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碧鱗の宴

バルトウォーターは潮風の通りだ。

この通りの先、バルト海域から運ばれる海産物が並ぶ。

バルトウォーターとプントドロップは霧が覆われた時代に作られたどちらかと言うと新しい通りだ。

ビーガーとは違い広場にほぼ隣接している。


バルトはまたスピードの通りでもある。

魚の鮮度を守るために無駄に運搬技術が進化している。

氷や雷の魔術をふんだんに使い独自の流通ルートを形成しているのだ。

通りの真ん中にはレールが何本かある。

ソリを走らせるための溝のようなレールと、線路のようなレールと形状は様々だ。

そのレールを通じて、魚を満載したトロッコが毎朝港から運ばれる。

新鮮でいいものはルーンクレッド周辺に運ばれる傾向にあるのだが、この通りは奥に行けば行くほど真に新鮮でそして多種多様な魚介類に出会える。


バルトウォーターは海だ。

その最奥には王都ではけっして見れない魔魚やドロップも隠されている。


アルの後ろについて歩くこと、10分くらいでバルトウォーターの商店がひしめく広場に出た。

その広場から一本入ったところに静かな雰囲気の冒険者酒場がある。

「冒険者酒場、碧鱗」。

正しくはこの店に名前はない。

「碧鱗」の呼び名はカウンターの奥に輝く青い鱗に由来する通り名だ。

店内は、壁一面に冒険者情報を張り出している。

中にはジョーククエストなどもありなかなか凝っている。

店内に目を凝らせば、掲示板には載らない、行方不明者情報や、裏クエストの情報なども張り出されていることがある。

個人取引が禁止されている物や法律的にグレーな物まであり半グレ酒場だ。

ここのルールは、「ここで起きたことは口外しない」だ。

あくまで噂ではあるが、ここで決めた秘密を口外した冒険者がプントドロップの人体実験場に売り飛ばされたとかなんとか。

皆そういう雰囲気込みで楽しんでいる場所だ。


秘密の会議をするにはちょうどいい場所ともいえた。


アルが店内に入ると、片目に眼帯をつけた初老のマスターが出迎えた。

顔には愛想の欠片も無く、いらっしゃいの一言も無い。

このマスターはかつてやり手の冒険者だったとか、政府のお抱えの暗殺者だったとか、実は伝説の勇者で年齢は3000歳だとか、いろいろ言われている。

彼の真実については誰も知らない。その正体については一切、謎だ。



アルが通されたテーブルは、店の端っこにある円卓だった。

椅子がちょうど四つおいてあり、アルは迷わず一番奥に座った。

アルの右隣にウーティ、左隣にステラが座り、俺はアルの向かいに座った。

全員が席に着くと、アルが手を上げた。

マスターはそれを見ると頷き、キッチンに消えて行った。


「さて、諸君。先日はご苦労だった」

アルが立ち上がり、テーブルに手をついて始めた。

「おいおい、早くない?まだ飲み物来てないよ?」

ウーティが茶化す。

「うん?確かにね。では軽く挨拶だけ」

アルはコホンと咳払いし、仕切り直した。

「今日はお集まりいただきありがとう。この場は打ち上げとこれからの会議の場になる。とりあえずは料理を用意したので、まずは食事を楽しもう」

そう言うとアルが音をたてて手を合わせた。

「なかなかいい料理を用意できたと思う。そしてもちろん、ここは僕のおごりだ。遠慮はしないでくれて結構!」

いよっ大将とウーティが大向うを張る。

するとちょうど奥からマスターが人数分の飲み物を持ってきた。

ウーティが待ってましたと勢いよくグラスを受け取り、机に置いた。

ウーティは中身を一瞥すると俺達にグラスを回した。

「ほい旦那!ビール」

「ああ、ありがとう」

「ほい大将も!」

「ありがとう」

「嬢ちゃんはこれ?何?マンゴージュース?」

「ええそうです。ありがとうございます」

こうしてグラスが全員に渡り、ウーティが席に着いた。


「ほんじゃ、気を取り直して。大将、音頭の程、よろしくお願いします」

ウーティがわざとらしく頭を下げ、両手をずいっと掲げて見せた。

「では、僭越ながら私が音頭を取らせていただきます。先日の冒険は大変な結果に終わりましたが、死者が出てもおかしくない状況で無事に全員が生還できましたことは、ひとえに皆様の力によるものです。まずはそのことを感謝いたします」

アルは深々と頭を下げた。

「さて、我々の処罰については気になってはいるとは思いますが、ここでは軽くとりあえずはご安心くださいとお伝えしておきます。まずはそれを置いといて食事を楽しみましょう。では、“リカオン”と皆様のこれからの繁栄を願いまして……」

アルがグラスを掲げたのを見て、全員がグラスを掲げた。

「乾杯!」



合図とともに、キッチンから料理が運ばれてきた。

魚の揚げ物、デスウサギの丸焼、極彩色のサラダボウル、透き通ったスープに、魚介類がふんだんに使われたパエリア。

俺達は各々が好きに料理を取り、大いに飲んだ、


「いやーうまいねぇ。旦那のデスウサギとはまた違ったうまさがあるね」

「そりゃプロには勝てんよ」

「モリーのデスウサギもおいしかったけどね」

「あの時はまさかあんなことになるとはなぁ」

「一寸先のことも分からない。まぁそれも冒険の醍醐味だね」



「そういやさ、嬢ちゃんは吞まないの?」

「はい」

「なんでよ。馬車ではぐいぐい吞んでたじゃん」

「この後、家の方に帰りますので」

「ああそういや、あの日は嬢ちゃんだけ駅の宿舎に泊まったんだっけ?」

「ええ、あの日はそうでした。駅に向かう途中でもう体力的に限界でしたので、停泊しようと考えてました」

「ああ、そうだったなー。で?なに?家に帰るから呑めないってことは一緒に住んでる彼氏に怒られるとか?」

「二度と言わないでくださいね、そういう軽口」

「睨むなよ……怖いじゃん。じゃあ家族がきびしい感じ?てか実家暮らしだっけ?」

「一度にいろいろ聞かないでください。それにプライベートのことをお話しする気はありません」

「なんだよつれねーな!仲良くしたくないから吞みたくねーってことかよ!」

「そう言うことではありませんが……」

「じゃあなんで?」

「なんでって……だから、その、呑めないんですよ。私は未成年ですのでね」

「ええ?!」



「まじ?知ってた?」

「学校は飛び級したとは聞いてたが……」

「飛び級?!じゃ嬢ちゃん今いくつよ!?」

「18です」

「まぁじぃ!?うん?え?あれ?ちょっとまって大将はいくつ?」

「ちょうど20だね」

「16でアカデミー入って丸4年通ったってこと?」

「ああそうだね」

「ほえー、おっさんにはまぶしすぎる年齢だねぇ」

「ウーティもまだまだだろ?」

「もう30見えたからなー。おっさんだよ」

「あれもうそんな?まだ何年かあるはずだろ?」

「27だからな。後3年だぁ」

「まだまだあるじゃないか」

「若もんはそう言うんだよ。でも3年なんてあっという間だよ。なぁ!旦那?!」



「まぁそうだな」

「旦那は?もう30?」

「28だな」

「じゃ来年20代ラストイヤー?」

「いやあとひと月くらいで29だ」

「おっまじぃ?!おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとうございます」

「お、おう。あ、ありがとう」


「にしてもすげー呪文だったなぁ、あれ。あんなのも学校で習うの?」

「その話はやめましょう」

「別に責めてないって」

「そうじゃなくって、私の為にもやめてください」

「どういうこと」

「ばれたら問題なのですよ」

「え?嬢ちゃんそんなヤバい魔法使えるの?」

「これ以上はやめましょう」


「なぁあの青い鱗、伝説のリヴァイアサンの鱗ってまじだと思う?」

「どうだろうね。でも見たことがないアイテムであるのは事実だね」

「あれは贋物ではないのですか?」

「贋物?」

「というか、ああいう形のランプなのではないですかね」

「だよなぁ。俺今日初めてここ来たけど、あんな不用心にレアドロップ置いてるわけないよな」


「いやーにしても意外だよなー、嬢ちゃんこーんなに清楚な見た目してんのに遊んでるなんてショックだよ」

「……」

「いやいや、何も言わなくても分かるよ?あの飲みっぷりは一年二年でどうこうなるもんじゃないからよ」

「……」

「睨むなよ、責めてないって!俺だって10代の時は乱交のひとつやふたつ」

「……」

「いたっ!え?なに?静電気?ん?嬢ちゃんの指なんで青白く光ってんの?」

「……」

「それ雷魔術?なんで豆持ってんの?」

「……」

「うおーすげぇ指の間で豆が浮いてる!?ええ?なんで?それすげー」

「……」

「いたっ!!」

「おおすごい!豆でそんなことができるなんて!」

「……」

「金属でそういう芸当ができるとは聞いたことはあるが、豆でできるなんて……。どういう原理なんだ」

「いたい!いたい!関心すんのはいいけど、止めてくれー!」

「自業自得だな」



皆が口々に雑談を続ける。この雑談に意味はない。

まぁ意味のないのが雑談なんだけどな。


ほどなくして、飯は底をつき始めた。

宴もたけなわだ。

「あらかた片付いかな。なぁ大将」

「そうだね、そろそろ本題にはいろうか」

その言葉に全員が黙った。

それぞれが、姿勢を正し、アルの言葉に耳を集中させた。

「と、いってもね。話すことは正直あんまりないんだけどね」

「そうなのですか?」

「ああ、話すことは三つだ。一つ目僕たちの処分についてだが、正式な処分は保留となった」

「保留?」

「ああ、保留だ。今までと違う所は処罰がなくなるかもしれないという事だ」

俺達三人は顔を見合わせた。正直内容がよくわからない。

「それは、いったいどういう流れでそうなったんだ?」

俺が質問をするとアルは頷いた。

「うん。先日のことだがギルドに呼び出された」

それは聞いている。

「そこで、今回の件の進捗の報告があったんだけど、思った以上に調査は進んでいないらしいかった」

「氷が厚すぎたってことか?」

「いや、氷はもう処理はできたが範囲が大きすぎた。近くの観測所とセーフゾーンが一つふっ飛んだらしい」

「まじか」

「観測所は実質稼働が無かったらしいからいいが、セーフゾーンをふっ飛ばしたのは大きいね」

「ふーん。じゃあなんで俺達の処罰が保留なんだ?」

「うん。ゲッコーウルフの件もあるが、今回は新種の被害だから情状酌量の余地があるとのことだった」

魔界で新種に遭遇した場合。

対応したのがPTランクBランク以下及び開拓者以外の冒険者である場合は“対処できていれば”罪が軽減される可能性がある。

「なるほどねぇ」

「だがしかし、後続の対応がいろいろ話題になりすぎたという事もあってね。政府の魔界調査の手伝いを義務付けられた」

「うへーだぁるいな」

「とりあえず調査が終わるまではさらに1か月以上はかかる見込みだ。その間は慈善活動期間だね。給金は出るらしいけど、まぁ期待はできない」

「ああーまじかよー遊ぼうと思ってたのになー」

「とりあえず次なんだが、セーフゾーンの設置作業の手伝いが来週からある。予定は明けといてくれよ、ウーティ」

「あいあい」



「さて二つ目の話はモリーの荷物についてだ」

「ああ、あれ、どうなった?」

「モリーには悪いが……氷の除去作業中に砕け散ったらしい。諦めてくれ」

「そうか……」

「しかし、それについては補償するよ」

「助かる」

「うん。もう用意はしているから今渡すよ」

アルは屈んでごそごそやり始めた。

アルが顔を上げるとその手には見るからに重そうな麻袋が握られていた。

「受け取ってくれ」

俺は両手を出した。

アルはその上に麻袋をぽんとおいた。

手の上に麻袋が乗った瞬間、ずしんとした重みを感じた。

「これは、入りすぎていないか?助かるが……いいのか?」

「ああ、それが三つ目の話なんだが」

「?」



「すまない、モリー。君をPTから抜くことにした」

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