買い物と借り物
ルーンクレッドには、主に冒険者が集まる。
今日もあらゆる冒険者が広場を往来する。
広場の中央には大昔からある大噴水があり、昔から人々の待ち合わせ場所となっている。
この広場に冒険者が集まる理由は、広場に設置された四つの巨大な掲示板による。
この掲示板には冒険者にとって生命線となるあらゆる情報が掲載される。
ルーンクレッド広場は、各通りに続く道が十字型に繋がっている。
その通りと通りの間に、掲示板は設置されている。
南東には、商店掲示板がある。
主に商店の安売り情報や、ドロップの仕入れ情報などがのる。
時々、プントドロップにある魔材研究所や、薬学研究所からの情報が掲示される。
どこどこで取れた素材からこういうアイテムが作れただの、またその販売場所だのが掲載されるのだ。
魔術に使う新たな触媒の情報などもあり、俺もよくチェックする。
時々薬の特売情報とかは結構人気で、情報を早く取り入れるのは重要だ。
そう言う情報から、次に高騰するドロップを予想するのも儲ける上では重要な要素になる。
南西には、求人掲示板がある。
冒険者のPT員募集から、漁師や炭鉱夫の募集、商店の日雇い情報などもここに掲載される。
重要求人なども一旦はここに掲示されるルールだ。
アルの求人が張り出される情報は5日前から告知され当日は募集要項を確認に来た冒険者が大勢詰めかけ、機動隊が派遣されたほどだった。
北東には、バウンティ掲示板がある。
政府や商店、アカデミーや魔術学校、個人に至るまで、あらゆる依頼がここに掲載される。
ここにある懸賞金情報をみて冒険者は魔界に何を狙いに行くかを決定する。
冒険者なら毎日通う者も珍しくない。
北西には、魔界の冒険情報が掲載される。
ギルドが完全管理している唯一の掲示板で、一般の冒険者はここに情報を掲載することができない。
各魔界にある観測所から送られてくる情報が毎日ここに掲載される。
魔物の出現情報や魔界の気象情報などが掲載される。
冒険者の冒険情報なども載っており、今どのPTがどこに向かったかと言う大雑把な情報も掲載される。
内容に違いはあれど、広場に寄る冒険者はこの四つの掲示板には必ず目を通す。
あのウーティすら時間をかける。
端から端まで歩けば10分以上はかかる広場だが、人がいないとこは見たことがない。
俺はとりあえず腹ごしらえのために、プントドロップ通りに向かった。
プントドロップの先のクレッド東部は牧場が広がる。
新鮮な肉が安く食えるのでよく通っていた。
干し肉が安かったので少し買っておいた。
先の冒険の時に思ったがやはり非常食は備蓄しておくに限る。
今度燻製にでも挑戦してみようか。
自分で出来たら冒険にも役立つだろうし、ビーガーで煙出して怒る奴もいないだろうしな。
そんなことを思案しながら歩いていると広場にでた。
俺はとりあえず一番近い掲示板である商店掲示板に目を通した。
一番の目的はカバンの安売り情報だ。
背負えるタイプと小物入れが欲しい、できれば質が良いもので。
ざっと見ていると、南通りにサラマンダー皮の耐熱製品が安いらしい。
耐熱か……いやでもあの赤いスライムを思い出してしまう。
よし、と小さく頷き俺はビーガー方面に向かった。
「今日は南方に吉あり……だな」
きっと良いものが買える。そんな予感があった。
そしてきっとそれは俺を助け、皆の役に立つだろう、そう思った。
空を見上げると、日が傾き、景色が茜がかって来ていた。
「そろそろ時間だな」
俺は買ったばかりのカバンを背負い広場に向かった。
背負ってみると分かるがやはり軽くていいカバンだ。
積載できる量も申し分ない。
それになんだかやっぱり、俺はこれを背負っている方がしっくりくる。
このひと月の間は背中が軽すぎてなんだかふわふわしていたんだ。
何を詰めようかな?なんて子供みたいだが、ちょっとわくわくもする。
買い物と言うのは不思議なもので何でも一緒だし一番初めに見たものにしようなんて思いながら店に入るものだが、いざ、商品を見始めると、なんかデザインが悪いとか、背負った感触がしっくりこないとか、この値段に妥当な機能かなど考え出してしまう。
カバン一つ買うのに、何件も商店を渡ったり、店員と話したり、値切ったり……なんてやってたらいつのまにやらこの時間だ。
結局買ったのも最初に入った商店で見た一番初めのカバンだった。
「まぁそういうこともあるよな」
納得できたからいいかと思うことにした。
日暮れの広場は依然人であふれていた。
この時間に、この人数は大変珍しい。
大抵はそろそろなだれ込む酒場でも決めるかと、商店街に赴く時間だからだ。
特に求人と魔界情報掲示板に多くの人が集まっているように見えた。
掲示板を確認するついでに、聞き耳を立ててみたが、話題はやはり北部魔界の閉鎖一色だった。
「おいおいもうひと月だぞ。政府の馬鹿は何考えてんだ」
「猟場に罠を仕掛けたままなんだ。そろそろ回収できねぇとヤバい。どうにか侵入できねぇかな?」
「船に乗れねーから北部しかいけねーのにどうすりゃいいんだ?!」
「補償の話はどうなった?」
「冒険記録がねぇとだめなんだとよ。それも確認できるまでどれだけかかるかもわからねぇ」
「政府なんて頼っちゃだめ。自己防衛……」
「ゲッコーウルフなんて迷信だろ?」
「いねぇだろ?もしいてもどうしょうもできねぇよ」
「最近魔物が活性化しているのはゲッコーの影響らしいぞ」
「ウールーを称えよーーー!!!」
それぞれがそれぞれ口々に何かを話している。
どうやらこの一か月であの件に進展はないようだった。
それにより、冒険者事情は混迷を極め始めているようでもあった。
北部魔界はクレッドから近く一番人気の狩場だ。
その閉鎖の影響は多大だ。
それに加えて伝説の魔物の登場、政府が慎重になる理由も分かる。
それに魔物の活性化、これも最近よく出る話題だ。
ゲッコーに近いとはいえあんなところであんなに強い魔物に遭遇するなんて……。
それだけでも珍しいのに、まず冒険者が出会うことのない新種だなんて、そんなことあるか。
その事には違和感があった。
ここひと月はそういうことをずっと考えてはいた。
冒険はこの先……もしかしたらもっと危険になるかもしれない。
「珍しいですね。あなたがそんな風に物思いにふけるだなんて」
そんなことを思案しながら次の掲示板に向かっている歩いていると、突然声を掛けられた。
人をなんだと思っているんだ。
こんな失礼な挨拶を平然と言える女は一人しか知らない。
「ステラか」
「ええ、どうも、こんばんは」
顔を上げると、ステラが立っていた。
薄白く光沢のある真新しい魔法衣を纏い、いつものシャリオン校のマントを羽織っていた。
いつもと違うのは帽子は被っておらず、長く輝いていた髪は肩くらいまで短く切りそろえられていたことと、肩から小さなカバンをかけていることだった。
彼女の髪は、短くはなっていたがその輝きは衰えておらず、むしろいつもより輝いてみてた。
ステラは本を読んでいたらしく、本を片手に持ちながらぺこりとお辞儀した。
髪が夕焼けに当てられ、黄金色に輝いて見えた。
相変わらずきれいだなと思った。
「ずいぶんはやいな。早めに来て読書か?」
「いえ、あなたを待っていました」
「え?俺を?」
意外な返答にマヌケな声が出た。
声が裏返り気味だったかもしれない。
気のせいか、すれ違った人にも笑われた気がする。
「ええ、そうですよ。これを返したくて」
ステラはそう言うと、肩から掛けていたカバンから俺が貸していた上着を取り出した。
「その節はどうもありがとうございました。洗ってありますのでそのまま着れるかとは思います」
俺は手渡された上着を受け取った。
綺麗にたたまれていて、心なしかいい匂いがした。
「ああ、これは、わざわざすまない。まさかこのためだけにこんなに早く?」
「ええ、あなたいつも集合時間より早く来るじゃありませんか」
確かにそうだが、そんなとこ見ていたのか。
それに借りているから早めに来てって、律義なんだな。
「一応言っておきますけど、早く来ればいいってものでもありませんからね?基本は5分前集合ですよ。待たせたと思わせるのも失礼なんですからねぇ」
こいつは一言何か言わないと気が済まないのか……。
「ああ悪かったよ」
俺はそう言って目をそらして頭をかいた。
そしてはぁとため息をついたら、気まずい沈黙が下りた。
話題がない。時間もあるといえばあるが中途半端だしこのまま二人で待つしかない状況だ。
「それで、体は大丈夫なのか?」
気まずくてたまらず俺が口を開いた。
話題がなかったとはいえ言い方が若干、セクハラっぽいなとは思った。
「ええ、おかげさまで」
ステラはそう言った。
俺はそれはよかったと返すのが限界だった。
会話が続かない……。
この新しいカバンどうだとか言えないし、今日はおしゃれだねとか言っても気持ち悪いだろうし……。
髪型にあっているよとか言うべきなのか?いやキツイな。
でもほめといたほうが良いんだよなこういうのって?さっきからなんか髪をいつもより触ってる気がするし。
コレって気がついてほしいってことだよな多分。でも俺にそんなこと言われてうれしいか?
というか、いきなりそんなこと言われたら気味悪がられるよな……。
そんなことを考えてたら、だんだん冷汗が出てきた。
何を言おうと滑る気がする。
「そういえば、アルから何か聞いてるか?」
口から出たのは最も無難な話題だった。
俺にはもうこれが限界だ。
「何かって?なんですか?」
ステラがぶっきらぼうに返してきた。
いつも通りの不機嫌なんだから話しかけんなって感じだった。
だけど気のせいか、質問をした時一瞬ステラが体をびくっと跳ねさせたように見えた。
「ほら、例えば処罰の事とか。俺の荷物の事とかさ」
「手紙には何か書いてなかったんですか?」
「いや何も。そっちには何か書いてたのか?」
「ああ、いえ私の手紙には集合場所くらいしか情報は書いてませんでしたが……」
「じゃあ同じか。俺も詳細は今日話すからとしか書いてなかった」
「ええ、同じですよ。日時と場所しか知らせれてません」
そうかと俺がつぶやいた。
「まぁあの人の事ですから、ね」
ステラが諦めたような感じで言った。
まぁ確かに。あいつの事だからな。
「よぉお二人さん。はやいねぇ~」
そんなこんなしていたらウーティが声をかけてきた。
「おお?!嬢ちゃんどうしたの?すげーじゃん!」
ウーティが大袈裟にステラを見て驚いた表情を見せた。
「すごいってなんですか」
ステラは本当に嫌そうに眉をひそめた。
「いやー似合ってんじゃん。短いのもいいな、うん!それにその服てかてかしてていいじゃん!」
ウーティがそう言う。
こいつはすごいな自然にこういうこと言えるんだな。
「はぁ、ありがとうございます」
ステラはいつもの塩対応だが、若干顔が赤らんでいるようにも見えた。
「ふへ~嬢ちゃんも褒められたら照れるんだな!かわいいとこあるよなぁ?!旦那ぁ!」
ウーティがそう言って俺を肘でつついてきた。
「照れてません」
ステラが言う。
「嘘だ~顔真っ赤じゃん!なぁ旦那!」
「夕日のせいです」
「そうだ。いちいち振るな」
「なんでだよ。素直にかわいいって言ってやれよ。せっかくおしゃれしてんだからさ」
「おしゃれしてません。替えの物を買っただけです」
「またまたー」
その後も、照れてる照れてないで問答は何回か続いた。
そんなことをしていると、前から見慣れた人影が歩いてくるのが見えた。
「やぁ!皆、おそろいで!」
ここでやっと大将の登場だ。
「遅かったな」
「そういう時って今来た所だって言うものじゃないのかい?」
「大分待ったよ大将~」
「あなたも今来た所でしょう」
「なんだよ!少し早かったからいいじゃん」
「ははは、二人とも相変わらずだね。みんなとりあえず元気そうで安心したよ」
「おかげさまで」
「ステラ、すまないね負担をかけてしまった」
「いえ私こそ、未熟だったばかりにご迷惑をおかけしました」
「生きてんだから万事OKだよな!」
「ああ。その通りだが、それで俺達はどうなる?」
俺がそう言うとアルの顔から笑顔が消えた。
アルは深く息をついた。
「そうだね、とりあえず店に行こうか。とっておきの店を予約しているんだ。少し早いがまぁ入れてくれるだろう。本題はそこで話すよ」
俺達は頷いた。
「では、案内お願いします」
「ああ!僕に任せて、ついてきてくれ」
アルはそう言うと、バルトウォーター方面に向かって歩き始めた。
俺達はアルの後ろについて歩いた。
アルとすれ違う時にアルの横顔を何となしに見た。
その顔は、魔界に向かう時の様な顔だった。
何かを覚悟したようなそんな顔だった。
その横顔を見て、俺は不思議と覚悟ができた。
これはだいぶ厳しい事態になっているようだとそう感じたのだ。
だが、どんな処罰が下ろうと受け入れようと思えた。
それにまぁ、冒険中も、そうでない時も、何度もそう思ったが、「アルなら大丈夫だ」と根拠はないが信頼する価値がこいつにはある。
今回もそう思ったのだ。
だから、俺達は大丈夫だろうと。
その後ほどなくして、俺はアルから宣告を受けることになる。
「すまない、モリー。君をPTから抜くことにした」




