氷のソリと刃の翼と墜落と生還と、ラッキー・・・
水平線の遥か彼方まで視界が広がる。
まるでこの世界のすべてを展望しているかのようだった。
辺り一面が夕日に当てられ、赤く染まった世界。
眼下の森に目を向けると、きらきらうす青白く輝く場所と赤く輝く森の境界がはっきり見えた。
青白く輝く森は光を当てられたようにはっきりと見える。
夕日に照らされている木々は光のさす側と影の側で暖かさと怪しさの両方を感じられた。
その二つがある境界線で分けられている。
その対比が何とも言い難い絶景を作っていた。
光と闇の木々。その先に目を向けると、境界と人間界を分ける二枚の壁が見えた。
遠い昔に魔術師たちが作り上げた守護の壁、そして霧が晴れた後人類が作り上げた魔界攻略への拠点。
そのさらに先には俺たちの住む王国クレッド。
その首都にある時計台のてっぺんが見える。
その近くの荘厳なつくりの屋根、あれこそは我らがクレッド城だ。
俺達は無言だった。
さっきまでぶつぶつ言っていたウーティすらも一言も発さなかった。
視界いっぱいに広がる、空、森、海、そして俺達の国。
この世界の全てを見渡している。そういう気分だった。
俺達を乗せた希望のソリは高く飛び上がった。
だがそれは“飛行”ではなく“跳躍”である。
飛んでいるのではなく跳んでいるということは……
高速で天空に放たれたソリだったが、時間と共にその速度を落としていった。
しばらくすると頬を撫でる風が、完全に止まった。
最頂点だ。
その時は一瞬だったはずだが、永遠かのように感じた。
そして……
股先から悪寒が脳天まで駆け上ってきた。
いきなり背中に氷柱を突っ込まれたかのような感覚だ。
「うおあ?うああああああ!!」
すぐにウーティの絶叫がこだました。
「まずい!」
アルが身を乗り出した。
アルの両手に竜巻かと思うほどの風が集まる。
風は小さなナイフの形を無数にとりソリの側面に集まり翼を形成した。
アルは刃の翼を広げる。
「飛んで、くれーーー!」
アルは両手に力を込めた。
しかし、ソリの重量を支えるには不十分のようで降下する速度は変わらない。
「うおおおお!なんで剣なんだよーー!」
ウーティがどうでもいいことを叫ぶ。
「これが!一番!作りやすいんだ!!」
「なるほどーー?!」
そんな無駄なやり取りの間もソリはぐんぐん速度を上げて落ちていく。
「モリー!火を半分くれ!」
アルがたまらずそう叫ぶや否や俺はアルの肩を掴んだ。
「全部やるよ!頼むぞ」
俺は火をすべてアルに移した。
正直、他人に火をつけ続けるほど魔力は残ってないので、肩はつかみっぱなしだ。
俺とアルの間に挟まれているウーティはずっと低く唸っているがここは無視だ。
耐えてもらうしかない。
火を渡したアルの両腕に緑色の光が灯り始めた。
その光は掌を伝い、刃の翼に伝播していく。
金属が重なり合うような音が響く。
翼は密度を上げ大きく羽ばたいた。
羽の羽ばたきと共にソリが落下をやめ、一瞬浮かび上がった。
「おお?すげぇぜ、流石大将だ!このまま駅まで……」
ウーティが歓喜の声を上げ終わる前にソリは再び落下を始めた。
「うああああーだめなのかよー!」
ウーティが叫ぶ。
「いや、大丈夫だ。……さっきよりはね」
アルの言う通り、確かにソリの落下はさきほどまでよりも緩やかになっていた。
それどころか……
「おお?飛んでる?俺たち飛んでるぜ!」
俺達を乗せたソリは確かに前に進んでいた。
しかし、飛行しているというのではなく、ソリは空を滑っていた。
風に乗って滑空をしているのだ。
滑空しているという事は……ソリの高度はだんだん下がってきてはいる。
まぁ落下よりかはましだが……危機が去ったわけではなかった。
「ぐぅううぅうう。これは思ったよりもきつい……かも、しれない」
アルが絞り出すように言った。
アルを見れば、彼の腕には血管が薄く浮き出、そして小刻みに震えていた。
大分力が入っている。たしかに長くはもたなそうだった。
「どうする?このまま落ちたらさすがにまずいぞ」
ソリは滑空しているとはいえその速度は以前高い。
このまま高度を下げていって地面にぶつかってしまえば……一巻の終わりだ。
「ウーティ、地面を泥状にできるか?」
アルが確認する。
「できるけどよぉ!そんなんできるからってどうするってんだよ!」
ウーティが泣き言をいう。
「僕が絶対に墜落はさせないから、地面が近づいたら先陣を切ってくれ。頼んだ」
「おいおいおいおい、着地はできねーのかよ!」
「すまない……無理そうだ」
ウーティは黙った。
俺からは見えないが恐らく顔面は真っ青という雰囲気だった。
「まてまて、このまま地面に突撃したら泥状でもヤバいんじゃないか?」
「旦那の言うとおりだぜ。そんな広範囲は無理だしよ。ばらばらに飛んだら助けれねぇぞ!」
俺達は体格に差がある。ソリの勢いのまま飛ばされると、飛距離に差が出ることは明白だった。
「できるだけ、減速はさせる」
「どうやってだ?」
「あれ、だ……」
アルが目配せする。その先には雑木林があった。
「あそこに突っ込む気かよ!?」
「いや、それしかなさそうだな」
「マジかよ!」
「あそこが一番木が密集していない。突っ込むならあそこが一番だ」
俺がそう言うと、アルが肩欲を大きく振り、雑木林の方向に舵を切った。
雑木林に向かう途中から、だんだんソリの振動が大きくなってきた。
安定した滑空が出来なくなってきている。
揺れるたびにアルが力み体勢を立て直すが、それがかえってがくがくとした不規則な振動を生み、振動するたびに安定感が失われていっているように感じた。
どうにか雑木林の地帯に到着した時にはソリの高度はすでに、手を伸ばせば木々のてっぺんに手を届かせることができるまでになっていた。
しばらくすると、ソリが木の葉を揺らす音がし始めた。
「いよ、いよ……だ。覚悟してくれ」
アルが弱弱しくいった。
がさがさと言う不吉な音はどんどん大きくなっていく。
「もう限界だ……」
アルがそう言うと刃の翼が崩壊を始めた。
羽を構成する小さな刃がばらばらと後方へ飛んでいく。
「ぐううううううううううぅぅぅぅぅうぅ」
アルが天を仰ぎ最後の力を絞り出す。
ソリの高度は下がり切り、すでに地面が見えてきているがソリはまだ墜落していない。
「行く……ぞ!」
アルがそう言うと翼の半分が形を崩し、ソリの前方に集まり爆発した。
風の刃は猛烈な向かい風となる。
若干ソリの速度が落ちたように感じた。
翼を失ったソリはみるみる高度を落とし、そしてついに地面が目の前に迫ってくる。
「おい!あれ!!」
ウーティが叫ぶ。
彼が指さした先を見ると、大きな岩がソリの進行方向にあるのが見えた。
このままだと……ぶつかる!
「ウーティ!行くぞ!」
今度はアルが叫ぶ。
すると残った半分の翼がソリの後方の底に集まった。
「3で行く!1!2!」
アルがカウントする。
ウーティが構える。
俺も覚悟を決めた。
「3!」
アルの号令と共にソリの後方にたまった風が爆発し、ソリは大きく持ち上げられた。
俺達は盆を返すように宙に放りだされる。
アルは空中で軽やかに体を返し、風を掴んだ。
アルは風球を空中で作りウーティの背面に向かって、器用に投げた。
風球はウーティの背中で軽く爆発しウーティを押した。
ウーティは飛び込みのように地面に潜っていた。
しばらくすると目の前の地面が波打ち始めた。
アルに目を向けると、体を丸め風を体に集めている。
かなり弱弱しく最後の力を振り絞っているような感じだった。
極限の状況だが、俺は意外に冷静だった。
火が戻ってきて若干だが余裕があったというのもあるが不思議と全体が見えていた。
だから、俺だけが気がついた。
ステラが失神しているということを。
途中からステラが何にもしゃべっていないことを。
何も言葉を発していないことを。
おかしいとは思っていた。
ステラは俺の後方にいる。
飛び出した瞬間からステラがいないことに気がつき、脇からのぞくような形で後ろを確認した。
俺の足の先には、ステラが目をつぶって自由落下している。
完全に脱力している。
ステラの今の状況でこのまま地面にたたきつけられると……
いくら地面が泥状になっているとはいえ……
俺は必死に体をひねった。
だがどうにもアルのようにはいかない。
俺は体を思いっきり力いっぱい振った。
力の限り、全力で。
すると俺の体はくるりと反転し地面に背中を向ける形になる。
目の前にステラがいた。
地面はすぐそこだ。
俺は反射的に腕を伸ばし、ステラを引き寄せた。
ステラを抱えた次の瞬間、背中に衝撃が走った。
着地した地面は、泥状と言うよりは粘土に近い弾力のあるものだった。
俺はその衝撃で地面にはじかれ、ワンバウンドし再び地面にたたきつけられた。
俺の体はバウンドと同時にひっくり返ってステラを下にしてしまっていた。
すぐに起き上がろうとするが、頭がぐらぐらする。
背中にも痛みが残っていて、目も明滅しているし、呼吸も満足にできない。
俺は四つん這いの形でしばらく固まっていた。
しばらくすると頭がはっきりしてきた。
同時に徐々に目があけれるようになってきた。
俺はステラのことを気にしていた。
ウーティは大丈夫だ。冷静に考えるとなんであいつがあんなにビビっていたんだ?
アルも少しは心配があるが命の問題になるほどの怪我をするような心配はないだろう。
やはり一番危険なのはステラだ。
ただでさえあんな無抵抗で落下したのだ。
俺がクッションになったとは言え無事ではないかもしれない。
目が見えるようになると同時に俺はステラを見た。
ステラは地面に寝転がっていた。
気がつかなかったが彼女の体は俺の火が移っていた。
咄嗟に半分くらいをステラに渡していたようだ。
そのおかげか彼女に目立った外傷は無く、きれいな体をしていた。
というか、すごくきれいと言うか……
落ちた衝撃か、はねた衝撃か。
彼女の体を唯一包んでいた、俺のぶかぶかの上着は……完全にめくれてしまっていた。
悲しいかな、これはもう男の性なのか、いけないとは思っていても目が離せない。
正直言うと体がまだうまく動かないというのはあるとはいえ流石にばつが悪い。
が、それでも目が離せない。普段完全に隠れているから確信がなかったが、ステラはやはり想像通りの体をしていた。
出るところは出ているし、へっこむところはへっこんでいる。
想像通りと言うかこれはゆうに想像を超えている……
とにかく肌がきれいだ。絹のように滑らかで、薄く輝いて見えるのは……魔力のせいなのだろうか。
もうこれは魔性と言ってもよいほどの魅力があった。
それになんというか、こいつ……眠っていると妙にかわいい。
普段はあんな感じだが、黙って目をつむっているとなんというかこう劣情が込み上げてくる。
俺は生唾を飲んだ。
少しくらい……という考えが頭に浮かんだが、こいつはステラだ。
氷漬けにされてもたまらないので、俺は気力を絞ってシャツに手をのばした。
「う、ううん……あー」
彼女のシャツを掴んだ瞬間、ため息をつくようにステラが吐息をついた。
それと同時に彼女の目が瞬きをするように開いていく。
まずい……!
俺は素早くシャツを下ろすとステラの横に転がる。
そしてすぐに最初から上に覆いかぶさってなんていませんよーっという風なしれっとした態度を取った。
ステラは起き上がり俺の方を見た。
俺はそれを確認し上体を起こした。
無事か?と言おうとした瞬間、目に火花が走った。
すぐに頬を焼かれたような痛みが広がる。
「いってぇ!なにする」
いきなり思いっきり頬を叩かれて咄嗟にステラに突っかかる。
「なにぃ?」
ステラは頬をぴくぴくさせてこちらを睨んだ。
バレて……る?もしかして俺は死ぬのかもしれない。
何度も死線をくぐり、本当の意味で九死に一生を得たというのに……
「何と言われましても……その、つい。驚いてしまって」
ステラがさっと俺から目線を逸らし髪の毛をいじりながらそう言った。
なんだか居心地が悪そうだ。
「ああそう……なのか?それは、まぁ、仕方ないなぁ」
俺はしれっと理解するふりをした。大分不自然だった。
「そのー、あー、まぁ、その怪我は無いか?」
俺は言葉に詰まらりながら、ステラに改めて質問した。
「ええ、まぁ、はい、大丈夫です」
ステラも歯切れが悪くそう言った。
妙にそわそわした雰囲気だったが、それもそうか。
思えば彼女と二人っきりで話すというようなことは、今まで無かったな。
「他のお二人は?」
ステラが思い出したようにそう言った。
俺もはっとし辺りを見回した。
すぐに粉々になった氷のソリが見えた。
だいぶ先の方であったが、どうやら木にぶつかてしまったようだ。
ぶつかった衝撃からか木は完全に根っこから持ち上がっており、頭を地面につけていた。
凄い衝撃だったに違いない。
それを見て改めて背筋に悪寒が走った。
本当に無事でよかった。
それはいいが、アルの姿が見えない。ウーティもだ。
俺は地面を軽く叩いてみた。
「普通の地面に戻っている……」
何かあったのかもしれない。
俺は彼等を探そうと立ち上がった。
それを見て隣のステラも立ち上がろうとしたが、貧血気味なのか彼女が体勢を崩した。
俺は咄嗟に彼女を支え、肩を貸した。
すみません、とステラが小さくつぶやいた。
俺は小さい彼女に合わせるように屈みながら足を目の前の雑木林に進めていった。




