アルガートンからの手紙
「お前は何がしたいんだ?」
昔、誰かにそんなことを言われた記憶がある。
そんなの、わからないよ。
「何のために冒険者になるんだ?」
声は続く。
ああ、思い出した。
これは親父だ。
あの頑固者の砥ぎ師の親父。
家を飛び出す前に言われたんだ。
俺は確かその言葉に……答えられなかった。
ただ、こんな所にはいたくないっと言った。
俺にはもっといい場所があるはずだと、もっと、ここじゃない何処かなら……。
朝が来て目を覚ます。
懐かしい夢を見たような気がする。
なんだか寂しくて、でもなんだろうか不思議と落ち着く夢だった。
俺はベッドから体を起こした。
ぎしぎしと不穏な音を鳴らしながら古く狭いベッドが軋む。
この小さなベッドから起き上がるといつも背中が痛くて敵わない。
俺は大きくため息をついた。
息を吸うと埃とカビの匂いが鼻腔をついた。
ああ、俺は帰ってきたんだな。
この古臭い下宿に。
俺は学生時代からもう5年近くこの古宿の一角に居を構えている。
ビーガー通り2番地の十字路の角、下宿アルヴェールの二階の角部屋。
風呂なしトイレは共同。
といっても、固定の住人は俺しかいない。
時々地方から出てきた冒険者や商人や工夫などが停泊する。
極稀に俺と同じ境遇、つまりは家を飛び出してアカデミーに通う奴もいるがたいてい二年以内にはどこかに消える。
今にも腐り落ちそうなベッドと、石か木かもわからないほど固く黒ずんだクローゼットだけの埃臭い部屋。
そこに俺が持ってきた小さな机と椅子、それが今俺の持つ財産のすべてだった。
まだ覚め切らない目をこすっていると、戸を叩く音が聞こえた。
「モリーさん、約束の時間ですよ」
俺の返事も聞かずに、扉を開けて入ってきたこの妙齢の女性はこの下宿のオーナーのドーソンさんだ。
「まぁ今起きたの?もう昼前よ?」
「ええ、あー少し昨日は夜更かししてて……」
「まぁ!あなたね、もう子供じゃないんだからしっかりしないと!自粛期間中とはいえそんなんじゃカビが生えてしまいますよ?」
「すいません。気をつけます」
まったくと言った感じにため息をつくと、ドーソンさんは俺の部屋を見渡し、そして机の上に見慣れないものがある事に気がついた。
「あら?それは何?」
ドーソンさんは部屋の隅にある小さなテーブルの上に載った手紙を指さした。
真っ白な封筒に真っ赤な蝋付きの立派な手紙だった。
表には「モリー様へ 招待状」と書かれている。
その手紙の裏には「差出人、アルガートン・コンカー」と書かれていた。
「ああそうだ。ドーソンさん今日は遅くなります」
「あら?今夜はお出かけ?」
「ええ、まぁ。それの一件で」
俺は手紙に目をやった。
「もしかして、あなた良い人でもいるの?」
「そんなんじゃありませんよ。仕事の話です」
「まぁそうなの?それじゃ、やっと自粛が終わるのね」
俺は小さくうなずいた。
「準備があるので、俺は行きます。ありがとうございました」
俺は立ち上がって、クローゼットから上着を取り出した。
「ああ、ちょっと待ってちょうだい」
ドーソンさんがそう言うと階下に小走りに消えて行った。
俺はそれを横目に、手紙を手に取り、小窓から差し込むうるさいくらいの陽光を遮るように掲げ、まじまじと眺めた。
あの冒険からもう1か月以上が経とうとしていた。
列車から降りた後、俺達は一旦解散した。
各々が疲弊しきっていてどうやって帰ったか記憶にもない。
後日、俺達は四人で、冒険者ギルドに赴いた。
そこで、今回の冒険の一部始終を正直に話し謝罪した。
ギルドの判断は、一旦処罰保留とのことだった。
とりあえずの処置で、リカオンは事件の被害状況の全容が判明するまで活動停止処分となった。
事件の全容解明には、1、2か月要するとのことと、詳しいことは今後リーダーであるアルガートンに通達するという連絡があった。
俺達はその後、話し合いをし、とりあえずアルに処罰決定の連絡があるまで各々自己研鑽に励もうということになった。
「まぁ、これで終わりって訳じゃない。また会おう」
アルは最後にそう言って去って行った。
そして俺は現在を迎える。
自己研鑽ったって金もないので初めはドーソンさんの手伝いばかりしていた。
そのうち近所の奴等からもいろいろ頼まれてなんだか便利屋みたいになっていた。
そのほとんどは荷物運びとか引っ越しの手伝いとか、そういう類の力仕事だったが……。
なんてことを考えてたらドーソンさんが階段を昇ってくる音が聞こえた。
すぐにうれしそうなドーソンさんの顔が目に飛び込んできた。
その手には、サンドイッチを二つ乗せた皿を持っていた。
「これ食べていきなさい」
ほらっと俺に皿を突き出してくる。
「いただきます」
そう言うと俺はサンドイッチを口に放り込んだ。
彼女のつくるサンドイッチはいつもツナときゅうりのしょっぱいサンドイッチだ。
事あるごとに俺に食わせようとしてくる。
そしてこれはまぁまぁうまい。
まぁまぁと言うのがみそだ。
不思議と飽きがきにくく、毎日食える感じがする。
まぁ好きでも嫌いでもないから、うれしいかと言われると微妙だが。
「いつ冒険に出るの?準備はできてるの?」
「あーまぁ物資は足りてませんね。結構高価なものも無くしたので」
「あらまぁ幾ばくか貸しましょうか?」
「いえいえ、そんな、そこまでお世話になるわけにはいきませんので」
「そお?なんでも自力でってのはいいことだけど。でもあなた人に頼るの下手くそでしょ?無理はしないでね?」
そんな風に見られてたのか……。
「まぁ無理ではないですよ。それに俺のPTは儲けさせてくれるのでね」
俺は頭をかきながらそう言った。
「そうよね!私本当にビックリしたもの、あなたがあのアルガートン様に拾われるなんてねぇ」
アルガートン様……美形で優秀なあいつにはファンがいっぱいいる。
結構大きな規模のファンクラブもあるとかないとか。
そういう団体からあいつが様付けで呼ばれてるのは知ってはいるが……なんだか違和感があるな。
「がんばりますよ。それじゃごちそうさまでした」
俺は口の中のサンドイッチを飲み込むとドーソンさんにそう言って急いで階段を駆け下りた。
ドーソンさんは悪い人じゃないが……つきあっていると話が長くなる。
こういう時はさっと切り上げるが吉だ。
「ああ、モリーさん!お金持ちになったら出てくんじゃなくここにお金を落としてちょうだいねー!」
背後からド-ソンさんの本音が聞こえた。
親切にしてくれるのはそのためか!
そういえば学生時代はもっと冷ややかな目で見られていた気がする。
まぁいいか。過去のことは忘れよう。
俺は下宿の外に出た。
王国クレッドは中央区にして、王国の始まりである王城グランツクレッドから端を発する。
そこから城下町である、ルーンクレッド広場を中心にして、四方に道が伸びる。
広場から北を向くと王城下街通りと呼ばれる道が王城まで伸びる。
その城下町通りには冒険者用の商店や魔界関係の物品を扱う商店が並ぶ。
それは、城下町通りの果てには魔界への駅がある事に由来する。
西は港街が近いため、主に海産物や海鮮料理屋が並ぶ通りとなっている。
バルトウォーター通りと呼ばれる。
東側は山が近く、家畜関係や果物などの商店などが並ぶ。
プントドロップ通りと呼ばれる。
そして南側、魔石が取れる大鉱脈のある南部魔界にほど近く。
海を渡り数々の鉱石が運ばれる、ビーガー通り。
炭鉱の男たちが住む地域、つまりは……まぁあんまり治安はよろしくない。
ビーガーには武器や防具、魔石炭の加工場などが集まっている。
まぁ、あんまり関係はないがこのビーガー通りには裏路地なんてものもあったりする。
俺は下宿を出て黒煙靡くビーガーの道を進む。
この道を南下すれば、遠く俺の故郷がある。
偏屈な夢を見たからか、今日は特に南から吹く風を強く感じた。
なんだか、不思議と爽やかだ。
いいことがあるといいのだが……。
俺は道すがら懐に入れていたアルからの手紙を取り出した。
「正直、良いことが起こるとは思えないな」
俺は大きくため息をついた。
しかし、口元は不思議と緩んでいた。
なんだか、わからないがアルガートンなら大丈夫だという気がしているからだ。
俺は足を中央広場の方に向けて進む。
工業油と黒炭の粉がこびりついた道をしばらく歩くと石造りのアーチ門が見えた。
黒ずんで古ぼけた門の上にはビーガー通りの文字が見える。
その門をくぐると、視界が一気に開けた。
ここがクレッドの中央広場だ。
まぁ中央広場と言ってもその範囲は広大だから、ここはその末端で、ここにいるは自分の家に帰ったり中央であるルーンクレッドに移動しようとする人がほとんどだ。
俺は歩みを進め、さらに中央に向かう。
進むにつれて、往来を行く人が多くなる。
クレッドの総人口は50万人と言われる。
つまりそれが人類の総数という事になる。
その半数以上は、ここ首都クレッドにいるらしい。
少し歩くと、乗り合いの馬車がちょうど出発するところだった。
俺はあわてて馬車の業者に手を振り、走り寄った。
ここから馬車に揺られて20分ほどで中央広場だ。
俺は馬車に飛び乗り、人ごみを分け入り腰を下ろした。
それを見た御者は次はルーンクレッドと叫び、馬に鞭を入れた。
ごとごとと、音を立てて馬車が進む。
俺は一息つき、もう一度確認しておこうと、懐からアルからの手紙を取り出した。
拝啓 モリー様
炎暑しのぎがたいこのごろですが、お元気でお過ごしのことと存じます。
火の魔術師の君にとっては、暑い方がいいのかな?僕は正直もう倒れそうです。
この自粛生活中は自己の研鑽のためにトレーニングに努めているが、いやはや自分の不摂生を思い知らされている。
案外そう言う体の錆付きってのは自分じゃ気がつかないもので、先月の冒険の折にも知らずのうちに迷惑をかけていたと思うと、大変申し訳なく思う。
今回筆を取ったのは他でもないその最後の冒険についてだ。
先日僕らの処罰について話しがあると、冒険者ギルドに呼び出された。
処罰の内容についてはここで書くことは差し控える。
なんていうか、複雑なんだ。
ついてはその事を今回の冒険の打ち上げがてら今後の方針も兼ねて話したいので、お集まりいただけないだろうか?
場所はルーンクレッドの酒場を考えている。日時は次の日曜日の日暮れくらいでどうだろうか?
集合場所は、噴水広場のクエスト掲示板の前あたりで考えている。
急で悪いが、予定を空けて頂けるとありがたい。
それでは暑い毎日が続きますが、どうかお元気で。
また夏の夜に会えることを楽しみにしています。
冒険者アルガートン・コンカー
日暮れか……まぁまだ先だな。
俺は便利屋家業により幾ばくかの金を貯めていた。
冒険の終わりにアルからある程度の賃金は貰ったがそのすべては生活費に消えた。
冒険のための用品までは到底買えていない。
アルはそう言うことも汲んでいるが、とりあえず今はしばし待ってくれと言った。
過去の冒険で大分余裕はあるとは言っていたが、どうだろうかな。
正直期待はしないほうが良いような気もする。
ごとごとと馬車に揺られている間に俺は思案した。
次に冒険に出るとして……何が必要か?
とりあえず、カバンは必須だ。
俺の役割のほとんどは荷物持ちだからな。
後は何がいるだろうか?
風呂はまぁ無理だろうな。残念だが。
調理器具は必要だな。
と言っても用途が限定される包丁などは避けて、そのほかの事にも使えるでかめのナイフがいいだろう。
後は寝袋か、テントは支給されるが自分用の奴は買っとかないとな。
後は……なんて考えていると馬車が停まった。
「中央広場!ルーンクレッド!」
業者の男が叫んだ。
それを聞いて乗り合わせた数人が顔を上げ、馬車から降りた。
俺も慌てて手紙をしまい、立ち上がった。
ずいぶん早いな……。
「助かったよ」
俺はそう言うと、小銭を御者に渡した。
御者はそれを見ると、次はプントドロップと叫び馬車をすすめた。
俺はそれを見送り、大きく伸びをすると大人数が往来するこの国の、人類の中央都市に入って行った。




