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備えあって、憂いはなかったな

暗中模索とはまさに今の状況だろうなと思った。

暗闇が周囲を包みこみ始めた見知らぬ森で、放蕩する四人の冒険者。

正直言って、生きた心地がしないような状況ではあるが、歩き出してみると不思議と不安は薄れていった。


理由は大きく二つある。


一つは先頭を行くアルガートンの存在だ。

暗がり中をアルは風のように歩いていく。

まっすぐ前を向いて、振り向くことなく、迷うことなく、一定のリズムを刻みながらぐんぐん進む。

まるでここが幼少の時から見知った、なじみの森かのように。

「みんな、足下には気をつけてくれ」

「みんな、大丈夫か?」

「頑張れ。もうすぐだ、と思う多分、まぁとにかく大丈夫だ」

時々、こっちを気にしてアルが声をかけてくる。

俺達はそれに応える。

そのやり取りが妙な一体感を出し、根拠のない安心感を作っていた。

アルは時々妙な嘘をつく。

もしかしたらこいつ本当は道を知っているんじゃないかとも思い始めた。

もし知らなくてもなんだかアルなら正しい道を歩いている。

そんな気がしていた。


少し行くとアルが急に足を止めた。

アルは目をつぶり、左手の人差し指を立て、耳の真横くらいにまで上げた。

集中している時のポーズだ。

本人曰く、このポーズは風読みの構えと言い、周囲から流れて込んでくる風から匂いや音を感じ取っているらしい。

それにより周囲の状況を把握できたりするらしい。

この時は集中しているので、極力近くによらず、声をかけないのがルールだ。


アルの風読みの時間はまちまちだ。

調子がいいと一瞬だが……今回は長そうな雰囲気が出ている。

アルの結果次第では、俺達もまだどうなるかはわからない。


不安が薄れている二つ目の理由。

それは俺の腕の中にいるステラの存在だ。

ステラは俺から顔を逸らし、ずっとおし黙っている。

一言も発さないし顔色も読めないので怒っているのか嫌がっているのかはたまたそうでもないのか。

かと言ってじろじろ見るわけにもいかないし……

意識しないように努めるてはいるが、腕にかえってくる女性らしい柔らかさや鼻腔をつく甘い香り、それらは俺の日常にはない刺激だ。

なれない刺激のせいか、さっきから無駄にいろんなところに力が入ってしまう。

嘘をついた罪悪感か、見てしまった背徳感か。それは分からない。

もしかしたらばれてるんじゃないか?帰ったらいろいろ言われやしないか?そう思うと、背中の冷汗が止まらない。

なんにせよ、今の一番の不安要素はこいつだ。

命の危機に何言ってんだかって感じだが……人間ってそういうものだ。


「その……調子はどうだ?」

沈黙に耐え切れず、俺はそう聞いてみた。

応答は……無い。

俺の魂胆が見透かされているようで気まずい。

俺は空気をごまかす様に、うんと小さく咳払いをした。

「おかげさまで、大分良いです」

一拍置いてステラが答えた。

「お、おう。そうか」

ここから先何を話せばいいのか皆目見当がつかない。

俺にとってステラは完全に別の世界の人間だった。

アルやウーティがいるからパーティとして一緒にいるが、街中であっても学校であっても関わることはなかったと思う。

そう思っているのはおそらくステラも同じだろうと思う。

パーティを組んでまだ日が浅いとはいえ、ステラにだけは完全に一線を引かれていたように感じていた。

アルやウーティからは要望のほかにも時々世間話を聞くことはあったが、ステラからそういうものを聞いた記憶がない。

記憶にあるのは文句というか指導というのか、そのようなものしか言われたことがない。

一方通行のコミュニケーションだ。

会話というものは一切なかった。


「あー大丈夫か?その……痛い所とかは」

「ええ、大丈夫です。お気遣いなく」

アル……はやく動いてくれ!俺は心の中で叫んだ。

正直限界だ。せめて動いていないと、どうしょうもない

その思いが通じたのかアルが顔を上げこっちを振り返った。

「待たせたね。こっちだ。いけるかい?」

「ああ、もちろんだ!」

俺が元気に返事した。

あまりに明朗だったので、アルに訝しそうな顔をされた。

「ああ、まぁ元気があるのはいいね。頼りにしているよ」

アルは、ははっと苦笑いし歩き始めた。

俺とステラの間には再び重い空気が漂った。



少し歩くと、森を抜けて整備された道に出た。

この道は……見覚えがある。

「ここは……あぁ、良かった。やっと見覚えのある道に出れたね」

アルが一息ついた。

「いやー助かったな。一時はどうなるかと思ったぜ」

ウーティが最後尾から出てきて、俺の肩を叩いてきた。

「一安心だが、まだ安全圏じゃないぞ」

俺達が出た道は、駅から境界までの間の道だ。

魔界でも境界でもない狭間。冒険者たちはここを狭間と呼んでいた。

境界の山道に入るまでに数キロの平坦な道が続いており、冒険者はこの道を絶対通る。

普段ならここで、日に多くて3、4PTに出くわす可能性のある道だが、この時間では流石に人通りは望めない。

一応、魔物の出現報告はあるが、危険性は無い弱い魔物しか生息していないとされている。

とはいえ、魔界の夜道を歩く不用心な輩は冒険者にはいない。


俺達はまだ数キロは暗闇の道を歩かなければならなかった。


「近くにセーフポイントはあったかな?」

アルが言う。

「いやーないんじゃないか?っていうかここどこの地点か分かる?」

ウーティが答えた。

「いや、流石に分からないな。ずっと同じような光景だからな、この道」

俺は周囲を見回したが……確かに見たような、見ていないような道だった。

「境界が見えません。境界よりも駅側であるのは間違いないでしょう」

ステラが弱弱しくそう言った。

「まぁでも駅も見えませんから、おそらく中間地点くらいでしょうね」

「ということは、最悪でもあと、1時間くらい歩けばゴールだな」

「できればもっと近いことを祈るよ」

「よっしゃ。終わりが見えてりゃ、まぁ余裕だ!」

「そうだね。よし、もうひと頑張りだ!行こう」

アルがぐっと拳を握ってみせた。

それを見てウーティは、おーと声を上げた。

俺も深呼吸し、うなずいた。

「で、どちらに行くのですか?」

ステラが冷ややかに言った。

「あっ確かに。目印がないんじゃどっちにいけばいいのかわからないね」

アルがすっとんきょうな声をあげる。

「反対側に行ったら俺は死ぬぞ」

ウーティからさっきまでの威勢が消えていた。

「うーん、どうしようか?どっちに行く」

アルが確認する。

「あなたのお得意のカンに任せますわ」

ステラがため息交じりにそう言った。


おっそうだねっと返事してアルが風読みの構えを取った。

アルを信じるしかない。

正直ゴールはほとんど見えてるので命の危険はもうあまり感じていない。

それより問題は、俺達に再び訪れたこの静寂だ。

気まずい……まぁ集中してる奴の横でしゃべってはいけないという共通認識があるので普段ほどではないとは思うのだが。

「なぁなぁ嬢ちゃん、コレってそんなに大切なもんなの?」

沈黙を破ったのはやはりこいつだ。

ウーティがステラのマントを指さしながら、こそっと話しかけてきた。

ステラはウーティを一瞥し、無視した。

俺は黙ってウーティの方を向き首を振った。

「お前な、まだ気を抜くなよ」

「えーだってさぁ気にならない?命より大事なんだろ?このマント」

確かに。ステラは命の危機に瀕していたが、まずマントを俺に差し出した。

命より大切って言葉でいうのは簡単だが、なかなか行動には移せないもんだ。

あのステラがそこまでする物だ。

気になるかと言えば気にはなる。

その空気を察したのかステラが俺の顔を見た。

俺はうっかりステラと目を合わせてしまった。

とてもまっすぐで、魂ごと吸い込まれそうな瞳だった。

「そんなにきになりますか?」

ステラは顔を逸らし、ぶっきらぼうにそう言った。

「おう!おせーて、おせーて!」

ウーティが変な言葉を発っし、ステラのマントの端をつまんでくいくい引っ張った。

「や、め、て、ください」

それが彼女の逆鱗に触れたのか、ステラはすぐさま身を引き、ウーティを睨みつけた。

声に殺気が乗っていた。

流石のウーティもビビったのか手を上げて後ずさった。

そりゃビビるよな。だって一瞬、髪の毛が光ったもん。

ウーティを睨みながら、ステラは大きくため息をついた。

「いいですか。一回しか言いませんよ。大切なものです。軽々しく口にも出せません。以上。もう聞かないでください」

そう言うとステラはプイっと顔をそむけた。

その横顔には、「もう話しかけるな」というようなスゴ味があった。

「旦那ぁ……怖いよぉ」

ウーティが俺のわき腹をつついてくる。

「流石にお前が悪い」

俺は突き離した。

「ひどい!!」

ウーティは泣きまねした。

「あのー、すまない。これ少し集中しないとあれだから少し静かにしてくれるかな?」

アルがそう言ってきた。

「まぁもうすぐいけそうだから、ホント頼むよ」

アルの言葉がだんだんとあやふやになっている。

集中してるのもあるが、疲れも見えた。

そして、また、俺達に静寂が訪れた。


しばらくはそれぞれ黙っていた。

何もない道の真ん中でいると、ついついアルに目が行きがちになる。

俺達はアルの集中を妨げないように、各々どこか遠くの方を見るでもなく見ていた。

「さっき髪の毛が光ったけど、もうだいぶ元気になった?」

再び沈黙を破ったのは、やはりこいつだった。

ステラはウーティを無視した。

俺は、おいっと小さく言った。

「いや、だってよ、気になるじゃん……」

「気持ちは分かるけど、怒られたばっかだろ」

そうだけどよぉとウーティはつぶやく。

ウーティは怒られて子供のように拗ねて、小石を蹴り始めた。


そう言ったはいいが、正直俺も確かに気になっていた。

急に怒ると疲労感が出る。

余裕はもとよりなかったんだ。結構な負担になったんじゃないのか?

「ああは言ったが、大丈夫だよな?」

俺は誰に言うでもなく空に言葉を投げるように言った。

「お気遣い頂きありがとうございます。だいじょ……」

ステラが返事をしている途中に、きゅうううっという音がした。

俺はたまらず振り返り、ウーティを見た。

ウーティもちょうどこちらを振り返っていた見ていた。

俺がおまえな……という気持ちを込めて睨むと、ウーティは自分の顔を指さし首を傾げた。

そしてすぐに手を振り、違う違うというポーズを取った。

え?っと思い、俺はステラを見た。

ステラは気のせいかもしれないが顔を若干赤らめて、小刻みにぷるぷる震えているように見えた。

「あー、その大丈夫か?」

俺は逆なでしないようにやさしく確認した。

すると……

「だい、じょう、ぶ、で……」

言い切る前に再びステラのお腹が鳴った。

今度ははっきりと聞こえてしまった。

「ぐ、うっうぅうううう……」

ステラは両手でお腹を押さえて唸った。

ステラは、とても屈辱的で、悔しそうな顔をしていた。


俺は聞こえていない振りをしながら、屈んだ。

膝にステラを乗せ、俺は自分のズボンのポケットを漁る。

俺のズボンの側面にはポケットが無数についている。

冒険に出るときはいつもそこにいろんな小物を入れている。

俺はそこから常備している小さな包みを取り出した。

中身はシンプルなクッキーだ。ちなみにお手製で自信作である。

もちろんクッキーはバラバラに砕けてしまっていたが、まぁないよりはましだろう。


俺はステラに小さな包みを渡した。

「無理はするな。こんなものしかないがわがままは言うなよ。ま、でも味は期待しないでくれ」

「あ、ありがとうございます」

ステラは伏し目がちに俺から包みを受け取ると、割れたクッキーをぽりぽり食べ始めた。

「おいしいです」

ステラがそう言った。

こいつは、もしかしたらすごい真面目な奴なのかもしれない。

「お、おう。そうか」

俺はまた空に投げるように返事した。

正直言うと、少しうれしかった。

なんだかそわそわしていると、横腹をつんつんとつつかれた。

「なぁなぁ!俺のは?!」

ウーティが子供みたいにせがんでくる。

「どうぞ」

それを見たステラが、ため息をついてクッキーを渡そうとした。

「待て待てそれはお前が食え。そのクッキーは魔力補給用だからな」

「そうなのですか?」

「ああ、すこしだが魔材が入っている。ウーティには別のいいものがある」

俺はそう言うと一旦ステラを地面に座らせた。


俺の着ている上着は特別性だ。

俺の上着には収納用の仕組みが多くある。

両袖の隙間にはマッチを収納する特別な隙間が作られていたりする。

上着の内側には大きめのポケットがありそこに大きめの物を入れたりしている。

「おっ、あった。お前にはこれだ」

俺は手のひら大の包みを手に取って渡した。

ウーティはそれをすぐに受け取り、一気に広げた。

「おっ?もしかして焼アジか?好きなんだよなこれ」

袋の中には、開きにして焼いたアジが数枚入っていた。

本当は昨晩食べる予定だったが出すのを忘れたつまみだ。

ウーティはうれしそうにもぐもぐ、つまみを食べ始めた。

「好きだろうと思ったよ」

「おう、センスいいな。旦那って、もしかしてそこら中に食い物隠してんの?」

「そうだよ。俺は燃費が悪いんで、すぐに腹が減るってのもある。けどまぁ本来はこういう時の為だにな。一応水もあるぞ」

俺は再び懐を漁り、水の入ったスキットルを取り出した。

「おっ!一口くれ!」

俺はウーティにスキットルを投げた。

ウーティは水を飲むと、生き返ったーと大袈裟に喜んだ。

「食い物と水があれば人間ある程度は生存できるからな」

生き残る。これが一番需要なことだと思っている。

「おういい考え方だとおもうぜ。だけどさ、このアジもしかしてずっと懐に入れてた?なんか生ぬるいような……塩っ辛いような……」

ウーティがぐちゃぐちゃ言う。

「文句があるなら返せ」

俺は取り上げようと腕を伸ばした。

「嘘、嘘、冗談だってば。怒らないで」

ウーティは取り上げられまいと身を引いた。

こいつは本当にどうしようもないやつだな。

「それさ、僕の分もあったりするかい?」

そんなことを考えてたら、突然アルが話しかけてきた。

いきなり後ろから話しかけられたからびっくりした。

「おどかすなよ」

「ああ、すまない。うん?こう言うのも」

「二回目だな」

一回目はウーティだったがな……まぁいい。

俺はおもむろに右足のポケットを漁り、小さなきんちゃく袋を取り出した。

「安心していいぞ。ちゃんとお前の分もある」

俺は取り出した袋をアルに渡す。

アルはそれを受け取り、掌にのせて不思議そうに袋を眺めた。

「なんだろう、不思議だね。何が入ってるのかわからないや」

そう言うアルの瞳はガラス球を見る少年のようだった。

「なんだかわくわくするね。これは……おや、乾燥させたレモンだね。これはいい」

「疲れに効くからな。で、結果はどうだった?」

舌鼓を打つアルに俺は訊ねた。

「うん、だめだ。正直言うと全然集中できない。僕もお腹がすいたし、ちょうどいいかなと思って」

それは、まぁそうだよな。

「……すまない」

俺は謝る。

アルはいいんだと言った。

「大将責めないでやってくれ、嬢ちゃんも人間なんだ。腹ぐらい空くさ」

ウーティがそう言うとステラは無言で石を投げつけた。

「痛い!体罰は止めて!!野蛮だろ!」

「もう、付き合う元気はありませんので」

粗暴ですが、これで失礼しますねって感じでステラは石を投げ続けた。

「暴力反対!」

そう言うとウーティは俺を盾にするように背中にしがみついてきた。

「おい!止めろ!」

俺がウーティを背中から引きはがそうと掴みかかる。

ウーティは体を振って抵抗するものだから、結局俺達はもみくちゃになり地面に倒れた。


アルはそれを見て、けたけた笑った。

ちょうどいい機会だとアルも地面に座り込み、しばしの休憩とあいなった。


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