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二つの事件

「駅は先ほどまで、嵐の渦中かのような大騒ぎでした」

ポッポが馬を手繰りながら話し始めた。

「一体何があったんだい?」

アルが訊ねた。

「大きな事件が2つも起こったんです」

「そんな騒ぎになるほどの事件だったのかい?」

「ええ!そりゃあもう!ここ100年はこんなことなかったですよ」


ポッポは大袈裟にそう言った。


「そんなにかい?」

「ええそうですよ。まず一つ目の事件は東の空に現れた正体不明の怪現象です」

「……怪現象?」

俺達は顔を見合わせた。

「ゲッコーの尾根付近の空に謎の発光体が出現したのです!それも一日に二例も!」

ポッポはすごいものを見たと、興奮した様子で続けた。

「あれは昼過ぎでくらいだったでしょうか。突如、蒼く輝く彗星が発生したのです。その彗星はまばゆい光を強め轟音と共にはるか上空に昇り、ほどなくして勢いそのままに落下してきたのです!」

やはり……見られていたのか……。

「彗星の登場で生じた影響は凄まじいものがありました。まるで千の鈴が同時に空間を揺らしているかのような。そして凍りついた太陽そのものが落ちてきているかのような。見るも眩いあの輝き!恐ろしくも美しい彗星でした」

「君はその時駅にいたのかい?」

「ええ、ええ、そうですよ。駅の屋上でお弁当を食べていました。それまではいつもと変わらないお昼でしたが、急に寒風が吹き込んできましてね。まぁ私としてはちょうど涼しくらいでよかったのですが、顔を上げたらそこにあの彗星が……」

「そうか。それで被害はあったのかい?」

アルがそう返した。

俺は自然と拳を握ってしまった。


「そうですねぇ」

ポッポはあごに手を当てて目線を上げた。

「全容はまだ確認中ですがね。とりあえず駅構内にいた人でけが人はでませんでした。……まぁけがをしなかっただけですが」

ポッポが思わせぶりな言い方をした。

「それってどういうことだい?」

アルが率直に聞いた。

ポッポはその問いに即答はせず、まぁ順番にお話ししますよとだけ返した。



「彗星の落下……あれは恐ろしく強力でした。目の前が白く蒼く一瞬で変わり果てました。私は昼食もそこそこに、急いで本国にそのことを報告しました。彗星は本国クレッドでも確認していたらしく、その場で調査チームが組まれることになりました」


ポッポの話を聞いて、俺は無意識に生唾を飲んだ。

本国がもう動いている。ある程度覚悟はしていたが、これは思った以上にやばいかもしれない。

アルは困ったような顔をしながら何か考え事をしている様子だった。

ウーティはなんでか誇らしげに、にやついていた。

ステラは頭を上げて、ぐうすか寝ていた。


「そこからは大変でした。本国からは現在までに北部魔界にいる冒険者の情報を渡せと言ってきました。同時に、冒険者の新規受付を停止せよと命令が出てしまいました」

そう話し始めた、ポッポはどこともいえない遠くを見つめていた。

「まず駅に集まった冒険者にそのことを説明しました。もちろん彼らの溜飲は下りませんでした。そこに新たな電報が届きました。それは本国の運行部長からでした。彼も本国側から連絡を受けていたのです。そして彼は私たちにこう言いました。絶対に何があろうと“ビッグ・O”は止めるなと……」


ビッグ・O。

魔界と人間界をつなぐ魔術列車の路線の愛称だ。

その名の所以は魔術列車の走る、レールの形にある。

魔界行の列車と人間界行の列車は並行に敷かれた二本のレールの上を走る。

そのレールは環状でつながっており、終着点に到達し列車はそのまま半円を描き反転し、その役割を変える。

上空から見た形が縦長に伸びたOの形に似ていることから、ビッグ・Oと呼ばれていた。


「仕事にきた冒険者とはもめ……上からは圧がかかり……調査隊用の臨時の運行計画の立案に右往左往し……本国からは情報さっさと送れと催促されて……業務が完全に輻輳し太刀打ちが出来なくなっていました」

ポッポが目元をぬぐった。

「それは……災難だったね」

アルがポッポの肩を軽く叩いた。

どの口が言うって感じだが、かける言葉はそれしかなかった。

ウーティは悪戯がばれた子供のような顔をし始めている。

主犯のステラに起きる気配は全くない。俺達に顎を向けてぐうすかぐうすかねむっている。


「ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで……私はもう……」

ポッポはそう言ってアルの手を握った。

ここからはよく見えないが、あいつ、今どんな顔してるんだろうな。


「ですがね、それで終わればまだよかったのです。本当の地獄はここからでした」


急に全身に悪寒が走った。

一陣の冷たい夜風が荷台に吹き込んだからだろうか。

やけに体が冷えると思ったのだが、俺は額に玉のような汗をかいていた。

いつのまにやら背中もびっしょりだ。

先ほどまでは命の危機により、麻痺していた……というか考えないようにしていたが、もしかしなくても、俺達の冒険者人生はもう終わったのではないか?

冒険者生命、それだけならまだいいが、現場にいた俺達が確認できただけでもあの被害状況だ。

そしてポッポの話を聞いてる限り、犠牲者すら出ている可能性は大いにあった。


正直なところ、甘く考えていた。


最悪、俺達は全員ブタ箱行きだ。恐らく、一生。


俺は祈るような気持ちになっていた。

頼むから、ポッポ、大丈夫と言ってくれ!

そういう思いだった。



「それからしばらくして、東の空に新たな光が現れました。今度のそれは、彗星のような無機質な物ではなく、なんというか、神々しい姿でした」

ポッポが天を仰いだ。

「その緑の光……その雄大さ!まさにこの大陸ウールーの化身……信心深き信徒は叫び……駅の喧騒に嗚咽が混じりはじめ……電信の向こうの調査隊は……本国の……」


ポッポがまた延々としゃべり始めた。


アルはその話をじっと黙って聞いていた。

その横顔を見た時に俺はぞっとした。

アルなんだが、全くの別人のようにも見える。

あの少年のような瞳から光がなくなっている。

顔もなんというかつるんとしていて、その涼しい横顔がだんだん冷たくなっていっているように見えた。

何を考えているのか全くわからない。

ただ恐らく、冷静に、そして客観的に、今後のことを考えているのだろう。

その行為に人間臭さがなくて、目の前の男が実は心のない機械に人間の皮をかぶせただけの偽物であるかのように見えた。


そんなアルをずっと見ていると、いきなり後ろからポッポを縊り殺すんじゃないかとさえも思えた。


「なぁなぁ、ポッポ屋さんがいろいろしゃべってるけど、これ黙ってたら、もしかして今回の事やり過ごせるんじゃねぇか?」

ウーティが身を乗り出して、アルに話しかけた。

咄嗟にウーティの顔を見たが、こいつの顔も今までに見たことのないような真剣な顔だった。

ウーティのその顔に俺は少し驚いた。

アルを見て、こいつも俺と同じことを考えたに違いがないそう思った。

俺は怖くて声すら掛けられなかったが、こいつは腹の中を探ろうとしている。

変なこと考えてるなら、俺が止めるぜ?って感じだ。

空気が凍っているようだ、鳥肌が総毛立ち、俺は冷汗を握った。


しばしの沈黙の後、アルが口を開いた。


「いや、さすがに誰かに気がつかれると思うよ」

「証拠はねぇだろ?知らぬ存ぜぬで通せるんじゃねぇかな?俺達の行き先も登録上は違う場所だろ?」

「確かにね。僕は今回、西に行く予定と申告している。被害箇所は真逆だしうまく行けば誤魔化せるかもね」

「かもねって、勝率は低いと踏んでる?俺はいけそうな感じしてんだけど」

「運の要素が大きいね。正直言うと僕もその線は結構考えたけど、リスクが大きいし見逃しがあれば終わりだからね」

「ふーん?旦那はどう思う?」

ウーティが急に俺に話を振る。

「お……俺か?」

声が上ずった。

「おう、旦那は無理だと思うか?」

「ああ、まぁ無理だと思う」

「根拠は?」

アルが聞いてくる。

「残念ながら、俺の荷物が氷漬けになっている。あれが証拠になるだろう」

ウーティが自分の額を叩いた。

「そうだ、それがあった」

「だね。だけど……それなら」

アルが何かを言いかけた。

「まぁ……いや、うんやっぱり誤魔化すのは無理だね」

「ばれねぇようにこっそり回収できねぇかな?」

「不可能だね。彼の話が本当なら、結構な騒ぎになっている。恐らく調査が終わるまで北部魔界は封鎖されるだろうね」

「ほんじゃ、万事休すか」

「若干大袈裟な気はするが、本当にこの速度で調査隊が組まれているのなら終わりだね。自首して許しを請うしかない。後は……運を天に任せよう」

「助かる道あるかな?」

「犠牲者がいなければ、あるいは……」


犠牲者。その言葉が胸に刺さる。

そうだ、一歩間違えれば俺達も死んでいたんだ。

それにあの被害の範囲……。

直接犠牲に合わなくても、もし、ゲッコーに滞在している冒険者がいれば……そいつらは助かるかわからない。


「ポッポ!大変だったね。それで聞きたいことがあるんだけど」

アルはずっとぶつぶつ言っていたポッポに話しかけた。

「あ、え?ええ、ああ、はいなんでしょうか?」

ポッポが我に返ったって感じであたふたしていた。

「最近ゲッコーに向かった冒険者はいたかい?」

「ああ、2、3組いましたよ。本日全員の早期帰還を確認しましたが……」

「早期帰還?全員が今回のことでかい?」

「いえ、そうではありません。本国から昨日中に緊急報告が来たのです」

「緊急報告?」

「ええ、それが二つ目の事件です。ゲッコーウルフが確認されました」


「え?」


ゲッコーウルフ。

闇深きゲッコー幽森の主にして、伝説の魔獣。

月光が作る影に住み、闇を操る妖狼。

鋭く赤い三日月のような目を持ち、その光が見えた瞬間、見たものすべてが闇に消える。

存在を見ることができず感じることもできない。

目撃例は過去にたったの1例のみ。

それを伝えた冒険者も、その話をした途端舌を噛み切って死んだらしい。

それが仮に正しい記録であれば、もう100年以上前の話だ。

そのため存在自体が怪しまれていた。


まぁ悪ガキにはすこぶる効くのでゲッコーウルフの話自体はよく聞く。

俺も昔は夜更かししてたら「早く寝ないと、ゲッコーウルフに見つかるよ」なんてよく言われた。


「ゲッコーウルフってあの誰も見たことも無いし、見ることもできないって狼?じゃあなんで狼って分かるんだよ!っていうあの?」

「そうです」

「実在していたのかい?」

「伝説と同固体かは不明ですがね」

「にわかには信じられないのだが……」

「そうですね、私もです。ですがそう言う通達があり、実際本国も調査に乗り出しているようでした」

「ああ、それで今回の調査隊がこんなに早く派遣されることになったと」

「ええそうです。それでも明日と言うのは特急ですがね。今回のゲッコー調査は長引きそうなので、まずは取り急ぎ調査拠点の設置を目的にしているようですが……」

「え?もう明日来るの?調査隊」

ウーティがマヌケな声を上げた。

「?、ウーティそれはさっきポッポがそう言っていたじゃないか」

「え?まじ?大将もしかしてポッポ屋さんの話、全部聞いてたの?」

「え?そりゃまぁ」

「え?!もしかして私、聞きながされちゃってました……?」

「お、おう、すまねぇついあんまり長かったから……」

ウーティがそう言うとポッポが肩を落とした。

「そうですか、いえ、良いんです。私よく言われますから……慣れてます」

「ごめん!ごめん!次はちゃんと聞くからさ!落ち込まないでくれよ」

ウーティがポッポの肩を叩いた。

アルはそれを見て、はははと愉快そうに笑った。


その笑顔は、いつものアルだった。


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