俺は独り言をつぶやくと、部屋からでた。
爽やかな気分だ。俺は伸びをすると、勢いよく階段を下りた。
「生きなきゃないけないよな」
俺は勢いそのまま、下宿から出て通りに出た。
ビーガーは相変わらず空気が悪かった。
それでもまぁあの部屋よりはマシだ!
俺は顔を上げると、走しりだした。
「今日はこのままいくか!」
俺は調子に乗って笑いながら、走ってルーン広場へ向かった。
ルーン広場はあいかわらず人に溢れていた。
年甲斐もなく、がむしゃらに走って来たので俺は結構な汗をかいてしまった。
夏場にすることじゃなかったな。
久しぶりに外出したこともあり、疲労感が半端ない。
到着して早速、後悔の念とばかばかしさからくる脱力感が全身を支配した。
とりあえず休もうと、俺は噴水の近くに陣取って汗が引くまで涼むことにした。
俺はカバンを下ろし、噴水のヘリに腰かけ、水筒を取り出した。
「よし。水を飲みながら、情報収集といこう」
俺は誰ともなしにそう言うと、水を一口流し込み、広場を見渡すことにした。
一週間で特に変わったのは、人の偏りだ。
一目で分かるほど一か所に人が集中しているところがある。
求人掲示板だ。異様なくらい人だかりができている。
北部魔界封鎖の影響はまだ続いてるようだ。
それとは別にいやな予感もあった。
奴は行動が速いからな。
もしかしたら“穴”を埋めるための求人をもう出ているかもしれない。
何せ……金は持っているようだったからな。
なんてことを考えてると暗い気分になってきた。
「いかんな。汗も引いてきたことだし、そろそろ俺もあの中に混ざるか」
俺は立ち上がり軽く体をほぐすために体操をした。
ストレッチも一通り終わると、俺は置いていた水筒を荷物にしまった。
そして思いっきり背中を逸らして伸びをした。
よし、さぁ行こう、そう思った時だった。
「あのぅ、スイマセン」
突然背後から声を掛けられた……気がした。
気がしたというのは、振り向いて見てもそこに誰もいなかったからだ。
気のせいかな?そう思って再び前を向いて俺は歩きだそうとした。
「あのぅ!!スイマセン!!」
すると、今度ははっきり声が聞こえたし、なんなら服も引っ張られた。
再び振り向いて目線を下げてみると、そこには女の子が一人立っていた。
「どうも、こんにちは」
その子はぺこりと頭を下げ、あいさつした。
一回目振り向いた時は小さすぎて気がつかなかっただけだったようだ。
身長はおよそ150くらいかな?見た目は14、5歳ぐらいに見えた。
俺は膝を曲げて、彼女と目線をあわせた。
「こんにちは。俺に何か用かな?」
「はい。あのぅ、お伺いしたいことがあるのですが、あなたはもしやモリー様ではありませんか?」
少女は、はきはきとした口調でそう言った。
背筋をピンと伸ばし胸を張り、まっすぐ俺の目を見て、そう、言った。
「様……?ってのは分からないが、確かに俺の名前はモリーだ」
「やはり!そうでしたか!お会いできて光栄です」
少女はにっこり笑顔を作り嬉しそうにそう言った。
明朗快活で、素直で、まっすぐでとてもいい子って印象だがなんだか、変だ。
なんでこの子は俺の名前を知ってるんだ?そして何のために話しかけてきたんだ?
「光栄って……誰かと勘違いしてないか?俺はさびれた普通の冒険者だぜ?」
「そんなご謙遜を!アルガートンPTの補助魔術師、モリー様のことを知らない人なんて、このクレッドにはいませんよ!」
うん……どうやら人違いではなさそうだ。
にしても……ずいぶん持ち上げられたな。
おべっか言われてるのは理解しているが、まぁ褒められて悪い気はしなかった。
ただ……アルガートンPT、か。
「俺のことを知ってるようだが、君は?」
「ああこれはご無礼を。私ったら名乗るのを忘れておりました」
少女はそう言うと、すぅっと息を吸い込んだ。
「私は、イヅナ・ヴィクトーリア・ド・デュトロノミー・デ・キャットジェルリーと申します。こう見えて冒険者をやっております」
少女はそう言うと両手を腰に当てて胸を張って見せた。
冒険者?そんなはず、あるわけない。
それになんか今、すごい変な名前を名乗らなかったか?
「イ……イヅナ・ヴィク・キャット?」
俺は、わざとらしくそう言った。
「イヅナ・ヴィクトーリア・ド・デュトロノミー・デ・キャットジェルリーです。長いのでイヅナとお呼びください」
「ああ、そうか、イヅナか。よろしく。俺はモリー。モリー・コウタだ。俺も一応冒険者をやってる」
俺は改めて名乗ると、イヅナに手を差しだした。
イヅナはそれを見ると笑顔で握手に応じた。
イヅナの名前を聞いたときに、変な名前だなと思った。
と、同時になんだか違和感を覚えた。
つまりはなんだか、すごい、偽名っぽいと、そう思った。
だが、すらすら復唱したので、もしかしたら本名なのかもしれない。
なんにしても、怪しいのには変わりがない。
そんなことを考えながらイヅナの顔を見ていると、イヅナは不思議そうに首を傾げた。
「あの……私の顔に何かついておりますでしょうか?」
「ああ、いや、すまない。どこかで見たかな?と思ってね。でも、そんなことはやっぱりないみたいだな」
「はい、今日が初対面です」
「だよね。で、君みたいな子が、俺に一体何の用かな?」
「実は折り入って相談がございまして……」
そういうと、イヅナはいきなり歯切れが悪くなった。
「あの、もしもよろしければ、もしお時間が空いておられましたら、ですね。少し来てほしい所があると言いますか……」
イヅナは目線を外しもじもじやり始めた。
「来てほしい所?」
俺は聞き返した。
「はい、あの、私のお友達の家なのですが、ここからあまり遠くはありませんのでお時間は取らせません。それにお昼などもまだでしたら、簡単な物ですが一応ご用意させていただいてますので……」
「お誘いはありがたいが、よしておくよ」
俺はイヅナの言葉を遮るようにそう言った。
「なっ!なぜですか?!」
「よく知らない女の子の家に行って変な噂が立っても困るしな。それに人前で言えないような話を聞くつもりはない」
俺がそう言うとイヅナはうぐっと口をつむんだ。
ただでさえ、俺には悪いうわさがつきやすいしな。
これ以上そう言う類の奴は御免だ、というのは本心だ。
「で、では、どうすれば来ていただけますか?」
少し考えた後にイヅナがそう質問してきた。
俺はそれを聞き、少し考えた。
何の話があるのか知らないが、この子はどうやら、そう簡単に引き下がる気がないようだ。
それに子供ながらのずうずうしさからでた考えなしの言動かもしれないが、これがなかなかいい手なのではと思った。
俺が断る原因をつぶせば、確かに俺は行くしかなくなるし、仮に今日がダメでも次は準備できるかもしれないしな。
足りないものを確実に知り、目的に近づく最善の手かもしれない。
もしかしたらこの子はすごく頭がいいのかもしれない。
少し見直した。
この子の話は一聴の価値があるかもしれないと思った。
しかし、この子がまだ、俺を貶めようとした何者かからの刺客である可能性はある。
警戒するにこした事はないだろう。
「そうだな、まずはお互いをよく知ろうか。君、今いくつだい?」
俺はとりあえずいろいろ質問する事にした。
この子の目的を探ろう。まずそこからだ。
「じゅうな……いえ18です!」
イヅナは指を折り数えながらそう答えた。
目線は斜め上を見ている。
やっぱ、ダメな子かもしれない。
いきなり怪しさが最高潮だ。
どうしよう……明らかに嘘っぽい。
イヅナは自分の言った言葉の怪しさに気がついているようで、あのあのっという感じでそわそわしていた。
自分でも失敗したと思っているのだろう。
俺もそう思うが、しかし、それを嘘だと断定できる証拠は無い。
見た目が明らかに子供でもそういう人もいるだろうし……。
俺は、すこし頭を悩ませたがすぐに次の手を思いついた。
「確か、君も冒険者なんだよな?」
「そうです」
「じゃあ、ライセンスは持っているか?」
「はい!もちろんです」
「それを見せてもらうことはできるかな?」
イヅナは俺の言葉に一瞬びくっと体をはねさせた。
やはり……持ってないか。
冒険者ライセンスは冒険者アカデミーで訓練を受けた者に発行される。
アカデミーの入学条件は16歳以上の魔術を扱える、及びそれに準ずる能力が認められた男女、だ。
試験も実技試験と軽い面接のみとなっている。
コースによってはきちんとした試験があるが全員じゃない。希望者のみだ。
アカデミーのコースは主に二つ。
一つは職業訓練コース。
一年制で、実戦訓練や、グループワーク、魔界への手続き関係や許諾関係の学科などが中心だ。
よっぽどのことをしない限りは、落第することは無い。
大方の冒険者はこのコースを卒業する。
俺もその一人だ。
二つ目は高度訓練コース。
職業訓練コースを受講後もう一年さらに専門的な訓練を受けれるコースだ。
ここに進むには二つのパターンがある。
入学時に高度訓練コースの試験を受けてパスすること。
それともう一つは、職業訓練コースで成績が規定以上あり、上位10名以内に入っており、人が希望した場合だ。
あほ共のサル山の大将をやっても意味がなく、全教科A判定くらいの成績がないと上がれない。
大方そういう成績を取る奴はもともと2年行く予定の奴ばかりだからめったにその方法で進学する奴はいない。
俺の同級生でもこのコースに進学した奴は何人かいたが、全員入学時に試験をパスしていた。
9割方以上の冒険者はこの二つのコースのどちらかを卒業する。
しかし、アカデミーには、高等訓練コースでさらにA判定をすべて取る、そういう一握りの天才だけが進むことが許される最上位コースが存在する。
それが、国家指定高度訓練課程、ローレムアカデミアだ。
高度訓練コースを卒業後さらに2年間、超高度訓練を受ける。
高度魔術学や訓練等のみならず、歴史や魔物学、薬学、錬金学、その他の冒険者として必要なすべての学問を履修する。
そのすべてに規定以上の成績を収めた者のみが卒業を許される。
ここの卒業者はグランアカデミアという称号を授与され、特別待遇を受ける。
具体的には、政府関係者の特別クエストの受注や、PT結成時の冒険許可エリアの拡大等だ。
政府の役人の上役や攻略本の編集者等中心人物は全員ローレム卒業者だ。
エリート中のエリート。冒険者の憧れ、英雄への登竜門。
年に幾人も挑み、卒業する者が出るのは数年に一人。
俺の知り合いの中でも、ここを卒業した奴は……一人しかいない。
すごいだろ?なんて言いたそうな、嫌味な、いけ好かない笑顔が一瞬、頭に浮かんだ。
ああ、すごいよ。
そりゃ、俺なんか相手にされないはずだよな。
アカデミーの卒業後発行される卒業証書が冒険者ライセンスと呼ばれるものだ。
掌に乗るくらいのカードで、本人の顔写真が映写魔術で貼り付けられている。
ライセンスには、名前と卒業コースなどが彫られている。
この映写の技術は政府関係者しか持っていない。
よって、その偽造は不可能とされている。
どんなに精巧に作られていても明るい場所で見れば誰でも見抜けるくらいの精度しかない。
俺の持ってる現物と見比べれば……偽物かどうかは容易に看破できる。
イヅナは少し困ったような表情を見せたが、すぐに肩から掛けていたポーチをごそごそやり始めた。
「ど、どうぞ」
イヅナはポーチからライセンスを取り出し、俺に差し出してきた。
まじか。まさか現物が出て来るとは……しかもぱっと見は確かに本物に見えた。
「ああ、ありがとう。見させてもらうよ」
俺はライセンスを受け取り、確認した。
この……ライセンスは、俺のものと見比べる必要もない、見ただけで分かる。
本物だ。
受け取ったライセンスには、確かにイヅナの長ったらしい名前が彫られており、卒業コースも高度訓練コースと明記してあった。
17でなく、18歳と言ったのはこういう事か。
しかし、自分の歳をこの年齢で間違えるとは思えない。
それに、気のせいかライセンスに写されている顔だが……確かにイヅナに見えるが、しかし、なんだか少し大人っぽくも見えた。
正直言ってこの写真は、荒いし暗い色合いなので本人の様に見えるし、他人にも見えるってのはよくある事だ。
これが本人かよく似た別人なのかは正直判別できないが、こんな偽物は絶対作れないだろう。
作れたとしてもこの子がそんな技術を持ってるとは思えない。
だけど……もしも、これが偽物なら、この子はすごく危険な状況なのかもしれないがな。
俺は、イヅナを見た。
イヅナは口をつぐんで、ぎゅっとポーチのひもを握りしめて押し黙っていた。
俺は写真と顔を見くらべながらイヅナをしっかり見た。
艶のある長いストレートの黒髪にぱっちりした瞳。
着ている服も黒く、膨らんだスカートがよく似合っている。
肩から掛けているポーチもよく冒険者が愛用するタイプの小物入れだ。
かわいらしい見た目だが腰には似つかわしくない皮のベルトを巻き、そして今気がついたが……腰に、二本の剣をさしていた。
俺はライセンスとイヅナを交互に見た。
確かに冒険者っぽいっちゃ、ぽい出で立ちだな……。
でも、やはり、この写真は別人に見えるな。
例えば、この写真はお姉さんのものという可能性も……、うん?
俺はイヅナが携えている剣に再び目を向けた。
イヅナの携えている剣はめずらしい物だった。
恐らく片刃の刀だが、刃渡りが明らかに短かった。
といっても、短刀と呼ぶには長く、普通のそれと比べたら確かに短い。
七分刀とでもいうのか、いや、六分くらいかな?とにかく中途半端な長さの刀だった。
俺は実家で研ぎを結構やってたが、こんなのは見たことがなかった。
「気になりますか?」
イヅナがそう言った。
「ああ、まぁな。そんなのどこで?」
俺が訊ねるとイヅナはにやりと笑った。
「これは我が家に代々伝わる宝刀なのです」
そう言うとイヅナは腰の一物を一瞬だけ抜いて見せた。
銀色に輝く、美しい刀身が陽の光を反射し、輝いた。
「私のご先祖様が世界中を回った時に学んだ技術で作った刀だそうです。刀身は魔鉱石でできており、魔力をよく吸い、使い手によりその性質を変えます」
イヅナは目をきらきら輝かせて自分の刀について話し始めた。
その内容はやれ、刃紋がどうだ、加工法がどうだと、どんどん専門的になっていった。
「ああーつまり君の家は鍛冶屋か何かなのか?」
そう言うとイヅナはぴたりと話を止め……固まった。
「ああ、ええ、そうです。でもまぁ、家族のあれで、もう、やめちゃったんですけどね」
しばらくして、イヅナはそう言った。
この話はあんまりしたくないといった感じだった。
なんだか、聞いちゃいけなかったことかも知れない。
「そうか。その悪かった」
「い、いえいえ!全然!全然大丈夫です!」
気まずい空気が流れた。
俺、また、やっちまったな。
「あーそうだ、これ返すよ。ありがとう」
俺はそう言うとイヅナにライセンスを渡した。
「あっは、はい!」
イヅナはそれを受け取ると、そそくさとポーチにしまった。
どことなくホッとしたような顔に見えた。
「どうですか、これで信じていただけましたか?」
イヅナがまっすぐ俺を見てそう言った。
うーん。俺は悩んだ。
とりあえず、悪い子じゃないような気がしてきた。
しかし複雑な事情を持っている事もなんとなく分かった。
それに、この子が悪い子じゃなくても、誰かに騙されている可能性もまだある。
正直、目的もなんとなくは分かってきたが、謎なのはやはり友達って奴だ。
「冒険者ってのは分かったよ。疑って悪かった」
真偽は分からない。真実も、俺にはわからなかった。
だけど、俺はここまでしたこの子のことをとりあえず信じることにした。
「それで、俺を必要としているのは、その、君の友達って奴なのかい?」
「いえ、必要としているのは私たちです」
私たち……ね。
「その私たちってのは?」
俺はだいたい予想はついてはいたが、改めて質問した。
「私たちPTの事です!」
やはりな。
「つまり君たちPTを手伝ってほしいってことかい?」
そう聞くと、イヅナは大きく息を吸い込んだ。
「はい!」
イヅナははっきりと、元気に、そう返事をした。
その瞬間、電流が走ったような感覚があった。
そしてすぐに、イヅナの背後から、風が吹き込んできた。
その風は俺の頭を通り抜け、見えるはずのない背後の景色の、その遥か遠く、彼方まで飛んで行った……ように感じた。
ああ、これは、あの時感じたものだ。
あの時、あいつと初めて出会った、あの、あの時と同じ……。
そして、頭の中で声がした。
お前はどこに行きたい?
さぁな。
お前はどう生きたい?
そんなのわからないな。
お前は何になりたいんだ?
そんなのしらねぇよ。
でも、困ってる女の子を見捨てるような奴にはなる気はねぇな。
「なぁ、遊びじゃないんだぞ?冒険ってのは、いつ死ぬかもわからないんだぜ?」
「わ、分かってます」
「ほんとか?大人も子供も、女も男も関係ない。魔界はそういう所だぜ」
「それは……そうですが」
「遊びで行くとこじゃない」
「遊びじゃありません」
イヅナは泣きそうな瞳を大きくした。
その瞳は、大きく、きれいで、強く輝いていた。
「遊びなんかじゃ、ありません!命を賭けてでも、それでも!行かなきゃいけないんです!」
イヅナは叫んだ。
俺は神も天使も信じちゃいない。
俺が信じるのは、火だけだ。
イヅナはまっすぐ俺を見ている。
俺はその瞳の奥に燃える炎を見た。
信じる価値は……。
俺はため息をついた。
イヅナはびくっと体を震わせた。
イタズラがばれて今から怒られる事を察知した子供そのもので少しほほえましかった。
「なぁ、なんだか、腹が減ったな。そう、思わないか?」
「え?あ……はい!」
「どこか、いいとこ知ってるかい?」
「はい!知っておりますとも!ええ、ええ、きっと気に入ってもらえると思います!」
「そうかい、じゃ、道案内をお願いしてもいいかな?」
「はい!お任せください」
イヅナはそう言うと、胸を叩き、元気よく歩き出した。
うれしさで高揚した少女の横顔は、カビの生えた中年男には、すごくまぶしかった。
俺、どうなっちまうのかな?
まぁわかんないけど。
だけど、どうやら、この子の向かう先はさっき吹いた、“いい風”とは逆方向のようだし……
案外、正しい道なんじゃないかな?




