第五の男 「ポッポ・ポルンカ」
「大将。腕の調子はどう?」
「ああ、だめだね。正直、腕だけじゃなく全身筋肉痛状態だよ」
「大分無理したもんなー。思ったんだけどよーあんなすげー翼作れんならソリいらなかったんじゃねぇ?」
「うーん、確かにそうかもしれないね」
「それは無理ですわ。あれだけの風を集めれたのは、あの速度があったからでしょう?」
「そう言われればそうだね。僕は風を生み出すことはできないからね」
「まぁ、あの方法以外が無かったかと言われれば何かあったような気もしますが……」
「例えばー?」
「ソリを途中で放棄すればよかったのですよ。飛び出したと同時に我々だけで飛べば負担はすくなかったと思います」
「それはいい案だが、かなりの連携が必要だっただろうね」
「ほーん。それはそうと大将ちょっとレモンくれない?なんかこう塩っ辛くてさ甘いもの欲しい」
「ああいいよ」
「さんきゅー。おっこれ、思ったよりすっぱいな」
「ああ、僕も思った。でもおいしいよね」
「うん、絶妙だなぁ。やっぱ才能あるよ、旦那。嬢ちゃんも一個どうだ?」
「はぁ、いただきます」
「どうよ?」
「ああ、ほんとうですね。これはおいしいです」
「なーすげぇだろ?」
「なんで、あなたが自慢げなんですか」
はははっとアルが笑った。
どんな時でも変わらない、このゆるさがこいつらのいいところなのかもしれない。
それに振り回される方は、たまったものじゃないがな。
「ほんで、大将。俺達が進むべき栄光への道は、さっぱりなんにも分かんないわけ?」
「いや、十中八九の当てはつけたよ」
アルがにやりと口をゆがませて、西側を指さした。
「確かなんですか?」
「ああ、向こうからなんだかいい風が吹いてきているんだ。自信はあるよ」
「おっし!ほんじゃいっちょ、大将にのりますか」
「ああ、大船に乗ったつもりでいてくれて、結構!」
そんな、なごやかな空気に突然緊張が走った。
それは「さてそれじゃあそろそろ出発」という頃合いに起こった。
遠くの方から蹄の音が聞こえてきたのだ。
その音は徐々にこちらに近づいてきている。
ちなみに、馬型の魔物の存在は確認されている。
この地域に生息している報告はないが……万が一がある。
音が近づいてくるうちに、同時に木がきしむ音や車輪の音も聞こえてきた。
どうやら向かってきているのは、馬車のようだ。
魔物ではないと分かり、緊張は少し緩んだが、俺達はまだ警戒を解かなかった。
何者かはわからないが、こんな魔界の夜道を進んでいるのだ。
ただ者ではないだろう。
しかしこれは同時に渡りに船であることも間違いない。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
アルがぼそっとつぶやく。
「どうする、大将。とりあえず隠れるか?」
ウーティが音のする方向を見つめながら確認する。
「いや、魔物じゃないなら大丈夫だろう。このまま救助してもらおう」
アルもまっすぐ音のする方向を向いている。
「盗賊だったらどうするのですか?」
「その時は馬車をぶんどろう」
「言うねぇ」
「そんな余裕あるようには思えませんが?」
「まぁぎりぎりではあるが、僕等なら大丈夫だろう」
「おい、火はもうないぞ」
「わかっている。それでも行けると思う」
ふぅとアルはため息をつくと、風を掌に集めた。
ため息一つ分くらいの、とても小さい風の球が掌にとどまった。
方針は決まった。
アルはいつも通りの相変わらず涼しい顔をしているが、眼差しは確実に鋭くなっていた。
そして、アルが一歩前に出た。
ウーティはその一歩後ろで腕を組んでまっすぐ立った。
そのうち音のする方向に明かりが見えた。
大きなランタンの放つオレンジ色の光とぽつぽつ灯る、青白い光。
そして振動と共に周囲に響く鈴の音。
馬車に複数の蛍灯の鈴をつけているようだ。
という事は……
馬車を操る御者が俺達に気がついたようだ。
まだ遠くてよくは見えないが、大きなオレンジの光が揺れたのが見えた。
ランタンを掲げて、あちらさんがこちらを覗き見たようだ。
「そこに誰かいるのですか?」
御者が声をかけてきた。若い男の声だった。
それを聞きアルが前に歩いて行った。
「我々は冒険者PT、リカオン。冒険の途中で、荷物をなくして引き返しているところです」
「リカオン?ということは、あなたはアルガートンですか?アルガートン・コンカー?」
御者の男はどうやらこちらを知っているようだった。
「そうです。あなたは?」
「わたしですよ」
御者は俺達の前に馬車を止めて馬から降り、顔を見せた。
「ポッポ?もしかして君はポッポかい?」
「ええ、そうですよ」
顔を見せてきた、眼鏡をかけて落ち着いた雰囲気のあるこの男は「ポッポ・ポルンカ」だ。
鉄道員の黒い帽子と体が完全に隠れるくらい大きな外套を着ている。
魔石で走る魔術列車の駅員をしている男だ。
余談だが、彼はこの分厚い外套を夏でも決して脱ごうとしない。
駅員の主な仕事は、列車の運行計画や、魔界に向かう冒険者の管理などをやっている。
ポッポは駅員の働き頭で、魔界の入り口の顔役だ。
ちなみに、ポッポという名前は愛称で本名は確かもう少し長かったはず。
まぁ誰も覚えてないし、呼んでもいない。
冒険者は魔界に向かう前、駅に到着した段階で冒険情報を登録する。
冒険の目的、日程、PT構成員の氏名や顔、冒険者ライセンスを明示しなければならない。
それらの情報を管理するのも駅員の仕事だ。
もしも、申告した日数以上帰ってこないPTなどがいた場合、駅から本国に連絡が飛ばし、救助隊の派遣を行ったりもする。
この男に覚えられているかどうかは、魔界での生存確率を大きく変えるだろう。
北部魔界に向かう冒険者の、「最後の1人」として、頼りにされている。
「ポッポ!会えてうれしいよ。でも君、どうしてこんな時間にこんな所にいるんだい?」
アルが握手を求める。
ポッポは律義に着けていた白い手袋を外し握手に応じた。
「ああそれはですね……」
ポッポがそう言った時、遠くの方から狼の遠吠えが聞こえた。
ポッポがそれに反応する。
「その前に、一つ確認なのですが、ほかに冒険者を見たとかはないですか?」
「え?ああ、いや見ていないな。僕たちだけだ」
ポッポはそうですかと小さく言い、頷いた。
そしてほんの少し目を伏せて考え事をした。
「わかりました。皆さまお疲れの様ですので、とりあえず私が駅までお送り致します。どうぞ荷台にお乗りください。事情は向かいがてらお話します」
ポッポはそう言うと、こちら側に目を向けた。
そして、はっと何かに気がついたように荷台に乗り込みごそごそやり始めた。
しばらくすると、ポッポは荷台から、スリッパと制服の上着を持って降りてきた。
「こんなものしかありませんが、よろしければどうぞお使いください」
ポッポはそう言うと、ステラの足元にスリッパをそろえて置いた。
「ああ、ありがとうございます」
ステラは礼を言い、スリッパをはいた。
ポッポはその間にステラの背後に回り、彼女の肩に上着を掛けた。
そして、流れるように彼女の前に立った。
全ての動作が自然で、なんだか気品があった。
「歩けますか?もしよろしければ私の肩を使ってください」
「あっ……ありがとうございます」
ステラはポッポの肩に手を置いた。
「すいません。そのまま、少しまってください」
ステラはそう言うと彼女の足を縛っているベルトを外した。
「お返しします」
そう言うとステラは上体を少しひねり、俺にベルトを突き出した。
礼は行ってはいるが、顔は決して見せなかった。
俺は、ああ、と返事をし、それを受け取りズボンに着けた。
その間にステラはポッポと共に歩き始めていた。
一回も振り返りはしなかった。
俺もそれに続き馬車に向かった。
ふと足元を見ると、包みが落ちているのが見えたので、拾いあげた。
クッキーはまだ少し残っていた。
俺はそれを、無言でポケットにしまった。
荷台まで行くと、アルとウーティはすでに荷台の上にいた。
ポッポも荷台に飛び乗ると、肩を貸していたステラに今度は手を差しだした。
この男は本当に律義な男だなと思っていたら、ステラがこちらを振り返った。
「どうした?忘れ物か?」
俺は何となしにそう聞いた。
「いえ、そうではなく。先に乗ってください」
ステラは眉をひそめてそう言った。
とても嫌な空気を感じた。
アルもウーティも、ポッポでさえも俺を見ていた。
この嫌な空気の正体はなんなのか?
どこかで感じたようなこの、悪意がまとわりつくような……
瞬間にステラが、ため息をついた。
その息が、生ぬるい何かが俺の首にまとわりついてくる。
今回の冒険の始まり、あの最後の夜の前に感じたモノと同じだ。
「いいかげんにしてくださいねぇ……」
そう言われた、あの時の空気だ。
俺は目を逸らした。
「ああ、そうだな」
俺はそう言うと、だれの顔も見ずに荷台に飛び乗った。
俺が荷台に座ると、背中から、どうぞと言う声と、ありがとうございますという声が聞こえた。
どうでもいいことだが、声のトーンがさっきとは違った。
まぁ、どうでもいいことだが。
「失礼します」
そう言うとポッポは荷台を通り、そのまま馬に飛び乗った。
「皆さん座りましたね?では、出発しますよ」
ポッポはそう言うと馬にムチ打ち馬車をすすめた。
ちなみに、本当に、どうでもいいことなのだが、ポッポが向かった先はアルが指さした方向とは逆方向だった。
ウーティが向かいのアルと進行方向を交互に見た。
「おい?」
「まぁ……そういうこともあるよね!」
アルははっと高らかに笑った。




